蕎麦の散歩道

美味しい蕎麦と、楽しい食の道を歩む。

木香 船堀  娘のレッスン

2006-08-31 22:45:34 | 江戸川・江東・葛飾・新宿・大田区・足立区

先週の金曜から、蕎麦を食べていない。
今日は、朝10時から、娘を連れてゴルフ練習所へ。最近、ゴルフをやる気になって、人ばかり教えるわけにも行かないので、ここはレッスンしてやらなくてはいけない。2時間の打ちっぱなしの後、帰り道に、木香さんによった。
2人とも葱刻み鴨そば蒸篭にした。娘の元気な歯には、ココのお蕎麦はその太さ、こしがとても合うようだ。
美味い美味いと、よく噛んで食べていた。
よく噛めば、このくらいの量でも満腹して、ダイエットになるという。僕は、もう一枚蒸篭だけをお代わりしてしまい、またもやダイエットにはならなかった。



練習場代も出し、レッスンもしたから、蕎麦はおごりかと思ったのだが、それも親が出すものらしい。蕎麦を付き合ってくれるから、それもよしとしよう。

木香の前回に記事。

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魚恵 氷見  食材を愛でる包丁

2006-08-31 06:51:23 | 和食

何回も挑戦してようやく予約が取れた。
富山に2泊する1日は、この「魚恵」に今回はしたかった。月曜から水曜まで、親の顔を見る、孫の顔を見せる郷里の旅。
昨年から親も年老い宿泊は旅館にしている。その方が世話もかけず、手間もかけずによいようだ。
お昼は、近くの料理屋で多少の酒も交えながら、あまり喋らなくなった親だが、孫の顔を見ながらの食事は、楽しいようだ。



民宿なのに年中予約で一杯なのである。それは、亭主のもてなしの料理の人気のせいである。民宿だから、8室くらいしかない。しかし、そこは民宿とは思えないほどの贅沢な造りがしてある。
氷見漁港市場にも近い。歩いても5分もあればいける。その場所に構えてから10年くらいになる。宿泊料と2食で1万円だから、このあたりの民宿では高いのではないか。
ただこのあたりの旅館でも1泊1万8千円前後だから、1万円は比較すれば安い。
氷見でも有名な旅館より僕はまずココに予約を入れるのだが、取れたのは今回が初めてであった。
家人を含めて3人の旅。僕は1人で年に2回は帰郷するのだが、3人では、5年ぶりくらいになる。
民宿に泊まるのは子供達が小さい頃に宿泊した覚えがある。20年ぶりくらいに民宿に泊まると聞いて彼女たちもかなり不安の様子だったが、玄関に入る頃は多少安心していたようだ。

食事が始まった。品数も多かったが、丁寧な料理に驚いた。
桜貝(とこぶしの親戚)の煮物、前菜の3点盛り、茹でワタリ蟹、地物魚のお造り、桜肉、コチの天ぷら、鯛の塩焼き、鯛の子と野菜の煮物、いかと鯛の酢の物、雲丹豆腐、トマトの和風グラタン、など。
これに冷たい氷見饂飩とご飯、魚の味噌汁が付く。
これだけでも1万円の価値がある。家人たちの顔がほころびだしているのが分かった。
本当は、氷見に1人で来て毎回ココで宿泊しているのではないかと疑われるだす始末であった。


カジキの野菜寄せ、オクラと赤イカ、瓜、などの
前菜の3点盛り。何気ないが少しずつ手を加えてある。


雲丹豆腐。寒天で固めて、だし味をつけてある。


イカと鯛の酢の物。それぞれに味をつけてある。



この茹で渡り蟹は絶品であった。蟹はタラバと毛蟹と相場は決まっているが、こんなに美味しい味噌をつけたものは初めてだ。それにワタリの身がこんなに甘いとは知らなかった。
素材の味を生かしきってある。焼いても新鮮、と言った名シェフがいたが、ワタリ蟹でそれを知ったのは驚きだった。
この茹でもそうだが、全てに素材の自然な味を引き出すことに力を注いである事に気づいた。手をかけてないように見えるが、細かなひと仕事がしてあった。
ワタリ蟹の甘味が抜け出ない茹で加減と塩に、どんな工夫がされているのだろうか。
亭主の食材を見る目の確かさに感動した。箸が踊った。
我々は調理された食材に感謝しよう。亭主はその食材を包丁で愛でるのであろう。


鯛の子と海老などの煮物。
この煮物にも驚いた。鯛の子はなかなか料理屋でもお目にかかれない。このあたりから、ほとんど酒を飲んでいないのに気がついた。


トマトの和風グラタンも口直しによかった。


コチの天ぷらは、このあたりでは今が旬である。


お造りは、これが3人前。右からこづくら(はまちの小さいもの)甘エビ、赤イカ、台はひらめである。客が欲しがる冷凍マグロなど野暮なものは出ない。


刺身の後に、桜肉のトロが出てきた。


赤鯛も身がほどのよいしまり。この時期のものである。

なるほど、年中一杯になる理由が納得できた。今度来る時には、ご主人と少しお話がしたいものである。

朝、早く起きて、市場にその素材たちの顔を見に行くことにした。これは、明日。

民宿・磯料理  魚恵 ぎょけい
富山県氷見市北大町7-38 TEL 0766-72-3744

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食べるスタイルの変化

2006-08-27 19:31:31 | 今週のひと品

「三丁目カフェ・スーペ」と読めた。
お昼時、通り過ぎようとして、この店の前で立ち止まった。カフェバーのようなお店だが、ランチがあるので連れの方と入った。
予想外に韓国料理のお店である。壁には薬膳酒が沢山並べられている。いくつかランチメニューがあり、日替わりのおススメをいただくことにした。


(カクテキ、茄子とズッキーニの塩もみ風)

サラダ菜に豚肉の味付けローストにキムチが乗っていて、韓国独特の岩塩などのベースのタレに漬けていただく。料理名はちゃんと有るのだが、係りの女性に2回聞いたが忘れてしまった。久しぶりにお肉のもので美味しいものを食べた。
いつも蕎麦ばかり食べているから、そんなに肉料理は食べないのだが、それでも夜の会食などにはお肉も食べる機会がある。豚肉の甘みが、味付けがよいからよく出ていた。


(豚肉の上にキムチ。サラダ菜に包んでいただく)

キムチは、前菜のカクテキもそうだったが辛味の中に甘みやら、複雑な味わいがある。夜の食事は2階のレストランになる。ランチを食べている1階のフロアはバーになるという。
丼物程度は2階から取れるのだという。

レストランもスタイルが変わってきている。お客がその志向に追いつけるかどうか西麻布や、青山あたりはその実験の場所である。
西麻布でも奥まっている。オフィスや住宅が多いところだ。まだ開店から1年。デザイナーの手が入った落ち着きのある店である。
夜に来たい店である。24日・木曜昼
三丁目カフェ スーぺ 
港区西麻布3-1-0031 03-3408-5607

これは、おまけ。亀戸餃子。早い、安い、うまいの元祖である。
亀戸餃子も1年に2度くらいは入りたくなる。一皿今だに250円。10枚食べても2500円。


(小ぶりな餃子が5個。大人だと5人前は軽い)

何しろ、これしかないのだから、数を言うと即座に熱々のが出てくる。僕の場合、3皿に決まっていて、それ以上は食べない。
これは、おやつなのである。欲張りだから食事にはしない。その後暫くしてから、蕎麦を食べるか、何か違うものを食べたいのだ。
相当前から来ているが、カウンターも椅子も当時からのまんまなのがいい。初めてきた時から今のままなのだから、手入れはしてないのだろう。
時々、小上がりの畳替えで休むらしいのだが、そんなに新しくなるわけではない。
餃子だけと言う店は、都内でもココしか知らない。ご飯もない。当時は新しいスタイルだったのかもしれない。
宇都宮は餃子の町で成功したが、それでも水餃子や、多少選択のメニューがある。

焼き方が3台の餃子鉄板を駆使している。焼頃の計りも時計などの野暮なものに頼らない。勘と目で全てこなす。
水もヤカンから、適当に注ぐ。そういうことも、味のひとつになっている。今流行のジューシーな餃子ではないが、その存在感を味わうことで納得している 。20日・日曜昼
亀戸餃子 JR亀戸駅近く

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春秋 鳥居坂  夏のひまわりが泣いた

2006-08-26 14:06:49 | 和食

2ヶ月もしないうちにまた送別会だ。
「春秋」という店である。まだ20代、デスクの女性が辞める。前回の女性はカナダへの留学だったが、彼女はまだ未定だという。
どちらも勇気がある。同じデスクの女性が送別の席に彼女を入れて5人並んでいる。その1人が手配してくれたお店が、「春秋」である。
辞める彼女と一番仲が良かった女性である。 一週間ほど前その店の名を聞いて、僕のデスクの女性にその店を選んだのは誰かを聞いていた。
みんなも初めて行く店だという。選んだ当人も初めてだという。



女性が半分を占めると、送別会といえども華やかである。入り口は、カフェバーになっていて、少し進むとモダンなデザインの和食創作料理の店である。
最近、同じ店でカフェとレストランが別なスタイルで作られている店が流行である。ウエイティングバーと違って本格的なバーとダイニングが一緒になった店である。


<入り口はバー。大きな柱が象徴的なお店のシンボル)

店の造作は空間を大胆に使った変化のあるデザインである。蕎麦屋のモダンアートデザインばかり見慣れているので、造形的に大きい建築的デザインが目に入ってくると、新鮮な感覚になる。
設計者は店舗デザインと言うより、多分大きな建造物を創ってきたデザイナーなのだろう。

会は、コース料理が順に運ばれてきて、飲み会のような気分が支配している。特に僕の周りはそうだ。料理の話やら、酒の話やら、特にこのところの女性陣はお酒のことにも情報が多いし、参考になる。
コース料理を味わいながら思ったのだが、このお店の持ち味は、さらりとした創作料理で、お肉よりも和食の技が利いたものの方がうまい気がした。


(口当たりのよい、コーンの吹流し)

コーンの吹流しなどは、逸品かもしれない。空気が入ってフワフワして、なおかつかなり冷してあるから口に含むと溶けるようだ。
前菜はとうがんの梅和えと瓜の湯葉まき、前述の吹流し、なすの煮含め、お造り4点盛り、焼き魚、さいころ神戸牛、ウナギ丼と味噌汁、ゴマアイスのデザートであった。


(カレイのゴマ焼)

焼き魚は、白,黒ゴマにまぶしたカレイ、これもよい御馳走だった。煮含めは、水茄子に汲み湯葉を流してあって、出し汁と湯葉がよい相性だった。
調理場の板前さんが何人いるのか分からないが、どうもココは煮方の板さんに軍配が上がる。


(水茄子の汲み湯葉流し)

 僕から1人置いて座っている、今日のお店を手配してくれた女性にお礼を述べた。
「よく見つけたね?」
「そんなによかったですか?」
「いや、名前が気に入った。送られる彼女が喜ぶでしょう」
「分かってくれてるでしょうか?」
「君の気持ちが一番分かるでしょう」
「ほぼ同期なんです」
同じ時期を共に過ごした時間を、彼女は女の春秋と呼びたいのだ。多分送る人も送られる人も、この後涙を流す事になるだろう。

数字上では、年に15%の人の出入りがある。300人くらいの会社だから、60人辞めることになる。
特にこの半年は、多くなっているような気がする。他の会社もそうなのだろうか。業種によるのだろうか。
だが、どうも社会全体が流動化している気がする。企業の人材の仕組みが、まだバブルの後遺症から抜け出していないせいもあるが、もっと大きな原因があると思う。
社会自体に大きな原則が見えてこないから価値観自体が浮遊化しているような気がする。
藤原雅彦さんの「国家の品格」がベストセラーになったのも興味深い。国がはっきり見えないから、その裏返しなのだろう。
もっとも国自体に原則と言うものは元々ないのだろうが、それを運営する政治家達が目標を失っているせいかも知れない。政治は運営技術だけが発達して目標がない。
その運営技術だけが特化してきたから、2世議員だけが浮上してくる仕組みなってきているのだろう。
技術は世襲できても、国や世界に対する思惟までは世襲できない。

若い人達が彷徨うのも分かる気がする。なんとなくおかしいと思っているのだ。富や権力が一部に偏る社会はいつの時代も衰退に向かうことは歴史が証明している。
1%の人のためにある社会などやがては虚しいと気づく。

「また、帰って来ていいのだからね」
斜め向かいの辞める女性に僕が声を掛けた。同じような言葉が周りからも掛かった。
僕も若いとき、辞める席で、上司からそう声をかけてもらった。その時はなんでもない言葉だったが、一年も過ぎた頃に思い出したものだ。
彼女もくじけそうになった時、その言葉を思い出して頑張ってくれるだろうと思った。
予想通り、送辞、答辞で同期の彼女たちは、ハンカチを押さえて言葉にならなかった。
久しぶりに女性の泣く姿を見てしまった。あんな風に泣かれてしまうと、だれもが胸が詰まって、声を掛けられないものだ。

送別会が終わって、女性陣が賑やかになった。2次会に誘われたが、僕は翌日ゴルフだ。
しかし、女性群はもう明るい顔で街のネオンを見ている。六本木のカフェバーに向かって歩き始めた。
女性陣が彼女に贈った、
向日葵が沢山入った花束が大きく揺れていた。

「今は時期なんてないです。1年中送別会ですよ」
帰りのタクシーの運転手が言う。
「春秋で向日葵が泣いていたな」僕が呟いた。
「何ですか?」
「いや、送別会もいいかな、と思って」
「ですね・・」

携帯の音が鳴って、そのカフェバーからメールが入った。
『また、帰ってきます』
若い人は、明るい。 (24日・木曜夜)

春秋 港区六本木5-16-47 03-3583-2611 
    春・18:00~23:30 秋・18:00~2:00

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更里 浅草橋  勉強会の夜

2006-08-25 20:27:00 | 神田・浅草・神保町・猿楽町周辺・新宿区
更里(さらり)の前で、2人がカメラを構えた。
想像以上に風格のある門構えだったのだろう。前橋の浅川屋さんが、声を上げる。
彼は10月10日に新店舗オープンの予定だ。その忙しい合間に、今日は2日ばかりの夏休みをとって、急遽上京。
更里に行きたいというので、昨日(水曜)に続いて花まきさんと、3人で蕎麦屋酒となった。新店舗の外装、内装の仕上げのイメージがあるから、更里の店内装とどうしても比較することになる。壁、寄りかかり、天井など、更里は、上質な仕上げをしてある。テーブルや、椅子などは彼はこれからの発注である。
彼自体はもともと研究熱心で、蕎麦や料理はもちろん設計や材質にもうるさい。新店舗の新しいメニューもほぼ固まって入るが、もう少し他店も見て比較したいところだろう。
相変わらず元気である。仕事が終わってから走っているという。このところ、ゴルフでワンラウンド回るとへとへとになるから見習わなくてはいけない。
蕎麦屋はタフでなくてはいけない、その見本が目の前にいた。先日食べたもので美味しかったものを注文した。猪口蒸し、これは、相変わらず美味かった。


(巣篭もり。蕎麦は短めのものをそのまま揚げ、具をかけてあった)

とり焼き、巣篭もりもオーダーした。巣篭もりは、どこにもあるけど、久しぶりのような気がすると、言う僕に花まきさんがそのメニューのある店は少ないという。僕の勘違いか、大概の店にあると思ったがそうではなかったか。
ある時期定番化したので、少なくなってきたのだろうか。蕎麦屋の料理も時代で変わるし、このところさらに加速しているような気がする。
「何か、作って?」亭主の顔を見て、そういった。
ビールが終わって、冷酒を頼むと、更里のブランドの酒が出てきた。福島の蔵元で作っておられるものだ。
江戸切子のチョコが出てきた。3っつとも違うが、それぞれが綺麗である。


(鳥のコンフィ。鴨のコンフィと同じような作り方)

今日、新たなものは鳥のコンフィである。フランス料理でハーブとミルポアで塩漬けしたフランス鴨を低温でオイル煮するのを、実験的に鳥で試したものだ。
実際には、やや塩が強い気がしたが、その冒険心に感謝しよう。
浅川屋さんもこれ以後、写真を撮り始めた。カワハギの味噌漬けも変わった一品であった。カワハギの甘みと塩味が交錯してほどのよい酒の当てになった。メニューに無いものは、この2品とじゅんさいのワイングラスの前菜である。


(カワハギの味噌漬け。初めての味でした)

肴が届くと、勉強会が始まる。
「これは美味いけど、こうしたらもっとよくなるかも知れない」火付け役は大概淺川屋さんである。情熱的なタイプだから、ほとばしるように言葉が渦巻く。
弟分がそうだから、花まきさんはいつもより押さえ役に回る。押さえ役に回ると酒がすすむのではないかな。

「今日もいい勉強になったな」帰る道、淺川屋さんが、大きく頷く。
「勉強か、そうだな。よかったな」と僕。
花まきさんが横で笑っている。
更里の亭主にこのことを、いつか聞かせてやりたいと思った。

更里の前回の記事。
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麹也 銀座  黄色い声

2006-08-24 06:44:20 | 銀座・新橋・芝・築地・港区・中央区・墨田
ようやくお約束を守った日でした。
随分前から花まきさんから麹也にご一緒してしてくださいといわれていて、僕が勝手に行ったりして、今度こそとなった。
それも可愛いおまけ付きである。花まきさんのお友達で20歳の女性だ。こういう日は、喋りすぎるものだから、抑え目にしなければならない。
元々、麹也は女性客が多い。昨日もこちらの組も入れると4名までがそうだった。女亭主も女性客が入っていると心なしか機嫌がよいようだ。
店内も明るい声が上がっている。黄色い声だ。

今日は、コース料理をお願いしてあった。最初に冷たいとうがんの煮含め、ひんやりして夏には嬉しい御馳走である。
椀も冷やしてある。
じゃこ天の炙り、これは時々食べるが味わいがある。魚がふたつ、小鯛の笹寿司と富山の白海老。白海老が甘くて、口に溶ける。
出し巻き、鴨の網焼き、焼き味噌。とても品があって、美味しいコースだ。女性陣も時々歓声を上げる。
特に鴨の網焼きは出色だった。甘い、鴨肉の深い味わいがした。どうして、こんなに固くならずに焼けるのか聞いてみたかったが、笑って答えないだろうから止めた。
若い女性は蕎麦屋酒の経験は少ないようだ。蕎麦屋でのコース料理は初めてだ。
それだけでもエキサイティングなのだが、この日は(も)お酒を相当いった。
李白のぬる燗、獺祭の冷、真秀の冷、よい酒が揃っている。
この通りなら、帰りはバーに寄るコースだが、明日も蕎麦屋酒だ。抑え気味で、それぞれが帰る事になった。
女性陣の声が耳に残っていた。
麹也の電飾看板が、心なしか今日は明るい気がした。22日・火曜夜
麹也の前回の記事。
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さらしなの里 築地  男の巣立ち

2006-08-23 08:08:05 | 銀座・新橋・芝・築地・港区・中央区・墨田
この場所に移ってから、4年目だそうである。21日、月曜夜訪問。
僕は、さらしなの里には、どなたかにずいぶん前に連れてきていただいた。その頃は、蕎麦にそんなに興味が無かった頃であろうから、蕎麦前やら、肴の印象もなかった。
ただ、最近訪問した船橋更科がその流れのなかにあること、明治の頃からある老舗であることと、
たくさん修行された方たちが、それぞれ蕎麦屋を開いて、ネットワークを作られていることは知っていた。
その数10店舗余だという。支店や、系列店という形ではなく、それぞれが独立した、緩やかな組織形態ある。
様々な情報交換や蕎麦の勉強、研究をしていく。さらしなの里は、その大きな精神的な支柱になっているのだろう。


<天ぷら盛り合わせ。右が鱧(はも)、左が海老、食べ応えがあった)

思っていた以上に蕎麦のメニューが多い。僕は築地が近いから鮮魚を中心としたものかと考えていた。魚は、鱧(ハモ)、アナゴ、海老くらいで、それも刺身は無く、天ぷらが中心であった。
アナゴ天蕎麦、鱧天蕎麦などをはじめ、じゅんさい蕎麦や深川蕎麦に、江戸そばの気分が出ている。


(蕎麦の田楽。そばがきにでんがく味噌がぬってあり、美味)

連れと、出し巻き、蕎麦田楽、鳥わさ、アサリのぬた、天ぷら盛り合わせなど、ひと通りのメニューを取って賞味しながら食べた。

僕らが入店したときには満杯で、5分待ち。
待ち椅子の前に打ち場ある。丁度田舎蕎麦か十割そばを10人前ほど打ってた。



客の回転が速い。客が出ても次から次に間断なくいらっしゃいませの声が上がる。大女将と思しき人以外は、若い衆である。
自分の蕎麦屋を夢見て修行に励んでいるから、元気がよいし、気配りもよい。
「黒龍のぬる燗」
と僕が、その若い衆に声をかけたら、彼が僕の顔を見て一瞬躊躇した。
「ぬる燗でもっといいのがあるの?」
その怪訝な顔を見て、問い直した。
「ぬる燗なら、こちらのほうが」と指差した。
黒龍に比べたらずいぶん安い。その指差したお酒にした。2杯飲んだら千円は得する。せいろ一枚は違う。これは得なアドバイスである。
教育が行き届いている。彼も独立したらそうやって客の対応をしなくてはならない。蕎麦の修業や厨房の修業は身に付いても、客の応接はよい見本がないと身に付かない。


(アサリのぬた。酒の当てに少しずついただく)

「いいね、・・」連れはそのことではなく、肴を誉める。
蕎麦の田楽は、実は蕎麦がきの田楽である、アサリのぬたも酒のあてになって懐かしい味がした。
蕎麦は、今日は福井産、大野在来種と書いてある。このところ、福井産の蕎麦が目に付き始めたが在来種の地域名まで書いてあるのは珍しい。
福井は県を上げて各地域ごとの在来種を奨励して来たところである。在来種は、品種改良をしていない昔ながらの種を使用して蕎麦を育てる。
その地域が福井県だけで10箇所余はある。従って、福井県産と言っても、全く場所によって味も香りも違うというわけである。
それだけ蕎麦が盛んなところだから、蕎麦の収穫量からしてなかなか東京までは廻ってこない。
さらしなの里でも福井産は、多分一定の時期だけなのだろう。

「蕎麦って信州が美味いんじゃないの」
グループで来ていた中年の男性が大女将に聞く。
大女将が、今僕が書いたようなことを丁寧に受け答えする。僕も蕎麦を好きになった頃は蕎麦といえば信州だと思っていたし、その程度の知識しかなかった。
その受け答えの様子を聞いて若い衆たちがその応接の仕方を学んでいくのだろう。教育は、実践から学んでいくのが一番早いし心がこもる。
ペーパーで学んだマニュアルには所詮限界がある。

連れは常道通りに二八蕎麦にするという。僕は、待ち時間の間に打たれていた生粉(十割)蕎麦にした。
二八と生粉の違いも味わえる。


(生粉蕎麦。この日はやや平打ちの感じだった)

大野の十割は、風味が豊かで蕎麦の味が舌に届いた。つゆは想像以上にまろやかなだった。もう少し辛味や醤油味が強いかと思ったのだが、かといって甘みでイヤになることもない。




星の飛び具合も程ほどで田舎蕎麦までは強くしていない。二八の品の良さに比べたら、生粉の素朴さがよく出ていた。

帰り、威勢のいい声が背中から聞こえる。
大女将が連れに丁寧な礼を繰り返す。
さらしなの里の根がここにあり、ここから巣立っていった男たちの支柱が、店の真ん中にいる。

玄関をくぐる。気持ちよさが舞い降りていた。
築地の蕎麦を食った、と言う気分になった。

さらしなの里 中央区築地3-3-9 03-3541-7343
11:00~21:45 平日11:00~15:00 土曜
定休・日、祝
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大人しく過ぎたお盆の一週間

2006-08-20 19:38:59 | 今週のひと品

今週は、外食のチャンスが少なかった。
ヒルズが夏休みで、お昼時に人で溢れかえっていた。ヒルズでは中村屋のカレーが1回。今は夏の限定メニューでタラバと夏野菜(?)のカレーだったか、このカレーのルーがピリピリした直線的な辛味で、中村屋のカレーはどれを食べても安定していてうまい。
ヒルズは8月一杯はランチ時は近づけないだろう。火曜・昼

夕方では、大門で4時に体が空いて、連れとお店を散々探したがこの時間は秋田屋くらいだ。
通し営業の芝大門布屋に蕎麦屋酒となった。白魚の卵とじ、白魚の掻き揚げの抜き、いたわさなどで、2合くらい頂く。


(上から青柚子、唐辛子、更科の3色)

上がりは3色蕎麦。更科、唐辛子切り、青柚子切りだ。柚子切りはよくあるが、青柚子きりは珍しいので、取り上げておこう。
青柚子は柚子切りより香りは強くないが、口に膨らんでくる品の良い香りがある。

今週の料理で面白かったのは、観世水の自家製さつま揚げ。これはアイデア料理である。上がってきたのを見て驚いたが、シッポの付いたさつま揚げは初めてだった。


(谷中生姜にさつま揚げの練り物を巻いてあげてある)

谷中生姜が芯になっており食べ進むうちに谷中に突き当たる。微妙な味がした。美味いなと言うより工夫が上手いなと思った。
一時期手羽先餃子が流行ったが、あのようのものからのヒントなのだろうか。
形からすると骨付きソーセージに近いが、これは工夫次第ではもっと美味いものができるのではないか。
さつま揚げも蕎麦屋では定番化したが、さらにこれは次ぎの工夫が必要になっているかもしれない。18日・金曜
今週はお盆。毎日無事に過ごせて少しの美味しい物を食せることを、祖先に感謝。

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観世水 赤坂  蕎麦屋の境界線

2006-08-19 11:57:50 | 麻布・六本木・赤坂・白金周辺・千代田区

赤坂に目当ての蕎麦屋があって、六本木から急いだ。
お盆休みかとも思ったが、看板が玄関口に出ている。長い間来れなかった店だ。
張り紙がある。本日は、都合により7時の開店と書いてある。時間は、まだ5時40分だ。僕は意外とこういう時は辛抱がない。待てないのだ。
並ぶのはもっと嫌いだ。あんなに築地の場内に何回も行っていて、評判の寿司屋に入ったことがないのもそのせいだ。これは、やはり直さなくてはいけない。

来週にしようと、スグに諦めたのは、それほどその店に執着がなかったのかもしれない。次ぎの店を頭の中で探しながら、とりあえずそこから、今度は赤坂見付けの駅方面に向かう。
赤坂あたりに、1,2店の手打ち蕎麦屋があっていいはずだと思い、淡い期待を抱いて、5分くらい歩いて赤坂の繁華街から、やや裏道に入った。



そば切り、の文字が目に入った。観世水、と書いてある。見たような文字だ。まゆみさんのブログで、見たのだ。入り口から、蕎麦屋の演出が過多すぎるほど、蕎麦屋の主張が激しい。
蕎麦の実が入った笊が、ディスプレイされている。蕎麦道具が、配列されていて、その、そば切り、の意味を強調しているのだ。
時間も早いから、僕が口開けであった。 メニューは、「大川や」に近いかもしれない。鮮魚もあり、焼き物もあり、揚げ物もある。秋刀魚の刺身、マグロ、貝類も置いてある。もちろん、蕎麦屋の肴もしっかり取り揃えてある。
蕎麦屋というよりは、雰囲気は、居酒屋に近く感じる。大川やに似ているのだが、大川やには、蕎麦屋の空気を感じて、観世水に違うものを感じたのは、何故だか良く分からなかった。

さすが、まゆみさんである。夕方4歳のお子さんをここに連れてきて、一緒に蕎麦屋酒をやるのはこれは、天晴れである。
僕は、幼稚園の娘を連れて、こっそり焼き鳥屋によく行ったが、後で、家人に叱られたものだ。焼き鳥屋には、当時から1人で入れなかた。
娘は、それを機に、煮込みや、レバ刺しが好きになって、目配せで、焼き鳥屋に連れ出せるようになった。
行くと、人気者になっていて、祖父のようなオジサン達が珍しがって、次々と美味しそうなものを娘にくれるのだ。
とりわさ、河豚皮、河豚の煮こごり、そんな特上の贅沢なものを彼女は、4歳の頃から食べていたから、相当な酒豪になり、酒の肴を好むようになった。
まゆみさんや、あっきさんに近くなっていると、内心おもっている。もう少し成長すると花まきさんに近くなるかもしれない。
それは、ひとえに父親のせい(おかげ)なのは間違いないのである。


(つぶ貝の刺身。肝を酒と味醂でとぎ、醤油味にしてある)

自家製のさつま揚げ、つぶ貝の肝わた醤油などをオーダーした。40代の頃、北海道にたびたび行っていた頃があり、その頃から、つぶ貝と言う文字に過剰に反応してしまう。
函館のイカそーめん、北見のつぶ貝、川湯のタラバは、これは是非ものの酒肴である。
川湯がタラバ、と不審に思われるかもしれないが、そこには蟹保管・加工工場があり、25メートルプールのような水槽が3っつもあり、朝、小型トラックで、そこに運び込まれるのである。
そこには朝支払いを漁師にするために、毛糸の腹巻に5百万の現金を入れている親父がいる。彼とはゴルフ仲間で、その水槽のどれでもいいからと、僕が網ですくい出すのである。
蟹は、秤では計測不能だから、僕がそのまま大型計量器の上に乗る。言うにはばかりがあるほどのキロ数である。
それを近くの料理屋に持っていって捌いてもらうのである。半年は、もうそれで充分であった。その蟹は、料理屋で食べると女満別の往復飛行機代くらいらしかった。ゴルフの授業料の代わりにいただいていた。

もちろん当時は、ロシアと日本の境界線ぎりぎりの蟹漁である。密漁であったのかもしれない。
5年前、内弁慶で、外交下手の小泉さんが総理になってから、この領域に火花が散っていて、もうそんな蟹にはお目にかかれない。蟹漁で生計を立てていた人達は日干しになっているのだ。
当時は文字通り、魚心あれば水心で、境界の漁業が成り立っていた。お互い境界に立っていたのは、国は違えど漁師の熱い気持ちであって、その心が暗黙でわかりあうものであったはずだ。

海を越えても、そんな人情が成立していて、その上に外交が成り立つ事を2世代議士の人達は政治学から勉強はしてはこなかった。
グローバルスタンダードと言う迷信が、日本を囲む境界線に通用しない事は、この5年で分かったのだろうか、心配である。このところその言葉がとんと聞かれなくなったが。
ロシア領の近いところのイカが一番美味い。漁獲量も当時は70%近くがロシアからであった。ウニの輸入の40%は北鮮であった。

海域・境界と食料が、石油に代わって経済戦争の武器になってきていることを、政府は知らん顔を決め込んでいる。
食料自給率が3年後大問題になるのは自明だが、そんな地味な事を政治家は誰も言わない。
一部の官僚たちが問題視している。彼らは利口だからあの時言っておきましたよと言うアリバイ作りをいましている。
しかし、漁師さんもこのピリピリした状態では危なくて足を踏み入れられない。現実には彼らが一番困っている。
次期政権が、人情の理解と国柄の交流の支援をしないと、外交が成り立たない事を理解して欲しい。
我々庶民としては、蟹は食べなくても我慢できるが、イカの塩辛の美味いのだけは食べたいものだ。

つぶ貝の肝のたれが出るのは、鮮度に自信があるのだろう。つぶも北見産とまで行かないが美味い。酒は、黒龍のぬる燗でいただく。肴と合うから、これがよい酒になった。
客がその間、押し寄せてきた。元々予約の札が、テーブル席に並べられていたから、このあたりでは人気があるのだろう。客層は比較的上の方なのかもしれない。女性客を取るよりは、シッカリした肴を食べたい年配層を的にしてメニューが作られていた。


(一枚目の蒸篭。2色は、別々に供される)

蕎麦も、二色、三色があり、蕎麦好きにも応えられる蕎麦のラインナップになっている。蒸篭と、田舎の二色をオーダーした。
蒸篭は、なかなかシッカリした蕎麦である。つゆは、バランスが取れていて、鰹も効いている。
これで、つゆの完成度があがるともっと蕎麦が生きてくるように感じた。


(太打ちもそば自体の完成度が高い)

田舎は太打ちで、噛みしだくと味が出た。蕎麦好きの間では、そんなに名前が上がらなかったのは何故だろうか。
もう開店から4年経ているという。帰る頃、客で満席になった。もちろん金曜だから当然なのだろう。
地下の玄関から出て、一階に上る階段の外に、自動石臼機がある。蕎麦粉が受箱に入っている。演出なのか、それとも、この粉を使うのか、聞いてみたい気がしたが、やめた。
蕎麦屋か、居酒屋か、その境界を探って、客にアピールするのも、難しいところがある。
客は、勝手に決めてしまったり、感じるものであるから、計算通りには行かない。大川や、松玄蕎楽亭などは、蕎麦屋の面が出てくるが,観世水さんには、蕎麦屋を感じない。
お決まりのジャズも流れている。蕎麦も充分にうまいのだが、不思議なものだ。どこで商売のベースをつくっていくか、亭主の考え方が滲んでくるのだろう。

来週は、昨日行きそびれた蕎麦屋にいけるか。是非見たいものだ。
そこは、同じ赤坂でもこの繁華街とは一線を画した住宅街にある。
蕎麦屋も人で区切られるか、人通りで区切られるかで、
その商売の領海があるようだ。

観世水 港区赤坂3-12-22 B1F 03-3589-4556    定休・日、祝

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更里(さらり) 浅草橋  師匠の大きさ

2006-08-15 20:57:59 | 神田・浅草・神保町・猿楽町周辺・新宿区
お盆で、定休が多い月曜だから、どこに行くか、選択肢がほとんど無い。
さらしなの里まで歩いたが、14日から。秋葉原に一旦出たが、眠庵とまつやは営業していても満員状態だろう。
浅草橋は美登里まで歩いたが、18日までの大型お盆休みだ。多分、そうだろうと思ったが、徒労だった。
美登里に行く前に、念のため、更里を見てみたら、電気がついていたので、舞い戻って入った。
2度目の訪問だが、もちろん店主は覚えていないだろうから、初めてのように僕も入った。
ここは、ガード下の飲み屋街から、一本奥に入っている。最初のときは、迷ったものだった。土地柄、問屋、卸街だから、お盆のときは、静かなものである。
もう7時は過ぎていたが、僕の入店で、ご亭主がおもむろに頭に鉢巻をした。
2人だから、話が始まる。
酒は、岐阜の鯨波という、無名な酒造のものだが、さらりとしてのみやすい。


(猪口蒸し。卵とじに甘汁をつめて、トロミ蓋をしてある。酒に合う)

猪口蒸しと、自家製さつま揚げを注文した。
「猪口蒸しは、布常にもありますが」僕が、味を誉めると、さらりと言う。
師匠は、布恒更科である。本人は、出前もする機械打ちのお蕎麦屋の次男で、3年ほど布恒に修行に入った。
この店舗を開くときに、その更の一字を貰って、更里(さらり)と名づけた。
「だしのとり方、寝かし方、蕎麦も似ちゃいますね」
僕が、師匠の味と似るものだろうか?と聞くと、そう答えた。
ご亭主が、冷酒を飲み始めた、僕の前に、江戸切子を木箱から取り出した。



見事な細工の切子であった。色もまたよい。僕のような酔客に出すには、勇気がいるだろう。
「ま、やってください」
そういうと、奥に引っ込んだ。



「布恒と同じような店にしたかったんです。でも大変です。あんな店は、時間がかかる」 そう気づいたそうだ。
浅草橋で、開店して、2年半だそうだ。師匠の偉大さがわかりかけてきたそうである。
布恒で修業したという誇りと、布恒の名前からの脱皮が相反する形で重くのしかかって きているのではないか。



イカの干物、メニューに無いものがでてきた。
何か、他のものは無いのかという顔を僕がしているのだそうだ。 イカは、ほとんどレアで、軽く炙っただけ、腸が生っぽくて、旨い。
酒を3合ほど飲む間、 蕎麦は、じゅんさいそばにするか、生粉打ちにするか、迷っていた。
それを、ご亭主にそのまま言った。8月のじゅんさいは、もうこれが最後の旬だ。
「ちょっと待っててください」


(じゅんさいのワイングラス盛り。だしの塩も効いていて美味)

しばらくして、ワイングラスにじゅんさいの飾り盛が出てきた。 下にじゅんさいが隠れており、山芋のすりおろしがかぶせてあって、だし(山形のお漬物) がのっていた。
これがなかなか美味いのである。 客の顔を見て、アレンジする才覚があるのだ。
明らかに、そこに志向を見出しているようだ。
「師匠のとこだと、こういうのでてこないでしょう」と、僕。
どこの蕎麦屋でも、こんなことは、めんどくさいからやらないだろうが、聞いてみた。
「なんか造れって、言ってください。何かつくりますから」
「何か造れって、今度は言うよ」
禅問答のような会話になった。
よく見ると、愛嬌のある顔をしていた。阿佐ヶ谷の道心になんとなく風貌が似ている。 道心も、店に水道漏れのトラブルがあって、今月19日からようやく再開店するそうだ。
じゅんさいを肴にできて、生粉打ち蕎麦を食べることができた。



そばつゆが気になって口に含んだ。最初来たときからそれは大きく変わっていた。強い辛口のつゆから、まろやかな、穏やかなつゆになっていた。布恒のつゆではなかった。
初めてきた客が、変わったとは言えず、布恒の比較を言った。 「そうですか、よかったです。美味しいといっていただいて」
少しずつ、師匠離れをしているのだろう。尊敬する人を超えていくのは、自分の蓄えてきた ものとの決別だ。
新たに、自分を耕していく作業が待っている。 師匠の呪縛から、彼ならきっと解き放たれるだろう。
手打ち蕎麦3年。そう言われた頃に立ち上げた店である。 僕のよく行くお店では、大島の銀杏、大塚の岩舟が同期だ。この2店も同じように 親父さんからバトンタッチしての手打ちへの転換である。
「また、きます」
人通りの絶えた、路地に出た。堂々とした門構えである。

名前を上げることと、師匠の大きさと、戦っている男の顔を見てきた。


更里 台東区浅草橋1-11-3 03-3863-6288   
    定休・日曜
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酒の当て なめて 含んで ころがすように

2006-08-13 19:19:50 | 今週のひと品
酒の当て、とはうまい事を言ったものである。
酒を喉に運ぶための、潤滑油のようなものだろう。
当ては、舐めて、含んで、ころがすようにとは、言われたものだ。
逆を言うと、そのくらい酒自体スイスイ喉に入らなかったのだろう。
その当てとは、どのようなものくらいまで指すのだろうか。僕らが若い頃の先輩たちの当ては、塩だった。
その先輩たちの上役達は、焼き海苔、焼味噌を食べていたような気がする。経費だけは、厳然としたヒエラルキーがあったものだ。だから、なるべくその上役達の後ろに繋がって、夜の街に出て行くようにしていた。
当時は、先輩が奢るものと決まっていたから、それこそ毎日のように飲めた。
僕らは、先輩や、上役達の、酒の当てのようなもので、それがあるから、彼らも誘ってくれていたのだろう。
人間も味があれば、当てになるのだから、勉学に励まねばならないだろう。

どのようなものが、当てで、それがつまみになり、肴になり、料理なるのかは、なんとなく分かるが、その辺りは曖昧である。
当てやつまみは、酒をすすめるものだが、肴くらいになると、良いものを味わいながら、飲むといったぐあいになるから、酒と同列か、やや上くらいの関係になるのだろうか。
僕は、どうも後者であって、むしろ、食べるものに気持がいってしまう。もっとも、僕らが若い頃の酒に比較して、最近は、日本酒が本当に美味くなりましたね。
美味くなりすぎて、そんなに、当てが無くてもスイスイ喉を通るようになりました。



この塩辛は、築地市場内、「かとう」のものである。これは確かに酒をすすめるものには違いないが、むしろご飯のおかずになってしまうから、困る。つまり主役になってしまうくらい、旨いという事だ。
冷蔵で一週間しか持たない、塩は腸の熟成にしか使わず、あとはほとんど入れない。もちろん、化学調味料や防腐剤は入っていない。一瓶くらいが、我が家ではその期間で丁度いい。
2回は、熱々のご飯に掛けて食べる。酒の当ての分量が少なくなるが、その時は、惜しむように食べ始める事になる。なめるように食べるとは、このことなのかもしれない。



腸の色合いがきれいで、スルメイカの身が厚い。僕も、時々、自分でも作るのだが、このようなよい腸を持ったイカに遭遇するのが大変で、遭遇したとしても、このような良いイカを一杯や二杯売ってはくれないだろう。
これは、時々「かとう」で手に入れるしかないだろう。(9日・水曜お昼)

次ぎの当ては、蕪村居、小岩である。主役はいたわさではない、いたわさの両隣にあるもの。


左横のそれは、山葵をおろすときに出る削り片だ。それを丹念に汚れを取って醤油漬けにしてある。これまでそんなことを考えた人はいなかったかもしれない。
右は、竹鶴酒造のひこ孫(純米酒)の酒粕で作った山葵漬けである。そういえば、錦糸町の「井のなか」で、同じ竹鶴の生酛の酒粕で作ったつぶ貝の粕漬けが出てきたことがあった。
あれもうまかった。思い出すと「井の中」にも行きたくなるな。蕪村居のわさび漬けは、なかなか味に深みと広がりがあって、旨みがあった。酒の当てに、舌で転がしながら味わった。
カウンターを見ると、自家製の梅の鉢と、塩ラッキョウの鉢がある。ぬか漬けや、古漬けも作られるようだ。
蕪村居のご亭主は、このような細部に趣向を凝らされるようだ。言ってみれば、ディテールにこだわりがあるように見える。
蕎麦屋全体の考え方にもそのことが出ている。蕪村居の屋号、戯人画、テーブルや椅子、戯画が描かれた壁の色調、そして、メニューなどにも、それは表れている。
昨年の12月開店、前回の訪問が初めてで4月だった。それこそご自分の考えたコンセプトをそのままにお客を迎える雰囲気があった。
今月で開店8ヶ月、前回同様、そのまま走られているような気がした。年末で一年、そこが勝負どころだ。

手打ち蕎麦屋の勝負は、近年、本当に早くなっている気がする。飲食のカテゴリーの境界線が無くなったことも、大きな環境変化だが、手打ちには、元々名前を高く上げることが、根本にある。それをどう上げていくかの戦い方が、この4,5年変わってしまっていることのほうが、大きいだろう。
3年くらいで、何とかという、のんびりした時代ではなくなっているのは間違いない。
蕪村居さんによらず、この1年くらいに開店された、お蕎麦屋さんは、今丁度、前のような商いの方程式が通用しなくなっている事に、戸惑いを感じられているのではないか。
ともあれ、新しいお蕎麦屋さんも、ここ暫く、訪問してないので、これから、お訊ねしてみよう、と思ってる。(10日・木曜夜)


(カレー蒸篭。蕎麦としては、珍しいメニュー。やや濃い目のカレールーにしてある)
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築地市場内 アマチェアの買い物 写真でご案内

2006-08-12 16:51:41 | その他

築地のかとうで、イカの塩辛を持って帰った日に、家人から、土曜に築地に買出しを頼まれた。
久しぶりに、僕も築地ですので、ついでに、市場内に入ったことのない方のために、場内の簡単な入り方をご案内しましょう。

場外の一番晴海通りから離れたところ、卵焼きのテリーさんの丸武や大定、松露さんの店を見ながら、波除神社に向かいます。


 突き当たりの波除神社を見て、右側に場内の入り口があります。入り口は、後2箇所あるのですが、これが一番分かり易く危なくないと思います。素人も臆することなく、どんどん、ただし、車には、気をつけて、進んでください。小さな橋を渡って、右に曲がると、美味しそうな、店が並んでいます。


(前方から、歩いてくる事になります)

カレー、トンカツの豊チャン。面白いメニューが一杯ありますよ。看板のメニュー表など見てください。隣には、龍寿司があります。



有名な茂助団子、帰りにはここで1パックどうぞ。こし餡、粒餡の6本セットがオススメ。吉野家の牛丼1号店を右に見て、この通りを抜けて、左に行くと、行列が並ぶ、すし屋さんが3店ほどある、食料長屋。
僕が、いつも休憩に選ぶ、かとうさんもここの長屋にあります。



さて、左を見ると、魚の仲買市場があって、ここも車に気をつけて、真っ直ぐに進行します。



市場内に入ると、最初に大きな通りが、左から、右に走っていますから、ここで、まず目を凝らしてください。


真ん中あたりに第四大通路、これは左から、七、六・・・一となっていますから、もし迷ったら、ここに帰ってくれば良いのです。
右上には、第二大通路、と書いてありますね。
ここが、一番リヤカーや小車の往来が激しいところなんで、
僕のように写真は撮らないほうがいいかもしれません。


どこかの通りに入ると、このようなことになっていますから、運搬車の邪魔にならないようにゆっくりと落ち着いて買い物してください。とにかく狭いです。でも、どんどん見学しましょう。
土曜の場内は、業者の方に混じって、素人の方が沢山買い物されてます。昔と違って、小分けで、お店の方も売ってくれます。ゆっくりと、20軒くらいは廻って比較してから、買い物してください。ただし、遅くとも、8時30分くらいには、入りたいですね。



ちなみに、僕は、ここで必ず、前菜の仕入れ。とても親切なお店です。伊東支店さんです。(第一大通路、手前側)
懐石などの付け合せ惣菜が沢山パック入りで売っています。
厚かましく、見せてもらっても大丈夫ですよ。
美味しくて、冷蔵保管できるから、助かります。 



西京漬けは、この店、川正。(第四大通路、奥側)
場内で唯一、自家製の西京です。驚くほど安くて美味しいです。シラスもここで買います。
ここも、西京漬けください、といえば、デパートの3分の一で、
分けてくれますよ。今日は、ギンダラ、金目鯛、カレイをそれぞれ
3枚ずつ買いました。



買い物が終わって、今日の、かとうさんで頂いたお刺身。左上がメジ、下がむつ、右がすずき。すずきや、むつもこれだけ厚く切ってもらうと、旬魚を味わった感じがしますね。メニューに盛り合わせはないのですが、自分で張り紙を見て、選んで盛り合わせにしてもらいます。9時15分にビールと刺身で休憩です。

帰りは「木香さんで、12時の昼食。冷酒は、七福神で。この盃は、「眠庵にも確かマイ盃でさる方がキープ。さてその正体は
どなたでありましょうか。



鴨のきざみ葱そばを注文。コチラの温蕎麦は、噛みごたえのある太蕎麦で、汁に甘みがあってその蕎麦のよさを引き立てます。

右の鴨のつみれは、肴で注文したのを入れたものなので、実際にはこれは、入っておりません。

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旭庵 新小岩  子供たちの蕎麦

2006-08-11 18:24:50 | 江戸川・江東・葛飾・新宿・大田区・足立区
旭庵は、何故か安心して入れる蕎麦屋である。
特別構えなくとも、スーッと、玄関をくぐれる。お客さんは、年配層と家族連れが多い。
シッカリした手打蕎麦屋であるが、手打ち饂飩もあり、価格も手頃である。今時、これだけの蕎麦が一枚、570円はあまりないかもしれない。



今日は、初めてだが、饂飩にした。夏になると、多少太めの冷たいのを喉に送り込みたくなる。
讃岐饂飩のような強いこしではないが、シッカリした歯ごたえがある。品のある甘みを感じる饂飩だ。
前席の先客は、僕よりも年配で、ご夫婦なのだろうか、お2人で、おかめ蕎麦と、せいろ3枚である。
負けじと、せいろ一枚追加した。夏の二色。これもいいなと、そのアイデアに自分ながら感心した。

金曜のお昼、暑い時間、皆さん蕎麦屋に逃げ込むようだ。客のスペースが、この店の入り口とは別に、左側奥に30席くらいあり、入り口付近とは違って客でいっぱいである。
配膳が何故こんなに遅れるのか不思議だった。ここは、厨房に3人もおり、大概は早くてあっという間に持ってくる。
奥の客席が僕のところから見えないから、遅れ気味だと思っていた。
席を立って見渡すと、夏休みのせいか、子供達が多くて、楽しそうである。三世代の家族の顔が、蕎麦屋にあると嬉しくなる。



蕎麦は、細切りで、こしも歯応えも、偏ったところがない。そばに表れる、中庸の良さが、この街の客層を呼んでいるのだろう。

新小岩には手打ちの客なんかはいない、そう言う人がいたが、これを見るとそうではないな。丹念に探していないだけなのだ。探し方や、考え方が、足りなかったのかもしれない。
つゆは、辛めである。醤油の香り立にややクセのあるのを特徴にしている。それは、もともとの醤油の育ちと、返しの寝かし方の両方にあるかもしれない。
御兄弟の我孫子の旭庵はまだ知らないが、つゆも多分同じだろうと思う。千葉の地場の醤油であろうか。四国の方に行くと、このような強さの醤油がある。
蕎麦が、大人しめだからそれで釣り合いが取れているのかもしれない。大きな海老、野菜の天ぷら、せいろ饂飩と追加のせいろで、2千円でお釣りが来る。
ありがたいといえばありがたい。気張らずに普通に、来られるお客さんが、ありがたいと思える商売も、なかなか真似ができない。
つい、自分のやりたい事を追いかけてしまう。
子供達が、蕎麦を食べ終わって、美味しかったのか、駆け足で玄関に向かう。
おばあちゃんが、慌てて追いかけていく。蕎麦の美味しさを家族で、味わえるのはいいものだな。
ここは、決して、小学生以下お断りなどと言う、野暮な張り紙は出さないだろう。
手打ち蕎麦が大好きな4歳の子供を僕は知っている。
2年前、夢ハの椅子にやっと座れるような子だったが、蒸篭一枚で足りなかった。親よりも蕎麦が好きなのだから、不思議だった。
聞くと、それも手打ち蕎麦しか食べないという。
それを教えられるのが、あのおばあちゃんなのだろうな。
お蕎麦屋さんが、色んなことを教えてくれます。
心底そう思う夏です。

旭庵の前回の記事・住所などは。
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和食・かとう 築地市場内  雨の日の忘れ物

2006-08-10 21:49:39 | 和食

久しぶりの築地である。3ヶ月ほど来ていない。
この近くで打ち合わせが、1時半くらいにあり、その前に、場内の定食屋さんでも覗こうと、まず場外から、様子を見ながら、歩いていった。
場外は、この5年ほどで、大型のすし屋がたくさんできた。場外の閉めていく店の後に、総てすし屋が開店しているようだ。
午前中雨が降っていたせいか、昼時なのに、老舗の寿司屋も閑散としている。全盛期は、店の中の、客の背中を見せるように、壁際までに客を待たせたものだ。
「うちは、ビール2本まで」そんな声が飛んでいたものだ。ブロイラーのような扱いを受けてから、もう20年は、この店に入っていない。
流行っている時の店は、客の扱いに慎重にならねばいけない。流行っているときほど客もまた、店の態度や、亭主の顔色などを見ているものだ。
不遜な店は、後年に客からしっぺ返しを受ける。周りにひしめくように、競合の寿司屋ができて、近頃は、老舗といえども呼び込みを出さないとやっていけないようだ。
時代は、あっという間に動いていく。客の心もすぐに移っていってしまう。築地の場外は、すし屋が生き残りをかけて戦っている。

和食、「かとう」を見つけて、暖簾をくぐる。場内の人気の寿司屋は、まだ並んでいるが、ここは、いつも7,8分の客が入っていて、賑わいも程ほどで、入りやすい。
馴染み客が多いせいだろう。名前で来るような客は多くない。金目鯛の煮付けをオーダする。
注文するのに、かなり迷う。何せ、刺身定食、煮物定食、揚げ物を含めると、30種類は、メニューがある。
店の奥にどっかり座った、お母さんが、あれこれ、ホールの女性に指図している。僕が迷っている間は、注文をせかせない。お母さんも、じっと見ている。
注文をしてから、大事な事を忘れていた。もう一品、ここは、イカの塩辛を頼まなくてはいけないのだ。
それは、もちろん僕だけの事だが。

隣りの2人組が帰った後、ホールの女性が、彼らの忘れ物を見つけた。小雨の中、その忘れ物を渡しに彼女が、店から飛び出して走っていった。もう1分は経っているから、もう遅いのだが、それでも、探しにいったのだ。


(金目鯛の煮付け。お豆腐がしっかり魚のだしを吸っている
携帯の写真で小さくなってしまいました)

 ここの金目鯛は、大きくて甘みがある。お豆腐も汁をたっぷり吸って、おふくろの味そのものだ。
塩辛は、ほとんど塩を効かせてないから、甘みがある。腸の色が美しくて、腸の旨みが口に広がる。そしてスルメイカの身が立派だから、口に含んだ時に豊かな味わいになる。

案の定、ホールの女性が、その忘れ物を持って帰って来た。雨にも濡れていた。
「冷蔵庫に入れておきな」お母さんが、いう。
その間に、近くの大きな病院の医師が、飛び込んでくる。
「先生!患者ほったらかしかよ!」
お母さんがからかう。
「そんなこと、できないよ。遅い昼飯だ」
「先生、急ぎだよ、大特急で作ってあげなよ。患者待たしてるんだから」厨房に怒鳴る。
客が笑っている。その先生の勤務時間帯を熟知しているのだ。ついでに、好きな定食も熟知していた。
「ホラ、旦那に、アイスコーヒだよ」馴染みの客が食事終わりそうだと、声をかける。ホールの女性もその声が、よいリズムになっているのだろう。
店全体が、その声で、滑らかな調子で動いている。

食事の間、お土産に、塩辛を二瓶、注文を出しておいた。けっして、家人には、その値段を、これまで言ったことが無い。普通の主婦には、理解しがたい価格だから、言わないほうがいいのだ。聞かれても、曖昧にしておく。でないと、次から買いづらくなる。
忘れ物をした客が、取りに来た。冷蔵庫に保管されていたから、丁寧なお礼を述べている。
塩辛の残りを、しつこくご飯に掛けて、食べる。今日、その塩辛の一瓶を、友人に渡す。下田に日本一の塩辛があるという彼に、食べてもらうのだ。
比較させようとの魂胆である。さて、どういうか、楽しみだ。

「お客さん、土産、忘れちゃダメよ」
お母さんが、帰ろうとする僕に、奥から声を上げる。
うるさいけど、いい掛け声だ。
一瓶づつ氷をセットしてくれた、手提げ袋を手に持った。

築地には、やはり月に一度は、来なくてはいけないな。
キャラクターで動いてる店は楽しいし、物も美味くなる。
一時期、かとうさんも列をなしたこともある。
しかし、お母さんの態度は、ずっと同じだったのだろう、と思った。
常連が、すれ違いに3人飛び込んでくる。
「今日、むつ、いいのあるかい?」
「当たり前だよ!悪いもんなんか、入れないよ」

また怒られてる。しかし、客が嬉しそうだな。

和食・かとう 築地市場内

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俺たちの地鶏家 芝大門  お袋の手にあるもの

2006-08-08 14:34:38 | 焼肉・焼き鳥

3人の若者達が、大門の路地裏に地鶏家を開店した。
もう10年前ほどのことだ。
(写真は、上レバのタレ焼)
俺たちの、と言う、その屋号も面白く、当時としてはモダンな造りも評判を呼んで、連日満員の盛況だった。
もちろん、焼き鳥もうまく、料理も、焼き鳥屋としては、この界隈では頭抜けていた。丁度、バードランドが、阿佐ヶ谷で、名前が高くなっていた頃だ。
最初の2年は、僕も相当通った。それは、値段が、適当だったせいもある。若手の連中3人くらいと飲むには手頃で、1人5千円くらいだったろうか。
焼き鳥屋としては、やや高かったが、高級焼き鳥店よりは、安く、メニューも飽きないものが揃っていた。
それに、全員が若いから、勢いもよく、流行っているとありがちな、奢ったところが無くて、入りやすい店だった。
店長の1人が、めざとく、僕を見つけてくれた。もう、5年くらいはご無沙汰だった。若者も、立派な店主の顔になっていて、昔と変わらず、笑顔一杯で、お客を大切にしている雰囲気がある。
3人のうち1人は、別店を構えたとは聞いていたが、2人は、仲良く未だに一緒なのだろうか。

 
(松子のつくね。若手の社員の一番人気だった)

ここの名物は、松子のつくねと、すっげえ手羽塩焼き、である。松子は、店主のお母さんの名前で、今も厨房に入っておられた。
すっげえ、のは連れの方に、お腹一杯になるから、とお断りして、焼き鳥、韓国海苔、お刺しみ3点盛り、大根の皮煮、その、松子さん、などをオーダーした。
スペインの、ダリが愛したという、赤ワインも注文。この赤が一番高くて、3900円だから、当時は、ワインを2本は軽く空けていたが、連れの元アートディレクターと僕では、一本がせいぜいだ。焼酎のラインナップが多いのは当然だが、日本酒も僕の知っているものも数本あった。
前職時代は、ビールメーカーの仕事をしていたので、10年ほどは、日本酒を飲まない空白期間があって、実はその間に、日本酒が、美味くなってきていたとおもう。

「これまでに、一番美味いつくねかもしれない」
めったに誉めない、銀座の湯津上屋の信奉者の彼が呟く。
噛む度に軟骨のコリコリした食感がよくて、その軟骨を口が追い求めていた。肉の甘み、タレの甘辛さが、卵黄の甘みと溶け合って、さすが松子お母さんの手作りは前に頂いたより、贅沢な味になっていた。
お袋の手の中で生まれてくるものは、あたたかい。

僕が焼き鳥屋に行こうと、誘って、気に入らなかったら、どうしようかと思っていた。
このところ、彼と行った2店は、ハズレだったから、僕も鼻が高い。



(レバ、砂肝、ささ身の3点盛り)

お刺身は、レバ、砂肝、ささ身の3点盛りで、彼の好みは、レバのようだった。
砂肝のコリコリした、甘みのある肉、ささ身の上品な肉も一級品である。
厨房には、焼手が2人。料理方3名。松子さんも入っている。満席で、50人余り、店内は前にもまして活況がある。まだ、あの頃のエネルギーが枯渇はしていない。


(アスパラ巻き。味噌は、甘みと辛味のバランスが良い)

それぞれ良い肉を使っている。
通っていた頃は、そんなにありがたみを感じていなかったがこれは、相当な店になっていた。
相変わらず、女性客が3割ほど。30代中心で、懐具合の良さそうな年配の上客もいる。
この店の開店時、店長の友人と僕は知り合いだったので、アルコール飲料などの、ちょっとしたアドバイスなどしていた。
彼らの、優しい笑顔や、華奢な体、きれいな指などを見ていて、本当にお店など出来るのかと、
危ぶんだものだ。
昼食をやるべきかどうか、悩んだ時も、夜一本に絞ったほうがいいと、感想を言った。
以来、大門、浜松町の焼き鳥屋では、一番になっていった。


(鶏皮と、大根の煮物。やや、辛味が強かった)

ワインと、僕は日本酒1合、彼は焼酎のお湯割り一杯、スッカリいい気持になって引き上げようと玄関を出た。
もう1人の店長が追いかけてきた。厨房の奥にいて、仕込みをしていたのだろうか。
表の店長、裏の店長、どちらかが出て、どちらかが、少し引く。それがあるから、友人で長持ちしているのだろう。
当初からずっと、共同経営の難しさを危惧していたが、それも杞憂のようだった。

自然に、お互い手を差し伸べて、握手した。
あの頃とは違って逞しい、手だった。立派な、地鶏家の亭主の体になっていた。
僕の友人の前で、彼が僕に色々世話になったお礼を言う。
たいしたアドバイスもせず、ただの酔客だったのに、
小さな事を、覚えていてくれたのだ。

駅に向かう途中、
「すぐにでも、また来たいね」彼が言う。
「松子さんに挨拶を忘れたな」と僕。

また、すぐに行かねばならない、口実もできたようだ。

俺たちの地鶏家
東京都港区芝大門2-2-15 03-3459-1230

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