11月29日『いい服の日』のショートショート
その男は颯爽と店を出て行った。
その背中を飽きることなくわたしは見つめたわ。
すごいカッコイイ男。モデルか俳優みたい。いや、もっと危険な感じ。
そうだ。あのスパイ映画のジェームズ・ボンドにそっくりだった。
スタイルもイケていたけど、仕立てのいいスーツを着ていたもの。
年はいくつくらいだったんだろう?若すぎず、老けすぎず、渋い大人って雰囲気だったわあ。
席を立つときの、豹のような身のこなし。
さりげなく、カフスをかけ直す仕草がめちゃめちゃセクシーだった。
ああ、胸がドキドキして苦しいわ。わたしったら恋をしちゃったのかしら?
あの艶やかな生地のタイトスーツはもちろん、シャツもオーダーメイドにちがいないわ。
ウォッチもシューズも、み~んなすっごいお洒落だった。
全部、高級ブランド、しかも一級品ばかりなんだろうな。
高級品を着飾るとそこだけ浮いちゃうって人って多いけど、ホント着こなしていたなあ。
あのスーツに包まれた広い胸に寄り添ったら、きっと高級な香水が鼻をくすぐるんだろうな。
ロレックスのウォッチを巻いた逞しい手でわたしの肌をそっと撫でて。
ああ、わたし気を失ってしまうかも~!
「どうしたの?さっきから虚ろな目して。ヨダレこぼしそうよ。さっきの男でしょ?」
目の前の女友だちがニヤニヤしている。
「って聞くってことは、あなたもしっかり見てたんでしょ!」
「もちよ~、なんか007って感じだったよね~」
「ね、来週もこの時間、お店予約しとこうか?また会えるかもよ」
「うんうん、賛成!」
また会いたい。できたらお近づきになりたいわあ。
そして一週間後。同じ店。
「あっ・・・来たわよ!彼よ。彼だわ」
隙のない身のこなしで席に着いた男をまじまじと見つめる。
あれ?この男だっけ?
わたしの怪訝そうな顔を見て、女友だちが囁く。
「ね、この男だっけ?先週の男。なんか顔が違うような気もしなくもないような・・・」
すらりとした長身をタイトなスーツで包んだ姿、高級ブランドの着こなしは一緒だ。
でも先週の男と同一人物かどうか、さっぱり思い出せない。
「ま、カッコイイ外見は一緒だからいいじゃん。中身なんて」と友だち。
そうだよな、思い出せないくらいなんだから、中身はどっちでもいっか。
本家の007だって高級ブランドに身を包んでアクションやったら誰がやっても007なんだし。