トリCのブログ

ジャンル問わず現場に近いスタンスで書いていきます

スポーツで尊厳を得たい国

2016-08-10 16:58:39 | スポーツ

せっかくリオ五輪をやっているので色々と書こうと思う。


年配の方は記憶にあるだろうがかつての日本もメダルに関して異常なレベルで執着を持っていた。金メダル数に固執する国に共通するのは、自国が世界の中で田舎者扱いされている、という劣等意識、五輪で金メダルを取ることで世界に認めてもらえる、と思い込んでいる場合だ。

この国民の要望に呼応するのが与党政治家で、戦争の時の支持率アップと同じ事が起こる。政治は愛国心が高い方が何かとやりやすい。予算も取りやすい。保守政党であればそれは支持率の高止まりを意味するものにもなる。五輪で金メダルをとれば、全体的に愛国方面に政治は安定するのだ。特に劣等意識の高い国では。


政治の世界の予算配分で見ればスポーツ助成金は、大変「お安い」買い物だと言っていい。何せ予算を多めに配分してやれば語弊はあるが半自動でメダル数は増え、支持率が上がる、政権が安定し予算が組みやすい。こうして専用の施設が作られ青少年のエリート育成が始まる。競争を煽るために高額な報奨金をちらつかせる。身体能力の高い子供と家族+親戚は報奨金目当てに「メダルを取れそうなマイナー競技」に殺到する。メダルランキングの上位で「いつのまにそんなにメダルを取ってるんだ?」という国はテレビ視聴率の非常に低い競技でせっせと稼いでいるわけだ。


視聴率と言えばNHKにはそういう要望もあっただろう、ネット中継に力を入れるようになってきた。NHKも政治家と同じような利点が五輪にはある。地震と台風と選挙と五輪は報道の華である。好き嫌い別にしてテレビに見入るのはこういう時しかない。NHKは全国民が情報の共有を可能に、というのが存在意義だからネットで中継を公開して少しでも多くの日本人に見てもらいたい。


このネット中継だが、たまたま見たセーリングはアナウンサー不在だった。画面に五輪の組織委員会が準備した現在順位などは出るものの現場の海岸の音と上空を飛ぶヘリの音、選手たちが失敗して出たうめき声程度で何ともシュールだ。しかし実際の五輪会場などは小うるさいアナウンサーの「日本のなんたら選手は現在何位」の叫びなどは、ほぼないわけだから、むしろこういうのが五輪現場に近いのかもと思ったり。

 

逆に言えば人気のスポーツでタイトルを取れば国のプラスイメージは大きい(かもしれない)。世界中で注目度が高いのはサッカー、テニス、自転車のロードレース、陸上のメジャー競技、ラグビー、クリケットなどだろうか。これらメジャー競技全部に顔を出す国と言えば欧州の主要国と米国しか思い浮かばない。サッカーはここ20年でようやく勝つ可能性が出てきた。テニスやラグビーでも「あの日本人が」と驚かれるのは、つまりはメジャースポーツで日本が勝てるわけがない、という常識があるからこそだ。実際、自分も生きているうちにツールドフランスでマイヨジョーヌを着た日本人など0.01%も想像がつかないし。


こういうのは競技そのものが知られていない、というのも大きい。Jリーグが始まった頃はオフサイドとはなんぞや、という講義がテレビでやたらと流れた。ボールを保持して沢山パスをして攻めている方が強い=中心の司令塔がエース、という認識は未だに抜けきっていない。競技の本質を知られなければ国内の競技レベルは絶対に上がらない。サッカーはまだいい方でロードレースなどはその奥深さがほぼ知られていないのが現状だ。


こういったメジャースポーツに関する無関心ぶりは経済的にも非常にもったいない。サッカーは、レベルはともかく結構経済的には回った成功例だ。個人的にはサッカーや野球だけではなく、他の世界的なスポーツの振興は強く推進したい。


五輪のマイナー競技を狙った国の金メダル枚数争いなど、まさに田舎国家ならでは、などと思うが日本はその国家規模からして疑問符がつくレベルにメジャースポーツに関心がなさすぎる。


よく言われるのは「マイナーな競技にもっと関心を持って欲しい」だ。言いたい事は分かるがそれを言うならまずはメジャー競技に国全体が熱くなってからではないだろうか。どうにもスポーツ全般の楽しみ方が分かっていない気がするリオ五輪期間中だった。

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夏の高校野球

2016-08-08 17:31:20 | スポーツ

東京五輪の公式種目にソフトと野球が追加された。いずれも日本がメダルを狙えそうな競技なので選ばれたのは当然だろう。


五輪でなくともスポーツ大会ではホスト国の活躍は重要だ。会場が盛り上がるのはやはり地元の選手が活躍すればこそだ。


野球と言えばこの前、甲子園で練習していた大分のマネージャーがグラウンドにユニフォーム姿で紛れ込み係員に注意を受けたそうでネットで話題になった。今日、試合があったようで何だかんだで女子高生好きのメディアが再びニュースにしていた。話題になったのは高野連の古臭い体質なのだが、そもそも甲子園大会自体が戦前からの体質改善が見られない。


夏の甲子園は坊主頭でグラウンドの気温が軽く40度を超す中で戦う。伝統のある競技なので戦前の青少年育成目的であった下記の様な要素が見え隠れする。


「作戦本部(監督)の指令による一糸乱れぬ集団工作」
「熱帯地方に進出した場合の持久訓練」
「男声合唱による軍歌を連想させる校歌斉唱」
「敗者(戦死者)への賛美・美学」
「成人社会人が求める正しい高校生の姿」
「戦いの始まりと終わりの空襲警報まがいのサイレン」
「戦場で死闘を繰り広げる青年の為に遠くで祈る乙女」
「終戦(敗戦)まぎわの一塁への特攻(ヘッドスライディング)」

このようなものが未だ色濃く残っている。


本来なら例の人々がこぞってこれを「戦争美化への洗脳」と批判しマスコミも取り上げるはずだが主催2社がその当事者な上に人気もあるので「まあいいや」となっている。夏の甲子園には朝日新聞社の旭日旗がよく似合うのは偶然ではない。


自分的にはこの伝統行事、このまま意味なく千年でも続けて欲しい。相撲の公式行事の大半がもはや意味が分からないが高校野球もこのまま続けていけば、まずそうなる。千年後、土のグラウンドに女子がうっかり入り込んで関係者が血相を変えて走ってくる、なんて楽しいではないか。

 

ところで高校野球関係者の話によれば硬球が乱れ飛んでて危険だから、という話だ。だが、上に書いた戦前の右翼思想がそのまま残っているのであれば「戦場に女を連れ込むな」あるいは「甲子園は女人禁制の聖地である!」という答えの線が本当は強いはずだ。表立って高野連がこれを言ったら基地外呼ばわりされるだろうが(笑)


ネット世論では高野連のこの態度と言い訳にあきれるのは当然としても、上に書いた様にもはや、どちらかだと思うのだ。徹底して伝統を意味が分からなくとも守り抜いていくのか、時代に合わせて、いやむしろ時代を先取りして行きすぎるくらい先進的になるのかのどちらか。先取りするなら男女混合で1イニングごとに守備位置が変わる、レベルくらいしてもいい。あるいはこれが最も強烈かもしれないが「野球部の予算上限と透明化」「甲子園に出場した選手は五輪には出られるがプロにはなれない」くらいがあってもいいかもしれない。金目当ての大人が大挙して逃げ出すはずで青森のチームは何と全員が青森県民、なんてことにもなる。

 

 

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箱根駅伝とブラック企業

2016-02-03 13:01:23 | スポーツ

一か月くらい前の話だが箱根駅伝に関してネットで話題になった。日テレのやりすぎ演出とたすきを繋ぐ必死さがブラック企業まがいに見える上にそれをぬくぬくとした環境で楽しむ視聴者、という図に日本の縮図を見る様だ、と誰かがブログで書いた。


見方によっては確かにそう見えなくはない。自分もこの大会に強制的に参加する、というのが例えば大学の伝統だとかぬかしたら断固拒否するし大会自体をつぶす側に回る。(ただし入学の条件が「大会に参加すること必須」なのであればしっかり読まなかった自分が悪いとは思うが)


結局この点に尽きる。箱根駅伝に参加する選手たちは過酷な練習と過度なプレッシャー、自分の不成績によるチームの敗退のリスクも含めても参加したい、チームを勝利に導きたいからトライしているわけで自ら好きで火中に飛び込む分には全くかまわない。


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理系、文系の企業がある様に世の中には体育会系の企業もある。箱根駅伝に参加する様な選手は体育会系の企業に入っても平然と過酷な労働環境を生き抜き企業の成功のために全力を尽くす。後から入ってきた体育会系新人もそういう先輩の後ろ姿に感銘を受けて猛烈に働き企業の業績を伸ばす。まさに箱根で倒れそうになりながらもタスキを渡すあの姿だ。


こういう企業に「業績が良いから」とか「外から見て活発で楽しそうだから」と、根っからの文系や理系が入ったらどうなるか。周囲の熱気に押されて辞めるに辞められず疲れ果てて過労死一直線。実際裁判をやって内情を晒されれば「そりゃ死ぬやつが出てもおかしくはない」と社長や会長がやり玉に上がるが果たしてこういう箱根駅伝型企業を典型的なブラックと呼ぶのか。


実際のリアルなブラックは理系、文系、体育会系関係ない。箱根の頂点を目指すといった高尚な目的など端からなく自分が楽をして金を稼ぎたいから奴隷を欲しがる。奴隷になった社員は自分の奴隷を欲しがるから社員はなかなか減らない。無理やり入社させる&辞めさせない方に力点がいって会社が成功する方には誰も興味が向かない上に幹部は下からのクーデターが怖いから徹底して恐怖政治を敷く。もはや存在自体が全く社会の為にならない。


ブラック企業大賞に選定される企業はこういったリアルなブラックからは選ばれない。選定委員は、上層部が下層部から搾取する事で競合企業よりも結果が出ているところをターゲットにしたいようだ。が、これは資本主義の悪い部分を毛嫌いする共産主義思想の考え方だ。彼らが考えるブラックはあくまで産業革命時代のイギリスの資本家の様な労働者を単なる駒と考える人材がトップに存在しその結果、他の企業を出し抜き成功を収めている企業だ。


これでは圧倒的多数の全く成功していない(けど社員は辞められない)ガチなブラック企業の本質は見えない。社会の問題点を是正するには第一に構造を理解しなければならない。全く違う価値観で活動している箱根駅伝の集団を遠回しだろうがブラック企業と混同させる事は何の改善も生まない。駅伝名門陸上部に何の才能も体力もない素人が入り込み毎日20㎞走りこんで死亡したら果たして過剰な強制ということで責任は圧倒的に陸上部にあるのか。

 

国で言えばガチなブラックは北朝鮮。働きすぎだ、ブラック大国だと言われるのは日本だ。日本の労働環境をバッシング、改善すれば北朝鮮は変わるのか、という話だ。箱根駅伝比喩やブラック企業大賞に関しての違和感をまとめればこうなる。


ただし日本の労働環境に自分が納得しているのかと言えばそれはゼロに近い。国家や企業に期待するのは無理だと思っているので自営業的なスタンスで働いているわけで。そこは後々書こうと思う。

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フィギア採点員の心情

2014-02-22 11:03:38 | スポーツ
問答無用のポイントを奪い合う競技、例えばバスケットなどはリングに何回入ったかを競うのでシュートの正確性、それをブロックする高さ、更にそれをかわす俊敏性などという様にポジション別に一定の方向へと体格が定まってくる。

大抵のスポーツは突き詰めると背が高くなる、体重が増える、その競技で使われる部位に筋肉がつく、という様にとても普通の人ではなくなってくる。

女子フィギアはその点で相手に競り勝つ体格は必要なく且つむしろ華奢な方が高得点に繋がりやすい。競技の源流がバレエだろうから芸術性を競うのが趣旨だったはずだが同じ芸術レベルであればより技術点が高い方に採点がいく。こうした流れでバレエが得意であった欧州から次第に技術点を狙うパワフルなアメリカ、更に小柄で柔軟さを生かしたアジア出身者に勢力図が変わっていった。

フィギアが人気種目なのは他の競技ではなかなか見られない選手の美しさからくるものだ。一般の人たちが憧れる体型の美少女や美男子が華麗に舞うから人気がある。これがフィギア人気の生命線であることは関係者なら誰もが思う事だろう。

危惧する流れはそれらの美的なものに対して芸術点を凌駕する技術点狙いでくる集団が現れないかという点だ。例にとって申し訳ないが中国の農村から出てきた男か女か判別できないゴツイ少女らがメダルをとれば親どころか親戚一同が遊んで暮らせると一攫千金を狙って大量にデビューする未来図だ。


日本女子のフィギア界は荒川は例外として危険な未来図を志向するプレイスタイルが多い。改善改良してより高スペックにしていく日本の民族性からいってフィギアを技術重視で練習していくのは最もなじみ深いものではある。しかし先に書いたようにこれを肯定していくと危惧する事態になり得るわけでこれが審査員の採点に影響しているのではないだろうか。

ひとつ分かりやすいものとして柔道がある。

日本での柔道家と言えば心技体が全て備えられた人だ。しかし海外でメダル争いをする「選手」には技をかけられないように色々と工作する人がいる。審判に不正行為だと認定されなければ会場中の誰しもが「あいつは汚い勝ち方をする」と思われても全く気にしない。心技体などほど遠い状況だ。

日本人が思うこうあって欲しい世界柔道競技はやはり「心」重視だ。立派な戦い方を両者が仕掛け壮絶な戦いの後には勝者と敗者が精神的に認めあう仲になって欲しい。反則ギリギリだけどOK、ではなくそもそもそういう考えがよぎった選手には正しい精神で戦った選手に負けて更生して欲しいのだ。

柔道に心技体という見えない判定が加わったらどうなるだろうか。かなり沢山の選手が本人的には「意味不明」な点差を付けられて納得がいかなくなるだろう。本家の日本の選手はその意味で高得点に繋がり憤慨を買うだろう。



フィギアの採点にはそういう「こうあって欲しい」フィギア像の見えざる判定基準があるのだろう。無難なプレイに終始し芸術的嗜好が強い選手に必要以上に高得点がつけられるのはおそらく今後も変わらない。
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野球道なのかベースボールなのか

2013-08-22 23:08:00 | スポーツ

 野球はベースボールのルールと同じなのでカット打法を取り締まる事は出来ない。あるとすれば日本独自のローカルルールで「モラル的にどうか」と世間の同意を取り付け圧力をかけるくらいだ。


 


日本にはこういう世間の目を利用した法律にない裏法律が存在する。大抵世界が驚く日本の社会にはこれが大いに役立っている。いわゆる順番を待つ、街にゴミがまったくない、犯罪が少ない、財布を落としても届けられる、等々は政府が強要しているわけではない。


 


同じ理屈で柔道、剣道、茶道、弓道の様に〇道を通して探究心と精神を鍛える(勝ち負けよりもずっと重要)のも日本人の何でもかんでも創意工夫でガラパゴス状態の文化が生まれる源泉となる。


 


これらは良い面であるが今回の千葉君の様に道から踏み外して邪道に至った場合は野球のルールを度外視しても潰そうという勢力が増すのが悪い面だろう。これらの批判の本質は「高校野球道」の裏ルールを踏みにじって「ベースボール」をしたところにある。アメリカで言えばほぼばれない類の微妙な筋肉増強剤がこれにあたるだろうか。


 


柔道などは世界に競技が広がったもののJUDOのDOに込められた意味など外国人が理解できるわけはなく特に隣の韓国の選手などは違反にさえならなければ何をやっても日本に勝てばいい、という邪道の塊だ(違反になったら差別だなんだといちゃもんもつける)。日本では今回の様に世間体で潰すことはできても海外に出るととたんに日本流が通じなくなるのはこのせいである。


 


野球のルールはベースボール準拠だろうが日本で勝手に発展したものはルールブックに記載されていない。カット打法や投手のインターバルを長くしてじらす、集団で鳴り物をならして相手チームの集中力をそぐ、微妙な判定には集団で審判に圧力をかけて自チームに有利な様にとりはからってもらう、などはベースボールにないからルールが強化されないだけだ。日本の野球には独自に発展して現行のアメリカのルールでは抑制できない問題点がある。それをかろうじて抑えているのは世間体や野球道の裏ルールだ。だからこんなお騒がせ問題が出てきた時に何の解決策も出せず試合後の通路で圧力をかけるしかないわけで。


 


 


 


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陸上競技の面白さ

2013-06-08 22:29:51 | スポーツ

味スタで陸上競技。100m男子では高校生で10秒を切る可能性がある桐生が出るというので見に行った。そういうお客さんは多いようで1万7千人も集まった。


 


面白いのは各競技が同時進行で同じ会場で戦っているところで複数のエリアでいろいろやっている。ついこの間の本田のPKの隣でイチローがクリーンヒットを打っているような現場なのだ。


 


やり投げの助走は結構距離が必要なのでトラックの外側まで出ていく。そこに1万メートルの走者が交差しながら走っていく。集団が過ぎ去って行ってから次の通過までの間に投擲をするわけだ。しかしだんだんばらけていって投げるタイミングを逸してしまうんじゃないかと心配する。


 


それとテレビ中継ではメインスタンドからテレビを映すので会場がガラガラに見えるだろうが観客は選手を近くで見たいがためにメインスタンドや100mのゴール付近、インタビューエリアに座る。カメラにはほぼ映らない位置にみんな座っている。お陰で帰りは浦和とFC東京の味スタ状態だ。


 


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こういった(マイナーな)スポーツ観戦を楽しむためには観客に覚えてもらう必要のあるルールがある。今回の「高校生が10秒を切るかも」がその手がかりとなる、。アジアでは実質10秒を切った100m走選手はいない。実質というのはいるという意味になるのだが中東の国が金にものを言わせて外国人を連れてきて出した記録があるのだ。それを塗り替える可能性がこの大会にはあった。その為に見に来た人も大勢いたわけだ。


 


つまり10秒というきりのいい数値を皆が覚えているから、それに価値があるから人が集まった。実は他の競技にも関係者やマニアにはそういう数値がある。同じ時間帯にやっていた各種目にもそんな偉大な数値があるわけだ。そこらへんの数値をブランド化して広報に利用すれば人の注目が多くなり競技に参加する子供が増え観客が増え資金が増え強化資金が増え、という好循環に入る。


 


そこらへんのテクはもっと利用してほしい、と思うわけだ。


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野球の世界大会は難しい

2013-03-07 22:29:00 | スポーツ

 サッカーが何故もこう熱狂されるかと言えばどこの国も熱狂しているからだ。スポーツで絶対に負けられない同士、視聴率は両国で40%などとなればどうやっても盛り上がる。昔、西武が黄金期を迎えた時、巨人はどうだったかと言えば「とにかくセ・リーグで覇者になるのが重要」というスタンスだった。日本シリーズはおまけ。


 


セ・リーグで死闘を繰り広げた後に楽な日本一決定戦がおまけとしてついてくる。こんな感覚の人が多かった。


 


WBCでアメリカが全然気合が入らないのはこれに近い。


 


で、その当時の巨人はそんな気持ちで黄金期を迎える西武に対戦するわけだがとんでもない熱戦の末西武が勝ったりしたもんだからようやく日本シリーズで西武に勝つ、というものが大イベントになり始めた。この当時俺はアンチ巨人ではなく単に西武が新しい日本の野球スタイルを作り始めた事に大いに共感してライオンズを応援していたわけだが他の人の野球に対する見方は「巨人ファンなのかアンチ巨人なのか」の2択であった。


 


今の日本で言えば「親米なのか反米なのか」という沖縄のマスコミ脳の様なズレっぷりだが本当にそれしかなかった。で、当時の野球ファンならこういった構造だったので巨人の選手をマジで知らないのは「何かの冗談?(笑)」と返されたものだ。巨人ファンでなければ間違い無くアンチ巨人の人で、でも巨人の選手はほぼ全員知っている、だけど気に食わない!とそういう人に見られるのがほんとに嫌だった。


 


今の時代、テレビをほぼ見ない人は格段に増えてきていると思うが(特にネット中心の人はそうだと思う)テレビのネタを振られて「いや、テレビ見ないから知らない」と答えた時の「えーっ!!この芸能人(韓国人)も知らないなんて(絶句)」と奇異の目で見られた時の鬱陶しいことと言えば分かるのではないか。


 


 


 


今の野球はまさにこれ。今やプロ野球に詳しい人はかなり少数だ。知らない選手が日本代表となって知らない選手だらけの相手国代表と戦うのがWBCだ。さながらサッカーで言えばJリーグで今活躍中の渋いメンバーを集めて(海外の有名選手は全く招集していない)相手のチームがポーランドあたり。もちろん相手のチームのメンバーは誰一人として知らない。そういうようなものなんだから試合会場に足を運ぶのはかなりなコアファンだろう。


 


チケットの価格が高いのは他の競技に置き換えれば分かること。上にあげたサッカーの試合なら3500円でも悩むところだ。少なくともテレビでもやるなら。代表戦の場合、一般人なら即座にその価格が高いのか安いのか判断する内容を「とにかく代表戦だから」でゴリ押しせず普通の感覚で価格設定をシビアに決めないとまずい。野球の場合、そういった代表ブランドというものをまだまだ手探り状態なのが問題だろう。正直今回の代表なんかJリーグオールスターです。それで観客が少ない、おかしいな~?はないでしょうということ。


 


台湾対韓国の試合はネットライブで見たが異常な熱気(球場中が反韓国)で選手と観客が一体となった凄い試合だった。ああいうのをやらないと野球の代表ブームは一生来ないだろう、と思う。


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バドミントンで国のイメージ失墜

2012-08-02 18:18:00 | スポーツ

  バドミントンでメダル獲得を同国で複数個狙うため中国(ランキング1位)がわざと負け、それに巻き込まれた韓国、インドネシアが対戦を回避するため意図的に負けようとして失格となった。メダルを取るつもりが一気にゼロなのだからモラルを差し引けば気の毒な話ではある。


 

同じく日本ではなでしこが引き分け狙いをした、と監督が言ったものだからサッカージャーナリストの大住氏などが嫌悪感を露にしている。大住氏は10年ほど前の天皇杯決勝で清水の選手が倒れてオフサイドがかからない状況で試合を続行し(試合を続行させたのはファールを認めなかった審判)決定打となるパスを出した小笠原を紙上で叩いた人でもある。ある意味サッカーにラグビー的精神を期待する人なのは想像出来る。

 

連日の似たような書き込みになるがこれらはルール上の不備だ。五輪バドミントンでメダルを取れば国から大金が入ってくる「プロ」の連中は自国の仲間とそれを山分けしたい。そこで「いや私は違う」などと正義感を発揮して正々堂々戦ったりしたら相手の選手の報奨金(年金も?)はパーとなる。もちろんそれに期待している周囲の親族や知人も沢山いるだろう実情は本人も同じ境遇だろうから分かるだろう。試合に対する態度はやる気なし、と映るだろうがどう考えてもバドミントンに半生を費やしてきた真剣さの結果なわけで大した思い入れのない部外者が客観的視点で断じられるものではないと思うのだ。

 

対策としてあるのはトーナメント表をシャッフルするか事前に決めておくにしても参加するチームには知らせない様にする手がある。ランダムにするとランキング1,2位がベスト8で鉢合わせ、などの欠点があるので予選の成績ランキングで1位から好きな会場と日時を選べるようにしてもいい。手はいくらでもあるのだ。もちろんそういった対策を打てば次なる秘策を練るだろうがそうやってシステムを強固にしていくしかない。少なくとも大金がかかっている選手たちのモラルに頼るのは避けたい。

 

五輪もこれまで国のイメージ向上を狙って大金をつぎ込む国は結構あったがその金が選手たちを異常なまでの執念に駆り立て結果としてその国のイメージを失墜させる流れが最近大きくなってきている。こういった矛盾する構造も当事国が修正していかなければ大金を投入して世界中から白い目で見られるというまさに金をどぶに捨てる行為となる。

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柔道、より一層の制度改革を

2012-08-01 12:43:00 | スポーツ

  柔道競技は日本国内で戦っている分にはいわゆる「ずるいプレー」が少ないため問題が起こりにくい。これは精神と武術を一体とする由来から来ているのだろうが世界大会で手っ取り早く何をしてでも勝ちたい、という選手が増えてくるとやたらともめる。


 

日本は長い歴史上、農村を中心とした村社会だったので村八分を恐れて人を出し抜くやり方を好まない。ルールに抵触しなくとも周囲から白い目で見られるので法的に問題がない、は通じない社会だ。これが結局のところ日本柔道界の足かせになりオリンピックで(日本人的には)不合理な判定負けを食らって腹が立ったりするわけだ。

 

世界中がそうとは言わないが「人を出し抜いてなんぼ」の国も当然ながらあるわけでそれは別に韓国や中国に限った話ではない。サッカーなどでも南米などはいかにして相手を陥れるか、がかなり常識化されているしそれを卑怯だ、とこちらの価値観を押し付けてもそれは優雅な社会側の上から目線なわけで問題解決には程遠い。

 

大津の少年殺人隠蔽問題でも根は同じで必ずルールの不備を突いてくる人間はいるものだし今回の審判団は大津の教育関係者と同じ立場に立たされたと言ってもいい。

 

問題を韓国のプレーマナーや審判団の事なかれ主義に集中させるのではなく「もはやそれって柔道の精神じゃない」前提の対策、ルール作りをする方向で徹底していくしかない。例えば今回の話で言えば柔道のポイント制が単純な単位なのを利用されていると言える。もし有効が100ポイントならば一旦有効とされたものがビデオで修正されたとしても80ポイント程度にしか下がらない。反則が最高マイナス300ポイントならば反則ぎりぎりの行為がセーフとはならず-200ポイントとなったりする。審判が最後にイメージで旗を揚げる必要もなくなる。

 

組み手を嫌う側(要は弱い側)が柔道着をわざとゆるく着る行為などは胴着と帯を一体化させて帯の締め付けトルクを試合前に数値固定化するなど手はある。相手の技が飛び出る前に投げをうって逃げる手なども不発が連続したら倍増でマイナスポイントを与えてもいいのだ。

 

相手にモラルやこちらの常識を押し付けてはいけないしそれが競技の本質から外れるのであれば徹底して対策を練る。単純な話なのではないだろうか。

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成り上がりのウザさ

2012-04-10 22:25:42 | スポーツ

 海外で活躍する日本人、というものに異常な熱意をもって報道するスタンスがある。これは韓国の「日本で大活躍する」とか「世界で日本の選手以上に活躍する」とかいう類と同列のものだ。


 


同胞が世界で活躍することで誇らしげな気分になる、という田舎的な自慢話に似たものをマスコミが察知してダルビッシュダルビッシュイチローイチローカガワカガワと大騒ぎするわけだ。韓国のキムヨナ・世界のサムスンと大差なしだw


 


大半の人がこの田舎根性に「恥ずかしい」と思わずにはいられないが需要があるんだからジッと我慢するしかないだろう。農協の東南アジア売春ツアーと一緒である。


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