366日ショートショートの旅

毎日の記念日ショートショート集です。

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太平洋ひとりぼっち

2012年11月28日 | 366日ショートショート

11月28日『太平洋記念日』のショートショート

イルカたちが水しぶきをあげてジャンプしている。
艶やかに輝く、しなやかな体。まぶしく空中に飛散する水滴。
光線に目を細めながら、微動だにしないイルカたちの影を見上げた。
何年も前に見上げた時と寸分違うことのない情景。
船は近い。
確かに、水平線の彼方にポツンと小さく船影が見えている。
あそこまで歩くのにあと何日かかったっけ?
ボクは大海原の上を歩きはじめた。
正確に言うなら、ここに時間という概念は存在しない。完全停止してしまったのだ。
ただ、動いているのはボクだけ。時間が存在するのはボクだけ。
なぜボクだけ特別の存在になってしまったのだろう?
イルカもジャンプしたまま。飛沫も空間に浮かんだまま。雲も太陽もずっと同じ位置。
一時停止ボタンを押した映像そのままの、物理とか化学とかの常識なんか超越した世界。
数年前に突然、家族や友人とクルーズ船で太平洋を航行中にすべてが停止した。ボクを除いて。
仕方なくボクは、樹脂が固まったようにカチカチの海面を歩いて陸地をめざした。
陸へ到着して町から町へと彷徨ったが状況は同じだった。
普段の生活を寸断されて固まったまま動かない人、人、人。
人のみならず動物も機械も。ボク以外に動くものは何もなかった。
いったいこんな世界でボクはどう生きればいいんだろう?
結局、ボクは太平洋に浮かぶ船に戻ることにした。

乗船すると、甲板上は家族や友人たちが楽しいパーティーの真っ最中だった。
大笑いする者、見つめあう者、御馳走を頬張るもの、楽器を鳴らす者。
だが彼らには時間も音もない。数年前に会食中に停止したときのまま。
まるで実物大の立体記念写真。幸福を描いた絵の3D。
ボクは、あの瞬間に腰掛けていたデッキチェアに戻った。
そして舳先に立って両手を高く掲げたままの少女を見つめた。
そしてあの瞬間を思い出す。
少女が振り向くと、海風に髪がなびいた。そして輝く瞳でボクに了解を求めた。
彼女の両手に包まれているのは一羽の鳩。
彼女が看病し続けたおかげで元気になった白い鳩が目をキョトキョトさせている。
ボクがうなずくと、勢いをつけて一気に鳩を放った。
彼女が広げた両腕と同じくらいに、鳩が広げた翼の影。眩しいほどの陽の光。幸福。
その瞬間。
ボクは心から願ってしまったのだ。

 


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