トリCのブログ

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言論の自由がないって外国人が言ってた

2016-04-25 23:01:40 | 政治

国連の人から言わせると言論の自由が脅かされているらしい。まあ、日本の若い女性の30%が売春経験者とか言い切った国連の人の言う事だからそうなんだろうね。とは言え、こういうタイプの人が見ている日本はそもそもどういう国に見えているのか、も大事だ。


例えばまっさらな心で「東南アジアのある国」を想像して以下の文を読んでほしい。

 

現在の政権は戦後からほぼ一人勝ちで長期政権を延々続けている

軍を嫌う他の野党と比べて圧倒的に軍部との強い繋がりがある

金権体質に賄賂が横行しているがメディア上層部への賄賂で表には簡単に出てこない

経済界にも太いパイプがありそこからの裏金が党を支えている

政権与党の議員は、親から子供への権力譲渡を当然と考えている

メディアが与党にとって都合の悪い話を出すと電波を止めるぞと圧力をかけてくる

ネットは与党がコントロールしており反体制派が隙を見せると延々とネット右翼の誹謗中傷が続く

若い世代は与党の長年の思想に完全洗脳されており野党が何を言おうが小馬鹿にする人が多い

野党は権力に関心のない市民派が細々とやっているので大金が横行する選挙には勝てない

王族の緩やかな解体を求める野党と違い、与党は王族の地位を保証し地方の農村や老人から信任を得ている

与党は政治と宗教は別、と言いながら大手の宗教団体をバックに抱え込んでいる

戦時中の悲惨な虐殺やレイプなどを与党は認めようとはしない上にそれをリークしたメディアは何かと圧力をかけられ記者の一部は隣国に半亡命状態

 

 

たぶん、途中からすっかり自民党に置き換えて読んでしまっただろうが、実際東南アジアにこういう政権党があったらどう思うだろうか。


これは許せない、と思うのではないだろうか


そう思ったあなたはその東南アジアの国に対してあまりにも無知かもしれない。だから実際、その国に行って行政やメディア関係者や市民団体から実際のところの報道の自由を聞いてみた。あれやこれや。


やっぱり、これは許せない


そう思ったのが今回、来日した人の日本の報道の自由度ではないだろうか。


勘違いも甚だしいが我々が東南アジアの大して興味のない国の情報をかいつまんで知識として認識し、実際その国に行って一週間ほど見聞きすればこんなもんである。どうしてそういうバランスになっているのか、を理解するには当事国に住んでいろいろな人、文化、歴史を学び、仕事に参加しなければ絶対に分からない。


表層だけ舐めて独自の視点でバッサリ、なんてまさに一週間だけ禅を学んで知り尽くしたつもりの外国人でも出来るわけで。

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五輪デザインの問題点

2016-04-10 13:02:02 | 社会

去年は五輪問題でケチがつき悪い方向で話題になった。


東京五輪のロゴデザインがパッとしない上に盗作ではないかと。ボランティアの制服もダメすぎて半笑いになった。何とか白紙にしたが国立競技場のザハデザインも70年代の大阪万博を思い出した。しかしこれらの責任をデザイナーに求めるよりもやはり選定方法にお役所仕事のやり方が重なってこのような事態になっている。

以下の点がデザイン選考の問題点だと思う。

・外国人の評価を紋所にする
・外観はすぐに古くなるという認識がない
・選考委員会の人選が問題あり
・人の集まる場所の環境改善に関心が薄すぎ

今度は大丈夫?五輪エンブレム最終候補4案
https://tokyo2020.jp/jp/games/emblem/evaluation/

 

デザイナーをミュージシャンに置き換えて考えてみよう。ゲーム音楽などを作っている無名のプロはかなり幅広いジャンルを網羅出来るノウハウがある。器用さとスピードが武器なのでこの音楽は誰々さんだ、という様な独特の作品はまず作らない。この逆のミュージシャンもいる。作り方や発想が独特で幅広いジャンルどころかその人の作る音楽がジャンルそのものの人だ。

五輪のエンブレムは世界中の人々が毎度テレビで見る注目度の高いものだ。全員参加のお祭りなのだからゲーム音楽やハリウッドの映画音楽を作っている様な、世界中の沢山の人の嗜好を把握しているプロに任せる方が良い。ファッション業界随一の世界的名声の人よりもユニクロのデザイナーの方がいい。

 

ところが一般公募の選定委員や了承を必要とする議員さん達は屈託のない意見であれやこれや難癖をつけるのは定番である。これを行政の担当は知っているからデザインを頼むとするとまず世界で著名な有名人に頼む。「パリやNYの専門家から絶賛されている○○さんのデザインです(これが分からないって言うのは田舎者ですよ)」と言えばこういう人達はまず黙る。専門の選考委員会は全部身内なのだから作品そのものよりも「誰々さんの作品です」「ああ、やっぱりね、色彩が独特!」「これは誰にもまねできないね」などとなり、身内の論理がまかり通る。

 

こうやって誰もが納得出来ないが文句を言いにくい雰囲気で世間に公表されるところまで辿り着く。


海外向けイベントは毎度のことだが一定の法則がある。外国人が知っている日本の文化をことさらに強調したものになるのだ。例にとれば芸者、さくら、新幹線、神社、歌舞伎、富士山あたりを絡ませてそれをそんなものに全く関心を示してこなかった有名デザイナーやミュージシャンに作らせるパターンだ。これらの日本文化は別段、外国人にウケを狙って作り上げてきたものではなく、その時代時代に国内で流行ったものが、現代まで残っているにすぎない。現代で言えば日本食やアニメ産業などはこの典型であくまで国内での流行が海外に漏れ出しているだけなのだ。それを外国人の目を気にして無理やり作りこむから


(海外でウケたいから)歌舞伎の恰好をしてNYでバンドデビュー


的なものになる。


新国立競技場は結局、


地味に安く
http://www.jpnsport.go.jp/newstadium/tabid/497/Default.aspx
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確かに木材を使うのは日本らしい、とも言えなくもないがこれもまた結局は外国人の目を気にしすぎだ。外国の目を気にする必要のない現代の建築物ではどれもこれもが安全性、建築費用、利便性に全力を注いでいる結果、木を使うなどという発想は出てこない。こういった建物が今現在の本当の日本らしさ、ではないのか。大地震の時にビルがゆらゆら揺れる、あれが日本だ。

 


五輪はよそ様が来日するのだから見てくれで虚勢を張る、というのは昭和の感覚だ。五輪後に使うのは圧倒的に日本人だし日本製の特徴であるありとあらゆる人の要求を呑んだために、何が売りなのか明朗ではないが、少なくとも皆から文句は出ない、特長のない優等生的なもの、を目指すのがやはり日本らしいと思う。少なくとも見てくれに大金を払うなどアフリカの酋長的大統領の特権であって日本のノリではない。


自分などはサッカー観戦が趣味なので競技場には特に思うところが沢山ある。デザインとは外観だけの意味ではなく未来の競技場はこうなっていくはず、という環境整備も含まれる。思いつくところでは

・自動販売機やロッカー、トイレなどは細分化して座席から歩いて1分以内に大抵がそろっているとか前の席に大男(オランダ人なんか座ったら後ろの子供はどうすんのかと)が座ってもセンサーで頭の高さを均一にしてしまう高さ調節可能なシート

・近場の地下鉄や鉄道の駅まで大空港の様に全方位に伸びるエスカレーター、あるいは競技場のピッチの真下に駅そのものが存在するのが理想だ。競技が終わって駅まで大混雑で歩いて40分、駅から電車で再び大混雑、立ちっぱなしで40分など論外だ。

・チケットをスマホなどの端末と個体識別番号の併用で正規の入場者、スタッフ、不法入場者を一発認識するシステム(ダフ屋壊滅とテロ防止)。同様の発想で防犯カメラの徹底、少なくとも競技場に来た人全員を認識出来るレベルで。

・大災害時の緊急避難場所、関連用具の充実


これらはまだまだ未発達なところがある。行政の発想だと競技場と言えば土地の安い郊外にバカでかいスタジアムをぽつーんと建て大半の観客が家に帰るまで1時間以上かかる様なものを作ってしまう。後々何十年と使うことになる人の事を全く考えていないのだ。本来は国立競技場の様にその都市の中心に据えて気軽にいろいろな競技を楽しめ、かつ簡単に家に帰られる利便性とを考慮に入れないければならないし、外観に外国人を意識してバカみたいな投資をするのではなく内部の環境と安全に金を使うべきなのだ。何でもかんでも安くしろと言っているわけではない。

 

 

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