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クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

リッダ―+都響でドヴォルザーク「チェロ協」とチャイコフスキー「第4」を聴く~都民芸術フェスティバル

2014年01月15日 07時00分27秒 | 日記

15日(水)。昨日の朝日朝刊・文化欄に「ブルクミュラー再評価~没後140年 ピアノ曲 大人も魅了」という記事が載りました。超訳すると

「子どものピアノ教材として知られる『ブルクミュラー 25の練習曲』であるが、今年はブルクミュラー没後140年を迎える 知られざる真価を掘り起こす試みが相次ぐ。彼は同じくピアノ教則本で知られるバイエルと同じ1806年にドイツで生まれた。『貴婦人の乗馬』『アラベスク』といったイメージ豊かな題名が、紙芝居のような楽しさを届ける 音楽評論家の宇野巧芳氏は『ここまでシンプルを極めつつ、高級な味わいを感じさせる音楽はない』と再評価を熱望。全音楽譜出版社の下條俊幸氏は『”25”以外の作品をもっと普及させ、”ブルクミュラ―=子ども向け”というイメージを払い、ピアノの教育現場に新たな風を吹かせたい』と語る」

私は「バイエル」も「ブルクミュラー」も弾いた経験は皆無ですが、ピアノを習ったことのある人ならどちらかを経験されていると思います。あるいは懐かしい思い出として、あるいは苦しい思い出として ピアノが全く弾けない身として思うのは、1曲でもいいからクラシックの曲を公衆の面前で弾きたいということです。が、指が固いし、時間ないし、何より能力ないし・・・・

 

  閑話休題  

 

昨夕、池袋の東京芸術劇場で東京都交響楽団のコンサートを聴きました これは毎年恒例の「都民芸術フェスティバル~オーケストラ・シリーズ」の一環として挙行された公演の一つです

プログラムは①ドヴォルザーク「チェロ協奏曲ロ短調」、②チャイコフスキー「交響曲第4番へ短調」で、指揮はアンドレ・デ・リッダ―、①のチェロ独奏は堤剛です

 

          

 

自席は1階N列23番、センターブロック右サイドです。東京都の助成公演のため低料金で聴けるとあって会場はほぼ満席です

東京都交響楽団は定期会員ではないので、オケのメンバーにあまり馴染みがありません 弦楽器を向かって左から眺めていくと、コンマスの山本友重さん、第2ヴァイオリン首席のエンカナ(遠藤香奈子)さん、チェロの古川展生さん、ヴィオラの篠崎友美さん・・・・・・ちょっと待ってよ、篠崎さんは新日本フィルの首席でしょうが ・・・・さては新日本フィルからレンタルしたな もとい、都響と新日本フィルとの友好関係に基づいて首席奏者を派遣してもらったな・・・・。この日のコンサートは定期公演ではないから今回のような融通が利くのだろうか

1曲目のドヴォルザーク「チェロ協奏曲ロ短調」は、プログラムの解説に評論家の奥田佳道氏が書いているとおり「王者の風格を誇るチェロ協奏曲の傑作」です 現代の評論家の中ではこの人の解説が非常に分かり易いと思います

ソリストの堤剛が指揮者のリッダーとともに登場します。指揮者のリッダーはどこの国の出身か解説がないので判らないのですが、見た目は映画監督のスティーヴン・スピルバーグのような髭もじゃ男です。チェロの堤剛氏はご存知、サントリーホール館長です

ここで公演プログラムにある堤剛氏のプロフィールの誤りを指摘しておきます 「2004年より桐朋学園大学学長の任にある」とありますが、正確には「2004年4月から2013年3月まで桐朋学園大学学長を務めた」です。2013年4月からは毎日新聞東京本社学芸部専門編集委員だった梅津時比古氏(現在、同社客員特別編集委員)が学長を務めています。このプログラムは公益社団法人日本演奏連盟の編集によるものらしいですが、しっかりしてほしいと思います

曲は第1楽章冒頭から堂々たる音楽が展開します。それは良いのですが、ソリストの陰になってエンカナさんの姿が見えません 「すみません、堤さん、もうちょっと左に寄っていただけませんでしょうか」なんて言える訳ないので諦めました 堤氏がチェロを弾く姿を見ていると、まるで歌舞伎役者が大見得を切っているところを思い浮かべます。まあ、それだけ決まっているということですが 演奏姿を観ていると、相当体力を必要とする曲のように感じます。根性を据えて弾かないと最後まで弾き切れないのではないかと思います とにかく名曲中の名曲です

プログラム後半は、チャイコフスキーの交響曲第4番です。この曲も奥田氏の解説が冴えています。「激情も哀愁もお任せあれのシンフォニー。管弦打楽器の”饗宴”にセクションの妙技、ソロの味わい・・・・すべてが聴きどころとなる」。まさにその通りの曲です

リッダーはかなりテンポを揺らします。歌わせるところはたっぷり歌わせ、畳み掛けるところは思いきりクレッシェンドをかけて、ドラマティックに激しく音楽を展開します

私は、コンサートを聴くとき何人かの奏者に焦点を当てて聴きますが、今回はエンカナさんに注目してみました 彼女の演奏スタイルは、小手先でヴァイオリンを弾くのではなく、身体全体で弾いているのが分かります 芯があって根本は揺らいでいないのに、手の動きは柔軟です。そのため躍動感溢れる演奏が可能になります その動きはコンマスの山本氏と同じです。身体全体で演奏することによって、後ろの奏者に演奏の手本を示しているのだと思います。「私についてきて」。やっぱり首席奏者はそうでなければならないなのでしょう

第4楽章のフィナーレは圧巻でした 聴衆を興奮の坩堝に巻き込み、拍手喝さいとブラボーの嵐を呼びました 「やるねえ、指揮界のスピルバーグ」といったところでしょうか

気を良くしたリッダー+都響はアンコールにブラームスの「ハンガリー舞曲第1番」を演奏しました。これも興奮の坩堝でした

 

          

 

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