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S園は巨大な育児ノイローゼ状態だった

2017-02-20 11:56:54 | 日記
  S園をご存知ない人は、アメーバ・ブログの「S園」の題の多くのブログをご覧ください。


  それで一切が説明できます。僕が行った時は園長、各部長、医者、職員、後援会の人たち、身障園生たちと情緒障碍気味でした。一園生は話がクルクル変わり、当時の僕も「精神病ではないか」と思ったものです。職員たちも暗い話ばかりしていた。クリスチャンのその関係者の中には「我々は神に選ばれた義人。我々に反対する人は悪魔」と公言していた人もいました。キリスト教ではあり得ない発想です。義人か、どうかは神様しか決められないのに。

  S園の隣はゴルフ場があっただけでしたが、近隣には多摩ニュータウンがありました。でも、そこの人は僕の見た限りでも、誰も来ていなかった。無関心だった。大体、多摩ニュータウンは高級役人の立案で人為的に作られたところ。抽選で入ってきたものばかり。特に当時は近隣の関係は非常に悪く、住民同士は大体が無関心。関わり合うとケンカになっていた。ケンカが多かった。殺人事件や暴力事件も報じられていたわけです。住民同士が付き合えなければ、その近くのS園に関われない。無関心になると。それ故、S園も孤立して、社会性を欠くようになり、園生たちが絵や詩を作っても公表のしようもなかった。非常に内向きになり、暗くもなった。社会性を欠けば、園生たちの自立の事も考えられるはずもない。園長も元々は小児科医。脳性まひ医学に乏しく、その関係の情報も外部から入らず、医療用麻薬で緊張を緩和したり、炎天下の日光浴というおかしな事ばかりしていた。これが真相でした。

  1960年代から首都圏では近隣から孤立した母親が育児ノイローゼになる例が激増し、大変な事になっていましたが、それと同じメカニズムでした。因みに、今は日本中がそのようになっており、又、高齢者への介護ノイローゼや、離婚の前段階である結婚生活ノイローゼも非常に多発しており、S園はまともになったものの、日本全体は当時よりも深刻な状態になっていると言えましょう。
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