トリCのブログ

ジャンル問わず現場に近いスタンスで書いていきます

毒餃子でも食ったのかボスニア・ヘルツェゴビナ

2008-01-30 22:41:00 | サッカー
ボスニアの余りの覇気の無さにこれでは大学生相手の方が良い練習になったんじゃないかと思えた。

ただ日本代表がサイドを多用した事で前回よりもボール回しが広くなりボスニアの長身選手たちには厳しい試合となったとは言える。これはとりあえず岡田カラーを封印しタイ戦に現実的な方策で望む事にした結果だろう。

まだまだボール運びはオシム流に言うならざるで水を運んでいる状態だったがそれでも勢いはあった。中盤の山瀬・大久保は想像以上に縦への意欲があるのでタイのコーチは(試合を見ていたら)ラインを上げる危険を感じ取っただろう。そうして引きこもれば巻の頭に合わせられるのだからさて、自分がタイのコーチであったらどう対処するか悩みどころだ。

現状の日本は(今日の試合を見る限り)ボールスピードを上げて展開を速くしたいようなので度重なるファールで時間稼ぎをするという手もある。まあダラダラした試合展開に持ち込めれば日本もそれにつられるかも、と思っているかも。
コメント

被害を被りやすいサイド

2008-01-29 02:02:42 | サッカー
サイドというのは状況を見て上がったり下がったりしているわけで岡田監督が言っているのは「サイドが上がらなかった」ではなく「サイドが上がるチャンスが余り無かった」という意味のはずだ。

中盤であれだけボールが荒れた状況で俺によこせとばかりサイドが上がっていくのであればただの素人だ。卵が先かニワトリが先かという例の話のようなものでサイドの上がりは中盤の安定にかかっている。逆にサイドが上がれる環境=中盤は万全だとも言えるわけだ。

ジーコ時代はサイド(サントス、加地)がちょくちょく上がっていたのは中盤の技量が現在よりも上回っていたからだ。遅い攻撃の場合チャンスも減るが状況もよく見える。ボール回しも安定する。単純な話、今の代表常連の遠藤が控えだった位当時の中盤は質が高かった。

そう考えると現在の不安定極まりない中盤で(スピード重視がさらに追い討ちをかけている)サイドが無理に上がるのはどう考えても無謀だ。

これは当然岡田監督だって認識しているわけだから結局のところ重要なのは中盤がいかに安定するかに尽きる。もし(中盤の制圧が)ダメなら守備的な選手をサイドに投入、中盤が安定するなら攻撃重視のサイド、と使い分けが行われるはずだ。内田という守備では余り役にたちそうもない選手を投入する意味は若手の教育という意味だけではない。あくまで中盤が安定する事に期待しての意味だと思える。
コメント

ボール支配率は別物

2008-01-27 13:08:00 | サッカー
ちょっとフォローするとオシムジャパンの問題点はボール支配率の高さにあった。

ボールを保持していると言う事はもちろんゴールに向かう過程だから点を入れる事の出来る可能性が高い時間帯、という事になる。しかしボール保持率が高いという事は相手の守備体系がきっちりと整えられてしまうという弊害も又ある。守る方は時間経過と共に守備体系を整備する事になるわけで最近の日本の様なボール回しをしていたのではボールは持てどもゴールは出来ない。

ここを岡田監督は気にしている。日本の攻撃陣は一頃に比べれば質が劣化している。相手のレベルがサウジ、韓国、オーストラリアクラスになるとボールを持たされて10秒も経たないうちにゴール出来る可能性はほぼなくなるだろう。

この為、ボールを保持した時点から相手の守備体系が整うまでがゴール出来るチャンスとなり多少無理をしてでも密集地帯に切れ込んでいくしかない。しかし単独でそれを出来る選手がこれまたいないために日本の得意なパス回しを利用してやろうというものだ。

こうなるとボールを持ってからシュートするまで常に時間との勝負になりリスキーなパスが多くなる。当然余裕が無い、ミスをする、という可能性が高くなる。ここまでは織り込み済みのはずだ。時間をかければ今よりも精度もスピードも適正のある選手選考も高くなるだろう。

問題はいつボールを奪われるか分らないので常にカウンターに神経を尖らせなければいけないところだ。恐らくだがこちらの練習ばかりやっていたのではないか。

こういった点から練習試合として別段問題があったわけでもない。オシム時代とボール支配率を比べて監督としての資質を比較しようという空気を作るのはやめた方がいい。

ただし先にも書いたがタイ戦はすぐそこにやってきているわけでひとまずこういった試みは中断してオシムのやり方でタイ戦は臨んだ方が勝率は高いだろうと思う。向こうは日本人のアドバイザーを雇ってこの試合に賭けている。タイクラスならボールをこちらが持って10秒だろうが3秒だろうがゴール前は固めている。今のやり方でトライした場合、向こうの前線3人程度がカウンターから何となくゴールしてしまう可能性は充分ある。

間に合わないのなら安全な従来の戦術を使った方が良いと思うのはこういった理由からだ。
コメント

タイ戦に間に合うのかが主題に

2008-01-26 23:33:00 | サッカー
狭い所でパス回しをして局面を打開する、或いはその事によって違う場所にスペースを作り上げる予定だったはずだが相手が

狭いところが大好きなチームだった。

むしろスペースを消してDF的には安全圏といったところにチリの選手がワンツーでどんどん入り込んできたわけでやりたい事をやられたと言っても良いだろう。

まあよく今年初めての代表だから、とか監督の初采配だからと言った前提で甘い評価になりがちだろうがこれはちょっとやばい匂いがする。とにかく前監督の遺産であるスピード(ボール・人)を体が出来ていないにもかかわらず強行している。コンビニで慣れた店員がレジ打ちしているのを意識して同じスピードで頑張っている新人君の様だった。いいから今のレベルでレジ打ちしろと。

それと気になる点は他にもある。相手の出方を見て修正していくという駆け引きが全くない。まだその段階にチームが来ていないのかもしれないがその片鱗さえ見せないのもどうかと思う。それとも一週間あれば出来るのだろうか?余りに前任者が元気者ばかりを集めた弊害がここにあるのではと思う。

会社でもよくいる元気な社員。それ自体は社内に活気が出ていかにも動いている気が内外部問わず感じるものだ。しかし言っちゃ何だが活気がある社員は商売相手にも一本調子の人が多い。とにかく明るくて元気があるのはいいんだが駆け引きが余り無いと言うか。そういう時に必要なのが逆のキャラクターだ。元気が無く口数は少なくとも熟考して相手と対等にやりあう。会社もこうやってバランスを取っている訳でサッカーチームだって同じなのだ。

今日は初めから終わりまで似たような内容だった。人を変えても同じサッカーだったのが妙に不安にさせるのかもしれない。
コメント

減らす事は可能では?

2008-01-26 16:19:00 | 事件
色々と法律などの問題が重なり合ってこういった状況になっているとは思うがあえてそういった諸問題を無視して考えてみる。

まずはウィルスを作成し広げる心理は放火魔のそれと似ている。ライターで民家の脇に火をつける。この行為自体は別に面白くもなんともない。しかしそれによって家が燃え近所の住民が大騒ぎになり消防車が何台も集まるという事件が起こる。新聞社やテレビ局が取材にきて小さなニュースにもなる。全ては自分がライターで火をつけた、というところから始まるのだ。

ウィルス作成行為はライターで民家の脇に火をつける行為だ。しかも「誰も見ていないから安全のような気がする」。

放火の方は家が燃えたり人が死んだりするわけだからもし捕まったらと考えれば普通の脳の持ち主ならあり得ない行為だ。しかしウィルス作成はそういった実害が見えにくい。ここが大きなポイントだと思うのだ。多大な影響はあるだろうが被害金額がどのくらいでもし捕まったらどれだけ刑に服すのかが見えにくい。

知能犯であるから逮捕するよりも作ったウィルスによって起こった被害金額の総計を出し「○○ウィルス被害者の会」でも作って作者に請求させるのも良い。もし企業などで被害があった場合、億単位になるだろうから一生を被害者に払い続けるほどの快楽がその行為にあるのかを考えさせれば思い止まる人も増えるだろう、と思うのだ。
コメント

キャラ立ちに苦心

2008-01-26 13:47:00 | サッカー
代表監督をマスコミが取り上げる時は(戦術的な)キャラクター付けをする。売れている芸能人がそれぞれ独自のキャラクター性を持っているのに売り方は似ている。

順番としては顔見せ、キャラクター付けで知名度を上げライト層に興味を持たせる、そういう人達がテレビや新聞を読む様に誘導するわけであとはそのキャラクターが「何々と言った」「こう宣言した」「誰々に対して不平を言った」などと記事にするだけで結構な人が集まる。

芸能人であればこのキャラクター付けは所属事務所や本人がやるものでそもそも注目を浴びるのが商売なのだからやらねばならない。しかし代表監督はそうではない。一番の仕事は当然の事ながらW杯で勝ち上がる事だ。

そこでマスコミが選手や監督にこういったキャラクター付けをして「売り出す」ことになる。トルシエの時にはウェーブ、フラット3、性格もエキサイトと勝手に本人がプロレスの様に売ったので楽だった。ジーコは元々超大物なので売る必要が本人にない。ブラジルやイタリアを経験してインタビューもありえない位月並みな話に終始する。そこでマスコミは「何もしない置物監督」というキャラクターで売った。海外でのジーコの監督評価と日本国内での評価基準がかなり開きがあるのはこういう影響があるだろう。そしてオシム監督であるが戦術ではとにかく分りやすい。しゃべりも面白い。ただ選手のセレクトがそういった戦術だからとにかく地味。オシムというキャラクターは見事に立ったが選手が立たない。お陰でトルシエ、ジーコと続いた代表ブームは去り今ではチケット入手はさほど苦労しない。

岡田監督に関しては前代表監督時、札幌、横浜FMとその戦術性に分りやすさはない。口は達者ではあるが話が多彩すぎて大きな方向性は見えない(ようにしているのかも?)。この点岡田さんの戦術嗜好と似ているのかもしれない。

こうなるとマスコミとしてはキャラを立てにくい。何よりもライトなサッカーファンをいかにして岡田JAPANと言うのはこういうチームなんだな、と認識させ興味を持たせるのかは未だに手探り状態と言える。
コメント

真っ白な代表ユニに日の丸希望

2008-01-25 02:01:20 | サッカー
なんだか水色っぽいのでフランス代表風からイタリア代表風になったようだ。

こういう感想を持つあたりに日本独自のユニと言うよりいかにもあちらの世界に憧れてますって感じがあってちょっと萎えるものがある。

日本をイメージする時に連想するデザインと言えばどうしても日の丸の「白の中の丸い赤」になるがこれは世界共通のイメージだと思う。ブラジルなら緑に黄色(オーストラリアも同じ感じがある)、フランスなら青赤白と言うように。フランスを連想してそういやロシアも同じ配色だったな、と思うがどうやったってフランスイメージに勝てるわけがない。

同じ様に日本のブルーを基調にしたそれもフランス、イタリアに食われているだろう(世界的に見て)。ただでさえこういった国よりも弱いんだからフランス→ロシアの比ではない気もする。

やはり日本と言ったら白が基調で小さい赤丸が一つ、と言うのが本来のスタイルだと思う。赤丸沢山ならクロアチアあたりがそうだった気もするがあれは亜流。圧倒的に白ベースのユニに右肩に日の丸一個とか極端な話、はちまちに日の丸つけてやってもいいくらいだ、あとは全身白で。死ぬつもりで試合に臨むって感じが日本っぽくていいと思うんだよな。

コメント

面白い取り組み方

2008-01-23 02:00:41 | サッカー
狭いエリアでパス回し、という岡田監督の狙いは結局のところそういったスペースでも日本は切り裂いてくる、という相手への脅威を植え付ける事で「それ以外」のスペースを作る事にあるだろう。

強豪国の場合、キーマンである選手が複数人はいる。フリーにさせるとろくな事にならないのでしっかりとマークせざるをえない。こういった選手は自分に複数のプレスをさせる様に仕向け、スペースを別の場所に作り上げる。

日本にはこういったプレイヤーがいない為レベルが上がれば上がるほど「擬似キーマン選手」を作り上げる必要が生じる。ただアジア予選レベルであれば中村俊輔や高原に必死に相手DFがついていくお陰で彼らの周辺には大抵おいしいスペースが出来上がる。もし全てのスペースが埋め尽くされているなら高さを生かしてただ放り込んだ方が実はアジアでは効率は良いと思う。

問題はこの先のレベルにある。日本より格上で誰にも取り立てて厳しくマークしてこない場合だ。相手が必死について来てくれないので先のアジア相手の様なスペースが出来ない。かと言って放り込んでも高さで負ける、ポジショニングで負ける。これを打開する為に必死にスペースを作り出そうという行為で90分を消費するのではなく「なくても入っていく」、「入って行った事で相手が焦り守備が崩れるかも」というトライ精神が必要となる。

スペースの無いところに複数人の選手が潜り込んで行くという事は日本代表はほぼやった事が無い。そういった事は常日頃の慣れなわけでまあ、恐らくこんな事を選手に「やらせる為に」最近こんな練習しているのではないかと思っている。
コメント

両サイドの位置に注目

2008-01-18 16:45:00 | サッカー
フランス大会時代の岡田さんと言えばリスクを犯してラインを上げ攻撃に厚みを持たせようとした。しかしFWなどでタメを作れずボールを奪われ(ライン上げのデメリットである)カウンターを恐れて早めのファールで時間を稼いだ。しかしこれを長時間やれば常に相手の主導権で試合をしなければならず攻撃まで手が回らない。攻撃をする事は主導権を相手に渡さない、という意味でもあるのだがもっぱら受身に回った代表だった。

この時の代表はつまり両ゴールを左右に配置して綱引きゲームをしているような視点が中心だった。綱引き視点でもろに影響を食うのがサイドの選手であり自陣に押し込まれてしまうと引っ込まざるを得ない。これはどこのチームでも一緒だ。このおかげで左右サイドアタッカーがワイドに展開するという綱引き視点と90度違う攻撃がほとんど出来なかった。

今回の代表ではそういった点を考えてまだ余裕がある予選でサイドが両方とも高い位置に上がるとどの程度効果があるのか確かめたいのではないか。

何故効果がうんぬんと書いたかというと日本代表の場合、高い位置に沢山の選手を配置したとしても攻撃に厚みが出るとは限らないからだ。前にも書いたように選手が沢山いると有利なのは空中戦を得意とした選手が多い場合であり足元で勝負する選手では周りに敵、味方が山ほどいる状況では役にはたたない。

タイはこれまでの試合を見ていると空中戦は苦手そうなイメージが個人的にはある。試合展開としては両サイドを高めに置いてタイの守備を激しくシェイクしつつゴール前に張っているFWにボールが飛んでくるか?と過度に警戒させFWの前が手薄になった所にMFが飛び込むかシュート(でも外すんだこれがw)、という試合展開になるのでは。ただ試合を実際見てみないとこの観点が合っているかはわからないが。
コメント

料理で人が見える

2008-01-18 12:34:00 | 社会
人を招く時の料理は重要だといえる。何故なら招いた相手をどれだけ歓迎しているかの指標になるからだ。手料理であること、おいしい事、その家ならではのオリジナル料理(ついでに言えば出来るだけお金がかかっていない事)であれば招待された方は相手に気を使わせた負い目を感じない。

公邸に招かれる客はほとんどが要人なので舌が肥えている。ついこの前の事だが赤旗が「福田首相は首相就任以来こんなに高級料亭やホテルで会食を繰り返している」と100年前の労働者階級が目を吊り上げそうな記事を書いていた。しかし実際は首相と会合を開く相手なら三ツ星級だろうが「またかよ。食う気にもならん」という人も多いだろう。日本大使館に招かれる客もそういう人達だと仮定しての話だがそうすると日本料理と言っても日本の家庭料理の方がより良いような気がするのだ。

鮭の塩焼きとご飯、味噌汁、(レベル上げるなら納豆)。途中からお茶とわさびを目の前で作ってお茶漬けにするのもいいだろう。高級料理に慣れている外国人にはこちらの方が寿司よりもよっぽど新鮮だろうし日本に対するイメージも変わるだろう。海外でイメージする日本料理で連想するのは男性の料理だろうが本来日本人が口にする料理は女性の創作したものが多い。

日本大使館にきちんとした日本料理人を入れるのも一考だろう。その延長に日本の家庭料理などがあってもいい。おもてなしという観点で言えば外国人には等価値かそれ以上だと思うからだ。
コメント