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フォアグラなどの問題を見るに当たっての注意点

2018-09-19 10:17:29 | 日記
  この種の件で批判・反省すべき事は、自分を含めた、他者を傷付けてまでもおいしいものを食べたいというエゴイズムだけです。その他は批判などには当たらないと思います。


  というのも、このような問題でよくガチョウにトウモロコシを無理やり食べさせる人とか、それを屠殺する人を「かわいそうだから」と非難する人が世間にはいるようですからね。でも、彼らは仕事としてしているまで。世間にそのようなニードがあるから、仕事として成り立ち、しているわけですね。世間の人たちの意識が変わり、動物共生に対する理解が増えた世間では、そのようなニードはなくなり、以上の人たちも別の仕事をするわけです。例えば、食べ物関係でも、豆類から人工肉を作る仕事とか。すでにアメリカでは、そのような人工肉の開発がされているらしいですが。


  従って、以上のような仕事をする人たちも悪くないわけです。悪い根、罪や残酷さの根は、冒頭に記したエゴイズムだけだと思います。それは根が深い問題ですね。残酷な事をしてまでもおいしいものを食べたいと思う人は欲望やエゴイズムに自分が支配されているわけですが。僕の友人にカトリックの人たちが何人かいますが、そのカトリックの7つの大罪の一つに、大食があります。僕なりに思うに、食欲に自分の心が支配されてはいけないという戒めでしょうか。それと全く同じ戒めが仏教関係にもありますが。それらは古(いにしえ)の知恵であり、信仰に関係なく、現代人も耳を傾けなければならない事ですね。(因みに、「資本論」には人々の欲望とか幸福の事は書かれていない。経済考察の鋭さは認めなければならないが、仮にマルクスの言う通りの社会が実現しても、今度は労働者や身障者が欲望やエゴイズムを求め、例えば、自然破壊や動物虐待など、どうにもならないしゃかいになるのではないか。現に、旧ソ連では、カスピ海などの汚染がひどかったし。経済構造も大事だが、それだけでも社会はないわけです)

  昔の僕もグルメを追及しました。ただし、日本に住んでいてフォアグラに出会わなかっただけで。出会っていたら、喜んで食べたと思います。ガチョウを肉を作る機械だと思って。その後、考えてそのおかしさに気が付き、又、グルメは人を幸福にしない・自分の求めているものではない事にも気が付き、更に今になり、フェイスブックで動物共生運動をされている方とも知り合い、改めて考えてこのような事を書く事に至りました。その運動をしている人たちには敬意を表しますし、又、情に流される事もないように願うわけです。
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