#取手通信・医科歯科通信山本 嗣信 (やまもと つぐのぶ)

医学情報社編集顧問
フリージャーナリスト

2人死傷を招いた高齢者の意識障害はなぜ起きたか?ー医療が事故裁判から学ぶべき教訓

2020年11月28日 06時50分33秒 | 事件・事故

上田諭 | 高齢者精神科専門医
11/28(土) 6:00

群馬県前橋市で2018年、自転車で登校中の女子高生2人が車にはねられ死傷した事故の控訴審判決が今月25日に東京高裁であり、過失運転致死傷罪に問われた被告男性(88)に対し禁錮3年の実刑が言い渡された。一審判決(今年3月)で無罪となりながら、被告側は控訴審で「罪を償いたい」と有罪を主張する異例の展開となり、裁判は注目を集めた。事故の原因は被告が意識障害に陥ったことだったが、焦点は事故を起こす危険を被告が予見できたかどうか――その判断が無罪と有罪とを分けた。この裁判を医学的な観点から考えたい。

認知症否定、責任能力認める

 高齢ドライバーの事故でしばしば問題になる2つの医学的要因がある。1つは認知症により運転を誤ること、もう1つは何らかの病気から意識障害を生じて運転不能になることである。本裁判でも、この2つは争点になっていた。
 一審で弁護側は、前頭側頭型認知症であったと主張した。前頭側頭型認知症とは、認知症全体の6~7割を占めるアルツハイマー型認知症と異なり、物忘れよりも社会的逸脱行動や人格変化が前景に現れる認知症である。病的行動として万引きやセクハラなどが問題になることがあるが、運転に障害があるかどうかは定かではない。
 結局この主張は、無罪判決には関与しなかった。控訴審では、「軽度の認知障害はあるが前頭側頭型認知症は認められない」との医師の見解(一審)が言及され、「心神喪失でも心神耗弱でもない」つまり責任能力には問題はないとされた。

意識障害の危険を予見可能

 もう1つの医学的要因、意識障害を生じて運転不能になったという点は、一審と控訴審が一致した。しかし、意識障害の原因は明確にならなかった。
 男性には日常的にめまいと低血圧があり、医師や家族から運転を控えるよう注意を促されていた。男性は「(事故の直前に)めまいがして意識がもうろうとし、気がついたら事故を起こしていた」と供述した。一過性の意識障害を生じたことが明らかだった。一審は、意識障害が原因と認めつつ、「被告には危険を予見できなかった」として無罪とした。その際、服用薬の副作用で低血圧になった可能性が指摘された。
 これに対して、控訴審は低血圧による意識障害は予見可能だったと判決した。ただ、意識障害に陥るほどの低血圧がなぜ生じたかは十分解明されていない。単なるめまいや低血圧と意識障害とは質が違う。血圧低下が軽度なら、めまいやふらつきは起こっても、意識障害は生じない。薬の副作用については、予見可能性を左右しないとして、意識障害への関与は判断されなかった。
 指摘された薬は前立腺肥大症の排尿障害を改善する薬で、添付文書には副作用として血圧低下の記載がある(頻度は1%未満)。まれながら重大な副作用として、失神・意識喪失も記載されている。

低血圧も高齢者の生活に障害

 この裁判を通じて医療が教訓とすべきことは、運転するしないにかかわらず、高齢者の血圧低下に対する注意を改めてすることであろう。さまざまな疾患につながる危険がある高血圧については、常に問題にされ薬物療法の対象となる。一方で、低血圧は見過ごされやすい。心循環系疾患によるものは治療の対象になるが、より留意を要するのはふだん服用している薬である。漫然と投与される血圧降下薬はもちろん、向精神薬や鎮痛薬、上述の排尿改善薬などの一部は、血圧低下につながる可能性がある。
 低血圧は、めまいやふらつきのほか、認知機能低下、無気力、さらに進展すれば意識障害すら誘発する。ADL(日常生活動作)と精神活動を低下させ、認知症やうつ病、他の脳疾患と誤診される危険もある。高血圧だけでなく、低すぎる血圧もまた高齢者の活気ある生活にとって障害になり得ることを改めて認識したい。

上田諭
高齢者精神科専門医
1957年京都府生まれ。関西学院大学社会学部卒。朝日新聞記者を経て1996年北海道大学医学部卒。東京都多摩老人医療センター、東京都老人医療センターの精神科で、高齢者うつ病、認知症の医療に従事。米Duke大学で電気けいれん療法研修修了。日本医科大学精神神経科助教のち講師。2017年東京医療学院大学教授。2020年戸田中央総合病院メンタルヘルス科部長。北辰病院(越谷市)で高齢者専門外来。精神保健指定医。医学博士。日本老年精神医学会専門医・指導医。著書『治さなくてよい認知症』(日本評論社)、『不幸な認知症 幸せな認知症』(マガジンハウス)、訳書『精神病性うつ病―病態の見立てと治療』(星和書店)など。

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