上野発の新潟行きの新幹線には、多くのスキー客が乗っていた。
前夜、徹は乗車券を買っていたが、スキーシーズンであることに迂闊にも気付いていなかった。
徹がスキーを最後にやったのは、28歳の時、3つ目の職場の関係者ら5人で草津スキー場へ行った時であった。
友人の佐野洋司と同性愛関係にあったラーメン屋の佐々木次郎がスキーに加わっていた。
次郎は大学時代、スキーの滑降の選手だった。
徹の元同僚の米岡健二のことを知っていた。
「米岡は練習では、凄いジャンプをしたのに、試合ではダメだったな」と回顧する。
次郎は明治大学スキー部、米岡は日本大学スキー部だった。
2人は同じ新潟小谷出身で、高校時代の同級生。
徹は米岡に次郎が経営する神保町のラーメン屋に連れて行かれて、次郎を知る。
それまで、次郎と友人の佐野洋司が同性愛関係にあることは知らなかった。
佐野は大阪外語大学でフランス文学を専攻していた。
彼は卒業後、出版社で翻訳の仕事をしていたのである。
「徹さん、何を考えているの?」由紀に声をかけられ、過去の回想から戻された。
「スキー客が乗っているんだね」
「昨日、お姉さん家に居なかったでしょ。彼氏と蔵王にスキーに行っているの」
徹はどのようなお姉さんなのか聞いてみたくなる。
「お姉さんは、どんな仕事しているの?」
「小学校の先生なの」
「先生か」徹が成り損ねた教師だった。
由紀は緑色の毛糸の帽子を被りイヤーフォーンで、カセットテープの歌を聴いていた。
「何を聴いていたいるの?」徹は由紀の耳元に耳を寄せた。
「今、聴いているのは、スイカズラ」
「スイカズラ?」徹は聞いたことがなかった。
「聴いてみる。私の気持ちが伝わるかもね」由紀は自分の耳からイヤーフォーンを外し、徹の耳にイヤーフォーンを挿入する。
忍冬(スイカズラ)
だっていつかこじれて 駄目になるより
恋の匂いさせずい そばにいたいわ
たまに逢ってこうして 飲めるだけでも。
女として少しは 夢があるでしょ・・・
失くせい 人だから
つづけるひと幕 友達芝居 だけど
忍ぶという字は 難しい 心に刃を乗せるのね
時々心がいたむのは刃が暴れるせいなのね
もっと楽な生き方 してもいいのに
なぜかわざと淋しい 道をえらぶの・・・
・・・・・・・・
ばかなのね 古いのね
死ぬまでひそかに 愛するなんて・・・・
徹は初めて聴くその歌を3度聞いてみた。
とても切なくなる歌だった。
由紀は脇から徹の目を覗き込むようにしていた。