366日ショートショートの旅

毎日の記念日ショートショート集です。

ラジャラジャマハラジャ

2012年10月14日 | 366日ショートショート

10月14日『鉄道の日』のショートショート



電車が郊外へと進むにしたがって、窓の外はビル街から住宅地、そして田園風景へと変化してゆく。
平日の昼下がり、車内は人もまばらだ。
新聞の競馬欄に何やら書き込む労務者、メールに夢中の若い女、文庫本を読む年配の男。何の変哲もない日常。
規則的な走行音、吊り広告の軋む音、ふくらはぎに伝わる暖房の熱、ああ、何ともけだるい。
目を閉じていると電車が駅に停まり乗客が乗り降りする音。
ん?
違和感を感じて目を開いた。僕は目を瞠った。目の前の席に恰幅のいいインド人が腰を下ろすところだったのだ。
極彩色の羽飾りの付いたオレンジ色のターバン、金刺繍入りの真紅のガウン。ただのインド人じゃない。マハラジャだ。
僕が違和感を感じたのは、巨体が移動したからか、全身を飾るアクセサリーのチャラチャラした音か、お香のにおいか。
とにかく、車内の全員がインド人に注目していた。インド人のほうは気まずそうに目を泳がせている。
カシャ、と写メの音。その音に勇気づけられてあちこちから写メの音がした。まるで見世物だ。気の毒に。
ただ、マハラジャがひとりでこんな地方の郊外電車に乗ればこの事態も仕方がない気もした。
電車が停まる。乗客の数人が降りて、またひとりのインド人が乗り込んだ。
マハラジャだ。負けず劣らずの派手な衣裳に髭モジャの濃い顔。
「ナマスカール!」僕の目の前で二人のマハラジャは手を合わせて挨拶を交わした。
先ほどまでおどおどしていたマハラジャはすっかり元気になって大声で話し始めた。
周囲の乗客は内心気になりつつも二人から視線をそらした。
次の駅でまた二人のマハラジャが乗り込んできた。マハラジャは四人。なぜ?なぜマハラジャがこんなに?
そして次の駅でマハラジャが一気に十人乗り込んできた。僕たち乗客は一気に劣勢に追い込まれた。
次の駅、味方の乗客たちが去った。そしてマハラジャがまた十人。
車内はマハラジャだらけ。マハラジャじゃないのは僕だけ。お香のにおいにむせかえりそうだ。
マハラジャたちが僕に好奇の目を注ぐ。写メを向ける。僕は目を泳がせる。
耐えよう。もうすぐ僕の降りる駅だ。もうすぐ。
車内放送が流れる。シタールの響き、そしてインド語でアナウンス。どこなんだ、次は?
え?
僕は電車の窓硝子に顔を押しつけて進行方向を見る。
電車はまっすぐ、タージマハール廟みたいな宮殿に向かっていた。