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クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

ジョナサン・ノット ✕ 甲藤さち ✕ 東京交響楽団でヴァレーズ「密度21.5」、同「アメリカ」、R.シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」を聴く~東響第666回定期演奏会

2018年12月16日 07時23分14秒 | 日記

16日(日)。わが家に来てから今日で1535日目を迎え、トランプ米大統領は14日、大統領首席補佐官代行に行政管理予算局のミック・マルバニー局長を充てると自身のツイッターで明らかにした というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

      代行って微妙だ 数か月後にトランプから「使えないヤツ」と言われて辞めるのか

 

         

 

昨夕、サントリーホールで東京交響楽団の第666回定期演奏会を聴きました プログラムは①ヴァレーズ「密度21.5(無伴奏フルートのための)」、②同「アメリカ(1927年改訂版)」、③リヒャルト・シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」です ①のフルート独奏は首席の甲藤さち、指揮はジョナサン・ノットです

 

     

 

事前に「ヴァレーズの2曲は指揮者の意向により続けて演奏するので、曲間に拍手をしないように」というアナウンスが入りました

オケはノット・シフト=左奥にコントラバス、前に左から第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第1ヴァイオリンという対向配置です。コンマスは今や東響の顔となった水谷晃です

1曲目はヴァレーズ「密度21.5(無伴奏フルートのための)」です この曲はエドガー・ヴァレーズ(1883-1965)が1936年に作曲し、1946年に改訂した作品です タイトルにある「21.5」という数値は初演者のフルーティスト、ジョルジュ・バレールが作らせたプラチナ製フルートの比重を表しているそうです

会場の照明が落とされ、定位置でスタンバイしている甲藤さちだけにスポットライトが当てられます。甲藤さちの独奏フルートの奏でるメロディーが会場を支配します 聴いていると、ドビュッシーのようなところがあり、そうかと思うと、フルートを尺八に持ち替えて演奏しても曲が映えるようにも感じます 無伴奏曲特有のとても深い印象の演奏でした

5分ほどのフルート・ソロの演奏が終わるとステージに照明が灯され、ノットの指揮で「アメリカ(1927年改訂版)」がアルト・フルートにより開始されます この曲は1918年から21年までにかけて作曲され、1927年に改訂された作品です フルートからフルートへ間断なく受け継ぐ仕掛けはノットの周到な計算に基づくものでしょう なかなか良い曲だなと思っていると、打楽器群がフル稼働し始め、そうかと思うと金管楽器群が咆哮を始め、弦楽器群と縦横に絡み合いながら爆発を繰り返します この曲はフランス生まれのヴァレーズがアメリカに渡って初めて書いた管弦楽作品だそうですが、ニューヨークの喧噪を音楽で表したのがガーシュインの「パリのアメリカ人」だとすれば、「アメリカのフランス人」とでも表現すべき音楽です 数年後に控えた大阪万博を機に再評価が進む岡村太郎の言葉を借りれば「芸術は爆発だ」という過激な音楽です。ガーシュインは車の「クラクション」を作品に取り入れましたが、ヴァレーズは「サイレン」を随所に取り入れ、不穏な空気を醸し出しています ノット✕東響はこの喧噪に満ちた複雑怪奇な音楽を整然と表現し聴衆を唖然とさせました


     


プログラム後半はリヒャルト・シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」です この曲はリヒャルト・シュトラウス(1864-1949)が1897年から98年にかけて作曲し、99年3月3日にフランクフルトの博物館音楽会で作曲者自身の指揮により初演されました リヒャルト・シュトラウスはこの作品を書くにあたり、おそらくベートーヴェンの「英雄交響曲」を意識していたと思われますが、彼が描いたのは全人類の理想としての英雄ではなく、世間の俗物たちと戦いながら 作品を完成していく一人の芸術家の姿です つまり英雄とはリヒャルト・シュトラウス自身を指しています この作品には、彼の過去の作品「ドン・ファン」「ツァラトゥストラはかく語りき」「死と浄化」「ドン・キホーテ」などのテーマが断片的に出てきて、英雄である自分はこれだけの作品を世に出してきたのだとひけらかしていますが、個人的なことを言えば、こういうところが、リヒャルト・シュトラウスを好きになれず、定期演奏会ででも取り上げられない限り積極的に聴こうとは思わない要因になっているのです 第一、彼がこの曲を書いたのは33~34歳の時です。普通、そんな若さで自分の過去の業績を作品に込めてひけらかす人はいないでしょう 「ばらの騎士」というオペラ史に残る大傑作を書いた作曲家とは思えません

作品は次の6部から構成されています

第1部「英雄」=英雄(つまりリヒャルト・シュトラウス)の登場

第2部「英雄の敵」=批評家、同輩などからの誹謗中傷

第3部「英雄の伴侶」=リヒャルト・シュトラウスの妻パウリ―ネのテーマ

第4部「戦場での英雄」=批評家たちとの戦いと勝利

第5部「英雄の業績」=過去の作品「ドン・ファン」「ツァラトゥストラはかく語りき」「死と浄化」「ドン・キホーテ」などの動機の登場

第6部「英雄の隠遁と完成」=英雄の最期

今回の演奏で一番印象に残ったのは、第3部「英雄の伴侶」で作曲家の妻(つまりパウリ―ネ)のテーマを演奏したコンマス水谷晃のヴァイオリン独奏です 艶やかなヴァイオリンの音色が記憶に残っています

この曲を、標題抜きで 純粋な管弦楽曲として聴いた時、ノットはオケの面々の持てる力を十二分に引き出し、スケールが大きくドラマティックな演奏を展開していました

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葵トリオのミュンヘン国際音楽コンクール・ピアノ三重奏部門第1位記念凱旋リサイタルを聴く~ハイドン「ピアノ三重奏曲第27番」、ブラームス「ピアノ三重奏曲第1番」、シューベルト「ピアノ三重奏曲第2番」

2018年12月15日 08時04分56秒 | 日記

15日(土)。わが家に来てから今日で1534日目を迎え、山下貴司法務相は14日の閣議後記者会見で、全国29の保護観察所や地方更生保護委員会が公文書を綴ったファイル計7688件を誤って廃棄していたことが省内の調査で分かったと発表した というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

        大切な公文書を誤って廃棄するなんて 法務相ではなく法無相になってしまわね?

 

         

 

昨日、夕食に「クリームシチュー」を作りました 寒い時はシチューが温まりますね

 

     

 

         

 

昨夕、サントリーホール「ブルーローズ」で「葵トリオ ミュンヘン国際音楽コンクール  ピアノ三重奏部門第1位記念凱旋リサイタル」を聴きました 葵トリオは東京藝大出身者で、サントリーホール室内楽アカデミー第3期生として出会い2016年に結成されたトリオです。メンバーは、ヴァイオリン=小川響子、チェロ=伊東裕、ピアノ=秋元孝介の3人です 「葵/Aoi」は3人の名字の頭文字を取り、花言葉の「大望、豊かな実り」に共感して名付けたそうです

その葵トリオは9月に開催された第67回ミュンヘン国際音楽コンクールのピアノ三重奏部門で日本人団体史上初の第1位となりましたが、室内楽の分野における優勝は東京クァルテット以来48年ぶりで、第2位なしの第3位が2団体だったことから圧倒的な第1位だったことが窺えます

プログラムは①ハイドン「ピアノ三重奏曲第27番ハ長調」、②ブラームス「ピアノ三重奏曲第1番ロ長調作品8」、③シューベルト「ピアノ三重奏曲第2番変ホ長調」で、いずれもミュンヘン国際音楽コンクールの予選およびファイナルで演奏した作品です 

 

     

 

自席はC8列12番、センターブロック右通路側です。会場は9割近く埋まっているでしょうか 私のすぐ前の席には東京クァルテットの往年のヴィオラ奏者・磯村和英氏、通路を挟んで右前にはN響首席客演ヴィオラ奏者・川本嘉子さんの姿が見えました

1曲目はハイドン「ピアノ三重奏曲第27番ハ長調」です この曲はフランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732-1809)が、24年間にわたり務めたエステルハージ家の楽長を辞した1790年の後、1796年頃に作曲したと思われる作品です 第1楽章「アレグロ」、第2楽章「アンダンテ」、第3楽章「フィナーレ:プレスト」の3楽章から成ります

満場の拍手に迎えられて、グリーン系の衣装を身にまとった小川響子さんを先頭に3人が入場し配置に着きます 小川さんの真上には、その昔NHKラジオのアナウンサーが使用していたような大きなマイクが設置されています ワンポイントで録音するのでしょう

3人の演奏は溌剌としていて、ハイドンらしい愉悦感に満ちたものでした

2曲目はブラームス「ピアノ三重奏曲第1番ロ長調作品8」です この曲はヨハネス・ブラームス(1833-1897)が1853~54年に作曲し、その後 89年に改訂を加えて完成させた作品です  1890年1月にブラームスのピアノ、フバイのヴァイオリン、ポッパーのチェロによりブダペストで初演されました   第1楽章「アレグロ・コン・ブリオ」、第2楽章「スケルツォ:アレグロ・モルト」、第3楽章「フィナーレ:アレグロ」の3楽章から成ります

私はブラームスの室内楽ではこの曲が一番好きで、ピリスのピアノ、デュメイのヴァイオリン、ワンのチェロによるCDで楽しんでいます

第1楽章が秋元孝介のピアノで開始されますが、しみじみ良い演奏です   次いで伊東裕のチェロが入ってきますが、これがまた素晴らしい演奏です   そして小川響子のヴァイオリンがトドメを刺します   3つの楽器が共振し見事なアンサンブルを奏でる時、「ああ、ブラームスは良いなぁ」と嘆息します。演奏全体を通して聴いて感じるのは、ブラームスの”内に秘めた情念”です


     

 

プログラム後半はシューベルト「ピアノ三重奏曲第2番変ホ長調D.929」です この曲はフランツ・シューベルト(1797‐1828)が1827年に作曲し、同年12月26日にウィーン楽友協会で初演された作品です。第1楽章「アレグロ」、第2楽章「アンダンテ・コン・モート」、第3楽章「スケルツォ:アレグロ・モデラート」、第4楽章「アレグロ・モデラート」の4楽章から成ります

この曲で一番好きなのは、第2楽章「アンダンテ・コン・モート」です スウェーデン民謡「太陽は沈み」のテーマにより、まずチェロがメランコリックなメロディーを奏で、ピアノがそれを引き継ぎますが、この伊東裕のチェロと秋元孝介のピアノが素晴らしい 次いで小川響子のヴァイオリンが入ってきて見事なアンサンブルを奏でます 第4楽章「アレグロ・モデラート」は、まさに凱旋リサイタルの最後を飾るのに相応しい堂々たる演奏でした

この日のコンサートは、なかなか第1位を出さないことで有名なミュンヘン国際音楽コンクールで優勝したという自信にあふれた堂々たる演奏で、「葵トリオここにあり」と”見得を切った”コンサートだったように思います 日本におけるクァルテットの代表は「クァルテット・エクセルシオ」であるのと同様に、日本におけるピアノ・トリオの代表は「葵トリオ」である、と言われる日が近い将来 到来すると確信せしめるコンサートでした   3人のこれからの活躍が楽しみです

 

     

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フェドセーエフ✕NHK交響楽団でチャイコフスキー:バレエ音楽「くるみ割り人形」全曲を聴く~フェドセーエフが教えてくれたこと:N響11月度B定期演奏会

2018年12月14日 07時26分33秒 | 日記

14日(金)。わが家に来てから今日で1533日目を迎え、米ニューヨークの連邦地方裁判所は12日、トランプ大統領の元顧問弁護士マイケル・コーエン被告に禁固3年の判決を言い渡すとともに、罰金などとして約200万ドル(約2億2000万円)の支払いを命じた というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

      200万ドル入りの金庫を盗んだら間違いなく金庫刑だけど そっちが良かったかな

 

         

 

昨日、夕食に「牛肉とブロッコリのオイスターソース炒め」「インゲンの胡麻和え」「じゃがいもとニンジンの味噌汁」を作りました 「牛肉~」は cookpad のレシピですが、初めてにしては美味しくできました

 

     

 

         

 

昨夕、サントリーホールでN響第1902回定期演奏会を聴きました プログラムはチャイコフスキー:バレエ音楽「くるみ割り人形」作品71 全曲です 合唱はNHK東京児童合唱団、指揮はウラディーミル・フェドセーエフです

この曲は、ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840-1893)が、E.T.Aホフマンの童話「くるみ割り人形と二十日鼠の物語」をA.デュマ(子)がフランス語訳したものを基に、M.プティパが台本を作成した2幕3場からなるバレエ音楽です 1891~92年にかけて作曲され、1892年12月18日にサンクトペテルブルクのマリインスキー劇場で初演されました

ストーリーは次の通りです

【第1幕】ある王国で王子が誕生する。しかし、その場にいた人間がネズミの女王を踏み殺してしまったため王子は呪われ、くるみ割り人形になってしまう

(第1場)クリスマス・イヴの夜、ジルバ―ハウス家の客間ではパーティーが開かれている 少女クララはドロッセルマイヤー叔父さんからくるみ割り人形をプレゼントされる。ところが、弟と取り合いになり、弟のフリッツが壊してしまったのでドロッセルマイヤーが修理する。客も帰り皆が寝静まってから、クララは人形のベッドに寝かせたくるみ割り人形を見に来る。時計の針はちょうど12時を打つ。すると、クララの身体は人形ほどの大きさになる。そこに、二十日鼠の王様が指揮する 二十日鼠の大群が押し寄せる くるみ割り人形の指揮する兵隊人形たちが二十日鼠たちに対峙し、最後はくるみ割り人形と二十日鼠の王様と一騎打ちとなり、くるみ割り人形があわやというところで、クララがスリッパを投げつけ、二十日鼠たちは退散する 倒れたくるみ割り人形が起き上がると、凛々しい王子になっていた。王子はクララをお礼に雪の国とお菓子の国に招待し、2人は旅立つ

(第2場)雪が舞う松林に2人がさしかかる

【第2幕】お菓子の国の魔法の城に到着した王子は女王ドラジェの精(こんぺいとうの精)にクララを紹介する。お菓子の精たちによる歓迎の宴が繰り広げられる。クララはクリスマスツリーの足下で夢から覚めて起きる

以上のストーリーに対し、曲は次のような構成になっています

「序曲」

「第1幕」

(第1場)①情景(クリスマスツリー)、②行進曲、③子どもたちの小ギャロップと新しいお客の登場、④踊りの情景(ドロッセルマイヤーの贈り物)、⑤情景と祖父の踊り、⑥情景(クララとくるみ割り人形)、⑦情景(くるみ割り人形とねずみの王様の戦い)

(第2場)⑧情景(松林で)、⑨雪のワルツ

「第2幕」

⑩情景(砂糖の山の魔法の城で)、⑪情景(クララと王子)、⑫ディヴェスティスマン~チョコレート(スペインの踊り)、コーヒー(アラビアの踊り)、お茶(中国の踊り)、トレパック(ロシアの踊り)、葦笛の踊り、ジゴーニュ小母さんとピエロ、⑬花のワルツ、⑭パ・ド・ドゥ《序奏~ヴァリアシオン(第1)タランテラ~ヴァリアシオン(第2)金平糖の精の踊り~コーダ》、⑮終幕のワルツと大詰め

この日の演奏は、第1幕と第2幕の間に休憩が入ります

NHK東京児童合唱団 約40名がオケの後方にスタンバイします 続いてオケが入場しますが、弦楽器は左から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、その後ろにコントラバスという並びです。コンマスはマロこと篠崎史紀氏。ヴィオラ首席には首席客演の川本嘉子さんがスタンバイしています オケ全体を見渡して、あらためて思うのはǸ響は男のオーケストラだな、ということです 弦楽器を中心に女性奏者が圧倒的に多い全国のオーケストラの中で、日本で一番男性楽員が多いのではないかと思います

1932年レニングラード生まれということは、今年86歳になるフェドセーエフが指揮台に上がり、さっそく「序曲」の演奏に入ります 第1幕を通して聴いた感じでは、全体的にテンポが遅めで、それが大きなスケール感に繋がっています 第1幕は「序曲」と「行進曲」くらいしかポピュラーな音楽がないのですが、強く印象に残るのは最後の「雪のワルツ」における児童合唱でしょう 透明感のある素晴らしい合唱が会場の隅々まで響き渡りました

 

     

 

休憩後は第2幕ですが、チャイコフスキー自身による組曲(作品71a)には第2幕からの音楽が多く取り入れられています その意味では比較的聴き慣れた音楽のオンパレードです

私が聴いていて特に面白いと思ったのは第12曲「ディヴェスティスマン」の一連の音楽です 軽快な「チョコレート(スペインの踊り)」から始まり、「コーヒー(アラビアの踊り)」に移りますが、これほど遅いテンポの演奏は聴いたことがありません アラビアのコーヒーでも、ドリップでゆっくりと落としたコーヒーのようです オーボエ、クラリネット、ファゴット等の味付けでコクが出て、見事なブレンドになっていました そして、ファゴットの出だしが楽しい「お茶(中国の踊り)」に移り、超高速の「トレパック(ロシアの踊り)」で爆発し、2本のフルートによる「葦笛の踊り」で落ち着きを取り戻します

続く「花のワルツ」も超スローテンポで、まるで大輪の花火のようなスケールの大きな演奏でした それは次の「パ・ド・ドゥ」の「序奏」に受け継がれます

フェドセーエフはタクトを使用せず、両手で音楽を紡ぎ出すように指揮をしていました ゆったりとしたテンポによる音楽運びは堂々たるスケール感を生み、「くるみ割り人形」は決してお子様向けのバレエ音楽ではなく、メロディーメーカー、チャイコフスキーが精魂込めて作曲した 歴史の評価に耐え得る傑作であることを、フェドセーエフは教えてくれました

繰り返されるカーテンコールの後、N響最年少の第1ヴァイオリン奏者、宮川奈々さんから花束を受け取ったフェドセーエフの笑顔が印象的でした

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「フェリーニのアマルコルド」「フェリーニのカサノバ」を観る ~ 絢爛豪華なセットが目を引く:早稲田松竹

2018年12月13日 07時16分23秒 | 日記

13日(木)。わが家に来てから今日で1532日目を迎え、住宅メーカーのアキュラホームとザ・キャピトルホテル東急は11日、間伐材など国産材を使った木のストローを開発し、同ホテルで来年1月から試験導入すると発表した というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

      ストローの材料に木を使うとは木が付きませんでした  木目の細かい配慮ですね

 

         

 

昨日は、夕食に「鶏モモのソテー」と「トマトとキャベツとウィンナのスープ」を作りました。「鶏モモ~」は平野由希子先生のレシピですが、塩とコショウしか使わない簡単料理です

 

     

 

         

 

昨日、早稲田松竹で「フェリーニのアマルコルド」と「フェリーニのカサノバ」の2本立てを観ました

フェリーニのアマルコルド」はフェデリコ・フェリーニ監督による1973年イタリア・フランス合作映画(124分)です

舞台は1930年代の北イタリアの小さな港町リミニ。15歳を迎えようとするチッタは、30歳を越えた町一番の美女グラディスカに憧れ 追いかけ回すが、坊や扱いされるだけ イタリア全土にムッソリーニのファシズム旋風が吹き荒れる中、チッタの父親は反ファシズムを唱え拷問を受けるが屈しない 色情狂の伯父は精神病院から抜け出して大木のてっぺんに登り「女が欲しい」と叫び病院に送り返される チッタは映画館で思い切ってグラディスカにアプローチするが相手にされない それどころかタバコ屋の巨体オバサンに性の手ほどきを受けるはめに 冬が来てチッタの母親は病気をこじらせて死んでしまう そしてチッタの憧れの年上女グラディスカは町一番の美男子と結婚して去ってしまう。チッタにとって忘れられない1年が終わった


     


この映画は、フェリーニの生涯忘れられない少年時代の1年間の回想録です 「アマルコルド」とはフェリーニの故郷である北部イタリアのリミニ地方の今では死語になっている言葉で「エム・エルコルド」(私は覚えている)の言葉がなまったものです

フェリーニと言うと、私としては1954年の名作「道」のイメージが強すぎて 他の作品を避ける傾向にあったのですが、「アマルコルド」を観て、こんなに楽しい映画を撮っていたのか と驚いたくらいです。出演者はイタリア中から集めた素人俳優たちだと言いますが、プロの俳優にないいい味を出しています


         

「フェリーニのカサノバ」はフェデリコ・フェリーニ監督による1976年イタリア・アメリカ合作映画(148分)です

この映画は晩年に自伝「我が生涯の物語」を残し、性豪として名をはせたジャコモ・カサノヴァの波乱に満ちた人生を、女性遍歴を中心に映画化したもので、彼の生きた18世紀のヨーロッパ各国の宮廷や貴族社会を絢爛豪華なセットや衣装で描いています


     


冒頭は18世紀中盤のヴェネツィアのカーニバルの喧噪が映し出されますが、コンピューター・グラフィックスがない時代に、よくぞここまでと言いたくなるほど、絢爛豪華な屋外セットが目を引きます このシーンに限らず、この映画では舞台セットから人々の衣装まで贅を尽くして作り込まれています

フェリーニは色事師・性豪と知られたカサノヴァのことをあまり好きではなかったようで、どちらかと言うと滑稽な存在に描いています カサノヴァの「我が生涯の物語」をそのまま映画化しないところがフェリーニらしいと言えば言えるのかも知れません

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METライブビューイングでプッチーニ「西部の娘」を観る ~ ミニー役のヴエストブルック、ジョンソン役のカウフマン、ランス役のルチッチにブラボーの嵐

2018年12月12日 07時24分32秒 | 日記

12日(水)。わが家に来てから今日で1531日目を迎え、フランス全土で続く反政権デモを受け、マクロン大統領は10日、2019年1月から最低賃金を約8%引き上げるなどの措置を発表した というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     痛みを伴う改革を遂行するのは並大抵ではないようだ  日本は他山の石にすべきか

 

         

 

昨日、夕食に「豚バラ大根」と「シメジと白菜のプチ鍋」を作りました 「豚バラ~」の大根はピーラーで剥いたので味が良く浸み込んでいます プチ鍋にはおでんの具をぶち込みましたが、何か?

 

     

 

         

 

昨日、新宿ピカデリーでMETライブビューイング、プッチーニ「西部の娘」を観ました これは今年10月27日に米ニューヨークのメトロポリタン歌劇場で上演されたオペラのライブ録画映像です 出演は、ミニ―=エヴァ=マリア・ヴェストブルック、ディック・ジョンソン=ヨナス・カウフマン、ジャック・ランス=ジェリコ・ルチッチ、ニック=カルロ・ボージ、アシュビー=マシュー・ローズ。管弦楽・合唱=メトロポリタン歌劇場管弦楽団・同合唱団、指揮=マルコ・アルミリアート、演出=ジャンカルロ・デル・モナコです

 

     

 

西部の金鉱で働く労働者たちが集まる酒場ポルカの女主人ミニーは、男たちの人気者 盗賊を追っている保安官ランスも熱を上げているが、ミニーにはその気はない ミニーはディック・ジョンソンと名乗る新しい客に好意を持つが、彼が強盗団の首領とは気が付かない ランスも気づかないまま、捕らえられた盗賊のひとりに案内させ、首領を捕らえようと出ていく。ミニーはジョンソンに今夜 自分の山小屋で待っていると伝える(以上第1幕)。

着飾って待つミニーのもとにジョンソンがやってきて、二人は恋に落ちる そこに保安官ランスが訪ねてきたのでミニーはジョンソンを隠す ランスはジョンソンこそ盗賊団の首領だから気を付けろと言って出ていく。ミニーはジョンソンに自分を騙していたのかと怒って追い出す しかし、外に出て銃で撃たれ傷を負ったジョンソンをミニーは家に入れて匿う。追ってきたランスに彼の存在を気づかれるが、ミニーはランスにポーカーを挑み、勝って愛するジョンソンを守る(以上第2幕)。

数日後、ランスたちのところへ、捕らえられたジョンソンが連れられてくる。皆は盗賊の首領ジョンソンを縛り首にすることを決める 死を覚悟したジョンソンは一同に、自分は遠くに旅立ったとミニーに伝えてくれと頼む しかし、首に縄がかけられたとき、ミニーが現われる これまでの親切が忘れられない男たちは、愛する男を助けてほしいと訴えるミニーを拒めない ミニーと自由になったジョンソンは旅立っていく(以上第3幕)。

 

     

 

このオペラは1910年12月10日にニューヨーク、メトロポリタン歌劇場でトスカニーニの指揮で世界初演されました その時、ジョンソンを歌ったのは伝説のテノール歌手カルーソー、ミニーは人気絶頂のデスティンでしたが、何とカーテンコールが55回も繰り返されたといいます

それから108年後のMETの舞台で主役を務めるのは世界のオペラ界で人気絶頂のヨナス・カウフマンエヴァ=マリア・ヴェストブルックです

盗賊の首領ディック・ジョンソンを歌ったヨナス・カウフマンはドイツ出身のテノールですが、歌が抜群に上手いのに加え イケメンなので特に女性に人気があります 第3幕で「自分は遠くへ旅立ったとミニーに伝えてくれ」と切々と歌うアリアは胸に迫るものがありました 幕間のインタビューでカウフマンが語ったところによると、このアリアはカルーソーが、このオペラにはアリアらしいアリアがないので、プッチーニに書いてくれるよう頼んで追加されたそうです 確かに、このアリアがないと気の抜けたビールのような感じがしないでもありません

ヒロインのミニーを歌ったエヴァ=マリア・ヴェストブルックは1970年 オランダ生まれのソプラノですが、同じソプラノでも強靭なドラマティック・ソプラノで、その劇的な歌唱力には胸を打つものがあります METには2011年のワーグナー「ワルキューレ」のジークリンデでデビューしています 演技力も素晴らしく、第2幕でジョンソンをランスに渡さないために挑むポーカー・ゲームは迫真の演技でした

保安官のジャック・ランスを歌ったジェリコ・ルチッチは1968年セルビア生まれのバリトンですが、街を仕切る保安官ランスにピッタリの風貌と演技力で、歌にも説得力がありました

指揮者マルコ・アルミリアートは今やMETの看板指揮者と言っても良いのではないかと思うほど、多くのオペラの指揮に当たっています METでは6日間で6公演を振るという新記録を成し遂げたそうです 幕間のインタビューでスザンナ・フィルップスから「あなたはオペラでも暗譜で指揮をするそうですが、あまりポピュラーとは言えない『西部の娘』などは暗譜が難しいのではないでしょうか?なぜ暗譜で指揮をするのですか?」と問われ、「歌手やオケのメンバーの顔の表情を見ながら指揮をするので、譜面を見ている間がないのです 幸い良い記憶力に恵まれているのだと思います」と答えていました。これは驚くべきことです 正味3時間かかるオペラを、しかもあまり上演されないオペラをすべて暗譜で指揮するなど、とても普通の指揮者では出来ません

ところで、「西部の娘」は、プッチーニのそれまでの名作オペラ=「マノン・レスコー」「ラ・ボエーム」「トスカ」「蝶々夫人」「トゥーランドット」とは決定的に違う点が2つあります 一つは、過去の5作品では人が死にますが、「西部の娘」は一人も死なないということです その意味では、プッチーニには珍しいハッピーエンド・オペラと言えるかも知れません もう一つは、過去の5作品と違い「西部の娘」では女性が2人(ミニーと、彼女の家の家政婦)しか登場しないということです しかも、家政婦役はほとんど歌う機会がないので、実質的には女性歌手はヴェストブルックだけと言っても過言ではないでしょう

なお、演出のジャンカルロ・デル・モナコは、往年の名テノール、マリオ・デル・モナコの子息とのことですが、極めてオーソドックスな演出・舞台作りで好感が持てました

METライブビューイング2018-19も今年はこれで終わりです 次回は来年1月上映の二コ・ミューリーの歌劇「マーニー」(2017年作曲)のMET初演です 現代オペラなので観に行くかどうか未定ですが、ヒロインをイザベル・レナードが歌うので観に行くかも知れません いずれにしても、ムビチケ3枚セットを使い切ったので、新しく購入しなければなりません

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誉田哲也著「ルージュ 硝子の太陽」を読む ~ 容疑者の頭の中で鳴り響くワーグナー「ワルキューレの騎行」:姫川玲子シリーズ第8作

2018年12月11日 07時27分00秒 | 日記

11日(火)。昨日は、あまりの寒さに この冬初めてコートを着て外出しました   でも、12月中旬ということを考えれば、この寒さは今の時期 当たり前の気候だということに気が付きます

ということで、わが家に来てから今日で1530日目を迎え、トランプ米大統領は8日、ケリー大統領首席補佐官が年末までに退任すると発表したが、トランプ氏に苦言を呈す「お目付け役」の退任で、政権運営の混乱に拍車がかかる可能性がある というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     政権に強い規律を導入したケリー氏を排除して ケリをつけるつもりなりケリか?

 

         

 

昨日は、夕食に勝浦氏在住のS君が送ってくれたサンマを塩焼きに、イカを丸焼きにして、別に買ってきた真鯛の刺身と一緒にいただきました サンマもイカも新鮮で美味しかったです

 

     

 

         

 

誉田哲也著「ルージュ  硝子の太陽」(光文社文庫)を読み終わりました 誉田哲也は1969年、東京都生まれ。学習院大学卒。2002年に「妖(あやかし)の華」で第2回ムー伝奇ノベル大賞優秀賞を受賞し、03年には「アクセス」で第4回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞しています 当ブログでは彼の作品が文庫化されるたびにご紹介してきました

 

     

 

この作品は「姫川玲子シリーズ」文庫最新版です。ヒロインの姫川玲子は十代の頃 ある犯罪の被害に遭い、女性警官との交わりから立ち直るキッカケをつかんだという過去を持つ女性刑事です  警視庁入庁後は20代の若さで警視庁捜査一課に配属され、姫川をリーダーとする姫川班が発足します 第1作「ストロベリーナイト」はこの当時の物語です。今回の「ルージュ  硝子の太陽」は同シリーズ第8作に当たります

世田谷区祖師谷で母子3人惨殺事件が起きる 被害者の一人が地下アイドルだったこともあり、世間の大きな注目を集めていた 特捜本部に招集された姫川玲子だったが、遺体を徹底的に損壊した残虐な犯行を前に、捜査は暗礁に乗り上げる やがて、共通する手口から28年前に昭島市で起きた未解決の一家4人殺人事件が浮かび上がり、そこに米軍関係者の影がチラつく 果たして犯人は28年前と同一犯なのか? 姫川班の追求が続けられる

物語はベトナム戦争にも赴いたことのある男の独白から始まりますが、彼が語っているのが過去なのか現在なのか、夢なのか現実なのか、極めて曖昧に描かれています そして、物語の中盤で再び男の独白が始まります。「またもや悪夢は繰り返された。私はその入口に立っており、血に塗れた闇が、さらにその奥深くへと私をいざなった。頭の中では『ワルキューレの騎行』が鳴り響いていた 殺戮のファンファーレだ・・・」

ここで触れられている「ワルキューレの騎行」は、ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」の第1夜「ワルキューレ」の第3幕の前奏曲です 「ワルキューレ」とは戦場で死を定めて勝敗を決め、戦死した勇士をヴァルハラ城に運ぶ役割を持つ女性的な存在のことです ここで筆者がこの音楽を登場させたのは、明らかにフランシス・コッポラ監督による映画「地獄の黙示録」を意識しています コッポラ監督は、米軍兵士がヘリコプターからベトナムの領土にナパーム弾を落としたり、ベトナム兵に向けて機銃掃射する時に、この音楽のテープをかけ、兵士を鼓舞する手段として利用していたからです。それと同じように、本作の犯人らしき男の頭の中では「ワルキューレの騎行」が鳴り響いていて、それは「殺戮のファンファーレ」なので、「あの時と同じように、やっちまえ」という興奮状態にあったことを表しているのです

てっきりベトナム帰還兵の再犯か、と思いきや、あっと驚くどんでん返しが待っています 読み終わって思ったのは「血は争えない」ということでした

【追伸】昨日のブログの最後に登録読者数に関する「追記」を書きました。ご覧いだだければ幸いです

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ジョナサン・ノット ✕ 東京交響楽団 ✕ リディア・トイシャー ✕ ミア・パーション ✕ マルクス・ウェルバ ✕ アシュリー・リッチズ他 でモーツアルト「フィガロの結婚」を聴く ~ 端役がいない公演

2018年12月10日 07時25分37秒 | 日記

10日(月)。千葉県勝浦市在住の大学時代の友人S君から新鮮な魚の詰め合わせが送られてきました アジ、サンマ、ヒラメ、サバ、イカのセットです 娘の好みでどうしても肉中心になりがちな食生活を送るわが家にとっては有難い食材です S君ありがとう。持つべきものは友だちです

 

     

 

ということで、わが家に来てから今日で1529日目を迎え、世界で初めて月の裏側への着陸をめざす中国の無人月探査機「嫦娥(じょうが)」が8日未明、四川省の西昌衛星発射センターから打ち上げられ、予定の軌道に入った というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

      中国もトランプ相手じゃ埒が明かないと思って 米国を諦めて月に目を向けたか?

 

         

 

昨日、サントリーホールでモーツアルトのオペラ「フィガロの結婚」(演奏会形式)を聴きました これはジョナサン・ノット✕東京交響楽団によるモーツアルトの「ダ・ポンテ三部作」の最後のプログラムです 2016年の「コジ・ファン・トゥッテ」、2017年の「ドン・ジョバンニ」に次ぐ公演です

キャストは、フィガロ=マルクス・ウェルバ、スザンヌ=リディア・トイシャー、アルマヴィーヴァ伯爵=アシュリー・リッチズ、アルマヴィーヴァ伯爵夫人=ミア・パーション、ケルビーノ=ジュルジータ・アダモナイト、マルチェリーナ=ジェニファー・ラーモア、バリバリ―ナ=ローラ・インコ、バジリオ&ドン・クルツィオ=アンジェロ・ポラック、バルトロ&アントニオ&演出監修=アラステア・ミルズ、管弦楽=東京交響楽団、合唱=新国立劇場合唱団、指揮&ハンマーフリューゲル=ジョナサン・ノットです

 

     

 

自席は1階11列3番、左ブロック右通路側です。会場は8割以上は埋まっている感じです 自席でプログラムに目を通していると、場内アナウンスが「アルマヴィーヴァ伯爵を歌う予定でしたアシュリー・リッチズは・・・」と始まったので、まさか直前に代演か!?と構えたら「体調不良ですが、本人の強い希望により予定通り歌うことになりました」と結ばれたので、一安心しました 経験から言うと、こういうアナウンスが入る時は大抵 本人は大丈夫なものです

オケが配置に着きますが、モーツアルトのオペラで、しかも演奏会形式なので、いつもの半分の30数名の小規模編成です 弦楽器の並びはヴァイオリン・セクションが左右に分かれる対向配置をとります。オケの中央にはハンマーフリューゲルが置かれ、弾き振りをするノットを待ちます。コンマスは水谷晃です 歌手陣はオケの手前(客席側)と後ろ側のスペースを使って演技をしながら歌います P席は通常通り客席として使用されています

東響音楽監督ジョナサン・ノットが登場し、軽快な「序曲」の演奏に入ります この序曲を聴くと、いよいよ「ラ・フォル・ジュルネ=熱狂の一日」が始まるんだな、とワクワクします

結論から先に書くと、端役が一人もいない素晴らしい公演でした 登場人物のすべてが歌唱力・演技力を備えた主役級の歌手陣で、モーツアルトのオペラの楽しさを十二分に伝えてくれました

 

     

 

フィガロを歌ったマルクス・ウェルバはオーストリア出身のバリトンですが、2016年の当シリーズ「コジ・ファン・トゥッテ」でグリエルモを歌い、2017年のMETライブビューイング、モーツアルト「魔笛」ではパパゲーノを歌って話題をさらいました 今回の公演では、第1幕の「伯爵様、踊りをなさりたければ」、「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」、第4幕の「すっかり用意ができた~目を見開いて」をはじめとして、抜群の歌唱力とユーモアあふれる演技で聴衆を魅了しました

スザンヌを歌ったリディア・トイシャーはドイツ・フライブルク出身のソプラノですが、第3幕で伯爵夫人とデュオで歌う「その風に寄せる」、第4幕の「早くおいで、美しい喜びよ」をはじめとして、機転のきくスザンナにピッタリの歌唱力と演技力を披露してくれました

スザンナといえば、「フィガロの結婚」というよりも「スザンナの結婚」とした方が良いのではないか、と思うくらい出番が一番多いにもかかわらず、レチタティーボが多く、ソロのアリアは第4幕の「早くおいで、美しい喜びよ」くらいで、あとは伯爵夫人やケルビーノやフィガロとの二重唱がある程度です なぜモーツアルトはスザンナにそのような役割を与えたのかを考えると、彼はスザンナに各登場人物の媒介役としての役割(ハブのような役割)を期待したのではないか、と思います

ルマヴィーヴァ伯爵を歌ったアシュリー・リッチズはイギリス生まれのバリトンですが、予想通り 歌に事前アナウンスのような不安はなく、初夜権復活を目論む狡猾な伯爵を見事に歌い演じていました

アルマヴィーヴァ伯爵夫人を歌ったミア・パーションはスウェーデン生まれのソプラノですが、2013年の新国立オペラ「コジ・ファン・トゥッテ」でフィオルディリージを歌っています また、2016年の当シリーズ「コジ・ファン・トゥッテ」で当初フィオルディリージを歌う予定だったのが急きょキャンセルになったので、今回が待望の出演でした 第2幕冒頭の「愛の神様」、第3幕の「甘く喜びの美しい時は」をはじめ、ビロードのような美しい声でアリアを歌い上げましたが、容姿端麗の彼女は舞台映えし美しい伯爵夫人にピッタリでした

ケルビーノを歌ったジュルジータ・アダモナイトはリトニア出身のソプラノですが、第1幕の「自分で自分がわからない」、第2幕の「恋とはどんなものかしら」をはじめ、”恋に恋する”10代の少年の揺れ動く心を情熱的に歌い上げました

マルチェリーナを歌ったジェニファー・ラーモアはアメリカ・アトランタ生まれのメゾ・ソプラノですが、第4幕の「牡山羊と牝山羊は」ではメリハリのある歌を聴かせてくれました また、第1幕でスザンナとお互いに「お先にどうぞ」と譲り合う二重唱は思わず笑ってしまいました 私はこのデュオが大好きです

バリバリ―ナを歌ったローラ・インコはドイツ・ミュンヘン生まれのソプラノですが、第4場冒頭の「失くしてしまった」を感情豊かに歌い上げました

バジリオとドン・クルツィオの二役を歌ったアンジェロ・ポラックはウィーン生まれのテノールですが、よく通る声で存在感を示していました

バルトロとアントニオを歌い、演出の監修も行ったアラステア・ミルズはイギリス生まれのバスですが、背丈があるだけに存在感抜群で、低音の魅力を発揮していました

また、新国立劇場合唱団のコーラス陣は期待通りの素晴らしいパフォーマンスを見せてくれました

さて、今回 最もこの公演を楽しんでいたのはハンマーフリューゲルを弾きながら指揮をしたジョナサン・ノットでしょう 歌手陣は自分の背中の方で歌うので、前を向いてハンマーフリューゲルを弾いていたかと思うと、その直後には後ろを振り返りながら歌手に目を向けて指揮をしていました 忙しいこと限りないノットですが、実に楽しそうに取り組んでいる様子が見て取れました 東京交響楽団の面々はノットの意図をくみ取り、歌手に寄り添って軽快な演奏を展開していました

それにつけても、モーツアルトの「フィガロの結婚」ほど楽しいオペラはありません 第2幕フィナーレの重唱に次ぐ重唱、最後は六重唱まで広がるアンサンブルはモーツアルトの真骨頂で、「ノンストップ・モーツアルトここに極まれり」といった感じです また、第4幕のフィナーレで、伯爵が夫人の赦しを得た後で歌われる九重唱「苦しみと気まぐれと狂気のこの日を、ただ愛だけが、満足と陽気さで終わらせることができるのだ。花嫁花婿よ、友人たちよ、さあ踊りに行こう、楽しく過ごそう 爆竹に火を付けよう。楽しい行進曲に合わせて、みんなでお祝いに行こう」こそ、自由を求めるモーツアルトの人間賛歌です

会場割れんばかりの拍手とブラボーが飛び交う中、カーテンコールが繰り返されました 会場のそこかしこでスタンディングオベーションも見られました 最初にも書いた通り、今回の公演は端役が一人もいない素晴らしい公演でした 12月末には「今年のマイ・ベスト10」を発表しますが、現時点でベスト3に入る公演と言っても良いでしょう

 

本日 toraブログの登録読者数が当面の目標だった2000人を一気に突破し、2026人に到達しました。これもひとえに読者の皆さまのお陰と感謝申し上げます これからも、1日も休むことなく毎日書き続けて参りますので、モコタロともどもよろしくお願いいたします

【追記】

10日朝7時過ぎの段階で、上記のように登録読者数が2026人に到達したと書きましたが、同日午後4時には1972人に減っていました gooブログは、これまでも 読者が増えたと思ったら翌日減っていた ということがありましたが、今回のように1日のうちに54人も増減するのは初めてのことです。システム上欠陥があるとしか考えられません 今後は慎重に対応したいと思いますので、これからもご愛読よろしくお願いいたします

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飯森範親 ✕ 東京フィル ✕ 北区第九合唱団 ✕ 加来徹 ✕ 与儀巧 ✕ 盛田麻央 ✕ 相田麻純でベートーヴェン「交響曲第9番」、モーツアルト「交響曲第9番」を聴く / クラシック本の書評欄を読んで

2018年12月09日 07時30分27秒 | 日記

9日(日)。私は30年以上 朝日、日経を定期購読していますが、毎週土曜朝刊に掲載される読書欄を楽しみにしています 昨日の朝日には①ライアンダ・リン・ハウプト著「モーツアルトのムクドリ 天才を支えたさえずり」(青土社  2160円)と②片山杜秀著「ベートーヴェンを聴けば世界史がわかる」(文春新書  864円)が取り上げられていました

「モーツアルトのムクドリ 天才を支えたさえずり」は音楽家・エッセイスト寺尾紗穂さんが評を書いています 著者ライアンダ・リン・ハウプトは米国在住のネイチャーライターで、都市部の鳥をテーマに複数の著作があるとのことです 評によると「ピアノ協奏曲第17番ト長調はペットのムクドリの歌を聞いてモーツアルトが作り上げた、という俗説がある。彼はこの鳥の死に際して丁重に埋葬し、追悼文を残している しかし、実は曲の完成後にムクドリが購入されているというのが事実で、そのことを経由して著者の推理は進む」と書かれています 面白そうで興味がありますが、基本的に私は文庫・新書派なので、置き場所に困る単行本で値の張る本(2160円)には躊躇を覚えます ブックオフで探すことになりそうです

片山杜秀著「ベートーヴェンを聴けば世界史がわかる」は、「『神の秩序』を表すグレゴリオ聖歌から、市民層が台頭する時代に新たな音楽を生み出したベートーヴェン、大都市の文化を『根無し草』と批判し『民族』を見い出した”グローバリズム批判の元祖”ワーグナー、そして20世紀音楽まで、クラシックの歴史をひもとく」と紹介されています。この本は購入すると思います

日経では、かげはら史帆著「ベートーヴェン捏造」(柏書房  1700円)が紹介されています それによると、「聴覚を失ったベートーヴェンが筆談に使った『会話帳』と称されるノートが138冊残されている。それについて、1977年の学会で、『ベートーヴェンの死後、故意に言葉が書き足されている形跡を発見した』と発表された 捏造したのはアントン・シンドラーという男だった。晩年、秘書として仕え、大部の伝記の著者としても知られる。本書は彼の視点を借りて、このような行為に手を染めた理由を探るノンフィクションである」と紹介されています 面白そうで興味がありますが、基本的に私は・・・以下同文

ということで、わが家に来てから今日で1528日目を迎え、トランプ米大統領が7日、ティラーソン前国務長官を「必要とされる知能を持っていなかった。とてつもないバカだったが、すぐに(政権から)追い出すことが出来なかった」と侮辱するツイートをした というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

       そもそも誰が任命したのか? 現政権の閣僚も辞めたらこうして罵倒されるんだろ

 

         

 

昨日、王子駅前の北とぴあ  さくらホールで「北区第九演奏会」を聴きました プログラムは①モーツアルト「交響曲第9番ハ長調K.73」、②ベートーヴェン「交響曲第9番ニ短調”合唱付き”」です 演奏は管弦楽=東京フィルハーモニー交響楽団、指揮=飯森範親、②のソプラノ独唱=盛田麻央 、メゾソプラノ=相田麻純、テノール=与儀巧、バリトン=加来徹、合唱=北区第九合唱団です 

この公演は毎年開催されているようで、恒例になっているせいか、4ページのプログラムは出演者のプロフィールと合唱団員全員の名前で埋め尽くされ、曲目解説が一切ありません 多くの人が知っている「第九」は良いとしても、モーツアルトの「第9番」はどれだけの人が知っている、あるいは聴いたことがあるでしょうか 相当のモーツアルティアン以外は、ライブ・CDを問わず一度も聴いたことのない人がほとんどではないかと想像します せめて楽章構成くらいは載せておいた方が親切だと思います

 

     

 

自席は2階B列30番、B列と言っても最前列で、右ブロック左通路側です 1階席はかなり埋っているようですが、2階席は半分くらい空きがあります

オケは左から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、その後ろにコントラバスという いつもの東フィルの編成です   コンマスをはじめ、見たことのない奏者が多いので、新国立オペラ「ファルスタッフ」とは別動隊だろうか、と思ったりしました なにしろ、東京フィルは2つのオケが合併して出来た日本一の楽員数(132名)を誇るオーケストラですから、同じ時間帯に別の会場でコンサートを開くことさえ可能です

1曲目はモーツアルト「交響曲第9番ハ長調K.73」です この曲はウォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)が1769年頃、つまり彼が13歳の頃にザルツブルクで作曲したと看做されています 自筆譜の表紙に「1769年」と父レオポルドの筆跡と思われる数字が書き込まれているのがその根拠になっています   第1楽章「アレグロ」、第2楽章「アンダンテ」、第3楽章「メヌエット」、第4楽章「ロンド:アレグロ・モルト」の4楽章から成ります

演奏を聴く限り、全体的にモーツアルトらしい明るく軽快な曲想です   飯森✕東フィルはメリハリを効かせて溌剌と演奏しました   飯森氏は昨年、音楽監督を務める山形交響楽団と「モーツアルト交響曲全集」のCDを出していることもあり、今回のプログラムにベートーヴェンの「第九」に合わせてモーツアルトの「第9番」を加えたのではないかと想像します

 

     


プログラム後半は、ベートーヴェン「交響曲第9番ニ短調”合唱付き”作品125」です この曲はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)が1822年から24年にかけて作曲し、1824年にウィーンのケルントナートーア劇場で初演された最後の交響曲です 第4楽章に声楽を加えたため「合唱付き交響曲」と呼ばれていますが、全人類の理想をうたった歌詞とともに、ベートーヴェンの芸術作品の到達点とも言うべき作品です プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム3世に献呈されています

第1楽章「アレグロ・マ・ノン・トロッポ・ウン・ポコ・マエストーソ」、第2楽章「モルト・ヴィヴァ―チェ」、第3楽章「アダージョ・モルト・エ・カンタービレ~アンダンテ・マエストーソ」、第4楽章「プレスト~アレグロ・アッサイ」の4楽章から成ります

第1楽章から第3楽章まではオケだけがステージに上がり演奏します。ここまで聴いた範囲では、第3楽章が一番印象に残りました とくにホルンが素晴らしい演奏を展開し、第4楽章の「歓喜の嵐」の前の穏やかな世界をリードしていました

この第3楽章を良い気持ちで聴きながら昔 観た映画を思い出していました   ファスビンダ―監督、ハンナ・シグラ主演によって1979年に公開された西ドイツ映画「マリア・ブラウンの結婚」です 映画のストーリーは「第二次世界大戦後期、混乱するベルリンでマリアとヘルマンは略式の結婚式を挙げる。しかし、半日と一夜を共に過ごした後、ヘルマンは戦場に向かってしまう。戦争が終わり、マリアは友人のベティと共にそれぞれの夫を探しに行く。ベティの夫ウィリーは無事に戻るが、ヘルマンは戦死したと告げられる」というものです。この映画の中に、マリアが夫の名前を書いたカードを掲げながら駅のホームで帰還兵士を乗せた列車を待ち続けるシーンがあります。この時バックに流れていたのが第九の第3楽章「アダージョ~」でした 第3楽章が終われば、待望の第4楽章の「歓喜の歌」つまり「ヘルマンの帰還」が待っている そうした期待に満ちた穏やかな音楽として第3楽章を選んだのだと思います あの頃から、映画と音楽の関係に興味を抱くようになったように思います

コンサートに戻ります 第3楽章が終了後、まず男女混声「北区第九合唱団」の面々がオケの後方に並びます。全体で200人規模ですが、そのうち男声が40人で残りが女声です この男女の割合は どこのアマチュア合唱団でも同じような傾向にあります

飯森氏は第4楽章の中盤で ソリスト4人をオケのセンター後方に招き入れました 有名な「晴れたる青空~」のメロディーがチェロとコントラバスで奏でられる一番良いところで、2階右後方から「ピロ~ン」という軽薄な音が聴こえました。ケータイの着信音です ワン・フレーズで音が止んだのでまだ良かったのですが、本当に頭にきます こういうやつは、よりによって最悪のタイミングで鳴らしますよね。二度と来るなと言っておきます

バッハ・コレギウム・ジャパンの合唱メンバーとしても名の知れた加来徹のバリトン独唱が会場に響き渡ります 彼を含めて4人のソリストは好調でした

合唱の途中で、合唱団の真ん中あたりで歌っていた男性の一人が気分が悪くなったのか、床にへたり込んでしまったようです 女性コーラスの一人が舞台を降りて係員を呼びに行き、係員2人を連れて戻り、係の男性が目立たないようにその男性のところまで行き、様子を見て しばらくはそのままで大丈夫と判断したのか、また舞台袖に戻りました この間 演奏は続いていましたが、このアクシデントが演奏に支障をきたすことはありませんでした 自席が2階席の最前列だったので、ある程度の状況が把握できましたが、1階席だったら何が起こっているのか ほとんど分からなかったと思います   演奏中にも関わらず係員を呼びに行った女性コーラス員に拍手を送ります こういう仲間と一緒にコーラスが出来る北区第九合唱団の皆さんは幸せです

今回のように、生のコンサートでは何が起こるか予想が出来ません それだけに、何かアクシデントが起こった時の主催者や会場スタッフの対応が常に問われることになります その点、今回の関係者の迅速な対応は適切だったと思います

 

     

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「RAILWAYS 49歳で電車の運転手になった男の物語」、「RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ」を観る~新文芸坐

2018年12月08日 00時35分35秒 | 日記

8日(土)。昨夕は内幸町のNPCビル地下の焼き鳥Oで開かれたW調剤薬局主催のクリスマス会に声を掛けていただいたので、参加しました 現役時代から参加していますが、この会の特徴は、会の中盤でプレゼント交換会があることです 参加者は各自1200円前後のプレゼントを用意し それぞれに番号が振られ、クジで引いた番号のプレゼントがもらえるというものです 私が用意したのは、「フェルメールの日めくりカレンダー」と「音楽大学オーケストラのコンサートのチケット(チケット・ホルダー付き)」をセットにしたものです くじ引きの結果、私の景品はW薬局のW社長に当たり、焼き鳥0の若旦那の景品が私の手許にきました。ハンドソープとオーガニックコットンのフェイスタオルのセットでした 会では、OBのS氏、現役社員のK君、S建設のF氏、W薬局のW夫人、同薬局中堅女子職員と飲んで語らいました。楽しかったです 皆さまお疲れさまでした。また来年お会いしましょう

 

     

 

ということで、わが家に来てから今日で1527日目を迎え、吠えまくるモコタロです

 

     

 

大変失礼しました 契約通信社の配信ミスで近所に住む”二代目さくら”の写真を載せてしまいました ちなみに「さくら」の呼び方は春に咲く「桜」ではなく、映画「男はつらいよ」で、フーテンの寅さんが帰りの電車賃がなくなって、妹のさくらに「さくら、済まねえが500円貸してくんねえか」と頼むときの「さくら」の呼び方です 今後、二度とこのようなミスがないように注意いたしますので、今後ともご愛読のほどよろしくお願いいたします

ということで、わが家に来てから今日で1527日目を迎え、大相撲の冬巡業先の福岡県内で4日夜に 付け人の弟弟子に暴力を振るった平幕貴ノ岩(モンゴル出身)が責任を取り、引退する意向を固めたことが7日分かった というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

      日馬富士に殴られた被害者が 今度は弟弟子を殴る加害者か 常に弱い者が犠牲だ

 

         

 

昨夜は私が外食だったので、娘のために「味噌味 麻婆茄子」と「ウインナとキャベツとトマトのスープ」を作りました 味噌味の麻婆茄子は初めて作りましたが、味見した感じでは結構美味しいです

 

     

 

         

 

昨日、池袋の新文芸坐で「RAILWAYS 49歳で電車の運転手になった男の物語」と「RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ」の2本立てを観ました

「RAILWAYS 49歳で電車の運転手になった男の物語」は錦織良成監督による2010年松竹映画です

一流企業に勤める49歳の筒井肇(中井貴一)は、ろくに家庭を顧みず、忙しく仕事に追われる日々を送っていた そんなある日、故郷の島根で一人暮らしをしている母・絹代(奈良岡朋子)が倒れたという知らせを受け、また、同じ年齢の同期の同僚が事故死する それらをきっかけに仕事一筋の人生に疑問を抱き始めた肇は、子どもの頃に憧れていた一畑電車、通称”バタデン”の運転士になることを決意する 49歳にして採用試験に合格し、バタデンの運転手になった肇は乗客第一の姿勢で仕事に取り組み、妻・由紀子(高島礼子)や娘・倖(本仮屋ユイカ)とも和解していく


     


この映画は、49歳を目前に控えた一人の男が、身近な人物の入院や事故死をきっかけに、子どもの頃からの夢だった生まれ故郷の電車の運転手になるという「第二の人生出発物語」とでも言える作品です

実際問題として、一流企業で要職にある前途有望な男が、高い地位と名誉と給料を捨てて、給料が安い地方の鉄道会社の運転手になるというのは、余程のことがない限りあり得ないことだと思います しかし、一昔前ならともかく、「人生100年時代」が言われる今日においては、49歳は”人生の定年”の折り返し地点に過ぎません 本当にやりたいことがあるのであれば、体力的な問題はあるにしても、夢に再チャレンジすることも一つの選択肢としてあるのではないか そんなことを考えさせられる映画です


         


RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ」は蔵方政俊監督による2011年松竹映画です

運転士として42年勤めた富山地方鉄道を1カ月後に定年退職することになっている滝島徹(三浦友和)は、ガン患者の在宅ケア業務に就きたいと話す妻・佐和子(余貴美子)ともめる 佐和子は徹と距離を置くため家を出てしまう 実は、佐和子には夫に伝えていない健康上の問題を抱えており、自分が動けるうちにガン患者に寄り添う仕事をしたかったことを徹は後で知る


     


この映画は、中井貴一主演の「RAILWAYS 49歳で電車の運転手になった男の物語」に続くシリーズ第2作です。映画の舞台は富山になっています 前作が50歳直前の中年男の転職物語でしたが、本作は60歳で定年を迎えるまでの男と妻との再出発物語です

事情を知った徹が、佐和子から渡された離婚届に徹が印鑑を押して、結婚指輪を投げ捨てるところまでは予想が付いたのですが、その後の展開は読めませんでした いったいどうやってこの物語を収めるんだろうかと興味津々で観ていました。ラストシーンを観て、してやられました

いろいろな電車が出てくるので、両作品とも鉄ちゃん(鉄道ファン)にはたまらない映画だと思いますが、50代、60代の中高年者には考えさせられるところや 身につまされるところがあると思います 「家族を養うために仕事中心の人生を送ってきたが、自分中心に考えてこなかったか? 何かやり過ごしてきたことがあったのではないか?」と 人生100年時代、まだ間に合います

なお、RAILWAYSシリーズ第3弾「かぞくいろ  RAILWAYS  わたしたちの出発」がロードショー公開中です 

 

     

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新国立オペラでヴェルディ「ファルスタッフ」を観る~ファルスタッフのカンディア、フォードのオリヴィエーリ、アリーチェのエヴァ・メイ、クイックリー夫人のシュコーザ、アンネッタの幸田浩子にブラボー!

2018年12月07日 00時50分57秒 | 日記

7日(金)。昨日午後、料理を作ったので写真をブログにアップするためブログのアドレスに送信したのですが、「圏外」の表示が出て、何度やっても「送信失敗」になってしまいました 19時半過ぎのオペラの休憩時間に再度トライしたらやっと「送信完了」になりました 自分一人のスマホが壊れたのかと思い非常に焦りました

ということで、わが家に来てから今日で1526日目を迎え、ソフトバンクが全国で提供する携帯電話サービスで、6日午後1時39分以降に大規模な通信障害が発生し、音声通話とデータ通信がつながりにくくなった というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

       ソフトバンクの株価が下がるのは仕方ないけど 会社の株も下がってしまうなぁ

 

         

 

昨日、夕食に「鶏のトマト煮」と「ホウレン草のお浸し」を作りました。「鶏の~」は cookpad のレシピですが、娘が大好物なので時々作ります

 

     

 

         

 

昨夕、初台の新国立劇場「オペラパレス」でヴェルディ「ファルスタッフ」を観ました キャストは、ファルスタッフ=ロベルト・デ・カンディア、フォード=マッティア・オリヴィエ―リ、フェントン=村上公太、医師カイウス=青地英幸、バルドルフィ=糸賀修平、ピストーラ=妻屋秀和、フォード夫人アリーチェ=エヴァ・メイ、ナンネッタ=幸田浩子、クリックリー夫人=エンケレイダ・シュコーザ、ページ夫人メグ=鳥木弥生。管弦楽=東京フィル、合唱=新国立劇場合唱団、指揮=カルロ・リッツィ、演出=ジョナサン・ミラーです

 

     

 

太鼓腹が自慢の老騎士ファルスタッフは、人妻のアリーチェとメグが自分に気があると勘違いし、金銭目当てに内容が同文のラブレターを二人に出す まったく同文と気付いた二人は、日頃からファルスタッフに恨みを持つ従者バルドルフォとピストーラ、そしてファルスタッフを心良く思っていないフォードと医師カイウスを巻き込んで、皆で彼を懲らしめることにする そして、ファルスタッフをおびき出して散々な目に合わせる その騒動の合い間にフォードの娘ナンネッタと恋人フェントンの結婚もまとまり、ファルスタッフが「この世はすべて冗談」と歌い出し、それを受けて全員でフーガを歌って大団円を迎える

 

     

 

私が新国立オペラで「ファルスタッフ」を観るのは、2004年、2007年、2015年に次いで今回が4度目ですが、演出はいずれもジョナサン・ミラーです 彼の演出の特徴は、17世紀オランダの絵画にインスピレーションを得ており、登場人物の衣装はまるでフェルメールの絵画に登場する人々のようです

ジュゼッペ・ヴェルディ(1813‐1901)と言えば、「リゴレット」「イル・トロヴァトーレ」「椿姫」「アイーダ」等の名作オペラに代表されるように「悲劇」を思い浮かべます そのヴェルディがシェイクスピアの「ウィンザーの陽気な女房たち」「ヘンリー四世」を原作として、人生最後に手掛けたのが喜劇「ファルスタッフ」でした プログラム冊子に掲載の小畑恒夫氏の「作品解説」によると、「ファルスタッフ」は1893年2月9日にミラノのスカラ座で初演されましたが、その当時のオペラ界は1890年にはマスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」が、1892年にはレオンカヴァレッロの「道化師」が、それぞれセンセーショナルな成功を収めるなど、イタリア・オペラ界は一気にヴェリズモの時代に突入した時期だったのです そうした時代の伊吹を背中に感じながら、ヴェルディは79歳4か月にして「ファルスタッフ」を作曲したのでした

ところで、プログラム冊子のどこかに「ファルスタッフ」はアンサンブル・オペラだという趣旨のことが書かれていて、「おや、そうだったかな」と一瞬 疑問に感じました。「アンサンブル・オペラ」と聞くと、私はモーツアルトの「コジ・ファン・トゥッテ」に代表されるような 二重唱から五重唱、六重唱に至るまでの美しいハーモニーによるアンサンブルを想い起こします しかし「ファルスタッフ」にそういうシーンはあっただろうかと思い、第1幕冒頭から注意深く耳を傾けました それは第1幕第2場で歌われました。4人の女性のレチタティーボと四重唱で始まり、5人の男性の五重唱とレチタティーボに移り、若い二人の二重唱を経て、4人の女性が再度登場し、男性も加わって九重唱に拡大します これはまさに典型的なアンサンブル・オペラです しかし、モーツアルトのような美しさは感じません。どちらかと言うと、「チャット(お喋り)」に近いと思います

 

     

 

今回の公演の歌手陣は充実していました

まず最初に、ファルスタッフを歌ったロベルト・デ・カンディアはイタリア生まれのバリトンですが、貫禄で憎み切れない悪役を見事に演じ 歌いました

フォードを歌ったマッティア・オリヴィエ―リもイタリア生まれ。今回がフォード役のロールデビューということですが、イケメンでスタイルも良く、声も良く通るバリトンでした

フォード夫人アリーチェを歌ったエヴァ・メイもイタリア生まれのソプラノです 日本のオペラ界では有名な歌手ですが、新国立オペラは初登場というのが意外です この人は歌唱力・演技力が抜群であるばかりでなく、華があります。そこに居るだけで周囲が明るくなります

クリックリー夫人を歌ったエンケレイダ・シュコーザはアルバニア生まれのメゾソプラノですが、深みのある歌声が魅力です 彼女の歌を聴いて、METライブビューイングのヴェルディ「イル・トロヴァトーレ」でアズチェーナを歌ったドローラ・ザジックを思い出しました

今回は日本人歌手陣が大健闘でした

まず最初に挙げたいのはナンネッタを歌った幸田浩子です。声が良く通り、とくに高音がすごく美しく響きます

フェントンを歌った村上公太は第3幕のアリアが素晴らしかったです

ピストーラを歌った妻屋秀和は今や新国立オペラになくてはならない重要なバスで、演技力も抜群でした

医師カイウス役の青地英幸、バルドルフィ役の糸賀修平、ページ夫人メグ役の鳥木弥生も健闘しました

最後に特質すべきは、歌手に寄り添いながら、自らもファルスタッフの世界を雄弁に語り 歌い上げたカルロ・リッツィ指揮東京フィルの演奏   そして世界に誇る新国立劇場合唱団によるコーラスです

ファルスタッフは最後に「この世はすべて冗談」と言って幕を閉じますが、これは要するに「世の中には完璧な人は一人もいない。すべての人を許してあげよう」という考え方で、モーツアルトが「フィガロの結婚」で示した「悪い人は一人もいない。狡猾な伯爵も、油断ならないケルビーノも、みんな許してあげよう」という考え方と共通しているように思えます ヴェルディは、最後のオペラを喜劇で締めくくることによって、世の中のすべての人を救おうとしたのかな、と考えたりしました

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