蕎麦の散歩道

美味しい蕎麦と、楽しい食の道を歩む。

「人間性バトン」 花まきさんから 落ちてきました。

2006-02-26 19:42:10 | その他

花まきさんより、「人間性バトン」が回ってきた。
少し考えてからと思ったのだが、一気にやる事にした。
だが、やっているうちに、いかにいつも自分のことなど考えていないかが、よくわかった。

Q1.回してくれた人の印象
(花まきさんの)
感情が豊かで魅力がある人。聞いてないようで、人の話を
よく聞いてくれてる。
ただ、物事に過敏に反応しすぎて時々誤解も
されるかもしれない。


Q2.周りから見た自分はどんな風に見られているか、5つお答えください。

自分のやりたいように勝手に生きている・・奥さんの意見。
ストレートにやりすぎて誤解を生む・・先輩の意見。
面倒みがありそうに見えるけど煩そう・・部下の意見。
金使いがあらくて、何をしてるかわからない・・娘の意見。
道を誤りそうだからいつまでも心配・・親の意見。
            (そう思っているのでは?との想像)

Q3では自分で自分自身をどう思っているか5つお答えください。

涙もろい、最近は特にそう。
人に惚れすぎるかもしれない(男女に関わらず)
自分をよく見せたい、と過剰に思う。
軽はずみに、我を失って行動する。
高い夢を見すぎて失敗する。

Q4.自分の好きな人間性について5つお答えください。

一旦きめたら、真っ直ぐ走れる。
家族を大事に出来る。
不必要な嘘をつかない。
友情に篤い。
人生に目標を持ってる。


Q5.では嫌いなタイプは?

心が狭いのに広そうに見せる人。
相手の心を、言葉で傷つける人。
地位しか考えない人。
お金を基準に生きている人。
部下を大事にしない人。

Q6.自分がこうなりたいという理想像

なるべく嘘をつかないで、たくさんの友人を持ちたい。

Q7.自分を慕ってくれてる人に叫んでください。

こんな僕ですが、赦して下さい。

Q8.あなたの大好きな5人にバトンタッチ!(印象つき)

ごめんなさい。今バトン渡せそうな人は、お一人だけです。
スルーでも、結構です。

makotaさん。
もう30年ほど、遅く生まれていたら、お熱を上げていたでしょう。
皆の(一人のためで無く)、理想的な奥さん像です。



 

 

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ふる川 松江  蒸篭の顔。亭主の顔。

2006-02-25 23:43:47 | 江戸川・江東・葛飾・新宿・大田区・足立区

蕎麦はその蕎麦以上になれるだろうか?
蕎麦屋をやっていた時、いつもそれを考えていたものだ。

今でも蕎麦屋訪問をしている時、その問いがフラッシュバックして、自分が厨房にいるという錯覚めいたものが
走るときが時々ある。
そんな時は、出されてくる蒸篭をしみじみ見てしまう。
毎日毎日、やはり人の手で打つのだから、出来も違うし、雰囲気のようなものも違ってくる。
うまく、打てたときは、変な話だが、客に食べさせたくないと思うときがある。
可愛いのである。
蕎麦の実や、粉の特性、香りは、変わらないのだから、
どだい、それ以上の違うものを求めようも無いのだが、
蕎麦打ちは、欲が深いのである。
もっと、蕎麦に隠れたものがあって、それを引き出していないの
ではないかと、必死に打ち込むのである。
今、無いものを求める。蕎麦打ちの業かもしれない。
他のお蕎麦屋さんの思いはどうなのだろうか。そんな事を思うのは、自分が変なのだろうか?

 

久しぶりの、ふる川さんだった。大晦日に来て以来、暫く機会が無く、今日は近くのスーパーにお使いを頼まれたので、
それ幸いと、お昼を愉しもうと思った。
昨年の1月末の開店なので、丁度1年を少し経過、僕の経験からすると、蕎麦打ちが面白くなってきた頃ではないかと思う。
打てば打つほど、上手くなってくる頃だ。
このところ夜ヘビーなお付き合いが続いていたから、久しぶりの休肝日の決意だったので、蒸篭と鴨楠そばをお願いした。
出てきた、蒸篭はいい顔になっていた。安定感というか、優しい雰囲気がした。
蕎麦にご主人のキャラクターの様子が出てきたのだろう。

蕎麦はその蕎麦以上になれるだろうか?
ふる川さんの蕎麦の顔を見て、またそう思った。
その問いに答えられるのは、蕎麦屋の亭主だけなのだろう。
客は、ひたすら美味しさを堪能するだけだ。
蒸篭をゆっくり味わいました。春が近い、そう思いました。
鴨楠そばも軽々と食べ干して、昨日の過ぎた酒の残りが
ようやく消えた。
美味い蕎麦を食べられる事は、なんと幸せなのだろうと、
今日もつくづく思う。

ふる川 詳しくは夢八ホームページで

ふる川  東京都江戸川区松江12-6-3 
              ℡03-3655-7239
       営業時間11:30~14:00 17:00~20:00
       定休日 水曜 第2、第3火曜
  

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奈津 銀座  極上の刺身、フルコース。

2006-02-25 08:47:50 | 和食
美味しい刺身は、なまサラダのように美味い。
だから、いくらでもお腹の中に入ってしまう。
銀座のはずれ、この辺りは、そうですね、隠れ家的なお店がぽつぽつ
とあって、一見では入りにくいお店が多いかもしれません。
Yという蕎麦屋、このところ名前が出てきた麹也もすぐそばにあります。
通りで言うと、コロッケの銚子屋、ラーメンの万福、居酒屋の秩父錦などを
過ぎて暫くの場所です。
今日は、若い方お二人だから、コースにした。
最初に、ここの名物の蛸の薄作り、これは、ヒラメくらいの薄い切り身だから、
どうしてこのように切れるのかがもう、わからない。
旬ものの、のれそれ。これは穴子の稚魚だがこの時期が一番美味い。
さてメインは、お刺身。これがサラダのように美味い。ソイを飾り舟に
フッコ、穴子(穴子の刺身はここで初めて食べた)、かれい、かんぱち、ひらめ、
裏さば(関さば以上に美味いといわれる三重のさば)、
馬刺し、本マグロのとろ(築地でも一番といわれる仲買の店からの仕入れ)
かわはぎなど、計10種類。
感動の刺身である。
ここは、築地市場が、休みの日はすべて休みで(月に水曜2回・平日休み)
冷蔵保存がよくなった今でも、それは、こだわりのように、
市場に合わせている。
獲れた時に漁師が血抜きして、運ばれる魚だけが、刺身に耐えられると、
かたくなに守っているからだ。
だから、26年もこの場所で店が続けられて、客もその、魚の甘みと
本当の旨みを味わいに来るのだろう。
若い人は、やはりすごい。あっと、言う間に平らげましたね。
なんと気持ちのよいこと。
この後、その魚の残でしっかり出汁をとった、野菜や豆腐の大鍋。
その後に、その鍋にご飯を入れて卵かけのおじや。
おじさんばかりだと、鍋までたどり着けないので、久しぶりの
、多分4年ぶりのコースのような気がする。


奈津 銀座1-20-7 ℡03-3564-2347
 定休日 土・日・水(ただし、築地の定休日)
 営業時間6:00より11:00 
甜茶468x60バナー   

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堀江メール。100%の確信と0%の落差。民主党。

2006-02-24 14:11:36 | その他
数字というものは不思議な生き物である。
「100%の確信が持てない、ということです」
そう、前原党首が言ってのけたが、よく考えると、
80%や、60%の確信というものが、今回のメールに存在するのだろうか?
あのメールが本物か偽者かどうかという間には、数字のゾーンなど、
存在しないであろうから、100が本物で、ゼロが偽物であるはずなのだ。
つまり、100でなければ、偽者だろうということなはずだと、
思うが、どうだろう。

民主党の体質も、遺憾ともしがたし、と聡明な国民は感づいてきた。
まして、うかつにも、一部のルポライターの情報源だけに頼った
元官僚議員の先走りを、ほったらかしにしてしまいましたね。
こうなると、ただの子供の集団が、政党の上層部にのっかって、
跳ね返っているだけなのではないかと、心配になってくる。

ライブドアと幹事長の間には、黒い金の流れがあるに違いない、
そんな思い込みがあるから、何とか口座を押さえてしまえば、勝てる。
その程度の作戦だったのでしょう。

本当の悪党は、その程度の事では、なかなか降参しないのではなかろうか?
それは、これまでの疑獄事件を見てもわかるというものだ。
何も幹事長が本当の悪党と言ってるのではありません。
元々、幹事長は、選挙の金庫番で、特に最近は派閥が壊れかけているから、
そこにお金と権力が集中してしまいました。
必ずひとつや、二つくらいの黒い噂はあるだろうから、
そこを突破口にして、名前を上げようとの功名心だったのでしょう。
一般の企業で、こんな勝算の無い思い込みだけで走る
社員がいると、大概会社はつぶれてしまいますね。
政党の場合は、まだ余裕があるんでしょうか。

ホテルに引きこもって、辞任を決意した
元官僚のパフォーマンス議員を病院に入れて、辞任を思いとどまらせて
どう勝算を立てようというのだろうか。
少し、世の中の騒ぎが鎮まってから、考えようということなのか。
小沢さんも、奥に引っ込んでしまって、笑ってるんでしょうな。
海千山千のしたたかな人を、こんな時に使うのが党首ではないか。
こんな時のために、使いこなせるようにしておくのが、
度量というものだろう。
その程度の人材なのだろうか、前原さんは。

国民は、2大政党を夢見ているのです。
政策で選んで、下手な事をすれば、すぐにでも代えられる、
そんな2大政党のビジョンを導入したいから、小選挙区制にしたはずなのに。

これだったら、小選挙区制そのものが、駄目だとなってしまう。
民主党に、大人の集団になるよう頑張ってもらわないと
いつまでたっても、政治に対する熱い気持ちが、
国民の心に灯らない。

早くメールの件を、それこそ80%くらいの納得でいいから
解決してもらって、出直さないと、
民主党は、見放されてしまうのではないか。

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ひろ作 新橋 割烹の蕎麦芸

2006-02-22 22:37:51 | 銀座・新橋・芝・築地・港区・中央区・墨田

新橋の烏森に近く、飲食街の激戦地にある。
古くから、割烹料理をされているのが、その佇まいから
想像できる。
お昼の蕎麦屋酒のお相手は、花まきさんと、浅川屋のご亭主
である。
酔流亭と花まきさんが、群馬の浅川屋さんを訪問し、帰りは
どういう訳か、そのまま今度は、浅川屋さんが一緒に東京に附いて
来たのである。
ひろ作さんは、蕎麦を出されるのは、お昼だけなので、そこで一同
示し合わせて、蕎麦屋酒となりました。
それは、
割烹料理屋さんの蕎麦はどうか?と、浅川さんに聞いたところ、
いたく興味があったようで、すぐに話が決まったのである。
そば前の肴に、胡麻豆腐とシラスの酢味噌和えが出てきた。
胡麻豆腐は、とろとろで触感がよく、割烹料理屋の腕前を感じた。
箱盛りは、海老の頭揚げ、海老芋揚げなど(写真)。
お腹を作るものに、鯛のもち米ご飯。
この後、蕎麦がくるのだが、これで、1200円だから驚きである。

蕎麦は、不思議な透明感がある蕎麦で、浅川屋さんに聞き忘れたが、
これは、粉のブレンドよりは、石臼やその目立てなのかと、
思った。しかし、それはどうでもいいこと。
割烹料理屋の蕎麦は、これまで食べてきたお蕎麦さんのものとは、
明らかに、目でも食感でも違っていました。
その蕎麦芸も確かであることがわかりました。
(前編は、花まき日記)

割烹 ひろ作 港区新橋3-6-13
     電話03-3591-0901
        03ー3593-3886 


 

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蕎麦味噌が、香る。 Yという名の、蕎麦屋。

2006-02-19 18:03:44 | 銀座・新橋・芝・築地・港区・中央区・墨田
僕の蕎麦屋経験で言っても、訪問頻度が高い。
11月の末に行き始めて、5度目くらいになるだろうか。
12月は、2日続けて、蕎麦屋酒をしていた。
癖になる蕎麦屋である。
6時30分に道心のご亭主と入る。後から、待ち合わせした
お二人が来られるから、あまりピッチを上げたくはなかった。
突然、道心さんが、お通しの蕎麦味噌に感動する。
こんなに、香りのある蕎麦味噌は食べた事がないという。
元々邪気の無い性格だから、すぐに女将さんに、その蕎麦味噌のことを訊ねてしまう。
長い間修業されたから、美味しいと、僕なんかと感動の仕方が違う。
それは、ビックリするほどの声と顔で表す。
これは危険な兆候で、酒のペースが上がる気配があったので、盛んに僕は
彼の気持ちを押さえに回る。

それでも、なんとか酒が2本目くらいに、お二人が現れた。
酔流亭と、花まきさんである。
今日のお昼過ぎに、メールのやり取りをしている間に、僕が道心さんの
連絡で、ここに行くとなったら、予定もあったのでしょうが、
急遽、4人の蕎麦屋酒になったのである。
それは多分、花まきさんもこの店のフアンなのである、きっと。
卵焼きの器、お銚子とお猪口、醤油注ぎ、
ありとあらゆるところが、
道心さんの気に入って、気持ちがハイになっていた。

僕はもちろん、調度品や、吟味された器にも、興味は
あったが、気持ちはむしろ設計のほうに、心が魅かれる。
それは、いにしえの時代の色気を感じてしまうからである。
きめの細かい粗壁を基調に、
杉や松の板の落ち着いた張り合わせや、
埋め込みの柱が、客に威圧感を与えず、落ち着いた
空間を作っている。
カウンターと、座卓席を仕切る中間の仕切りの、竹の飾り柱が
一本ふっと天井に上っている。
この全体の造作の妙が、江戸の情緒の雰囲気を作っている。
その時代の大工の棟梁が、現れて作り上げたようだ。
幸せな匠たちが、今の時代一生に一回の仕事と感じて
仕上げたのだろう。
江戸の昔の、蕎麦屋を作ってくれと、その注文に
見事に答えた結果だ。
訪れる客は、彼らにそれまでの経験値を試されているようだ。

そうこうするうちに、一同、愉快この上ない蕎麦屋酒に
なっていた。
ここの、蕎麦寿司は、特に海苔の香りが高くて、
具を包んである蕎麦の噛み応えが、なんとも加減がよい。
もちろん、他のものもうまいのだが、必ずこれは、注文すること
にしている。
一同の顔を見ると、
皆この店にまた、はまったようである。
酔流亭の顔が、一段と嬉しそうであったな。
(2月17日・金曜 Yにて)





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酒呑(ささの) 赤坂 創作海鮮

2006-02-17 14:55:35 | 居酒屋

予想がおおきく外れてしまった。
昨晩は、接待ではあったが、旧友とも言える人がおられ、
僕は気軽な立場での参加であった。
お店も任せてあったので、最初、その名前を聞いた時には、
あまりにも居酒屋然としたところを想像していた。
多少顔に不満が出ていたかもしれない。
しかし、任せた以上は、文句は言わないのが当然である。

店に入って、イメージが全く違って、照明はカフェバー的で、
設計は、モダンな小料理屋の雰囲気だ。座卓も、重々しいものでは
無く、白木の木目を綺麗に利用した明るいものであった。
カウンターのほうに行って、水槽を覗くと、これはなかなかの
魚を泳がせてある。ヒラメ、真鯛、イセエビ、カワハギ、しまあじ・・。
メニューの、氷見の寒ブリ、焼津のあおりいかと、出ているところを
見ても、居酒屋にしては、水準が高い。
刺身は、イセエビなどの盛り合わせであったが、肴が創作的なものが
多く、目も口も愉しませてくれた。
途中のお腹を作るお寿司は、ウニといくらがてんこ盛りになってきたが、これには一同笑ってしまった。
(これだけは、写真を撮ってきた。後日差し替え)
止めが、おこげの和風椀、これはだしが効いていて泣かせる触感
であった。
さらに、〆は鴨汁温稲庭うどん。鴨は青森産と教えていただいたが、
柔らかくて、身の厚い、味の濃いものでした。
蕎麦屋もうかうかできない鴨を仕入れておられました。
酒の品種も多く、黒龍、菊姫、十四代、義侠、田酒、と50品種は、
いつもそろえてあるというが、そこまで用意する必要があるかどうか、
賑やかでよいかも知れぬが。
普段から、相当な勉強をされて、料理の工夫をされているのでしょう。
気軽な接待とはいえ、しっかり堪能しました。
(タイトルの創作海鮮は僕が勝手につけたものです)


酒呑 港区赤坂9-6-23赤坂葵ビル2F
     03-3475-6055
     17:00~24:00(ラストオーダー)

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道心 秋刀魚のおし寿司 酢締めがよい塩梅

2006-02-15 20:10:27 | 世田谷・杉並・練馬・北・荒川・豊島
花まきさんの、日記で道心が、秋刀魚のおし寿司を開発
したとのことで、昨日の夜、早速、食べに言った。
酢と、砂糖、味醂、酒のバランスが良くて、なかなか、
酒の肴に合う。カマンベールの蕎麦粉揚げといい、ご亭主の
オリジナリティがあって、また楽しみが増えた。

奈良上田酒造の冷酒を、たっぷりこぼしてもらって、
昨日も蕎麦屋酒が進みました。

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テーブルウエアーフェスティバル2006.東京ドーム。

2006-02-11 08:51:04 | その他

日本全国の土の匂いがした。
東京ドームでも、年間のビッグイベントで、花の蘭展と並ぶ催しである。
食を飾るものが一堂に集まってくるが、その中でも陶器、磁器が、
全国、世界から集まってくるのが楽しい。
テーブルコーディネートのデモンストレーションも数多くあり、コンテストなどの優秀作品も見ものである。 このときに、内緒であるが、多少無理をして、普段買えない食器などを買い求める。
特に好きなのは、萩や、備前などで、この日は、やや安めなものが
提供されているような気がする。
(あくまでも気分の問題、買い求めた器の隠し場所がもう無いので困る)

各地の窯元の陶磁器が、どうしてこんなにも表情が違うのか
不思議な気がするが、それも、長い間に堆積された土が、それぞれ
異質なせいなのだろう。器を買うと言う事は、
そんな土の歴史も手に入れることなのだ。だから、ここにはその歴史のにおいがして、気持ちが踊ってしまうのだと思った。

写真は、僕の大好きな大倉陶園のデモンストレーションの作品。志摩観光ホテルの元高橋シェフがこよなく愛した窯元である。
このような、器でそばを飾れたらなどと、つい頭がそちらのほうに行ってしまう。

2月4日(土)から12日(日)まで。明日までです。
フェステバルの詳細

 

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銀杏 大島 寒中のお風呂酒

2006-02-09 23:33:16 | 江戸川・江東・葛飾・新宿・大田区・足立区

冬はもういい加減にしてほしいな・・。
こう、寒いとお店に入る前から、熱燗が欲しくなる。
(写真は、九頭龍、限定燗酒)
六本木のオフィスになって、2ヶ月くらいだ。通勤駅が、船堀から、
六本木だから、銀杏さんの最寄の駅、西大島は、電車で通る。
銀杏が、今年初めてなのは、不思議な気がした。
が、それもそのはず、大概が帰りは、どこかで遊ぶか、接待があるから必ずしも、帰りは、この線とは限らない。
もっとも、この線で帰る頃は、お店が閉まっている時間だ。
今日は、朝から、銀杏に行く予定にしていた。
昨日、必死の休肝日の、ご褒美というわけである。
6時30分、ほぼ満席に近い。
夜一人で来るのははじめてだから、店内の、設計などまじまじと見るのは、これも初めてだ。
確かに、モダンで、デザインは、新しいし、工夫が随所にある。
新しい中にも、和のよさをしっかり生かしてあって、不思議な安らぎ
のある設計である。
うれしいのは、来るたび、お酒には気を使った趣向がある。今日は、
福井黒龍の、九頭龍の限定酒、しかも、燗の迎え酒だ。
注文すると、酒が温かそうにお風呂に入って出てくる。
燗酒でこんな美味しい酒は、この何年飲んだことがありません。
酔流亭と宵待のしおんさんが、この酒を飲んで、どんなことを
言うだろうか、そんな事を考えながら飲みました。
いつもながらの2000円のコースがまた、素晴らしいのです。
ふろふき大根、ごぼうの自家製さつま揚げ、牡蠣の天ぷら、
白胡麻豆腐、十割そば、柚子きり、おろし温蕎麦、こんな店が
あるから蕎麦屋酒はやめられません。
特に今旬の牡蠣の天ぷらが美味かったですね。小ぶりでもなく
大ぶりでもなく、身が実に甘みがあって、揚げ加減も
よろしかったです。
また食い意地が張ってしまって、1人前別注文。
2,3粒くらいかなと思ったのですが、5粒あって、これは食べでがありました。
いつも思うのですが、これだけの素材を、この価格で出される
工夫と、勉強には敬服してしまいます。
途中、金澤、東一、田酒の利き酒セット。追加でまた九頭龍を1本。
それでも、かなりリーズナブルなお値段、毎日蕎麦屋酒をやりたい
人には助かりますね。

すっかり体を暖かくして、今日は六本木で予め買っておいた、
スフレを家人たちのために持って帰ります。
買った時は、焼き立てだったのですが、すっかり普通のスフレになって
いますが。

夢八ホームページの蕎麦見聞記はこちらを・銀杏

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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皇室典範 展望を描けない社会の象徴②

2006-02-09 10:35:20 | その他
やはり、皇室典範の政府案は、見送りになりそうである。
先日の予想が当たったというよりは、紀子様のご懐妊が
主な要因である。
マスコミの論調なども、それ見た事かと言う雰囲気があるが、
これは一体何なのだ、と言わざるを得ない。
何のための皇室典範政府案なのかの根本の論議を、
掘り起こしていないから、行き当たりばったりだ。
静かに見守る事が良いとのしたり顔の見解だが、
そんな事は言われなくても、当たり前だと思うが。

ひとつには、ご懐妊で男子が生まれる可能性があり、
男子継承の存続の芽ありということなのだが、
これは元々、皇室の尊血を男子継承で存続させたいと言う
思いがありありと見える、空気だ。
僕もそれには異を唱える気はないが、
これでは、平民(皇族と対比して使用してますので悪しからず)
から皇室に入られる女性が、結果として、ただ男子を産むために
居られるということになってしまう。

雅子様の深い悩みなどは窺い知れないが、
そのことのひとつにこれに因があるのでは、と想像が行き着いてしまう。
紀子様もそうである。
男子か女子かのプレッシャーは、大変であろう。
普通の心理状態を保つのは、相当なご決意だろうし、
ある程度の、情報断絶も仕方が無いのではないか。
テレビの、三面もの番組も、当分騒いで、火をつけては、
消しに回るような騒ぎが続くだろう。

仮に女子誕生だとこの議論は蒸し返しになるのだろうか?
また男子誕生だと、先送りになるのだろうか?それでは、
平民から入られる女性の方々が皇室と平民の暮らしや
考え方の差に戸惑われ、お悩みが永遠に続くのではないか。
また、そんな事を想像したら、結婚を考える女性が
いなくなるのではないか?

人間天皇宣言、象徴天皇の意味を、
具体的に、実際に生きていかれる皇室の方々の
人間的な生活と、我々がそれを一定の敬意で、見守る事ができる方法。
それを、政治家がリーダシップを取って、
語りかけていかなくてはいけないのではないか。
それが論理的に難しいと言う事であれば、
また違う事も、提案しなくては、おかしいと思うが。

これ以上の考察は、僕には出来ないので、これで終わりにしますが、
大人の成熟した社会に相応しい皇室のあり方を、国のリーダーが
提案する時期にきている。
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道心 南阿佐ヶ谷 進化する、香織りそば。

2006-02-08 08:53:38 | 世田谷・杉並・練馬・北・荒川・豊島
先週の金曜から、道心が3日間休んでいるらしく、
どうも体調を崩したようだ。
(写真は茄子そば粉揚げ)
群馬の花まきさんの弟から、連絡があって、
様子を見てきてくれと、連絡が入った。もうすっかり、
道心さんと、浅川屋さんは、
兄弟分の盃を交わしたような仲になって、つい苦笑してしまうが、
僕も、蕎麦を食べたくなったので、引き受けてしまった。
これは、様子見と言うより、機会を単に待っていたようなものだ。
もう、僕は、5時30分には、到着していたから、夜の
開店準備のご亭主と入り口で顔を合わせてしまった。
例によって、人懐こい顔があった。
もうすっかり元気で、ひと安心した。今日も口開けの客になった。
客が来ない時間に、わさびの酢漬けなど手の掛からないものを貰って
話し込んだ。
当然、蕎麦の話になるのだが、蕎麦の話は、お互いに
夢のような話になってしまうので盛り上がってしまう。
道心のご亭主も、浅川屋のご亭主と出合って、蕎麦の情熱に
さらに拍車が掛かったようだ。
人は出会いによって、今あるものが大きくなっていくのだと言う
見本のようなものを感じた。
客が来て、肴を頂きながら、日本酒を3合ほど飲む。
明日は、休肝日にしたいな、と考える。
奈良の上田酒造の、喜(女編に喜ぶが三つ)長がうまい。
明日も無理だろうな・・。

肴は、茄子のそば粉揚げ、卵焼き、浅漬け。
道心の肴は、結構大盛りなので、お腹が一杯になる。
肴を平らげたあたりに何を注文しようかと迷っていた。
向かいの女性客2人が、香織りそばの大盛りを、注文して、
しきりに、「感激・・」を連発する。
お2人とも年齢が60歳近くの品のいい食通の方に見受けた。
ご亭主の顔を見て
「香織りそば、半人前と、カレー蕎麦1人前を!」
思わず、食い意地の張った、注文をしてしまった。

帰りは、JRを選んで歩く。何しろお腹がパンパンだから、
無駄だと思っても、カロリーを消費しようと考えて歩く。
途中、美味しいケーキ屋さんがあって、パンケーキを
いくつか買って、家人達のご機嫌を取ろうと考える。

香織り蒸篭、さらに進化してました。
つゆも深く美味くなっていた。これはよきライバルに恵まれたと
家路に急いだ。
(道心・夢八ホームページ蕎麦見聞記第16回にも掲載)
コメント (8)
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永坂更科 麻布十番 創業寛政元年の技

2006-02-08 00:10:54 | 麻布・六本木・赤坂・白金周辺・千代田区
一年ぶりにあう友人と、多少仕事の話を兼ねて昼飯を食べようという
ことになった。(写真・生粉打蕎麦)
その頃よく、会っていた麻布十番となった。
暫くぶりに彼は、十番にきたようで、しきりに十番が変わったと言うのだ。
確かに、彼の言うとおり、十番通りの店は、特に飲食店は
様変わりしているかもしれない。

その中で、永坂更科と、更科堀井は、健在である。
丁度、神田の、まつやと、やぶの関係のようで面白い。
メニューも、お互いの領分をきちんと守っているから、
不思議だ。イメージ的には、
永坂が、日本橋のデパートの大食堂なら、堀井は、ややブティック風な感じだ。
どちらかを選ぶかは、彼に任せたが、彼は当時から永坂が好きだから、
その重々そうな玄関をくぐる。
創業が寛政の代だから、200年は経っている。思わず、当時の
蕎麦は、どんなものだったのかを想像してしまう。
当然、小麦とか卵とか、そんな贅沢なつなぎなどと言うものはないだろうから、
生粉打ちがメインだったろうが、蕎麦の収穫期を過ぎて
保存などはどうしていたのだろう。
夏などは、生粉ではつながらないだろうから、何かつなぎを
入れただろうから、工夫が大変だったろうと思う。
へぎそばは、ふのりを使って
伝統の味を完成させたが、
地方によってはつなぎに、山芋や、繊維質の多い
野菜なども入れたらしい。初代は信州の出だから、
江戸の味にするまでに相当研究を重ねたのだろう。
江戸蕎麦がつなぎとして上品な小麦にたどり着いた歴史には興味が
湧いてしまう。
第一信州から、馬や人手で蕎麦の実を運ぶわけだから、
運送費だけで、当時としては相当なものだろう。
気が遠くなるほどの経営感覚が必要だったかもしれない。

僕は、この日、夜、蕎麦屋酒もあって、珍しく飲まない。  
彼は多少の酒と肴をつまんで、蒸篭とあいなる。
僕は、その間、鴨蕎麦と、生粉打ち蕎麦を頂く。
永坂に入るのは、年に2回と決めてある。
それはひとつの定点観測で、
味の変化とか、蕎麦の変化を確認している。
老舗も年とともに、ほんの僅かながら、変わっているものだ。
でなければ、ものすごい勢いで変化する
味の嗜好には置いて行かれてしまう。
鴨蕎麦も、昨年よりは、味に変化があった。
ただ、これは職人の手が変わったのかなと思う。
生粉打ち蕎麦は、この5年変化が無い。この品質を
コンスタントに守るのは大変だろうと思う。
もちろん、寛政の代にこの蕎麦が完成されたとは思わないが、
この歴史の技を見ると、先人の偉大さを考えずにはいられない。
その中で、我々は、あっちの蕎麦屋が美味い、
こっちの蕎麦屋が美味いと言っておられるのだ。
さて、夜も蕎麦である。
これは、あっちの蕎麦屋である。

 
永坂更科 港区麻布十番1-8-7 03-3586-1676
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女系・女性天皇論議  展望を描けない社会の象徴

2006-02-05 09:46:07 | その他
ここで、僕は、思想的論議を展開しようとしているのでは、ないということを、
予めお断りしておきます。
多分この女系・女性天皇容認論議は、政局の火種になるのでしょうが、
一番大きな問題を誰も言い出さないところに、不可思議さがあると思っています。
この手の話になると、必ず議論を尽くせ、PR不足だという、方々が増えてきます。
また国民的合意がされる、なされていない、そんな事をしたり顔でいう
評論家も多くなりますね。
一番大きな論点は、今後50年後を見て、天皇制をどうして行くか、ということが
実は、大事な事であろう。その意味で、今回の法案のベースが、
天皇が象徴であると言う、憲法の中で議論が行われてないし、それに触れようともしてはいないのだ。
少なくとも、現憲法の天皇は、国家の象徴と規定する中で、
象徴天皇として、女系、女性天皇が論理的に国民に受け入れられのか、
また、象徴としての天皇のあり方も今後どう理論的に
組み立てるのか、この2点が全く論議されていない。
男系、女系・女性の
どちらが正しいかとか、どちらが良いかでは、
根拠の正当化だけではないか。

多分、有識者会議では、皆さん相当に聡明で、一流の方々だから、
これは必ず論議はされたはずだが、その資料を出されようとはされていない。
天皇制とは国民や、日本にどうあるべきかという、テーマ、展望を国民の前に
出さないで、中味の内容だけの論議が先行されてしまっている。
まるで、郵政法案の手法そのままである。
違うのは、直接国民の生活に多大な影響を与えないから、
政府も面子の立て方だけになって、不利になれば、引っ込める可能性もある。
天皇制の論議は、タブーと言う、考え方が今の政治家には確かにあるのでしょうが、野党なども憲法9条にはけたたましいが、これになるととたんに歯切れが悪くなるから不思議である。
田中政治以来、政治や、経済の展望が無く、その展望を構築しようとする
政治家集団がいないのではないか。この5年ほど、
単にプライマリーバランスと言う概念だけが流行りになって、
借金返済の掛け声が大きいが、
それによって、どんな国にしようかと言う、ビジョンが見えない。
市場原理に走れば、格差は当然結果として出てくるし、郵政を民営化すれば
細かなサービスは悪くなる、小さな政府にすれば、公共部分も低下する、
このような選択の基準も提示
しないし、マスコミも冷静に判断してはいない。
まさに、今の男系・女系天皇論議や法案も同じである。
根本に触ろうとしないのは、これは日本人の特性であろうか?
そんな事は無いと思うが、どうであろう。
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数を生み出したものに比べ、我々人間はあまりにも愚鈍だ。「博士の愛した数式」

2006-02-04 15:56:19 | その他

このところ、ブログなどで評判になっている本を、2,3冊、
それと、目に留まった、本を数冊まとめ買いした。冒頭の一文は、
「博士の愛した数式」小川洋子著作のものである。
映画になっているし、最初は、軽く電車の中で斜め読みするくらいに頁を飛ばしていたが、途中から簡単に前に進めなくなってしまった。
認知症の数学者とシングルマザーの出会いの物語である。
作者は、現代の愛の変形した形を、数学者の崇高な、論理性の中で、対比させ、紐解いていく。
小説は、読む本人と、作家との体験認識によって、大きくその評価を変える。
読み手の感性が、その小説の素材と接近していれば、瞬時にしてその舞台に乗れるだろうし、その劇的な要素が、
読者の生々しい現実体験に近ければ、逆にその小説がリアルすぎて、放棄したくなる時もあるのではないか。
その中間くらいに位置した読者が、客観的で幸せな読書を楽しめるのだろう。従って、僕もまた自分の人生体験の中で、
この小説を捉えてしまっているだろうから、極めて個人的な書評であると、予めお断りしておきたい。

美しい小説である。
登場する3人の女性は、すべて変形した愛の軌跡の中で生きてきている。主人公は、学生時代に 男に棄てられたが、後年博士に、ルートと名を付けられる、子供を生むことになる。
(私の粘膜を引っ掻いた血)を爪の間に持って生まれてきた子供と、
多分壮絶な生活をしてきただろう、と言う事は、
作者は隠して描いてはいない。
しかし、その暗示は、主人公の母親に擬えてある。
母親もまたシングルマザーである。不倫の子を宿し、主人公を育て上げる苦闘が、さりげなく、主人公の生き様の下敷きとなって
描かれている。
やがて家政婦の主人公は、事故が原因で、記憶が120分しか保てない、認知症の博士と必然的に出会うことになる。
その必然は、互いが偶然に持った数字、友愛数で結ばれる事により、  (抱擁されることの少ない赤ん坊だった)子供、11歳ルートを中心にして、展開される。
「君はルートだよ。どんな数字でも嫌がらず自分の中にかくまってやる、実に寛大な記号、ルートだ」
この小説の中には、ルートが父親のいない境遇の悲しみのことなどには一切触れてはいない。
彼は最初から、母胎から偶然のように生まれてきたかのようだ。父性へのこだわりの無い、浸透膜を通して、博士を吸収してしまうのだ。
後、誕生日12歳、博士が天に召される22歳のルートの、この数字が大きな展開力を持ってくる。
数学は宇宙の真理として描かれ、愛憎劇は、その数式の中で浄化されるぎりぎりの瀬戸際で、描ききられている。
数式はあまりにも巨大で、人間のひとかけらの人生は小さいように見える。そこに、作者の大きな罠がある。
作者は言う。「数字は、人類の前から存在し、人はそれに近づいて、発見しているだけだ」それは、神の遣わしたものなのだろうか?
彷徨える読者の一人はそう思う。

宇宙に美しく配列された数字の間隙を這う様に、主人公や、博士達の苦悩や喜びが散りばめられる。
作者に代わって、博士が言う。
(神は存在する。なぜなら数学が無矛盾だから。
そして悪魔も存在する。なぜならそれを証明することはできないから
) 神と悪魔を、作者は巧みに操って、読者を深みに連れて行く。
抱擁されることの少なかった、ルートを、
その間の抱擁を埋め尽くすように、博士は、事あるごとに、そのルートを抱擁し、神に近づいていく。
父性と母性と出会うところに、概念上の家族が存在してきた。
主人公を捨てた男の父性だけが、博士に抽象される。
それは、<28> と言う完全数によって、ひとつになっていくように思えた。
完全数は、それ自身を除いて、1とで割り切れる総和が、それ自身になる数字だ。
それは、1,2,4,7,14で、和が、28になる。
その番号を背負った阪神の江夏を軸に、家族の愛と言う完全な形がモザイクのように積み重ねられて行った。
完全数は、この宇宙にある奇跡を可能にするものとしてこの小説の芯になっている。しかし、宇宙の数式の中で神と共に生きている博士もまた、過去の悪魔に遭遇していたのである。
博士の母屋に同居する兄嫁の未亡人と、かって不倫の関係だったことが主人公とルートによって炙り出されてくる。二重、三重に、作者は、読者を足技に掛けていくのだ。
男と、女の気まぐれか、愛情の中で、結果は歴然として、子供の誕生と言う現実が遭遇してくる。宇宙の配列は、子供と言う素数を軸に、母性と父性によって回転している、と作者は暗示している。
この小説の核は、その父性に対する、失われた希求だと言う気がする。
しかし、そんなテーマとは別に、数字が描く宇宙は楽しい。
また、江夏が背負った28の完全数が、エンターテイメントして、わくわくさせる。

最後に、この小説の美しい一文を示すと同時に、
これが、一番大事な作者のメッセージであろう、と僕は感じたのです。
 「彼はルートを素数と同じように扱った。
素数がすべての自然数を成り立たせる素になっているように、
子供を自分たち大人にとって必要不可欠な原子と考えた。
自分がいまここに存在できるのは、子供たちのおかげだと信じていた」        


         小川洋子 博士の愛した数式 新潮文庫  

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