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カナダの大麻解禁と、競争時代・資本主義

2018-10-18 14:48:47 | 日記
  今朝(18日)のニュースで、カナダの大麻解禁を知った。何分、アメリカではすでに9つの州で解禁されているとか。解禁しないと、マフィアが売買し、その資金源になるという。つまり、その国の警察も抑えられないだけ、大麻を求める人たちが多いわけである。そのような人たちは趣味で吸うわけではない。強い酒を飲んでも癒されないだけの深い孤独感と苦痛があるから。僕も知らなかったが、遠藤周作氏の何かのエッセー集で読んで知った。読んだのは1990年ごろだったが、「アメリカ人はそれだけ孤独が深い」と遠藤氏は語っていた。つまり、「アメリカ社会」ですね。


  それに対してカナダは元々ゆるやかなキリスト教である英国国教会の延長で、共生と福祉が非常に早くから進み、1975年には僕の身障者の友人が福祉視察旅行をし、かなりの事を学んだそうです。その頃は、日本では北欧と並んでカナダの身障者や高齢者の福祉ケアの様子を伝えていました。でも、その後は次第に伝えられなくなり、1995年に放送大学で「カナダは元々独自の文化で、原住民ともうまくやり、福祉も進んでいた。だが、近年は隣のアメリカの影響を受け、競争社会になり、消費社会にもなっている」と聞いたのを覚えています。それから僕はカナダの事は忘れましたが、今朝のニュースを見て、驚いたわけです。カナダに暮らしている多くの障碍者や高齢者たちは今はどうしているのでしょうね。

  ところで、資本主義の成立には諸説があります。資本主義の定義にもよりますが、一番一般的なのがピューリタンから起きた説かもしれません。英国国教会に対抗してイギリスで起こり、弾圧され、アメリカで根を広げ、アメリカ社会上層部の考えの基礎になった思想ですね。聖餐式や十字架、洗礼名などを廃止し、労働と奉仕に信仰根拠を求める発想。アメリカ大陸には資源がたくさんある事もあり、そのような人たちは次第に労働を絶対視していきました。一方では、倹約・質素にも価値観。よく働き、お金を使わなければ、貯まりますね。貯めたお金を更に次の仕事の基礎に使い、更に儲ける。そのようにして資本家に次第になっていき、社会も資本主義になっていったようです。「儲かったお金は神から救われている証拠。私は死後は天国に行ける」と信ずる人たちも増えていきました。

   産業は発達しましたが、その他の面ではどうでしょうか。労働などに信仰の拠り所を求める。信仰には「人と人とのつなぎ」という意味もあります。キリスト教は元々は十字架で磔になったイエスを想い、聖餐式もして思い起こし、各自が「私は死ぬ、皆も死ぬ」弱い存在である事を自覚し、それを思い起こしてくれたイエスへの感謝と、人間の連帯・愛を確認し合うものですが、十字架の代わりに「労働」では、弱さの自覚は不可能でしょう。確かに、人は労働によってもつながるかもしれませんが、それは上べだけです。それ故、そのような発想が全盛の社会では、ほとんどの人たちが猛烈に寂しくなります。弱さの自覚がなければ、例え親子や夫婦間でも、深く思いやれません。愛が消えます。次第に酒をまず求めるようになり、それから覚せい剤や麻薬に。そこに更に、1970年前後、ベトナムに行かされた軍人たちは猛烈に苦悩し、帰国後も悪夢にうなされ、そこで麻薬が猛烈に広まった。丁度、僕が物心付く中学の時だったから、アメリカ社会の麻薬の問題も非常に印象に残っています。体格の良いアメリカ人たちが、白人も、黒人も悲しそうな顔をして、大麻を吸う場面をテレビで見て、僕は恐く感じました。ベトナム戦争は悪かったです。全ての戦争は悪いにしろ。その後、麻薬商人やマフィアが非軍人にも麻薬を売ったようで、戦争が終わっても、アメリカでは麻薬がはびこった。よく知りませんが、その流れで9つの州の大麻解禁につながったかもしれません。

   「弱さの自覚」のない思想を核にしても、最後は麻薬になる。人間はどうあがいても、弱い存在です。本当は「弱さ」こそ、人をつなぎ、深い愛を作る宝なのですが。そこに多くのアメリカ人たちは気が付いてほしいです。

   また、最後に我々日本人も。弱さの自覚を多くの人たちが忘れているように見えてなりません。日本は日本で戦前も軍事優先を国家が国民に求めた。つまり、強くなる事を求めたわけですし、それが崩れた戦後は今度はアメリカの価値観を真似しようとした。でも、ピューリタンの事を知っている日本人は少ないですから、ずっと完全に真似るには至っていないのかもしれません。但し、もし、アメリカの価値観をそのまま日本社会が受け入れるようになれば、その時は更に人々は孤独と苦悩に深く襲われて、親子や夫婦も愛し合えなくなり、麻薬に走る人たちが続出するようになるでしょう。

   もう一度、述べます。人間はいつかは死ぬ弱い存在なのです。弱いからこそ、愛し合えると。弱さは宝です。
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