わが国では、1960年代にブタクサ花粉症、次いでスギ花粉症、イネ科の花粉症などの報告がされており、その後花粉症は年々増加傾向にあります。
花粉症は、花粉によって引き起こされるアレルギー疾患で、くしゃみ、鼻水、鼻づまり等のアレルギー性鼻炎や目のかゆみ、流涙などのアレルギー性結膜炎が最も多く見られます。また、まれに喘息やアトピーの症状を併発することがあります。わが国で最も多い花粉症は、地域差はありますが、春先に見られるスギ花粉症です。花粉症は日常生活に与える影響などによる社会的損失も大きい疾患です。
花粉症問題の解決に向けては、さまざまな関係府省庁が協力して、スギ花粉の発生源対策や花粉観測体制の整備、治療法の開発、発症の仕組みに関する研究などを進めています。
このマニュアルは、保健師など保健指導にかかわっている方々をはじめ、多くの一般国民の方々に、花粉症に対する新しい科学的知見や関連情報をご紹介するために作成しています。今般、最新の知見を踏まえて2022年版として改訂しました。多くの方々に本マニュアルが広く活用され、花粉症対策の一助となることを期待いたします。
環境省環境保健部環境安全課
1.花粉症のメカニズム
人の鼻では侵入してきた物質(抗原)を自分以外の物質(異物)と判断すると、これを無害化しようとする反応(抗原抗体反応)がおこります。その結果、くしゃみ、鼻水、鼻づまりなどの症状が出てくる病気をアレルギー性鼻炎と言います。花粉症は体内に入った花粉に対して人間の身体が起こす抗原抗体反応です。つまり、体内に侵入した花粉を異物と認識し、この異物(抗原)に対する抗体を作り、再度侵入した花粉を排除しようとする反応です。一般的には免疫反応は身体にとって良い反応ですが、時には免疫反応が過剰になり、生活に支障が出てしまいます。このように身体にとってマイナスに働いてしまう場合がアレルギーになります。
花粉症の場合には花粉を排除しようとして、くしゃみや鼻水、涙という症状がでますが、これらの症状が強く出過ぎるために生活の質が低下してしまいます。また、花粉症では花粉によって皮膚が荒れる、咳や喘息が起きる、特定の果物や野菜を食べると口の中が腫れたり、かゆくなったりすることがあります。スギ花粉症ではトマトによる口腔アレルギーが知られています。
アレルギー性鼻炎のメカニズム(鼻アレルギー診療ガイドライン2016年版)
2.花粉症を発症するまで
花粉が体内に入ってもすぐに花粉症になるわけではありませんし、アレルギーの素因を持っていない人は花粉症にはなりません。身体の中に花粉が入ると、アレルギー素因を持っている人はその花粉(抗原)に対応するための抗体を作ります。この抗体はIgE 抗体と呼ばれるもので、花粉によって異なった抗体が作られます。この状態を感作が成立したと言います。感作が成立してもすぐに全ての人が発症するわけではなく、人によって期間が違いますが数年から数十年花粉を浴びるとやがて抗体が十分な量になり、花粉が身体の中に入ってくると何かのきっかけで、くしゃみや鼻水、目のかゆみや涙目などの花粉症の症状が出現するようになります。
これが花粉症の発症です。近年は飛散する花粉量の増加や体質の変化により、感作までの期間、発症するまでの期間が短くなり、小さな子供でも花粉症にかかるようになりました。
3.花粉症増加要因と症状を悪化させるもの
花粉症患者が増加している要因として、飛散する花粉数の増加、食生活の変化、腸内細菌の変化や感染症の減少などが指摘されている他、最近の研究では花粉症の症状を悪化させる可能性があるものとして、空気中の汚染物質や喫煙、ストレスの影響、都市部における空気の乾燥などが考えられています。
また、欧米では昔から枯草熱などの類似疾患が多く報告されていたのに対し、日本では1970年代前半から急に報告が増えたこともあり、食生活など生活習慣の欧米化による人間側の変化の影響を指摘する意見もあります。*
また、花粉症の症状と関連性の強いものの一つとして喫煙を指摘する報告がある他、換気の悪い部屋でのストーブやガスレンジなどの燃焼による室内環境の汚染も花粉症の症状悪化に関係するとの指摘もあります。さらに春先の黄砂が花粉症の症状を悪化させる可能性が指摘されています。*
なお、シラカンバ花粉症を発症した人の中でリンゴやモモなどを食べると口の中がかゆくなる口腔アレルギーを併発するケースが多くなっています。スギ花粉症でもトマト、ブタクサ花粉症ではスイカなどで同じ症状を起こす人もいます。
4.花粉症の患者数
日本において花粉症を有する人の数は、正確なところは分かっていません。全国的な調査としては、全国の耳鼻咽喉科医とその家族を対象とした鼻アレルギーの全国調査が1998年、2008年、2019年とほぼ10年おきに3回実施されています。それによると、花粉症の有病率は1998年が19.6%、2008年が29.8%、2019年には42.5%で10年ごとにほぼ10%増加しています。スギ花粉症も同様の傾向で増加しており、2019年には38.8%でほぼ3人に1人がスギ花粉症と推定されています。スギ花粉症以外のイネ科やブタクサ花粉症も増加しており、2019年には25.1%になっていました。
スギ花粉症に関する調査では、環境省が2002年から2年間、約5000人の小学生を対象におこなった大規模調査で、スギ花粉症の有病率とスギ花粉の飛散数や両親のアレルギー歴との間に関連があることが認められています。
2019年の全国疫学調査によると、年齢層別有病率はスギ花粉症では10代から50代で45%以上と高くなっており、この年齢層ではスギ以外の花粉症の有病率も30%前後と高くなっています。
スギ以外の花粉症
同様に全国の眼科医とその家族を対象にアレルギー性結膜炎の有病率を調査した結果があります。それによるとアレルギー性結膜炎の有病率は48.7%、スギ花粉を原因とする季節性アレルギー性結膜炎では37.4%、それ以外の季節性アレルギー性結膜炎は8.0%、通年性アレルギー性結膜炎は14.0%でした。
地域的な調査としては、2016年度(11月~12月及び2017年3月)の東京都の調査で、スギ花粉症の推定有病率は、あきる野市48.5%、調布市47.7%、大田区49.1%で、調査区市間にほとんど差を認めなかったとの報告があります。東京都では昭和58年からほぼ10年ごとに同じ地域の住民に対して同様の調査を行っています。各回の調査では有病判定の基準や推計方法に一部変更点があるため、推定有病率の変化を単純に比較することはできませんが、前回2006年(10月~11月)の調査では、各地の推定有病率はあきる野市28.0%、調布市27.1%、大田区28.5%でした。
また、年齢区分別(0~14歳、15~29歳、30~44歳、45~59歳、60歳以上)
のスギ花粉症の推定有病率は、全年齢区分で前回調査と比べて上昇していました。
Ⅱ.主な花粉と花粉時期
1.日本に多い花粉症
これまでに報告された花粉症は50種以上ありますが、大半は農家の方がハウス内で受粉作業などに行う場合の特殊なもので、一般に最も多い花粉症はスギ、ヒノキの花粉を原因とする花粉症です。樹木の花粉では他にシラカンバ、ハンノキ、オオバヤシャブシ、ケヤキ、コナラ、クヌギなどがあります。また、草本ではカモガヤ、オオアワガエリなどのイネ科の他にブタクサ、オオブタクサ、ヨモギなどのキク科、アサ科のカナムグラなどがあります。自分がどんな季節に症状が出るかで、原因となる花粉を推定できますが、耳鼻咽喉科、眼科、アレルギー科などの専門の医療機で、どんな花粉に感作されているか検査を受けることをお勧めします。
地域によっては内科や小児科でも検査や治療を受けることができます。
スギ花粉の電子顕微鏡写真を見ると表面にオービクルスと呼ばれる小さな粒子がたくさん
ついています。花粉症の原因となる物資(抗原)は花粉の中だけではなく、表面のオービクル
スにも含まれています。
ハンノキ(カバノキ科)
シラカンバ(カバノキ科)
カモガヤ(イネ科)
ブタクサ(キク科)
ヨモギ(キク科)
カナムグラ(アサ科)
2.主な花粉の飛散時期
主な花粉の飛散する時期は、地域によって多少違いがありますが、スギやヒノキは春が中心で、秋にも少量の花粉が飛散することがあります。カモガヤやオオアワガエリなどのイネ科の花粉は種類が多いために春から初秋までの長い期間飛散します。ブタクサやヨモギなどのキク科とカナムグラの花粉は夏の終わりから秋にかけて飛散しています。
3.花粉量や種類の地域性
日本で花粉量が圧倒的に多いのがスギ、ヒノキ花粉です。スギは北海道の南部から九州にかけての広い地域に植林されており、その面積はおよそ450万haですが、特に東北地方と九州に多くなっています。ヒノキは北海道と沖縄を除く各地に植林されていますが、東北から北陸には比較的少なく、東海地方から西に多くなっています。関東以西の地方では年によってスギ花粉よりヒノキ花粉が多く飛散することがあります。シラカンバの花粉は北海道では平野部でも多くなりますが、他の地域では標高の高い所に限定されます。オオバヤシャブシは太平洋沿岸の暖地に見られますが、特に関西地方で問題になっています。ハンノキは湿地に、ケヤマハンノキは林道沿いなどに多く見られる植物です。コナラ、クヌギは本州一帯で飛散していま
す。
スギ花粉について
<スギについて>
スギは日本列島に広く分布していますが、現在のスギ林の多くは植林された人工林です。以前はスギ科に分類されていましたが、現在はヒノキ科スギ亜科スギ属になっています。雌雄同株で樹高は30~40mにも及び、鎌状針型の葉が螺旋状についた枝先に花粉を飛ばす雄花ができます。雄花は5~7㎜で米粒状の形態をしています。スギは樹齢が25年から30年に達する頃から多くの雄花をつけるようになります。
<花粉ができるまで>
スギやヒノキは4月以降新しい葉が伸びはじめ、5月下旬から6月にかけて雄花や雌花の細胞が分化します。そして例年6月から秋にかけて雄花を形成します。この時期の日照時間が長く、気温が高いと雄花の量が多くなります。逆に冷夏や長雨の場合は雄花が少なくなり、翌年の花粉量が減少します。スギの雄花は11月頃までに完成し、中に大量の花粉が作られます。
その後低温や昼間の時間が短くなることによって活動を休止する休眠に入ります。一定期間低温にさらされることで休眠から覚め、開花の準備期間に入り、この期間の気温が高い暖冬であれば早めに開花します。ヒノキの雄花の完成は翌年の2月から3月になります。
スギの雄花は休眠から覚醒して開花時期が近づくと、雄花が伸長して外側に亀裂が入り、花
粉を包む花粉嚢が見えるようになります。この花粉嚢のうすい膜が破れ花粉の放出が始まりま
す。スギは1つの雄花に平均しておよそ40万個もの花粉が入っています。スギの花粉量は気
象条件や前年の生産量、スギ林の樹齢など様々な条件によって毎年大きく変動します。
Ⅲ.花粉症の予防と治療
1.花粉のばく露を防ぐために
花粉症の原因が花粉であることは、はっきりわかっています。このため花粉症の症状を緩和させ、発症を遅らせるためには花粉についての知識を持ち、いかに花粉を避けるかが予防の基本になります。花粉の飛散予測情報を有効に使いましょう。花粉は昼前後と夕方に多く飛散します。外出時の服装は花粉が付着しにくいものを選び、マスク、メガネなどで花粉を防ぎ、帰宅時には花粉を払うなどして家の中に花粉を持ちこまないようにしましょう。一般的な注意事項としては、睡眠をよくとること、規則正しい生活習慣を身につけることなどは正常な免疫機能を保つために重要です。風邪をひかないこと、飲酒、喫煙を控えることなども鼻の粘膜を正常に保つために重要です。
花粉の多い日
スギ花粉は、飛散が始まって7日から10日後くらいから花粉の量が多くなってきます。
その後4週間程度が花粉の多い時期に当たり、この期間内に次のような天気になると花粉が
特に多くなります。
① 晴れて、気温が高い日
② 空気が乾燥して、風が強い日
③ 雨上がりの翌日や気温の高い日が2~3日続いたあと
• マスク
• メガネ
• 服装
• 手洗い、洗顔
• 室内の掃除、換気
• 花粉の多い時間帯の外出を避ける
<マスク>
マスクの装用は通常のマスクでもかなり花粉を減らし、鼻の症状を軽くする効果があります。
大事なことは顔にフィットするものを選ぶことで、横に隙間ができるとそこから花粉が入ってしまいます。使いやすいマスクは顔にフィットし、息がしやすいもの、衛生面からは毎日交換する使い捨てのものが推奨されます。なお、マスクの内側にガーゼを当てること(インナーマスク)でさらに鼻に入る花粉が減少することが分かっています。
ガーゼマスク 不織布マスク
<メガネやマスクの効果>
実験ではマスクをしない場合に比べて、通常のマスクでも花粉をおよそ70%削減し、花粉症用のマスクではおよそ84%の花粉を減少させる効果がありました。メガネでも、メガネを使用しない場合に比べて眼に入る花粉量は通常の眼鏡でおよそ40%減少し、防御カバーのついた花粉症用のメガネではおよそ65%も減少します。
花粉の飛散している季節にコンタクトレンズを使用すると、コンタクトレンズによる刺激が花粉によるアレルギー性結膜炎の症状を悪化させる可能性があるため、メガネに替えた方がよいと考えられています。
マスクやインナーマスクは毎日交換することが推奨されています。
インナーマスクの作成方法
材料:市販のガーゼと化粧用のコットン
① ガーゼを縦横10cm程度に切り、2枚用意
② 化粧用のコットンを丸めて、1枚のガーゼでくるむ(インナーマスク)
③ 市販の不織布のマスクにもう1枚のガーゼを4つ折りにしてあてる
④ 鼻の下にガーゼでくるんだコットン(インナーマスク)を置く
⑤ ③のガーゼをあてたマスクを装着する
⑥ 息が苦しい場合にはコットンの厚さを半分にする
<服装>
一般的にウール製の衣類などは木綿や化繊に比べて花粉が付着しやすく、花粉を屋内に持ち込みやすいので、外出の際の服装にも気をつけることが必要です。また、同じ繊維でも織り方や用途によって花粉の付着の程度が大きく異なる場合があります。花粉飛散の季節の外出時の服装では外側にウール素材の衣服を着用することは避けた方がよいでしょう。人間のからだで花粉が付着しやすいのは露出している頭、顔、手などで、頭と顔はつばの広い帽子をかぶることで、手は手袋を使うことで花粉の付着量を減らすことが可能です。
日中屋外に4時間放置した時の各種繊維に付着したスギ花粉数を見ると、繊維の種類や織り方によって、花粉の付着量が大きく異なることがわかります。
花粉を家の中に持ち込まないために、洗濯物や布団を外に干さないようにしましょう。
<うがいと洗顔>
鼻の粘膜には繊毛があり、粘膜上の異物を輸送します。うがいは喉に流れた花粉を除去する効果があります。外出から帰ったらうがいをしましょう。
また、外出から帰ってきたら洗顔をして花粉を落とすとよいでしょう。しかし、丁寧に洗顔をしないと眼や鼻の周囲についた花粉が侵入し、かえって症状が悪化することがあります。また、水道水で洗うと粘膜を傷めることがありますので、生理食塩水(食塩を0.9%の濃度に溶かした蒸留水)を鼻の場合は体温程度に温めて、目は少し冷やして使用するとよいでしょう。
また、頭髪にも花粉が付着するので毎日シャンプーをするのも効果的です。
<室内の換気と掃除>
花粉飛散シーズンに窓を全開にして換気すると大量の花粉が室内に流入します。花粉の最盛期に行った実験では3LDKのマンション一戸で、1時間の換気をした場合およそ1000万個もの花粉が屋内に流入しました。窓を開ける幅を10cm程度にし、レースのカーテンをすることで屋内への流入花粉をおよそ4分の1に減らすことができます。流入した花粉は床やカーテンなどに多数残存していますので、掃除を励行し、カーテンは定期的に洗濯してください。
<花粉症関連グッズと民間療法>
花粉症関連グッズとして様々なものがありますが、実際に花粉症の症状を改善する十分なデータは得られていません。民間療法も有効と認められたものはありません。
2.花粉の観測予測について
花粉の飛散量測定には、ダーラム法に代表される単位面積(1平方cm)あたりに落下する花粉数を計測する重力法とバーカード法や花粉自動計測器などのように単位体積(1立方m)に含まれる花粉数を計測する体積法の2種類があります。現在の花粉情報は主にダーラム法によって観測された花粉数を基準にしています。
右ダーラム型花粉捕集器で最も普及している自動花粉捕集器はKH3000型の自動花粉捕集器です。空気中の25~30ミクロンの粒子を観測しています。春先に空中を飛散する30ミクロン前後の粒子は大部分がスギやヒノキの花粉です。また、ダーラム型の花粉捕集器は、2枚の金属製の
円盤の間にワセリンを塗ったスライドガラスを置き、24時間の間にガラス上に落下した花粉を染色して光学顕微鏡で計測する方法。日本では最も一般的な花粉の観測法です。
<花粉総飛散量の予測>
スギは6月~8月にかけて雄花となる細胞が分化して成長を始めますが、この期間の日射量(日照時間)や気温などによって雄花の量が変動します。下図は東京における毎年のスギ・ヒノキの花粉量と前年7月の全天日射量との関係を示したもので、日射量が多いと翌年の花粉量が多いという関係から花粉の総飛散量の予測が可能になっています。日射量は観測していない地点もあり、その場合は日照時間や平均気温を代わりに用いています。なお、2001年度の「花粉予測のための基礎的研究」では気象条件と秋に行うスギ林での雄花生産量調査のデータを組み合わせることによって予測精度が高くなることが分かっています。
<飛散開始時期の予測>
スギ花粉がいつ頃から飛散を始めるかは、初冬期(11月~12月)の気温及び厳冬期(1月から2月)の気温によって変化します。スギの雄花は11月頃には昼間の時間が短くなることや低温の刺激で休眠に入ります。1カ月余りの期間低温にさらされると休眠から覚めて開花の準備に入ります。前述の「花粉予測のための基礎的研究」により、休眠から覚醒までの過程がかなり明らかになり、初冬期と厳冬期の気温の推移を組み合わせることによって開始時期の予測がより正確になることが分かりました。休眠中の気温が低いほど覚醒が早
くなり、その後の開花準備期間の気温が高いほど飛散開始が早くなります。
○飛散開始日とは
日本各地で2012年から2021年に観測されたスギ花粉数の10年間の平均飛散数、最大飛散数、最小飛散数を図3-12(1)~図3-12(3)に示します。スギは樹齢が25年から30年になると花粉の生産量が多くなります。多くのスギ林がすでに樹齢30年以上になっています。スギの品種は200種類以上あり、花粉の生産量は主に太平洋側で多く、日本海側で少なくなっています。スギ花粉の平均飛散数は東北から関東、東海地方で多く、近畿から西の地方では少なくなっています。しかし、飛散数が最大になった年には、西日本でも4000個から8000個と平均のほぼ2倍と非常に多くなります。一方、最小年を見るとスギ花粉の多い関東から北の地方では少ない年でも1000個から2000個になっています。
〇ヒノキ花粉飛散数
日本各地で2012年から2021年に観測されたヒノキ花粉数の10年間の平均飛散数、最大飛散数、最小飛散数を図3-13(1)~図3-13(3)に示します。スギと同様にヒノキも樹齢が25年から30年になると花粉の生産量が多くなります。多くのヒノキ林がすでに樹齢30年以上になっています。ヒノキの平均花粉数は関東北部と東海から西の地方で多く、東北や長野、北陸で少なくなっています。最大花粉数も同じような傾向で、関東北部と東海から西の地方で極めて多くなっています。ヒノキ花粉の特徴は、スギ花粉よりも変動が大きいことで最小の花粉数は西日本を含め、すべての地域で500個以下になっており、ヒノキ花粉の多い地域では最大と最小の花粉数の差が1万個以上になります。
〇スギ・ヒノキ以外の花粉数
スギ花粉症以外で多い花粉症はハンノキを含む北海道のシラカバ花粉症とイネ科花粉症、ブタクサ花粉症です。北海道ではスギやヒノキの植林は極めて少なくなっていますが、本州と違って平野部でもたくさんのシラカバが植えられています。このためスギ花粉症は少なくシラカバ花粉症の人が多くなっています。北海道の札幌や旭川ではスギ花粉の数倍ものシラカバ花粉が観測されていす。
その他の花粉で多いのは、イネ科の花粉とブタクサの花粉です。市街地の観測ではイネ科の花粉もブタクサの花粉もそれほど多くはありませんが、河川敷や手入れのされていない広場や野原ではかなり多いことが報告されていますので、注意が必要です。
5.花粉症の症状が出たら
最近は初期療法といって、花粉の飛散開始前または症状の極軽い時から薬物を予防的に服用することで、症状の発現を遅らせたり、症状を軽くしたりする方法が用いられることが多くなっています。市販薬も使われますが、花粉症の症状が重い場合には耳鼻咽喉科や眼科での受診をお勧めします。他に内科や小児科、アレルギー科などでも診療を受けられます。なお、花粉症の季節は風邪が流行する時期と重なっており、くしゃみや鼻水が出現するなど風邪の初期の症状に似ています。しかし、花粉症では眼のかゆみを伴うことが多く、風邪と違って熱が高くなることはありません。
医療機関では、薬物療法として経口薬、鼻噴霧薬、点眼薬を処方します。経口薬では第2世代の抗ヒスタミン薬がよく用いられていますが、鼻づまりが強い場合には抗ロイコトリエン薬も使われます。鼻は噴霧用の局所ステロイド薬、結膜炎の治療には抗ヒスタミン点眼薬やステロイド点眼薬が使われます。ステロイド点眼薬は眼圧上昇などの副作用があり、放置すると緑内障にいたる危険性もあるために、ステロイド点眼薬の使用中には定期的な眼科受診が必要です。症状の度合いや鼻づまりの程度によってどのような薬物を選択するかのガイドラインもできています。現在は薬物だけでは花粉症の症状を完全におさえることは難しく、自らが原因である花粉のばく露から身を守るセルフケアと薬物を用いるメディカルケアを同時に行うことが必要になります。
花粉症が完治する可能性があるのはアレルゲン免疫療法(減感作療法)だけですが、副作用や治療に長期の時間が必要なことなどの問題がある割には完治する率があまり高くありませんでした。近年、重篤な副作用が少なく、頻繁に医療機関を受診する必要のない舌下免疫療法が実用化され、良い治療成績をあげています。
さらに細胞の中の情報伝達をコントロールする薬剤の研究や、アレルギーの原因となる蛋白に対する抗体を花粉症の治療に応用するといった、新しい治療法の開発も進められています。
舌下免疫療法は、舌の下においたスギ花粉アレルゲンが吸収され、口腔・咽頭・頸部のリンパ節が反応し、アレルゲンが認識され、これによって制御性T細胞の増加を介して制御系の免疫誘導がおきると考えられています。
Ⅳ.国や自治体の取り組み
1.国や自治体の取り組み
(1)花粉症に関する政府の取り組み
○取組の趣旨
花粉症を有する者の数が約40%であるという報告もあり、花粉症は国民的な広がりを見せており、政府として関係省庁が一丸となって積極的に取り組む必要のある疾病である。
近年、花粉症に対する国民の関心は高まっており、引き続きこれまで以上に的確かつ効果的に施策を実施する必要がある。このため、次に記載する事項について、政府として、総合的かつ一体的な花粉症対策を実施する。
この基本指針の中で、「アレルギー疾患対策は、生活の仕方や生活環境の改善、アレルギー疾患にかかる医療の質の向上及び提供体制の整備、国民がアレルギー疾患に関し適切な情報を入手できる体制の整備、生活の質の維持向上のための支援を受けることができる体制の整備、アレルギー疾患にかかる研究の推進並びに研究等の成果を普及し、活用し、発展させることを基本理念として行わなければならない。」と示され、この基本理念に基づき、アレルギー疾患を有する者が前進して生活できる社会の構築を目指し、国、地方公共団体が取り組むべき方向性を示すことにより、アレルギー疾患対策の総合的な推進を図ることとしている。
①病態解明(文部科学省・厚生労働省)
・理化学研究所生命医科学研究センターにおいては、免疫システムの基礎的・総合的な研究を実施し、ヒトのアレルギー等疾患の発症メカニズムの解明を目指した生命医科学研究を推進している。
・厚生科学研究における免疫アレルギー領域の研究は、昭和47年から開始され、現在では「免疫アレルギー疾患政策研究事業」及び「免疫アレルギー疾患実用化研究事業」として、それぞれ厚生労働省及び国立研究開発法人日本医療研究開発機構において取り組まれている。
②研究拠点の整備(厚生労働省)
・国が推進する全国的な疫学研究、臨床研究等に協力するアレルギー疾患医療の全国
的な拠点となる中心拠点病院(国立成育医療研究センター及び国立病院機構相模原
病院)及び各都道府県でアレルギー疾患対策の拠点となる都道府県アレルギー疾患
医療拠点病院の整備をすすめている。
3)花粉症の対応策
①予防・治療法の開発・普及(農林水産省・厚生労働省)
・国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構は、スギ花粉症を緩和・予防することを目的として開発した米を民間企業に研究用試料として提供し、実用化の可能性を検討している。
・厚生科学研究における免疫アレルギー領域の研究は、昭和47年から開始され、現在では「免疫アレルギー疾患政策研究事業」及び「免疫アレルギー疾患実用化研究事業」として、それぞれ厚生労働省及び国立研究開発法人日本医療研究開発機構において取り組まれている。
②花粉の少ない品種の開発・普及(農林水産省)
・花粉の少ないスギ・ヒノキの品種開発を進めるとともに、花粉の少ない苗木の供給量を増大させるための生産体制の整備を進めている。
③花粉の少ない森林への転換等の促進(農林水産省)
・花粉発生源対策として、スギ人工林等の利用を進めるとともに、花粉の少ない苗木への植替、広葉樹の導入により、花粉の少ない森林への転換を進めている。また、花粉飛散防止技術の開発を促進している。
・花粉の少ない苗木の利用拡大に向けた森林所有者等に対する普及啓発等を実施している。
④花粉症に対する適切な医療の確保(厚生労働省)
・法及び基本指針において、国立研究開発法人国立成育医療研究センターと独立行政法人国立病院機構相模原病院がアレルギー疾患医療の全国的な拠点となる医療機関とした。
・また、国は、アレルギー疾患に係る医療の提供体制について検討を行い、その検討結果に基づいた体制を整備すること等とされたことを受け、平成29年4月に「アレルギー疾患医療提供体制の在り方に関する検討会」を設置し、平成29年7月に同検討会報告書をとりまとめた。同報告書に基づき、都道府県が、住民の居住する地域にかかわらず適切な医療や相談を受けられる体制整備を進めている。
・診療ガイドライン等の周知徹底を図る。
⑤花粉及び花粉症に関する情報の提供(厚生労働省・農林水産省・環境省)
・花粉症に関する関係省庁担当者連絡会議における情報交換を踏まえ、厚生労働省・農林水産省・環境省の花粉症関係サイトを相互にリンクし、引き続き関係省庁が連携して花粉症に関する情報提供の充実に努める。
・相談窓口の設置について、都道府県等に協力をお願いするとともに、各都道府県等の保健師等職員を対象に、花粉症対策に係る必要な知識を習得させ、地域における相談体制の確立のため、相談員養成研修会を実施している。
・花粉症に関する最新の科学的知見や関連情報を紹介した花粉症環境保健マニュアルを提供し、保健師などの保健活動に関わる方の活動を支援する。
・アレルギー相談センターにおいて、電話等により日常生活における注意や専門医療機関の所在等、花粉症に関する相談に応じる。
○その他
1)花粉症対策研究の総合的な推進(内閣府・関係省庁)
総合科学技術・イノベーション会議の下、関係省庁における花粉症対策研究の総合的な推進を図る。
(2)自治体等の取組
自治体等における花粉症に対する取組を紹介します。
東京都は昭和60年から花粉の定点観測を行っており、昭和62年にはわが国で初めてスギ・ヒノキ花粉の飛散予測を開始しました。
また、スギ花粉症患者が増加している状況を踏まえ、平成17年度から総合的な花粉症対策を推進するため「東京都花粉症対策本部」を設置し以下の取組を行っています。
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