東野としひろ活動NEWS

東野としひろの活動報告やメッセージをお届けします。

リニューアルされた東はりまフォルクスガーデン

2012-08-31 06:03:19 | 地域行事
 東はりまフォルクスガーデンでは、先月から管理事務所のリニューアル工事が行われ、新しく食事が提供できる『ナーシャ』が誕生しました。



 『ナーシャ』は、宮崎直美さんを代表とするフォルクスガーデンの管理運営委託を受ける住民組織の名前でもあります。『ナーシャ』は、宮崎さんが憧れるターシャ・チューダーさんの庭から採っています。ターシャさんは、ボストン生まれで、画家であり、作家であり、本格的な庭師であり、デザイナー兼仕立て屋であり、腕利きの料理人でした。究極のナチュラルガーデンと言われ、世界中の人々の憧れの的となったターシャの庭です。フォルクスガーデンの庭園の美しさと「ナオミ」から『ナーシャ』と命名されたそうです。
 以前は、『やまぼうし』と呼ばれていましたが、新しいメンバーの加入や今回のリニューアルで、名称も新しくされたそうです。



 宮崎さんを中心とするグループの皆さんは、これまでもフォルクスガーデンの活性化を目指して、様々な取り組みをしてくれました。ガーデニング愛好者を対象にした寄せ植え教室、写真・絵画の作品展、らららコーラスや静物画教室、トールペイント教室の開催などなど。また、喫茶やケーキセットの提供も行い、喫茶の充実も図り、多くの来園者を迎えるようになってきました。
 自然豊かな英国風ガーデンを背景に、心の安らぎを求める多くの方のリクエストにこたえる形で、新しい企画やイベントを行ってきました。



 今回のリニューアルは、ランチを提供できる調理室やカウンターを中心にした整備を行い、収益性も取れる施設を目標としているようです。



 私も、リニューアル後のフォルクスガーデンにランチを食べに行ってきました。宮崎さんや応援に来られていた友人の方々が、一生懸命働かれていました。ランチは、予約を基本としています。黒田庄和牛をメインにした焼肉風ランチでした。カウンターで食べたのですが、スペースが広く、明るい雰囲気がしました。ランチの味は、まずまずでした。
 今回のリニューアルで、東はりまフォルクスガーデンがさらに多くの方に親しまれる施設になることを、祈っています。
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山形ガールズ農場

2012-08-30 06:04:52 | 農業・林業
 先日、「山形ガールズ農場」のことについて知る機会をえました。最初に知った時、大変驚きましたが、日本農業への大きな起爆剤を与える組織として皆さんに紹介します。
 山形ガールズ農場は、山形県村山市の最上川沿いにあります。農業生産法人の国立ファーム株式会社が運営2009年4月に発足しました。代表者は高橋菜穂子さんで、現在、社員は5名です。最近まで農業に全く従事していなかった、20代の女性達です。
 生産面積は野菜80アール、米150アールです。栽培作物は、トロトマト、小玉スイカ、サンふじ、佐藤錦、野菜一般、コシヒカリ、飼料米等です。加工品として、野菜プリン、米粉クッキー等があります。
 山形ガールズ農場は、女性のための女性の農場を目指し、農業を魅力ある職業としてもっと世の中の人たちに広く知ってもらいたい。そんな想いを抱いてがんばっています。農業は、生産だけではありません。販売、加工、飲食店、農業の周りに広がる農業ビジネスを女子の視点から、魅力あるものへ変えていきたいと考えています。
 生産から販売まで農業の川上から川下まで、ビジネスを知った農業人として成長することが、山形ガールズ農場の使命です。
今年(2012年)、山形ガールズ農場は、「メイド付き農園」と呼ばれる新たなプロジェクトを始めました。オーダーメイド制のレンタル農園です。長期間越れないときは、代わりにガールズメンバーが野菜の世話をしてくれるそうです。
 区画-50区画(1区画=5坪=約畳十枚)で、料金(税込)-1区画 ¥78,400です。畑で収穫した野菜を届けてくれます。(年6回まで無料)
 農業の6次産業化のモデルのような取り組みです。機会があれば、一度伺いたいと願っています。
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『6次産業経営力を磨く』

2012-08-29 06:22:59 | 農業・林業
 皆さんは、6次産業という言葉をご存知ですか?
6次産業とは、1次産業(農業・林業・水産業)と2次産業(製造業・工業)と3次産業(商業・サービス業)を足したものという意味でつかわれています。特に、農業分野において、農産物を生産するだけでなく、農産物を生産し、商品化するために加工し、さらに商品として販売するまで行うことを6次産業と言っています。日本農業の将来は、各地で6次産業としての取り組みができるかどうかにかかっていると言われています。
 6次産業の成功例として注目されているのが、滋賀県彦根市にある『有限会社フクハラファーム』です。『フクハラファーム』は1990年に設立され、有限会社として法人化されたのは1995年3月です。米・麦・大豆・果樹・野菜の生産、販売を手掛けており、経営面積は約156haにものぼり、従業員は18名です。
 作付の概況ですが、水稲は約142ha(一般主食用米58%、加工用米28%、新規需要米14%)、麦は約14ha、大豆約10ha、野菜(キャベツ・人参・スイカ等)は約4ha、果樹(梨、ブルーベリー、ブドウ、イチジク、柿)は約1haです。
 『フクハラファーム』の経営理念は、地域と協調し、プロ意識を持ち地域を牽引する、明るく生き生きとした職場づくりだそうです。そして、生産現場に軸足を置いた経営を目指しています。具体的には、アイガモ農法やJAS有機栽培に取り組むなどモノつくりへのこだわりを持っています。また、圃場の大規模化を破格など、徹底した低コスト農業を追及しています。さらに、水稲だけでなく、野菜や果樹等の園芸品目を導入するなど、農業生産の総合化を図っています。
 『フクハラファーム』は、将来の展望も明らかにしています。それは、地域農業のけん引役としてさらなる発展を目指し、そのために、後継人材の育成と会社経営の持続的発展だとしています。具体的には、①経営面積200ha、②少数精鋭による営農体制の構築、従業員一人当たり20ha、③緻密で周到な生産管理による品質の均一化、安定生産、④需要に応じたコメ作り(契約栽培、有機JAS無農薬栽培)、⑤多様な人材を活用した農業生産の総合化(野菜、果樹)
 福原昭一社長は、6次産業として成り立たせる秘訣は、①モノ作りへのこだわりと熱意、②地域との密着性、③人材育成、④ブームに乗らない地道な経営の4点を挙げられました。
 西脇市多可町の農業を考えるうえでも、『フクハラファーム』の取り組みは参考になります。
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山口正晃邸の庭園

2012-08-28 06:25:53 | 地域行事
 8月24日、西脇市高田井町にある山口正晃邸の庭園を見せていただいてきました。



山口さんとは、NPO法人北はりま田園空間博物館の役員を通じて、親しくしていただいていました。フェイスブックを通じて、山口さんが庭園の紹介をしておられましたので、「一度見せてください」とお願いしていました。



 山口さんの庭園は、山口さんのお爺様が戦後、庭園士として有名な重森三玲氏に頼んで造られました。重森氏は、戦後、西脇市内でいくつかの庭園を精力的に造られました。野中町の村上家でも見せていただきましたが、とても素晴らしい庭でした。岩と木々の調和のとれた日本庭園の良さを存分に見ることができました。
 山口邸の庭園も、年月が過ぎ、竹垣や庭の傷みがひどくなったため、3代目の山口正晃さんが、本格的に修復しようと専門家に相談されたそうです。



 庭の修復には、重森三玲氏の弟子である岡山県の岩本俊男氏が担当されました。ツツジ等を伐採し、昔の苔山に復元されました。土止めも作り、石砂利(白川砂)は、岐阜から運んできたそうです。竹垣も、本当に立派なものに復元されました。
 復元した庭園を維持するのが大変で、山口さんは、石砂利に3本線を引く木引きも手作りで作られています。苔も枯れたら補充できるように、予備に生育施さておられました。水も、毎朝夕キッチリと撒かれているとのことでした。補充の土も、鳥取県の大山から取り寄せています。お話を聞かせていただきながら、庭園を維持するのは本当に大変だなと痛感しました。



 山口邸は、西脇中学校近くにあり、周囲には、杉原川から引かれた疎水が流れています。とても、風光明媚なところです。ぜひ、皆さんにも見ていただきたいと思いました。



 山口さんは、「自分の先祖が残してくれたもの(庭)を、自分なりに大切に感じ、復元し、次の代に伝えていきたい。」ときっぱり話されました。山口さんのポリシーに触れた思いがしました。
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第33回兵庫神鍋高原マラソン全国大会(その2)

2012-08-27 07:17:32 | プライベート
 私が神鍋高原マラソンに参加している理由の一つは、走り終わった後に食べるスイカの味が忘れられないからです。35度を超える日中に汗だくだくになりながら、走り終わった後のスイカは美味しいだろうなと想像しながら、私は走っています。本当に、美味しいです。



 神鍋高原マラソンは、参加してくれたランナーやその家族・応援者に様々なもてなしを考え、まちを挙げて取り組んでくれています。



 ランナーには気持ちよく、朝の涼しい間に走ってもらおうと、朝6時半から受け付けがされます。走るコースでの給水や霧の噴霧も、考えられています。ゴールしてからも、その記録や表彰式も順次すぐに行ってくれます。遠方からの参加者に、配慮してくれていることがよく分かります。


 走り終わった後のサービスは、スイカ、プチトマト、ヤクルト、焼きイワナ、但馬牛の焼き肉と、お腹がいっぱいになります。スイカは、食べ放題です。それ以外にも、冷たいお茶や水のサービスを、常時行ってくれています。



 マラソン大会の日が子ども達の夏休み最後の日曜日になることもあり、家族連れで前日から来ている方も多いようです。イワナのつかみ取りには、行列ができるほど子ども達が並んでしました。
 来年も行きたいなと参加者や家族が思える取り組みを、まちを挙げて取り組んでいるため、年々参加ランナーが増え、定員の5000名がすぐにオーバーするそうです。
 神鍋高原マラソンは、旧日高町の時代からまちを挙げて、取り組んでこられました。故清水町長さんが、「自慢の大会ですから、ぜひ来てください。」と話されていたことを思い出します。



 合併後の新豊岡市においても、大切な大会として中貝市長のもとで、さらに規模が大きくなってきていることを嬉しく思いました。
 ありがとうございました。
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第33回神鍋高原マラソン全国大会(その1)

2012-08-26 16:35:18 | プライベート
 8月26日、第33回兵庫神鍋高原マラソン全国大会の10キロの部に出場してきました。



 見事とまではいきませんが、自分なりによく頑張ったとほめてやりたい結果でした。記録49分37秒、9部(10キロ男子50歳代)300人中51位、10キロ1674人中293位でした。



 私の目標は、55分以内に完走することでした。神鍋マラソンには、これまで5キロの部に6回参加し、26分~31分でした。今年の夏休み期間中、朝5時起きで、5時半からラジオ体操の始まる6時半までの約1時間、妻たちとトレーニングを積んできました。
 そこそこ走力がついてきたなと思っていましたが、初めての10キロで、神鍋特有のアップダウンの激しいコースでしたから、不安いっぱいでした。
 8時55分、スタートの合図で飛び出しました。すぐに、約1キロ余りの登りが続きます。最初飛ばしすぎると後でバテルと思いながらも、少し飛ばし気味のスタートでした。夢中で走っていると、時計も付けていないこともあり、どのくらい走ったのだろう、何キロ地点だろうと、徐々に疲れが出てきました。



 それでも、給水のサービスや沿道からの応援で、もう少し頑張ろうと意欲が出てきました。子ども達がハイタッチで応援してくれるところ、自宅の水道水を霧のように吹きかけてくれたりと、本当に暖かい応援で走りきることができました。
 残り1キロ地点から長く感じるコースですが、朝練習で約500mの登りのダッシュを体験していたため、頑張りきることができました。
 私の体重は、教師時代には約65キロでしたが、教師を辞めてからは徐々に太りだし、約77キロ近くになったこともあります。2年前に、タバコをやめてから食事が美味しく、体重が気になっていました。しかし、よく食べているにもかかわらず、現在、体重は67キロです。お腹周りや首周りの脂肪が取れています。



 神鍋マラソンは、自分の夏の練習の成果を見る大会として、また、中貝市長をはじめ豊岡市民の皆さん気持ちの良いまちづくりを見せていただく機会として、楽しみに参加させていただいています。
 来年の参加も楽しみにしています。
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明治大学マンドリン倶楽部神戸演奏会

2012-08-25 08:26:22 | プライベート
 8月24日夜、楽しみにしていた明治大学マンドリン倶楽部神戸演奏会に行ってきました。



 明治大学マンドリン倶楽部は、大正12年に古賀政男さんたちが創立され、今年で創部90周年を迎えました。古賀政男さんとともに、伝統あるクラブとして有名です。定期演奏会も、170回を数えるそうです。春休みや夏休みには、全国での演奏旅行も行っています。
 今回の神戸演奏会は、明治大学校友会兵庫県支部10周年記念を兼ね、神戸こくさいホールで行われました。明治大学は、東京6大学の一つですが、全国に卒業生の集まりである校友会が組織されています。
 私の息子も明治大学競走部でお世話になった時、箱根駅伝や全日本大学駅伝の時、沿道に紫紺の『明治大学』の幟や旗を持った校友会の皆さんたくさん応援に来ていただきました。今回も、明治大学校友会西脇支部の皆さんと一緒にバスで行ってきました。



 神戸こくさいホールは、超満員の聴衆で埋まっていました。演奏会は、第1部日本のメロディー、第2部美空ひばり特集、第3部世界の名曲の3部構成でした。



 第1部のオープニングは、明治大学校歌でした。会場から、「おーおー明治、その名ぞ吾等が母校」という歌声が聞こえてきました。プロ以上の見事な演奏会でした。楽しかったです。『夜明けのスキャット』や『おしん』等とともに、古賀メロディの『影を慕いて』『丘を越えて』の演奏もありました。
 第2部のオープニングは、『真っ赤な太陽』でした。美空ひばりの代表作が次々と演奏されました。私の好きな『悲しい酒』『川の流れのように』『愛燦々』も演奏されました。
 第3部のオープニングは、『トップオブザワールド』でした。『ラテンメドレー』『シェブールの雨傘』『アンダルシア』など、私もよく知っている名曲の演奏でした。
 アンコールは3回も起こり、最後は、全員でマンドリン倶楽部の演奏で『ふるさと』を合唱しました。プロ顔負けの素晴らしい演奏会でした。
 私は、今回で3回目の鑑賞ですが、また行きたいと思いました。
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岸本ぶどう園

2012-08-24 05:57:23 | 農業・林業
 8月23日の午後、西脇市平野町の岸本ぶどう園に行ってきました。



 加西市や小野市、加東市には、ぶどう栽培農家がたくさんおられますが、西脇市のぶどうを本格的に栽培している農家を私は知りませんでした。



 岸本ぶどう園の代表の岸本修三さんは、酒米の山田錦をはじめ稲作や野菜を栽培する平野町を代表する専業農家でした。農業委員やJAみのりの役員として、西脇市の農業をリードしてこられています。



 そして、新しいことにも挑戦しようと昭和62年、ブドウの栽培をはじめられました。今年で、ちょうど25年になります。当初、20アールのぶどう園でしたが、現在38アールに増えています。
 大々的に栽培されているのではなく、高品質のぶどうを栽培することに心がけられているそうです。収穫されたぶどうは、多い年で500箱余りあったそうですが、年により変動が激しいそうです。昨年は、あまり出来がよくなかったそうです。



 そのため、ブドウの品種も、大粒の『藤稔』や『ピオーネ』、瀬戸ジャイアンツ、桃太郎という品種なの多品種を手掛けられています。
私が訪れたときは、今年最初の収穫だという『藤稔』の箱詰めを奥さんと一緒にされていました。大粒の見事な出来栄えで、私も両親の土産に買わせてもらいました。
 岸本ぶどう園は、岸本さんと奥さん、息子さんの3人で仕事をされています。果実の栽培は、消費者に喜んでもらえる美味しさの研究や数量の確保、害虫対策など大変な苦労があります。
 これからも健康に気を付けられて、西脇市の農業発展のため、頑張っていただきたいと願っています。
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我が国の領土問題

2012-08-23 05:09:19 | プライベート
 現在、我が国の領土をめぐって、近国から様々な攻撃が加えられ、政府の対応を巡って国民の不満が高まっているように思います。
 竹島問題における韓国との関係、尖閣諸島における中国との関係、北方領土におけるロシアとの関係があげられます。
 本来、戦争後の戦勝国として領土獲得した土地は、第2次大戦後返還する必要があります。朝鮮の独立、台湾(中華民国)の独立、南樺太の返還が挙げられます。ただし、本来日本の領土であった所は、当然、日本の統治に属すべきです。
 千島列島は、1875年、当時のロシアと千島樺太交換条約によって、日本領土となりました。しかし、第2次大戦後の旧ソ連の実効支配、1951年のサンフランシスコ講和条約によって、千島列島の放棄がうたわれたため、ソ連の領土として認められたかのように感があります。しかし、 千島列島は、樺太との交換により、平和的に日本領になりました。北方4島(国後島、歯舞諸島、択捉島、色丹島)は、千島列島ではないとの政府見解で交渉しようとしていますが、正しくないように考えます。
 尖閣諸島は、本来日本領土ですが、近海の地下資源の関係で急きょ中国が領有権を主張し始めました。しかし、尖閣諸島を日本国が実質支配をしていますから、中国人が乗り込んできた場合、逮捕し、強制撤去がさせることができます。
 しかし、竹島は、本来日本領土でありながら、韓国が軍隊を配備し、実効支配をしています。日本人が竹島に強引に上陸しようとすると、逮捕されるか、銃殺されるかもしれません。
 竹島問題の歴史的経過を風刺風に表現した文章を紹介します。
米 ―「よーし日本、持ち主はいったんすべて置け」(1945年ポツダム宣言)
韓国―「チャンス!あの島欲しいな…」
米 ―「竹島は日本の領土だから駄目だよ」(1951年ラスク書簡)
米 ―「竹島は日本のものとする!この約束は来年4月28日から有効!」
(1951年サンフランシスコ講和条約)
韓国―「やば!日本のものになっちゃう!あの島は韓国のものです!」
(1952年李承晩ライン)
日本―「こっちは、江戸時代から渡航許可(1656年)を出していたし、そっちは、地図にも乗ってなかったでしょ。」
韓国―「いや、この地図に書いてあるでしょ!」(1530年八道総図)
日本―「方角もサイズも全然違うでしょう。」
日本―「もめごとがあったら、喧嘩じゃなくて話し合いで解決しようと決めたね。」(1965年日韓国交正常化)
    以上が分かりやすい歴史的経緯です。そして、国際司法裁判所で判断してもらおう政府が主張している根拠です。
 これまでの日本政府の怠慢が、こうした事態を引き起こしていると言えます。日本は周囲を海で囲まれているため、日本は領土問題について真剣さが足りないと言われます。そのつけが、現在の領土問題になっているように考えます。
 私たち日本国民も、領土問題の歴史経過をしっかりつかんで、発言する必要があると考えます。
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富永信義さんの第3回ギャラリー展

2012-08-22 05:51:40 | 地域行事
 8月20日、西脇市民病院エントランスホールで開かれている富永信義さんの第3回ギャラリー展を診てきました。



 第3回ギャラリー展は8月2日から始まるとの案内を7月中ごろにいただいていたのですが、お盆を過ぎた今日行くことができました。
 今回で3回目を迎えるギャラリー展は、8月2日から8月30日の会期で、写真と絵画が展示されています。病院入口のエントランスホールは、広々とした空間ですが、富永さんの絵画や写真にピッタリの空間のような気がします。


  
 富永さんの絵画は、人物の動き、しぐさを特徴的に捉え、抽象的に、幾何学的に描かれています。よく似ているようで、一つ一つの作品はよく見ると違っています。私は、富永さんの作品をじっと眺めるのが好きです。上手に言えませんが、楽しい気持ちになります。
 また、富永さんは、西脇市内をはじめ街並みや自然の写真、子ども達などの人物写真を多く撮られています。今回出展されている写真は少ないのですが、見ごたえがありました。



 会場のテーブル上に置かれた色紙画は、希望をすれば、無料で頂くことができます。昨年もいただいたのですが、今年も青色をバックにした作品をいただきました。写真は、童子山から西脇市街地を見た写真をいただきました。



 会期は、8月末までです。残り10日になりましたが、一人でも多くの方に見学していただきたいと思いました。
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