東野としひろ活動NEWS

東野としひろの活動報告やメッセージをお届けします。

西脇多可理容師組合総会

2009-03-30 16:57:00 | 地域行事
 西脇市と多可町で理容店を開かれている皆さんが、親睦を深め助け合う組織が西脇多可理容師組合です。今日は、平成21年度の総会が、職業訓練センターで開かれました。
 現在の西脇多可理容師組合の会員は、西脇市が31名、多可町16名、計47名です。組合離れが著しく、会員数が半減したと言われます。また、理髪のチェーン店が西脇にオープンして以降、その傾向が強くなったと聞きました。しかし、個人営業である理容師の方が、いざという時のための共済や親睦活動を行うためには組合が必要です。今残られている47名の方は、組合の意義がわかっておられ、今日の総会にほとんどの方が参加されていました。
 今日の総会では、理容師組合として長年取り組まれてきた青野ヶ原療養所や老人施設への散髪ボランティア活動が、高く評価され、兵庫県から「のじぎく賞」が贈られました。また、功労者表彰や還暦表彰等がありました。80歳になられても元気に第一戦で頑張っておられる方も表彰があり、私もよくお世話になっている黒田庄町喜多の藤原辰雄さん、西田町の宇野六三郎さんが受賞されました。今後も、お元気で活躍いただきたいと思いました。
コメント

地域の力を感じる一日

2009-03-30 10:07:47 | 地域行事
 今日(3月29日)は、地域の力を感じる一日でした。
 まず、西脇市消防団第5分団(比延地区)の消防大会並びに入退団式が、比延小学校で行われました。消防団は地域防災のみならず、各町の様々な行事の警備等の任務に当たってくれています。町運営では、最も頼りになる団体になっています。第5分団では、12名の方が退団され、新たに14名の新入団員が加わりました。今後も、岸本分団長の下、第5分団の活躍に期待しています。
 次に、高田井町の初総会に参加しました。21年度事業計画では、伝統行事の保存と継承と併せ、今年から隔年ですが「高田井町文化祭」を行い、地域の文化の育成交流を図ることが提案されていました。子ども達の見守り隊の活動も活発に行われています。
 続いて、津万の女性会総会に、初めて顔を出させていただきました。これまでの婦人会組織が、各地で崩壊状態になってきています。婦人会に変わる組織として、各町単独の女性会が組織されてきています。地域における女性の皆さんの活躍が大きく期待されています。活動を維持するためには、大変な苦労が伴いますが、ぜひ頑張っていただきたいことをお願いしました。
 引き続いて、市民会館中ホールで開かれている『絵手紙展』を見学してきました。市内各地で開かれている仲埜末子先生の絵手紙教室の作品が、会場一杯に飾られていました。作品には、自分のこれまでの人生やご主人や子ども達に感謝する添え書きが付けられており、胸を打たれました。高齢者の方の作品が多かったのですが、「老いてもなお学び続ける」「友と共に学ぶ」力強さを感じました。



 最後に、成田山での「春の交通安全祈願祭」に出席しました。もうすぐ、新学期が始まり、入学式も各地で行われます。子ども達が元気に学校に通えるように、交通事故による死傷者が一人も出ないように私も祈願しました。先日、交通安全協会野村支部総会に出席した際、地域の力で「子ども達や高齢者を交通事故から守ろう」という取り組みを聞かせていただきました。
 経済状況が悪く、景気のいい話を聞くことがほとんどありませんが、こうした時だからこそ、より「地域の力」で支え合っていくことが重要だとも考えています。
コメント

森脇京子講演会『袖振り合うも多生の縁―ふるさと西脇だんだんー』

2009-03-29 08:49:51 | 文化・スポーツ
3月28日の午後、西脇商工会議所女性会主催で脚本家の森脇京子さんの講演会がアピカホールで開催されました。森脇京子さんのことは、このブログでも以前に紹介したことがあります。昨年帰郷された折、商工会議所女性会の方と一緒に、私も森脇さんに無理を言って、実現した講演会でした。
 今日は、森脇さんが脚本を手がけられているNHK連続テレビ小説『だんだん』の最終回が放映された日でもあり、何かの「縁」を感じる講演会でした。講演のテーマも『袖振り合うも多生の縁―ふるさと西脇だんだんー』でした。
 講演に先立ち、ティンカーベルの皆さんが、『だんだん』の「縁の糸」ほか番組挿入歌をベルとトーンチャイムで、大変上手に演奏されました。緑の衣装に揃えられたステージは、華やかな講演の幕開けにふさわしいものでした。



 講演の中で、森脇さんがどうして脚本家の道を進んでいったのか、自分が手がけられた『出雲の阿国』や『華岡青洲の妻』、『はんなり菊太郎』などにふれられながら、楽しく話されました。子育て中の出来事、亡き父親忠さんの話も織り交ぜながら話してくれました。

 森脇さんは「自分の気持ちが動かないと仕事はしない」と言われた時、お父さん忠さんの筋を通した生き方を思い出しました。私が、亡くなる前にお父さんを訪ねた時、「京子も、NHK連続テレビ小説の脚本が頼まれるようになると一人前だ」と話されていました。さぞ、天国で喜ばれていることと思います。今は一人暮らしをされているお母さんは、「京子が、大勢の人を前に上手く話せるかな」と大変心配されていました。講演が終了して、会場一杯の大きな拍手を聞いてホッとされたことと思います。



 講演の最後に、西脇市と黒田庄町の合併に触れられ、「宍道湖の水は、海水と淡水が混ざって出来上がっています。西脇市と黒田庄町の合併が、お互いの良さが混ざって新しいまちになって欲しい」と話されたことが、私の胸を打ちました。西脇商工会議所女性会の皆さんが、森脇京子さんの講演を企画された意図もそこにあるように思います。素晴らしい講演会を企画いただいた女性会の皆さん、「だんだん」。




コメント (1)

ひよこ保育園卒園・修了・進級式

2009-03-28 17:30:11 | 教育・子育て
3月28日の午前中、板波町にある「ひよこ保育園」の卒園・修了・進級式に参加しました。ひよこ保育園は、市内10園の内、唯一無認可保育園です。共働きで子育て中の保護者の拠り所として、大変評価も高い保育園です。園舎も一昨年に、保護者会の長年の努力で新築されました。
 今日の式典では、卒園生11名(小学校一年生入学)、修了生3名(幼稚園入園)の計14名でした。井上園長先生が、一人ひとりの成長の歩みを紹介され、最後に『大好きな○○ちゃん、卒園おめでとう』と結ばれます。保護者の方だけでなく、聞いている私たちも心温まる紹介でした。卒園児・修了児の保護者の方の挨拶も、入園した時の様子から現在までの成長にふれたお話で、とてもわかりやすく感動的でした。



 また、卒園式と併せ、進級式も行われ、一年間の節目を子どもと共に保護者の方にも大切にしてもらおうという試みのように思いました。
 プログラム最後の「ありがとうを込めて」は、大変感動的でした。修了児はメダルを、卒園児は手編みのマフラーをお母さんにプレゼントし、お礼の言葉を伝えます。もらったお母さんは、成長の喜びのメッセージを子どもに話します。お互いの心の喜びを伝えるプログラムで、見ている人も涙ぐんでいました。
 2時間半もかかった卒園・修了・進級式でしたが、時間の過ぎるのを忘れるほどで、手作りの良さが存分に表れていて内容も感動的でした。
コメント

故貝原節子さん「お別れの会」

2009-03-28 11:10:09 | その他
 3月27日、朝早く加西市で開かれた「加古川西部土地改良区通常総代会」に出席しました。加古川西部土地改良区は、糀屋ダムを水利にもつ西脇市・加西市・小野市・多可町の農業団体です。私は初めての参加だったのですが、まだ十分分かっていないことが多いです。
 午後から、神戸ポートピアホテルで開かれた故貝原節子さん「お別れの会」に参列しました。故貝原節子さんは、前兵庫県知事貝原俊民氏の奥様です。私が町長に就任した年に、東播磨消費者協会主催の『ひろば展』が黒田庄町で開催された時、初めてお会いしました。黒田庄の町を案内したのですが、大変気さくな方で黒田庄の山並みを気に入ってくださっていました。また、特別養護老人ホーム「向陽苑」の山口理事長ご夫妻と懇意にされておられた関係で、「向陽苑」の記念行事でもお会いしたことがありました。
 「お別れの会」でいただいた『感謝のことばに代えて』と題したアルバムを見せていただくと、故貝原節子さんの人となりがよくわかります。
 故貝原節子さんは、ご主人と同じ佐賀県出身です。家庭を守りながら、知事夫人として公的な活動をされるのは大変なことだったと想像します。特に、阪神淡路大震災からの復旧・復興の陣頭指揮を執る貝原知事を支えられた功績は、大変大きいものがあると思います。そのため、体調を崩されたと聞きます。貝原前知事も、震災復興のめどが立ったこと、奥様の介護を行うため、任期途中で知事を退任されました。知事退任後、少しの期間でしたが、ご主人や家族と「至福の時間」を過ごすことができたようです。
 今日の「お別れの会」には、会場一杯のたくさんの方が参列されていました。短時間でしたが、心のこもった「お別れの会」だったと思います。故貝原節子さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
コメント

野中広務氏『昭和世代からの遺言』

2009-03-27 12:18:42 | その他
 3月26日、午前中に高田井町老人クラブ「長寿会」の総会に出席した後、楽しみにしていた野中広務氏の講演を聴きに行ってきました。北播政経懇話会3月例会に野中広務氏が、『昭和世代からの遺言』と題した講演会が催されました。
 野中広務氏は、京都府園部町で生まれられ、旧制中学卒業後、旧国鉄に勤められ、25歳で園部町議、33歳で園部町長、その後京都府議、京都府副知事を務め、53歳で衆議院議員として国政に出られ、自治大臣、内閣官房長官、自民党幹事長を歴任されています。政治家歴52年間、たたき上げの政治家として有名です。



 野中氏は、原稿を持たず、1時間半、みっちりと話されました。自分が政治家の道を歩まれる過程の話の中で、北播磨との関係にも触れられました。旧国鉄職員時代、旧鍛冶屋線が民営から国有化になった時の鍛冶屋駅の南畝駅長、園部町長時代に交流があった旧八千代町門脇町長の話がありました。自治大臣の時の阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件に遭遇した時の危機管理問題にも話が及びました。
政局問題では、小沢民主党代表の危険な政治手法を具体的に話されました。また、小泉改革が残した弱者切り捨て、地方切り捨て、アメリカ追随について厳しく批判もされました。そして、現在の日本は危険な状態にあるのではないかと憂いておられました。今後、日本が進むべき方向は、近隣の東アジア諸国(中国・ロシア・韓国等)と戦争の傷跡を癒し、しっかりと手をつないだ外交を進めることが必要だと述べ、最後に、再び戦争の道に進んではいけないと結ばれました。
私は、子どもの頃に野中氏ことを父から何度か聞いたことがあります。私の父は、野中氏の2歳上で園部町や綾部市の山の原木を小野市のそろばんやのれんを作っている所へ運ぶ仕事をしていたため、また同じ同和地区出身であったこともあり、『立派な人だ』とよく褒めていました。講演会終了後、野中氏に少し時間をいただいて話す機会を得、私の本『架け橋』を渡しました。
政治に対する考え方が違っていても、野中氏は信念を持って生きる迫力を感じる「政治家」でした。
コメント

『あゆみ保育園保育証書授与式』

2009-03-26 02:57:37 | 教育・子育て
 3月25日、西脇市立あゆみ保育園の保育証書授与式に参列しました。町長時代は、毎年のように参列していましたが、今回は久しぶりの参加でした。
 前田園長をはじめ保育士の皆さんとも、久しぶりにお会いすることができました。今日卒園証書を授与されたのは、27名の子ども達でした。4月から
桜丘小学校1年生に入学する子ども1名、楠丘・桜丘幼稚園に入園する子ども25名、津万保育園に入園する子ども1名でした。少子化を感じる卒園式でもありました。
 卒園証書をもらった後、子ども達が将来の夢を語るのを嬉しく聞きました。「私は、大きくなったら保育園の先生になりたいです」「僕は、大きくなったらロボットを作る技師になりたいです」など。その中で、長濱君が「僕は、大きくなったらお父さんのように消防士になりたい」と話したのを微笑ましく聞きました。西多可消防本部に勤務するお父さんを尊敬していることが、よくわかります。卒園生の多くのお父さん、お母さんは、私の中学校時代の教え子ですから、立派な保護者になっていることも嬉しく思います。




 卒園生の担任の先生は大嶋友希先生で、私の教え子です。中学校時代から「子どもが好きだから保育園の先生になりたいです」と自分の夢を語っていた彼女が、立派な保育士になって子どもや保護者の方から慕われているのを見て、拍手を贈りたいと思いました。
 西脇市内の保育園の多くは、民間経営(福祉法人)ですが、黒田庄の2園は公立です。現在、民営化に向けた取り組みが進められていますし、少子化が進む中で2園を1園にする方向でも検討されています。様々な意見があると思いますので、しっかりと説明をして進めていただきたいと考えています。
コメント

議員定数等調査特別委員会の設置

2009-03-24 13:10:23 | 県議会
 2月18日に始まった県議会(2月定例会)も、今日が最終日でした。2月定例会は、21年度の県予算を審議するため、長期間を要します。特に、私にとって、予算特別委員会に所属したため、忙しい毎日でした。
 今日の本会議では、請願、意見書の採択とともに、「議員定数等調査特別委員会」を設置することが、議決されました。この委員会は、県議会選挙の定数や選挙区について調査検討をする委員会ですが、私は就任当初より早急に議論すべきだと要望してきました。それは、2年前に私が経験した県議会選挙が大変ねじれた選挙だったからでした。西脇市と黒田庄町が合併してから1年半も経過しているのに、「合併特例」を利用され黒田庄町は旧多可郡の選挙区に戻されました。私は西脇市との合併を選択したものとして、旧西脇市で県議会議員選挙を行いましたが、私自身、自分の名前を書くことはできませんでした。
 合併特例は1度しか使うことはできず、次回は、多可町は単独で1名の県議会議員を選出できませんので、選挙区が変わることになります。西脇市と多可町は、加古川・杉原川・野間川の流れを同じくし、経済・文化・教育等一体の圏域になっています。西脇青年会議所が、西脇・多可地域を「加杉野」と呼ばれるのはそのためです。市町合併も、多くの住民の方は、西脇市と当時の多可郡4町の合併を望まれていたと思います。
また、兵庫県の財政を考えると、議員定数の減を行うことは避けられないとだと考えます。一票の格差を極力少なくし、公平性を保ちながら、定数と選挙区を定められるかが問われると思います。
本会議の最後に、井戸知事が、7月に行われる兵庫県知事選挙に出馬されることを表明されました。知事職は大変な激務ですが、ぜひ頑張っていただきたいと思います。
 
コメント

国土交通省兵庫国道事務所

2009-03-24 10:03:30 | 土木事業
 皆さんご存知のように、西脇市内を走る国道175号の西脇バイパス(高松町から上戸田南信号)、西脇北バイパス(上戸田南信号から黒田庄町大伏)の工事が進められています。西脇バイパスでは、まもなくトンネル工事に着手される予定です。
国道175号の工事は、国の直轄事業として、兵庫国道事務所が管轄しています。3月23日、産業労働委員会終了後、神戸市中央区波止場町にある兵庫国道事務所を訪問しました。国の直轄事業については、その事業費の約3分の1が都道府県の負担金として請求されるため、大阪府の橋本知事が現在負担金の見直しを求めて問題提起し、議論が起こっています。
町長時代は、国道175号期成同盟会の役員として、国土交通省や近畿地方整備局、兵庫国道事務所等に要望活動を行っていました。県会議員就任後、所長に挨拶に寄らせていただきましたが、今回の訪問は、現在の進捗状況と共に西脇北バイパス以北の黒田庄町・丹波市間の調査区間への昇格の要請です。
西脇市、特に黒田庄地区にとって、将来のまちづくりを考える際、国道175号のルートは決定的な要素になります。そのため、黒田庄地区の区長会を中心に、国道175号の整備促進を求める住民組織を立ち上げられました。
現在、国においては、道路特定財源の一般財源化問題以降、道路整備の進捗が遅れているとのことです。黒田庄区間も、環境調査等を行い、昇格への準備は兵庫国道事務所としては行っていただいていますが、今しばらくは国全体の動きを見ないといけないということでした。
新聞報道を見ると、兵庫県内の地価が発表されていました。残念ながら、西脇市郷瀬町の地価下落率が最も大きいとのことでした。国道175号の整備を含め、住みよいまちづくりがより一層求められていることを痛感します。
コメント

宝殿中学校同窓会

2009-03-23 10:14:13 | プライベート
 3月22日の午前中の用事を済ませると、楽しみにしていた宝殿中学校の同窓会に出席してきました。
 この同窓会は、宝殿中学校1985年卒業生で、私が宝殿中学校に赴任して3年間持ち上がった学年でしたので、特に思い入れのある学年でした。この学年は、大リーグでも活躍した長谷川滋利君の1学年下で、柔道部が見事全国優勝した学年でした。11クラス約460名で、3年間持ち上がったとはいえ、授業で一度も教えていない生徒もいます。卒業後、担任していた3年4組の同窓会には一度行ったのですが、学年全体となると、中学卒業後24年もたっていますから、名前を覚えているか心配していました。しかし、会場の加古川プラザホテルに着くと、「あー、山田君、日高君」と名前が浮かんでくるのが自分でも不思議でした。
 教師の参加は、連絡がうまくいってなかったようで、私だけでした。教え子と話していると、宝殿中学校での3年間が、24年も経っているのに昨日のことのように思い出されました。「先生に、よくしかられたな。デコパッチでたたかれたな。」「まだ、あの頃は髪の毛があったな。」何か恥ずかしいような気持ちになりました。
 1年生の時よく口論をした井登さん、ぽっちゃりしていた前谷さん、心配でよくしかった前田さん、4組を明るくしてくれた高橋さん、田代さん、温和な中川さん、冗談ばっかりの森君、泉君、野球少年だった神吉君、堅い山田君、部活や生徒会をリードしてくれた山中さん、田中先生に必死に食らいついていった江口さん、バスケットボール部の神吉兄弟、宮本君、久保田君、片山君。柔道部の田中君、垣内君、岡本君、浜谷君はやっぱり大きかったな。
 教え子達は、一様に私が教師を辞めて、黒田庄町長や県議会議員になっていることに驚いている様子で、「どうして?」と色々尋ねられました。教え子を前にすると、常々話していた「仲間を大切にすること、人を裏切らないこと、いつも一生懸命生きること」を自分自身のモットーとして、生きていこうと素直に思います。



 今日の同窓会の出席は、少なかったと思います。40前後の年齢は、家庭、仕事とも大変な時期だと思います。人に言えない辛いことも当然経験しているようです。私の所に、「出席したいのだけれど行けなくて残念です」という連絡をくれた生徒が3名いました。また、次の機会を、楽しみにしています。
 幹事の大西君は、大変な役目をこなしてくれました。とても楽しい、充実した一時を過ごさせてもらいました。本当にありがとう。
コメント (8)