取手・医科歯科通信 山本 嗣信 (やまもと つぐのぶ)

医学情報社編集顧問
フリージャーナリスト

チャペック兄弟と子どもの世界|松濤美術館

2018年05月16日 21時23分45秒 | 社会・文化・政治
20世紀初頭から活躍した、中欧チェコの芸術家、兄ヨゼフ・チャペック(1887-1945)と弟カレル・チャペック(1890-1938)の兄弟。 ヨゼフはキュビスムの画家として数々の作品を発表し、それにとどまらずカレルの著書の装丁を手がけ、また自身も多くの著作を遺
20世紀初頭から活躍した、中欧チェコの芸術家、兄ヨゼフ・チャペック(1887-1945)と弟カレル・チャペック(1890-1938)の兄弟。
人間の根源的な感性から発せられる創造が芸術の原点だと考えられています。
それゆえ子どもの視点に対する共感も深かったのでしょう。(松濤美術館 学芸員・清水緑さん)
ヨゼフはキュビスムの画家として数々の作品を発表し、それにとどまらずカレルの著書の装丁を手がけ、また自身も多くの著作を遺しました。
同じ新聞社の編集部に所属したチャペック兄弟。
記事や風刺画を通sいてヒトラーとナチズムを批判しいました。
カレルは左右料翼系の新聞から中傷され、自宅には、彼が病没(1938年)したことを知らないナチスの秘密警察が踏み込んだん。
ヨゼフはナチに捕えられ、強制収容所で1945年に亡くなる。
彼は収容所でも絵を描き、詩を書き続けていた。
また、カレルは文筆家として、第二次世界大戦前の不安定な社会において、多くの新聞記事、戯曲、旅行記、批評などを発表しました。
二人は戯曲などを多数共同制作し、中でも1920年発表の戯曲『R.U.R.』の創作にあたり、 「ロボット」という言葉を生み出したことで知られています。
二人は子どもをテーマにした作品も多く発表しています。ヨゼフが挿絵を手がけた童話『長い長いお医者さんの話』、カレルが愛犬「ダーシェンカ」を写真とイラストで紹介した本など、日本でも有名な作品が挙げられます。
本展は、二人の故国チェコにある世界遺産都市クトナー・ホラーに開館した、現代美術館GASKで開催された展覧会を基に、子どもの心を持ち続けた兄弟の作品を、その生涯とともに紹介するものです。
5月27日まで。
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子ども、女性を含む60人が死亡。

2018年05月16日 19時50分32秒 | 医科・歯科・介護
アメリカ大使館移転でパレスチナとイスラエルが衝突!

4万人が抗議デモ、軍の攻撃

2018.05.15 08:00 情報速報ドットコム


パレスチナ情勢が緊迫しています。
5月14日のイスラエル建国70週年に合わせて、アメリカが在イスラエル大使館をテルアビブからエルサレムに移転しました。

パレスチナは昔から東エルサレムを将来の独立国家の首都と想定しており、宗教上の理由からも最重要視しています。

今回のアメリカ大使館移転について前々から抗議運動が起きていましたが、14日は今年最大規模の抗議デモが行われ、4万人のパレスチナ人がイスラエルとアメリカに強く抗議。
イスラエル軍との衝突で、少なくともパレスチナ人60人が死亡し、2000人が負傷する事態になります。

過去4年間で最悪の犠牲者数で、パレスチナとイスラエルの関係は増々悪化しているところです。

トランプ大統領は式典にコメントを寄せて、「イスラエルは主権国家であり、どの主権国家もみずからの首都を決める権利がある」と述べ、今回の大使館移転は正しいと強調しました。

この前のイランとの核合意の破棄を含めて、中東全体で反米感情が非常に高まっていると言えるでしょう。

米大使館移転 抗議デモとイスラエル軍の衝突で死者も

5月14日 23時09分 NHK

アメリカのトランプ政権は14日、中東エルサレムに大使館を移転し、トランプ大統領は記念の式典に寄せたビデオメッセージのなかで移転は正当だと改めて主張しました。エルサレムを将来樹立する国家の首都と位置づけるパレスチナ側では、抗議のデモが起きていて、イスラエル軍との衝突で、これまでに41人が死亡し、多くのけが人が出ています。

アメリカのトランプ政権は、14日、イスラエル建国70年にあわせてテルアビブに置いていた大使館をイスラエルの首都と認定したエルサレムに移転し、日本時間の14日夜、トランプ大統領の娘のイバンカ氏や娘婿のクシュナー上級顧問らが出席して記念の式典が行われました。

トランプ大統領は式典に寄せたビデオメッセージのなかで「イスラエルは主権国家であり、どの主権国家もみずからの首都を決める権利がある」と述べて大使館の移転は正当だと改めて主張しました。

大使館の移転についてイスラエル側では歓迎する声が多く聞かれる一方、イスラエルの建国に伴って故郷を追われたパレスチナの人たちにとっては、難民となってから70年という節目にもあたりさらに反発を強めています。

式典が続く中、大使館の周辺では移転に反対するパレスチナの人たちおよそ100人が集まり、治安部隊との間で小競り合いが起きていました。

またベツレヘムなどパレスチナ暫定自治区の各地では抗議デモが続いていて、イスラエル軍は、催涙ガスや実弾を発砲して抑え込みを図っています。

とくに激しい衝突が起きているガザ地区では地元の医療機関によりますと、これまでに実弾によって子ども6人を含む41人が死亡し、918人がけがをしたということです。

■クシュナー上級顧問 移転の正当性を主張

記念の式典にはトランプ大統領の娘のイバンカ氏や、トランプ大統領の娘婿でトランプ政権で中東政策などを担当するクシュナー上級顧問も出席しました。

この中でクシュナー氏は「本日、エルサレムに大使館を移転させたことで、アメリカは信頼に値する国だということを改めて世界に示したことになる」と述べて、大使館の移転は正当だと主張しました。

そして暗礁に乗り上げている中東和平交渉については「大使館の移転は、アメリカが中東和平への強い関与から手をひくという意味ではない」と述べて、仲介の努力を続ける考えを強調する一方、「きょうも抗議デモが起きているが、挑発的な暴力が問題の一部だ」と述べて、パレスチナ側の抗議行動が暴力を招いていると批判しました。

また先週、トランプ大統領が離脱を表明したイラン核合意について「危険で欠陥がある上、一方的な合意だ」と非難したうえで「イランの攻撃によって中東地域や世界中の平和を愛する多くの市民が脅威にさらされている」と述べて、国際社会が一致してイランの脅威に対抗すべきだと主張しました。

■式典の周辺ではパレスチナの人たちが抗議の声

式典が行われているアメリカ大使館の周辺ではこれに抗議するパレスチナの人たちおよそ100人が集まりました。

集まった人たちは「アメリカ大使館のエルサレム移転に反対する」と抗議の声をあげましたが、イスラエルの治安部隊およそ50人が排除に乗り出し、双方の間で小競り合いが起きていました。

■イスラエル市民は歓迎

アメリカのトランプ政権が大使館をエルサレムに移転することについてイスラエル側では歓迎する声が聞かれます。

このうち2か月前にエルサレムに移ってきたという42歳のユダヤ人の男性は「私たちユダヤ人は、エルサレムが首都と認められることを長い間祈り待ち続けてきました。時とともに、より多くの人たちが、エルサレムをイスラエルの首都であることを受け入れてくれるでしょう」と喜びを表していました。

また市内でホテルを経営する53歳の女性は「大使館の移転は誇りであり、幸せです。トランプ大統領は約束を守る人で、感謝します」と話していました。

エルサレム市内ではあちこちにアメリカの国旗が掲げられているほか「TRUMP MAKE ISRAEL GREAT」、「トランプ大統領はイスラエルを偉大にする」などと書かれた看板が設置されるなど、歓迎ムードに包まれています。

■「パレスチナへの新たな攻撃」

パレスチナ住民からは反発の声が聞かれました。

65歳のパレスチナ人男性は「アメリカ大使館の移転はパレスチナへの新たな攻撃と受け取る。アメリカは常にイスラエルを支援し、パレスチナを敵視した中東政策を取り続けている」と話していました。

また、エルサレムに住む50歳のパレスチナ人女性は「アメリカ大使館の移転でパレスチナにはまた大きな課題ができてしまう」と話していました。


大使館移転目前で歓喜と反発 緊張高まるエルサレム(18/05/14)

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難民の「ナクバ」大惨事から70年

2018年05月16日 19時35分56秒 | 医科・歯科・介護
イスラエル建国、難民の「ナクバ」から70年 私はパレスチナ人でありたい
2018年5月14日 東京新聞朝刊

イスラエルは十四日、建国から七十年を迎える。
それは多数のパレスチナ人にとっては、故郷を追われ難民化した「ナクバ(大惨事)」の七十年でもある。エジプト北部シャルキーヤ県には、歴史に翻弄(ほんろう)されたパレスチナ難民の村がある。
「夢がかなうなら、故郷に戻りたい」。難民は帰還の夢を抱き続けている。

 首都カイロから車で三時間余りの農村地帯にあるファデル村。一九四八年当時、ベエルシェバ(現在のイスラエル南部)から逃れた約百人がたどり着いた。
いまだに泥や赤れんが造りの粗末な家屋が貧しい生活ぶりをうかがわせる。

 「戦闘機が飛び回って近くの集落を爆撃し、炎が上がるのが見えた」。シャンマさん(82)は第一次中東戦争勃発当時の混乱を覚えている。顔にはオリーブの木を描いた入れ墨。パレスチナの証しだ。

 野宿生活を続ける逃避行で、病弱だった母が亡くなり、埋めた。一カ月ほどでエジプトにたどり着いた。パレスチナで有力部族の一員だった生活は一転。初めはテント生活を送り、農家の手伝いをしてためた金で家を建てた。父はマンゴーを食べては種をかばんに詰めた。いつかパレスチナの地に植えたいとの願いからだ。

 村の人口は現在五千人。子どもの半数は学校に通っていない状況が、不安定な立場を物語る。住民は国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)に登録されず、支援を受けていない。五二年のエジプト革命でナセル大統領のアラブ民族主義が高まり、難民と認めなくともパレスチナ人を手厚く保護したからだ。


 しかし、エジプトは七九年にイスラエルと平和条約を結び、難民の存在はしだいに忘れられていった。
一時旅券は取得できるものの、エジプト人なら無料の大学進学は授業料が必要で、貧困家庭への食料支給も受けられない。それでもエジプトに同化せざるを得ないため、パレスチナ人としてのアイデンティティー喪失という深刻な問題が横たわる。

 「エジプトは第二の故郷。でも、自分たちの伝統文化を忘れたくはない」とアイド・ナムリ村長(51)。
村の文化センターには故アラファト・パレスチナ解放機構(PLO)前議長の写真が掲げられ、子どもには国歌や歴史を教える。同じ難民と結婚し、子ども八人を育て上げたシャンマさんは「娘にはパレスチナ料理や刺しゅうの方法を伝えた。私の帰還の夢はかなわないかもしれないが、せめて受け継いでほしい」と話し、ナクバへの思いをかみしめた。

<パレスチナ難民> イスラエルの建国宣言により起きた第1次中東戦争を機に、ヨルダンやレバノンなど周辺国に70万人が逃れた。
現在は子孫を含む500万人以上とされ、UNRWAが58カ所の難民キャンプで福祉教育支援を行う。
国連決議では難民の帰還権が認められているが、イスラエルはアラブ系住民が増えればユダヤ人国家の存亡に関わるため、一貫して拒否する。中東和平交渉の論点の一つ。
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こころの病根・闇

2018年05月16日 13時44分34秒 | 沼田利根の言いたい放題
差別は、人間を人間とは思わない<人間>をつくってしまう。
<人権の世紀>はいつ訪れるのであろうか?
我々が生きて居る時代は、残念ながら<人権の世紀>とは言い難い。
すべての人の人権が守られているわけではない。
日々、信じられない犯罪も起きている。
人命軽視や自己中心的な考え方から、詐欺などの犯罪も増えるばかりだ。
弱い子どもや女性たちが被害者となっている。
<どのよな精神構造>で殺害した少女(7)を線路内に遺棄したのか。
こころの病根・闇に暗澹たる気持ちとなる。
原因があり結果があるはず。
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<平和の心を胸い走る>

2018年05月16日 13時18分11秒 | 社会・文化・政治
多様性は無限の可能性である。
<平和の心を胸い走る>とのコンセプトのもとにイベントを開催。
民族や宗教んなどの垣根を超えて、皆が一緒に汗を流す光景は、まさに<多様性のある社会>の縮図。
マレー系、中国系、インド系など多様な民族によって豊かな文化が彩られるマレーシア。
連邦立憲君主制国家で、イギリス連邦加盟国である。
タイ、インドネシア、ブルネイと陸上の国境線で接しており、シンガポール、フィリピンと海を隔てて近接する。

13世紀 アラブ商人やインド商人と共にイスラム教が伝来し、仏教とヒンドゥー教の時代が終わった。
1542年 マラッカからポルトガルの鉄砲が日本に伝来した。(鉄砲伝来)
1549年 イエズス会のフランシスコ・ザビエルがマラッカを出発し、日本到着。
1795年 イギリス、マラッカを獲得。
1942年 日本軍がマラヤ全域を占領(日本占領時期のマレーシア(英語版))。
1965年 シンガポールがマレーシアから独立。
5月13日事件(5・13事件とも)とは、1969年5月10日に実施された総選挙を直接の原因とする、同年5月13日に発生したマレーシア史上最悪の民族衝突事件である。
この暴動はほぼ1日で終息したが、銃撃や放火などによって暴動発生後の数日間で死者196人、負傷者439人の犠牲者を出す大惨事となった。
国家元首たる国王は13州の内9州にいるスルターン(首長)による互選で選出され(実質的には輪番制)任期は5年。
世界でも珍しい、世襲ではなく選挙で選ばれ、かつ終身制ではない国王である。
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人民の友好促進

2018年05月16日 12時50分59秒 | 社会・文化・政治
戦争を行うのは人間である。
ならば、人間の力で戦争もなくせるはず。
「世界の流れは人民の友好促進」周恩来
1979年(昭和54年)、ソ連軍のアフガニスタン侵攻。
西側諸国は激しく反発。
1980年(昭和54年)のモスクワ・オリンピックを西側の多くの国々がボイコット。
その報復としてして東側諸国は、1983年(昭和58年)のアメリカのよるグレナダ進攻を理由に1984年(昭和59年)のロサンゼルス・オリンピックをボイコットした。
時代の流れが逆戻りし、「新冷戦」と呼ばれる状況になった。
この冷戦にピリオドを打つ、大きな役割を担ったのが、ソ連のゴルバチョフであった。
1985年(昭和60年)6年半の閉塞の扉が開かれ、ジュネーブで米ソ首脳会談が再開された。

ロナルド・レーガン= アメリカ合衆国大統領とミハイル・ゴルバチョフ=ソヴィエト連邦共産党中央委員会書記長は,相互の合意に基づき,11月19日から21日までジュネーヴにおいて会談した。

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ジュネーブ四大国首脳会談
Geneva Big Four Summit Conference

1955年7月ジュネーブで開かれたアメリカ、イギリス、フランス、ソ連の首脳会談。
会談のきっかけは 54年4~7月に開かれた 26ヵ国外相会談 (ジュネーブ極東平和会議 ) で朝鮮戦争およびインドシナ戦争の休戦が実現したあと、世界的な緊張緩和の雰囲気のなかで 55年5月 10日、アメリカ、イギリス、フランスの3国がソ連に対して四大国首脳会談の開催を呼びかけたことに始る。

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賢人は金、愚人は鉄

2018年05月16日 12時00分42秒 | 伝えたい言葉・受けとめる力
苦難にあっても信念を貫く。
生命哲学
仏法は<生命の法>
<生命の法>は言葉や観念ではない。
実践である。
<生命の法>は<生活の法>でもる。
賢人は金、愚人は鉄。
金は、火に焼かれても、水に漬かっても変質することはない。
「自分の性格を卑下する必要はない。また、無理に直そうとする必要もない。信心を貫いていけば、やがて欠点も美点に変わっていく」
自信をもって、自分らしく生き抜いていこことだ。
自分らしく。
これが仏法の「桜梅桃李」の法理。
桜は桜、梅は梅、桃は桃、李(すもも)は李。
自らの命の限りに燃えて咲く花は、なんと美しいことか。
早く咲く人もいれば、ゆっくり咲く人もいる。
自分らしく咲くことだ。
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辛抱強いことが大切

2018年05月16日 11時30分17秒 | 医科・歯科・介護
社会では<人間力>が求められている。
企業が新社会人に期待するのも<人間力>。
今の労苦は未来の<開花の因>と知ることが力となる。
直面した難局に、いかに挑み、いかに価値を創造するかが、問われる。
だからこそ、辛抱強いことが大切なのだ。
歯を食いしばって、一歩また一歩、前へ踏み出すしかない。
忍耐の一日一日が成長と勝利のドラマを創る。
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エルサレムは神聖な場所

2018年05月16日 10時47分55秒 | 沼田利根の言いたい放題
政治も経済も最終的にバランスである。
自己中的なことは他者への配慮を欠くことになる。
いわゆる原理主義の問題も、バランスの問題に帰結する。
ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒にとってエルサレムは神聖な場所であり、「平和のための特別な使命」を帯びているとカトリックのフランシスコ・ローマ法王が強調した。
ローマ法王は第一次世界大戦後から一貫して、エルサレムは<国際管理地>として取り扱うべきだと立場を明確にしてきた。
だが、トランプ米大統領は、2016年大統領選の公約に在イスラエル米大使館のエルサレムへの移転を掲げていた。
大使館移転は3教徒が共存してきた微妙なバランスを崩す結果となる。

「エルサレムの地位は<イスラエルとパレスチナ側の>交渉で決定されるべきで、一方的な変更は認められない」という国連決議に基づいて積み重ねられてきた取り組みを決定的に変質させてしまった。
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