366日ショートショートの旅

毎日の記念日ショートショート集です。

SILKROAD

2012年03月28日 | 366日ショートショート

3月28日『シルクロードの日』のショートショート



「君はさぁ、人を殺したことある?」
唐突な言葉にわが耳を疑った。
「まさか。ありませんよ、そんな。木嶋さんはあるんですか?」
「・・・あるよ」
そう言って美味そうに煙を吐いた。居酒屋の店内に、まったりと甘ったるい香りが漂う。
ココナッツミルクのような。ビスケットの封を切ったときのような。
タバコの箱に『SILKROAD』の文字。その強い香りのせいでボクはクラクラしてしまい、頭の中でシタールを爪弾く音が反響した。
愉快そうに木嶋さんは話した。
頸動脈を探り当ててナイフで切断する方法、血抜きの方法、解体の方法・・・
タバコの香りに血なまぐさいニオイが混じって眩暈がした。
「嘘でしょ?木嶋さん」
「嘘だよ、嘘、嘘」
木嶋さんは喉を鳴らして笑うと、新しいタバコに火を点けた。
「豚だよ。今のは豚の話。ボクの住んでた村じゃ、つい最近まで殺ってたんだ」
もう!木嶋さん冗談きついなぁ。
ボクはカラカラになった喉を酎ハイで潤した。
木嶋さんは、村での土俗的な生活を語った。
ついさっきまで同僚に過ぎなかった木嶋さんが、遥か異国の旅人のように思えた。
木嶋さんが赴任していた三年間、こんなに饒舌な木嶋さんは初めてで最後だった。
ボクたちが店を出て駅に着いたときには、とうに終電が出ていた。
木嶋さんと肩を並べて線路を歩いた。
夜気に蒸れたレールの鉄臭さに、SILKROADの香りが混じった。
「俺、こっちだから。じゃな」
木嶋さんがひとり、線路の上を歩き去る後ろ姿をボクは見つめ続けた。
以来、木嶋さんには会っていない。
あの夜のことを思い出してSILKROADの煙を吐いて、夜の空気を甘く染めあげる。
あの晩と同じように。
木嶋さん、ありがとう、あなたのおかげですよ。
懐の研ぎ澄ましたナイフの柄を握りしめる。
頭の中にシタールの甘美な音色が鳴り響く。