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仲間意識中心の学校教育に変える事は元々ムリであった

2018-11-10 10:58:13 | 日記
  11月5に書いた「仲間意識の狭さと恐ろしさ」の続きである。僕の貴重な見聞から述べる。


  1978年1月、僕も所属していた福祉団体で、高島平子供会と葛飾盲学校の子供たちの交流会に僕も立ち会い、様子を観察した。そうしたら、双方の子供たちは一人一人無秩序に話したい事を話したり、やりたい遊びをするだけだった。福祉会のメンバーの中には「高島平対葛飾で、子供たちはグループを作るのではないか」と予測した人もいたらしいが、そうはならなかった。大体、普段から子供会の子供たちは一人一人話したい事をしたり、遊びたい事をする傾向が強いし、数回見た限りだが、その盲学校の子供たちもそうだった。その様子は僕の脳裏にその後も刻み込まれている。


  そうかもしれない。思い出せば、子供の時の僕も、クラスメイトもそうだったから。休み時間は各自話したい事を話したり、遊びたい事をしていた。僕なんかは友人を笑わせる冗談もかなり言ったが、それも基本的には突発的な独り言である。自我がかなり発達した高校時代は僕は友人関係を意識し、学年を越えて、個人と個人で付き合い、友人を増やしていったが、「クラス」みたいな仲間関係は意識しなかったし、高校時代になっても仲間意識という言葉も知らなかった。仲間意識という言葉を知ったのは、70年代後半に入った身障会と福祉会でであった。仲間意識を唱えた人たちも本気で求めていたのか、疑わしい。人間関係の基本は「個人と個人」だから、それではかえって友人や恋人は作れないわけだが。

   仲間関係は気持ちの裏表が付くようになるまではできないものらしい。小学時代は勿論、高校生になってもムリである。5日の文で書いた「学校を仲間主義に」という発想の人達は、一つには子供の事をよく知らない人たちらしい。子供たちを観察しても、又、自分の子供時代を思い出しても判るのに。その中には、障碍児を学級に入れて、それを通して仲間関係を作ろうと述べた人たちもいた。何か障碍児を学校改革の為に利用する感じで、僕としては良い印象はない。そうして、その障碍児の心の発達に悪影響が出て、一生を棒に振る結果になったら、大変だし。

  歴史を見ると、明治期。時の政府は学校教育の発展に力を入れた。それ自体は良いにしろ、当時の国のトップだった天皇を持ち出して、天皇への崇拝を通して日本人としての仲間意識を作ろうともしたわけである。でも、実際には当時も以上の理由で、それはできず、次第に天皇崇拝が強制化もされ、特に昭和に入り、ひどくなったが、それはともかく、仲間意識を作るために戦前は天皇を利用した事と、40年前に一部にあった障碍児利用は僕には重なっても見えてしまうが。後者の人達は自称.左翼系だったが、実際はかつての天皇利用の変形だと僕には見えてしまうわけである。右翼も、左翼も余り違わないものかもしれない。それに、第一、「ムリ」でもあった。

   何も子供たちに限らず、人間は一人一人話したい事も、やりたい事も違い、アリのようなきっちりとした仲間関係はできない。これで良いと僕は思う。一人一人話したい事が違うから文化になり、発展するわけだし、やりたい事が違うから、本当に色々な事を人々はして文明を発展させてきた。きっちりとした仲間関係が出来たら、それこそ、オウム真理教やナチス、ポル・ポト社会になってしまうわけだから。人は違いがあるからこそ、素晴らしいわけである。仲間関係を作り切れないからこそ、内向きにならず、目を外に向き、国際貢献や世界平和への模索もできるわけである。
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