トシコロのありのままの暮らし


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日本の聴覚障碍者と盲人への世間からの視線の違い

2017-10-10 17:39:35 | 日記
先日、「山田のかかし」の二番を初めて聞きました。一番は「歩けないのか、山田のかかし」とあり、日本では本当に昔は身障者がかかし役をさせられていた事が伝えられる歌だと思いますが、二番の歌詞には「聞こえないのか、山田のかかし」とありました。それを知り、日本の昔は聴覚障碍者もかかし役を強いられていたのではないかと推察しました。昔、僕と出会った聴覚障碍を持つ人も、聴覚障碍者の悲惨な事ばかりを訴えていたと人から聞いた事があります。確かに、江戸時代を見ても、耳の聞こえない人たちは人々から無視されるか、バカにされ続けたようです。明治以降も、例えば、聴覚障碍を持つ俳人の村上鬼城も、俳句仲間からバカにされ続けた事が記録に残っています。第二次世界大戦中も、軍人の号令が聞こえず、従えなかったため、殴られた例もあったそうです。多かったのではないかと。戦後も世間から無視され続けた。いまだにテレビの字幕スーパー率も少ないわけだし。




  一方、日本では盲人福祉みたいな事は非常に早くから発達していた。「平家物語」を盲人たちが語り継いだようですし、江戸時代にはお琴の演奏や、按摩業を幕府などが優先的に割り当てたのは有名です。明治以降も八ツ橋検校という優れた琴の演奏家が出現し、「春の海」というお琴の名曲を作りました。今も盲人の名ピアニストの辻井伸行氏が活躍していますね。僕はそのファンでもありますが。




  歴史を少し見ても違う感じがします。僕はそれらとも全く違う障碍を持つ身だから、尚更、客観的に判るのかもしれませんが。日本で本当に二つの障碍に対する認識の違いがあるとしたら、その理由は何でしょうか。又、格差が本当にあるのならば、格差が消える時はいつでしょうか。あれば、消えて欲しいと思います。かかしの歌の通り、案外、聴覚障碍者に対する差別と、身障者に対する差別は奥底ではつながっているのかもしれないし。このような事を書く事は、他ならぬ、僕自身の為になるのかもしませんね。