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漱石山房の漱石 5

2007-12-21 08:48:20 | 漱石山房

Sannbou8 「書斎にゐる私の眼界は極めて単調でさうして又極めて狭いのである。」
漱石は著書『硝子戸の中』で、そう云っています。

書斎の人、漱石は殆どの時間を書斎で過ごし、食事も朝食以外は書斎でとっていたと云われています。
冒頭の画像は、書斎の漱石先生。この画像、世の多くの人がイメージする漱石とはちょっと違う様な気がしませんか・・・?普段着の漱石って感じがしませんか?

Sannbou10 この画像は、南側の庭から見た漱石山房
漱石の書斎と客間兼居間の三方を、ベランダ風の廊下が回廊の様に囲んでいます。二間続きで計20畳の「伽藍の様な」とたとえられた広い空間を漱石が専有していました。
左側の背の高い植物が芭蕉、庭一面に生い茂る草が木賊で、いずれも漱石の好みだったそうです。
画像で見る限り、何となく様子が日本と云うより南方系のそれに見えるのは僕だけでしょうかね・・・

漱石の著書『硝子戸の中』は、漱石晩年の作品で漱石の随筆的な内容です。
これらは、冒頭に紹介した様に、書斎と外界を隔てる硝子戸の内側から、漱石の目に映る様々を書き綴ったものです。
漱石がこの山房に越してくる前までは、南側のベランダは吹きさらしだったようですが、この西洋風のベランダの床のペンキ剥がし、手すりの外側に引き戸式のガラス戸を取り付け、いわゆる『硝子戸の中』となったそうですよ。

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4 コメント

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Torahikoさん、こんばんは。 (チャーマン)
2007-12-22 00:15:57
Torahikoさん、こんばんは。

この書斎の漱石の写真、自然な表情といい、日常の様子がよくわかっていい写真ですね。
この書斎で殆どの時間を過ごされていたというのですから、よほど気に入った部屋だったのしょうね。
お気に入りの文房具や小物に囲まれて、
落ち着く空間、という雰囲気が伝わってきます。

山房の外観は確かになサンタフェあたりのイメージが浮かんできました。
和風コロニアルですね。
それにしても20畳とは広い。
子規庵はぞの狭さに驚きましたが、こちらは広いなあ。
芭蕉の破れた葉が印象的ですが、このあたりは俳人、漱石の好みなのかな。

庭の草花も自分好みにしたこの家、再現されたら是非、行ってみたいですね。
■チャーマンさん おはようございます。 (Torahiko)
2007-12-22 09:37:19
■チャーマンさん おはようございます。

ハンサムなよそ行きの漱石とは違ってこちらの漱石は身近な感じがしますよね。でも表情が少し険しくって、機嫌でも悪いのかなぁ~体調が良くないのかなぁ~と心配してしまいます。

やっぱりこの庭は日本的じゃないですよね。漱石の足跡を訪ねた熊本の旅で、漱石の住んだ家を何軒か廻りましたが、それらの庭は純和風でした。それに比べると早稲田の家の庭は単調に感じます。
僕の勝手な想像に任せれば、単調な風景の中の奥深さみたいなものに漱石先生は視線を送ったのかも知れません。

確かに子規庵に比べ漱石山房は広いですね。僕などからすれば狭いと感じる子規庵のあの部屋も、体の自由がきかない子規にとっては広い世界で、病床六尺の中で紡がれた活字には無限の宇宙を感じますよね。
こんばんわ、Torahikoさん。 (バオバオ)
2007-12-22 21:14:04
こんばんわ、Torahikoさん。

この写真からの漱石は、聞く耳を持った優しいおじさん、といった風な印象を受けます。

この20畳の部屋には漱石の脳が目イッパイ膨張していて、
漱石はコンピューターを駆使するようにその脳から
必要な項目を検索しては作品に仕上げていたのですよ。キット。

お気に入りの調度に囲まれ、お気に入りの庭を眺めるだけで、
一歩も外に出る必要も、願望も、体力もなかったのでは。


バショウはジャパニーズバナナとかいって
南方系ですし、
木賊はどちらかといえば、寒い地方を連想しますから、
その組み合わせにひねった意匠を感じます。

チャーマンさんもご指摘のように吹きさらしのベランダと庭が
サンタフェ(確か、西部劇でも観たことありますよ^^;)のイメージです。
■バオバオさん おはようございます (Torahiko)
2007-12-24 03:33:01
■バオバオさん おはようございます

漱石山房はバオバオさんに云われる様に漱石にとっての世界・宇宙だったのでしょうね。

そこには漱石の無限が拡がっていたのでしょうね。
ある作家が「芸術家にとっては、いつか作るべき作品というのがその人の生であって、それは死の向こう側に存在する場合もある」と云っていますが、漱石もまたそんな人の一人だったかも知れませんね。

そうなんですか・・・木賊というのは寒い地方での植物なんですね・・・
そう知ると、相反するものを共生させるという所に、漱石の深い拘りが見え隠れするようです。

この漱石の画像、バオバオさんもチャーマンさんも気に入ってくれて嬉しいです。=^エ^=

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