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◆主を愛する者たちよ。

2018年06月07日 08時10分04秒 | 聖書
悪を憎め。(詩篇九七・一〇)
悪があなたにどれほどの害を与えてきたかを考えるだけでも、あなたが「悪を憎む」のは当然である。ああ、罪は、なんというわざわいの世界をあなたの心にもち込んだことか。罪は、あなたが救い主の美を見られないように、あなたの目を見えなくし、贖い主の招きを聞けないように、あなたの耳を聞こえなくする。あなたの足を死の道に向けさせ、あなたの心の泉に毒を流し込む。それは、あなたの心を腐らせ、「人の心は何よりも陰険で、それは直らない」と言われるまでにした。神の恵みによるご干渉の前に、悪があなたを勝手にほんろうしたとしたら、いったいあなたはどうなっていたことか。あなたは他の人のように御怒りを受けるべき子であり、多くの人々と共に悪に走っていた。私たちのすべてはそうであった。しかし、パウロは私たちに告げる。「しかし、主イエス・キリストの御名と私たちの神の御霊によって、あなたがたは洗われ、聖なる者とされ、義と認められたのです」と。
私たちが過去を顧み、悪のなした害を思うならば、悪を憎む理由は十分ある。だから、もし全能の神が干渉し、私たちを贖い出さなければ、たましいは当然滅びていたであろう。現在も悪は私たちの強敵であり、常に害を与え、滅びに陥れようとすきをねらっている。だから、主にある友よ。苦しみを望まないなら、「悪を憎め」。もしあなたの行く手にいばらを散らし、死の枕にいらくさを植えることを望むなら、悪を憎まなくてよい。しかし、あなたが幸福な生涯を送り、平和な死を遂げることを望むならば、聖潔の大道を歩み、終わりに至るまで悪を憎め。もし真実に主を愛し、主をあがめようとするなら、「悪を憎め」。
悪を愛するクリスチャンをいやす道は、主イエスとの親しい交わりに入ること以外にない。主と共に住め。そうすれば罪と親しくすることはできない。
 みことばによって私の歩みを整え
 私の心を真実なものとして
 罪に支配させず、主よ
 私の良心を聖く保ってください
 
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