アンディの庭

アンディ小山です。自然の豊かな岩手から沢山のことを発信していきたいと思います。

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5月最後の日曜日

2010年05月30日 | 日記(出来事)
数日間続いた寒い雨の日々がようやく去り、今日は朝から
素晴らしい「ビューティフルサンデー」に恵まれました。

楽しみにしていた岩手医大レディスとの練習試合が行われ
ライトを守るボクは、飛んで来たライナー性のヒットを
ワンバウンドで捕球しファーストへ返球!
いわゆる「ライトゴロ」に仕留めた事が
とても嬉しかったですねー。

相手のピッチャーは長身のノビの良いストレートが決まる
ナイスピッチャーでしたが、ボクはセンター前にイイ当たり!
を打てたのが爽快で、冬もずうーっと続けた自主トレが
ゲームで生き天にも昇る?瞬間でした。(笑い)

天に昇ると云えば最近、以前歌った「機甲創世記モスピーダ」の
テーマ曲「失われた伝説を求めて」のファンが沢山いてボクを
探していてくれた事を知った事、そして皆さんのお陰でその方達と
コンタクトが取れた事で感激感動しました。

ボクの人生にかつて無い大きな喜びで、本当にこういう
ムーブメントに感謝していますし、これからの
大きな励みになります。

美しい五月を心身共に感じさせてくれるボクのとっておきの
BEAUTIFUL SUNDAY・・
本当の安息日を味わいながらマイガーデンの花達のケアーを
楽しくさせて貰いました。
結構日差しが強くて・・
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復活した旧友 安岡力也君

2010年05月29日 | 日記(出来事)
力也君が入院闘病している事実を聞いたのは、
永遠の友 ジョー山中君からでした。

まったくその事を知らずにいたボクは驚き、ジョー君から
力也君の病室への電話番号を教えてもらい
アクセスしてみました。

力也君はボクの電話を快く受けてくれて、しばし話が出来
心ばかりのお見舞いを述べさせてもらえました。

彼との会話は、時空を超え懐かしさいっぱいで、
新ためて心の交流をはかる事が出来ました。

彼から聞いたその病名は「ギランバレー」、説明から
いずれ一筋ならでは行かない事がすぐに伝わってきました。
どうして彼がそういう病気をもらったのか、と心が
痛みました。
そういう状態の中でも、力也君は精一杯頑張っている様子が
ボクにはよく伝わってきました。

その後、電話したのですがすでに転院した!という事で連絡が取れず
ずーっと気にしていました・・が、
最近彼がテレビ出演した事実を知り、嬉しかったです。

安心したよ力也君!よかったよなー!
「今から、ここから・・」を信じて、お互い力強く
一歩一歩踏み出して行ければなーと願っています。

今日も君の事を想って「い・の・ち」そして
「グローリーデイズ」を歌うつもりです。
     LOVE AND CARE
                  ANDY
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ロシアにいるボクのファン

2010年05月28日 | 日記(出来事)
                    ボクの母

アニメ「モスピーダ」との再会を果たしたボクはその存在の大きさと
ボクへの評価に驚いています。

あるCDショップのオーナーさんから母の国ロシアにボクのファンが
いる事を知らされましたが、本当にビックリ!
しばし呆然とする程感無量でした。
父の国日本に育ち母の国とは縁が薄かったからです。

ボクはしばらく日本を離れていた事と、以前のアーティスト名が
「アンディ」のみのクレジットだった為、消息不明扱いになって
いたようです。
皆さんがボクを探して下さり嬉しい限りです。

アニメのファンは世界規模であり、ヨーロッパ諸国でも日本の
アニメは人気がありその主題歌も愛されて居る様です。

「モスピーダ」は今の時代(マイケル・ジャクソンが警告した地球破壊)
にハマっているストーリーなのが興味深いところです。
これからは、ボクの大切な宝物として扱い歌っていきます。

「失われた伝説を求めて」の歌詞はまさしく「男の世界」を
ストレートに表現していると思います。
「男はだれもロンリーソールジャーボーイ~」

長いようである時、アッと云う間も無く終演を迎える人生という
ステージ・・・あなたのステージは?・・

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大連 3

2010年05月25日 | 日記(出来事)
                  ー授業風景ー

この学校の講義室は階段教室になっていて、シート一つ一つが広く
美しいレイアウトですべてが新しくスペーシーでした、その上
サウンドシステムもしっかり整っていました。

突然の申し出を受けたボクは早速、街のCDショップへ出掛け講義の
音源資料として
セリーヌ・ディオン、 イルディーボ 、エルビス・プレスリーの
CDを購入し、講義に臨みました。
(思いもかけない事態に衣裳は旅装のままで・・・・)

タイトルは「現代音楽、そのリズム」と記憶しています。
ボク自身は英語での講義を望んだのですが、残念ながら通訳出来る
先生がいらっしゃら無く、不本意ながら日本語を中国語に通訳してもらっての
講義となりました。

なぜ英語を望んだかというと、その頃中国では日本企業の排斥運動が
激化していました。
中国サイドから日本を見る目についてどうなのか計り知れなかったボクは
現地で彼らの持つ「日本人のイメージ」とは違う「今の日本人」のひとり
として堂々と自己表現したかったからです。

英語であれば中国語、日本語の壁を取り払い自由に
「音楽の持つ素晴らしい力」で癒され励まされ勇気と生きる活力を見い出す
事の出来る「命の泉」を体感してもらえると信じたからです。

始める前の挨拶で、ボクは日本人のひとりとして、中国の人々に対する
謝罪と感謝を述べました。

日本語で進めてゆきましたが、通訳者の理解力の深さと表現力で
徐々にしっかりとしたリズムが生まれ、ラストまでスムースにいい感じが
キープされた事に、大きな喜びを得ました。

学生達に内容がどの位伝わったかよくわかりませんが、中には
英語の出来る学生も何人かいて、直接質問して来る事もあり
あっと言う間の一時間でした。
学長以下教授達には喜んで頂きましたがホントにお役に立ったのかなー。

お疲れディナーの席で普段は冷たいビールを飲まない彼らが
ボクのために、コールドバドワイザーを用意して下さり、
その気持ちに感動しました。
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大連 2

2010年05月24日 | 日記(出来事)
ー馬教授と通訳をしてくれたラーさんとー

「大連にさえたどり着けば、日本へ帰れる!」という言葉を胸に
数名が一つのグループとして班を構成し、沢山の日本人が貨物列車へと
乗り込み一路大連へ・・・・

幾度と無く止まってはやっと動く・・を繰り返す一週間ほども続く
過酷な状況下での長旅で、弱る人・倒れる人が続出。
でもボクの班だけは一人も欠ける事なくたどり着いたと云う事を
後になって母から何度も聞かされたものです。
「こんな幼い赤ちゃんが頑張っているから!という結束力でお互い励まし合った」
とも聞いていました。

何度も聞かされていた事ですが、大連の地を踏んでいてしみじみ思い出され
今はもういない亡き両親を想い感無量でした。

現在の大連を感じる意味でボクは大連の街を散策してみました。
ナーント!そこで見かけたのはいわゆる世界を征服していると云える
ケンタッキーフライドチキンそしてボクの大好きなピザハットでした。

もちろんボクは滞在中に両方のお店に行ってみました。
どちらも全くもってアメリカそのものでした。(店内も味もです)
揚げ方もばっちりで、あの盛りの良さがたまらなく懐かしく嬉しかったです。ハイ!
ピザも美味い事。思いがけない嬉しい遭遇でした。
ボクの住む街にも、ピザハットが来てほしいなー・・・

友人がつぼマッサージのマエストロの所に案内してくれ、素晴らしい体験をしました。
マエストロはさすがの腕前で、長年苦しんで来た肩から背中への頑固なこりが
(ギターのせい?!)消えた!!のです。本当に楽になりました。
定期的に通いたいなー!と思った程です。

そして大連では新たな出会いも多々ありました。
友人との食事会の席でお会いした、音楽の専門家 大连职业技术学院の馬教授です。
彼とボクとの会話では当然音楽の事で盛り上がり、彼はボクのリズム感に共鳴し
注目し、二日後彼の学校で学生達に講義をしてほしい!という熱烈なる
要請を頂きました。
学校は新しく、教授達も若く理想を持って使命に燃えている方々でしたし、
学長も40代初めで明るく青年の面影が残る好人物でした。

講義の様子は明日・・・お楽しみに!
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