トシの読書日記

読書備忘録

たぐい稀な男の人生

2009-01-13 17:01:57 | あ行の作家
井上荒野「あなたの獣」読了

短編集と思いきや、10の話に分けられてはいるものの、主人公は常に同じで、かといって長編というジャンルにも属さないような不思議な小説です。

櫻田哲生という男の女性をめぐる様々な物語が断片的に連なっています。時系列が順になっていないのでちょっととまどうところもありますが、櫻田哲生の結婚する少し前の時代から75才で死ぬまで(死ぬ場面は描かれていない)の話です。

最近の井上荒野は「グラジオラスの耳」に代表されるような、なんともいえない、いやな感じ(それは僕にとって好ましい空気なんですが)が影をひそめ、非常にわかりやすい話になってます。しかし、荒野のもつ独特のテイストは失われておらず、これはこれで良いのではと思っております。

ところどころに挿入されるエピソードがシュールな雰囲気を醸しており、これは川上弘美あたりの小説を思い起こさせます。

ともあれ井上荒野、快調です。

静寂にして過激

2009-01-13 16:44:06 | た行の作家
富岡多恵子「動物の葬禮・はつむかし」読了


作者自身による自選短篇集とのことで

「窓の向こうに動物が走る」
「動物の葬禮」
「はつむかし」
「魚の骨」
「立切れ」
「末黒野(すぐるの)」
「野施行(のせぎょう)」
「雪の仏の物語」
「花の風車(かじまやー)」
 
の9編が収められている。
最後の2編を除いて一貫しているのは「家族」「家庭」というテーマである。これは、どの小説家もこぞって取り上げるものではあるが、同作家の切り口は独特で、そういったテーマに実は自分はあまり興味がないのだけれども、思わず引き込まれて読み入ってしまう、そんな力強いものをこの作家は持っている。

過剰な修飾語を極力排した文章は一種そっけないほどではあるが、晴れ渡った冬空のようにきりりと冴えわたっている。

以前読んだ「波うつ土地・芻狗(すうく)」と同様、淡々とした文章でありながら実はものすごくラディカルな内容で、読む者の心臓の高鳴りを抑えることができない。

「丘に向かってひとは並ぶ」で初めて富岡多恵子を知って以来、同作家のとりこです。とにかくすごい作家です。