文章家を志すサラリーマンのブログ

下手の横好きで文章を書くのが好きな
サラリーマンの雑感等。
サボテン・多肉のことも書きます。

ブランクの、果実。

2018-03-18 | Weblog


なんだかものすごい久々のブログ。

書きたくないとか書けないとか、
そういうことではなく、ブログに気持ちが向かなかったというか。

でも、基本文章を書くのが好きだし、
今日はその本能のようなものに従っている感じです。



約1年のブログブランクの間、なんだかいろいろありました。



母がすい臓がんを患って
手術、入院を経て今は抗ガン剤治療を行っているところです。

体重は10キロくらい落ち、髪もほとんど抜けてしまっています。

でも、当初心配していたよりは元気に過ごしてくれています。

手術の日は、12時間に及ぶ大手術になり、
その日は長時間ずっと張りつめながら
父と姉と3人で無事の手術の終了を待ちました。

入院中も、週に1~2回くらいは見舞いに行っていました。




同時期、私は首から右腕が強く痛み、
整形外科(形成外科??)に通っていたものです。

電気と温熱によるリハビリもやりました。




昨年まで親しくしていた若い看護師さんとも今では
連絡は取らなくなりました。

まあ、そんなもんでしょう。

現実的な関係じゃないよね。

そう言い聞かせることで自分を納得させている部分も
あるにはあるんですけどね。

寂しいんですけどね。




長く世話になっていた美容師さんも、先月で引退となりました。

28歳の若者で、男子校トークみたいな感じが
いつも楽しかったです。




自分と何らかの形で関わってくれた人たちとの
別れもまた、このブランクの間にはあったというわけです。




で、今現在。

「持病」が疼いて調子は冴えません。

仕事以外の部分ではそれなりに楽しんでいる面もありますが、
調子の悪いときは勤怠やら仕事にかなり支障もあります。

「ああ、俺はもうだめなのかな・・・」

こういう思いが拭えません。

「今まで踏ん張ってやってきたけれど、もはやこれまでか」
とか。

「俺一人なんでこんなに苦しまなきゃいけないんだろう」
とか。

でも、それじゃいかんでしょ?という思いも
心の中には同居しているから、
だからこうしてブログを書いているのかもしれず。




再開してみて感じているのは、
やっぱ好きなことやってる時って気分も悪くないよね、
っていうこと。

高揚感みたいなものもあるような気がします。

何かを思い出したような、そんな気もします。




うつ病というより躁鬱に近い自分。

過集中、過活動、頑張りすぎなんかで
反動で心身ともにダウンしてしまってうつになる。

そんなわけで、仕事に限らず頑張りすぎたり、
のめりこみ過ぎたりで再発するのが怖くて、
ビクビクしている自分がいます。

たぶん、周りには気づかれないけど。

再発して、うつになって、最悪休職して、卑屈・自己嫌悪になる。

今まで何度となく味わってきているだけに、もういやだ。





躁状態にも、うつ状態にも、陥るのが怖くて怖くて
必要以上に委縮する。

委縮してばかりで過ごすもんだから
かえって精神的にも良くない。

ならば、誰かに言われるというよりは、
自分にしかわからない感覚を大事にして、ある程度好きなように過ごす。

それだったら悔いもない。

そういうことではなかろうか。




ブログを書かなかった約1年のブランク。

なんだかね、自分の文全体の調子というのかな、
自分で今日こうして書いてて、「あれ?変わったかな?」
と思ったりしています。

年齢は1つ重ねた程度でも、人は変われる。

ということなのかな。




時間の長短にかかわらず、
いいことも辛いことも、ともに共存させて味わっていく。

そうすれば自ずと中身の濃い人生になる。

辛いことなんていらないし、避けたいけれど、
あればあったで彩になるから不思議なものです。




ブランクの、果実。

その間に、たぶんだけど、自分が変わった。

もちろん、いい方に。

そういう意味じゃ、ブログに限らず、
何かしら自分なりにブランクを敢えて設けてみて、
自分の中の変化を感じてみる。


そういうことも、人生の味わい方の1つなのかもしれません。

英語に、わざわざ「ブランク(blank)」という言葉が存在するのは、
もしかしたら何かしら深い意味があったりするのかもしれませんね。
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戻る戻らない

2017-07-09 | Weblog

20代の頃、前職で良からぬ仕事をしていました。

もちろん、会社の仕事として。

辛くて辛くて、帰宅後部屋で泣いたこともしばしば。

一方で、不貞腐れて飲み歩き、自暴自棄になったりしたものです。

辛い思い出ばかりではなく、楽しかった記憶も少なからずあります。

でも、もう当時には戻りたくないし、
当時の仕事をもう一度したいかと言えばそれは一切ないです。




休職生活。

復職を目指してデイケアに通っていました。

通勤訓練も兼ねていたし、復職後を見据えたプログラムも
つまらなくはなかったです。

当時のメンバーも、恐らくは復職して一企業戦士として
活躍していることでしょう。

月に1回の診察で、当時のメンバーには誰かしら会いそうなものですが
めったに会いません。

「どうしてるかな」

懐かしいような思いもありつつ、でも一方で、
「我々はもう会っちゃいけない間柄だよな」とも思うわけです。

休職中の自分たちは、仮の姿。

あくまでも、自らの職場に戻ることが目標です。

そして、二度とデイケアには戻らないようにすることが大事。




先日、高校時代の友人たちと会いました。

16歳から18歳までの3年間、濃い時間を過ごした仲間です。

高校卒業後もちょくちょく会ってきていて、
気づけばお互い40を過ぎています。

いくつになっても、会えば高校時代に戻ることが出来る。

話していて、腹の底から笑えてしまえる感じ。

同時に、刺激ももらえたりします。

お互い家庭もあり、自分の世界もあり、
そうたびたび会えるわけではないですが、
やはり時々会いたくなる。

会いたいのとともに、高校時代に、いっとき戻りたい。

たぶん、そういうことなんだろうと思ったりします。

戻りたい時間、場所、人との関わり。

それらが、高校時代にはある。

そんな感じです。




人生をトータルで眺めるとき、戻りたい場所や時間と
戻りたくない場所、時間は、どっちが多いんでしょうね。

恐らく、どっちかがゼロということはないはずです。

言えるのは、戻りたくない場所や時間であっても、
それらが自分にとって有意義なものであったならば
それでいいんじゃないかということ。

その当時のことを浮かべて、何らかの感慨に浸ることが出来るのであれば
それでいいのではないかと。




戻りたいという感慨。

戻りたくないという感慨。

どうせなら、両方たくさん味わえたらいいんだろうなあ。

それが、人生の醍醐味かも知れない。

そんな風に思います。
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主人公

2017-07-02 | Weblog

前回の記事で、会社の同僚女子からその友人を
紹介してもらったと書きました。

といっても会ったことはないので、今のところLINEだけ。

それでも、当初よりLINEの往復が増えてきました。

向こうもだいぶくだけてきたのがわかります。




関西の子なので、関西弁も徐々に出てきました

文面上で、ツッコミを入れてきたリします。笑。

ということは、私が無意識にかどうか、ボケてるんでしょう。

共通の友人になった、私の同僚の子からも、
その友人にちょいちょい私に関する情報が行っているみたいです。

それを考えると、下手なことはできないねと。

「水着を買いました」と来たので、
「見せて♡」などとハートマークをつけて返信するような愚は
犯してしまいましたが、犯してはならない。笑。

ま、なんだかんだで、楽しければOK。



まだ、会うとか会わないとか、そういう話にはなっていません。

どうしても会いたいとかいう思いもまだないですし、
会わなきゃいけないということもない。

何かの機会に向こうが東京に来るか、
こちらが関西まで行くか、どちらかでしょう。

出来ることなら、私の同僚の子を交えて、3人で会う。

それが自然なんだろうなと思っています。

私はともかく、その彼女にとっては最もいい形でしょうね。

自分主体ではないですけどね。



あるべき姿とか、理想の形だとか、望ましい状態だとか、
とりわけ異性との関係においては、言われるもしくは思われることって
あるような気がします。

年齢差はこれくらいがちょどいいとか、こういう出会いが理想とか、
男が尻に敷かれるくらいがいいとか。

でも、本当にそうなのっと、時々思います。

人様が考える考え方やらとらえ方は、それはそれでいい。

ただ、それが自分にうまい具合にフィットするとは限らない。

要は、主人公は誰なのかということだと思います。

他人がこう考えるからとか、周りがこう言うからとか、
そういうことに縛られすぎない方がいい。

そう思います。

簡単に言えば、周りに大きな迷惑をかけない限りという前提で、
楽しければそれでいいじゃんっという割り切りも大切。

他でもない、自分自身が楽しんでいる。

自分が自然と主人公になれている。



なんだかんだで楽しいんだよなあ。

俺もかわいいとこあるよな。

よくやるよ俺も。

こういうのもいずれはいい思い出だな。

そんなことを言いながら、そんな自分につい微笑む。

それでいいんじゃん?と。



40過ぎてまだ独身。

子供もいなければ金もなし。

それが私の現実ですが、それらもまた、
どこか自分が主人公になっていない。

周りの尺度でモノを見ている節がある。

でも、独身で子供もいないからこそできることがある。

考えられることがある。



独りよがり、強がりの面もなくはないと思います。

でも、自分主体に、自分が主人公として今現在何が出来るのか、
この先何をするのか。

結局、その延長線上にこそ、自分の未来があるのだろうと思います。



今年も半分が過ぎました。

明日からも、自分がどれだけ主人公でいられるかな。

そんなことを、頭の片隅に入れながら過ごしたいものです。
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始動

2017-06-25 | Weblog

先日、会社の同僚の女の子に、久々に会社のチャットを送りました。

しばらく産休で休んでいたので、何年も連絡を取っていなかったのですが、
なんとなく思いついて。

何往復かする中で、
「○○さん(私のこと)まだ結婚してないんですか?」
「彼女は?」

こういう話になるとは思わず。

「紹介しましょうか?」




なんとなく近況報告するだけのつもりが、こんな展開に。

その子が、その友人のLINEのQRコードを送ってくれました。

以来、先週の金曜から今日まで数往復。

なんとなく明るくて面白そうな感じの子だな。

ということくらいはわかるものですね。




最近、妙な夢を見ることが増えています。

時々記事にしている20代女子と喧嘩する夢、
銀歯がボロボロと抜ける夢、
隕石が我が家に衝突して爆発する夢。

なんだか気になって、夢占いのサイトでその夢の意味を知りたくて
調べてみたり。笑。

夢占いをどこまで信じるかは別として、
上記のような夢を見る人って実際にいるみたいですね。

なにやら、「変化が起こる前触れ」なのだそうです。




サイトの説明を見て、「ついに何かが動き出すのかな」
と思っていたところです。

一方で、「変化」って何だろうとも思っていました。

一体何が変わるんだろうなあと。

次なる出会いのチャンスか!?とか思ってしまう自分がいたり。

そうなるとLINEのやり取りも楽しくなってきたり。




数年前、学生時代の先輩と飲んでいるときに出た会話です。

「一旦動き出すと結構早いよ」

別に異性がどうということではなく、
人生全般というか、そういうことなのだろうと思います。




自分でも強すぎるほど感じてきた、ここ10数年の停滞期が、
恐らくはそろそろ終わろうとしている。

もしかしたら、もうとっくに終わっているかもしれず。

であるならば、先程の先輩の話ではないけれど、
自分の中で何かが動き始めている。

そう思いたい。




図らずも、来月から部署も異動。

関わる人も、やる仕事も変わります。

ここにも、変化の兆しが。

「これから自分は変わっていくんだ」

そうした思いを抱きながら過ごす日々。

なかなか粋なんじゃないかな。

そんな風に思います。
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依存の、その先へ

2017-06-18 | Weblog

先日来、記事にしている20代の女子とは、
なんだかんだでしばらく関係は続きそうです。

もっとも、会える頻度は減りそうですが。

出費は、もっと減ってくれそうですが。笑。

今までは、もしかしたら力みや気負い、空回りもあったと思います。

だから、何かふとしたことにやや動揺する。

「もしかしたら会えるのは今日が最後かも・・」

なんていう、悲壮な気持ちで臨んだ先日の私の誕生日会。

ごく普通の、今まで通りの「会合」でした。

拍子抜け、という感じです。

彼女の存在に、ある意味依存していたのかもしれません。




最近、「キャリア」だとか「キャリアアップ」ということを
真剣に考えるようになりました。

ものすごく抽象的な概念のように思いますが、
キャリアアップは、複数の視点でとらえることが出来るんだなと思いました。

今年いっぱい、このテーマを深掘りしようと思っていますが、
その中で、「パラレルキャリア」という考え方もあると
知らされました。

要は、本業以外に何かしらの仕事やその周辺を持って生きていく。

文中で言う、「2枚目の名刺」という言い方がしっくりくるかな。

私で言えば、本業の会社員もしっかりやる。

同時に、会社のものではない名刺を作り、使って、
何かしらの活動を行う。

本業ではない、むしろその2枚目の名刺が広げてくれる世界があるのだ、
だからこそ本業依存はもったいない。

そういう主旨です。




20代女子と会う機会が減っていくのも、
むしろそのことで肩の力が抜けてくれそうな気がします。

その分、今までよりももっと気楽に会えるかもしれません。

代わりに、キャリアアップということを真剣に考えるようになってきました。

今さらながら新聞に目を通すようになり、英語の勉強も再開しています。

依存のその先に、新しい世界が待っていた。

そんなところかもしれません。



これからの人生、「2枚目の名刺」をどんなものにしていこうか。

私の場合は、物書きとしてのそれになってくれたらいいなあ。

自分が、半ば癖のように抱きがちな依存に早いうちに気付き、
そこから少しずつでも抜け出ていければ、
2枚目どころか3枚目、4枚目の名刺も作っていけるのではないだろうか。

そうやって自分自身を作り上げていくことで、
より充実した、有意義な社会人人生が待っている。

そういうものなんだろうと思います。

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