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幸福とは?

2018-11-06 14:09:17 | 日記
  昨夜のETV「百分で名著」の時間は1945年に獄死された三木清氏の哲学の第1回目。録画して見ました。何分、三木氏は当時の日本などのファシズムを批判したわけです。戦時体制優先で、個人の幸福が無視された時代に、個人の幸福とは何かを追及したこと自体が素晴らしいと僕は思いました。


  その放送は、哲学者の岸見一郎氏が解説されていますが、岸見氏は「幸福と成功とは違うのです」と解説されており、僕もうなずきました。成功とは社会的に認知される事かもしれませんね。それに対し、幸福は「心の内面の面が強い」と語られていました。そうかもしれません。よく発展途上国に奉仕や、何かの社会活動で行かれた人たちから「日本みたいな豊かな国よりも、発展途上国の人達の方が目が生き生きしているなど、幸せそう」と聞きます。歌手のさだまさし氏も、何かのTV番組でそのように語っていました。僕はそのような国に行ったわけでもないから、詳しくは判りませんが、特に、さだまさし氏の発言を連想してしまいました。

  とは言え、個人の幸福感と、その国の社会価値観も関係あるとも僕は思います。40年前、僕と付き合ったS園の男子園生3人は、恋愛と結婚に強いあこがれを持ち、一人は女性職員を端から好きになり、恋文を書きまくっていましたが、端から断られていた。もう一人は僕と出会うかなり前に対女性園生とそのような事があり、傷ついた事が手記に書かれてありました。更には、それへの想いを随筆文に書き、昇華させていた方もいたわけです。また、彼らは「恋愛=結婚」とストレートに思い、混同もしていたわけです。更には、恋愛感情=愛だとも。聖書の愛とも混同がありました。それに対して、当時の僕も返答できず、困ったわけです。

   その後、知りましたが、フランスでは、恋愛と結婚は余り絡めず、恋愛を一途に追及される人たちが多いそうですね。その愛の性格も「ベトつかない」と、歌手の五輪真弓さんは語っています。そのようなドライな愛が五輪さんは好きだとか。確かに、ドライならば、恋が終わっても感情的なしこりや傷は残さないわけですね。また、セックスして、子供が生まれて、初めて結婚する例が多いと。

   僕は後年思いましたが、フランス的な恋愛価値観の社会ならば、以上の二人の園生も幸福な恋愛ができたのではないかと。受け止める女子職員の意識も変わり、一時的にせよ、男子園生の恋を受け止め、恋人関係にもなれた。そのような事も今は推察しています。フランスとは歴史も違うから、一概には言えないかもしれませんが、日本社会の持つ恋愛価値観は元々欠陥があるのかもしれません。(もう一つ述べると、恋と愛とは違う事を園生たちも、職員たちも、昔の僕も気が付かなかった。恋愛感情とか、男らしさ・女らしさを感じあったら、相手を愛さなければ、恋愛は成立しない。いくら障碍が重くても、働けなくても、相手の魂・精神を活かす・活を与える事はできるわけだが。今の僕ならば、園生たちにアドバイスもできるが、昔は若くてできなかった。まさに「あの時、僕も若かった」である。知らない人たちに述べるが、それは昔の日本の一歌謡曲の文句にあった事である)。

   その番組から、色々な事が連想されてくるわけです。
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