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トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その124-1 『うだつの町並み』

2012年03月17日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
仕事の関係で徳島を訪問しました。
前泊でしたので、一度訪問したいと思っていた『うだつの町並み』へ向いました。
裏手からうだつの町並みに向かいます。
写真手前が吉野川になり、水運を利用した舟着場に向かう小道が現在の道の駅藍ランドにつながっています。

日本全国には、いくつかのうだつの町並みがあるようですが、四国には三大うだつの町があり、徳島県、美馬市脇町、三好市池田町と美馬郡つるぎ町が有名です。



今回はうだつ発祥の地と言われる、脇町のうだつの町並みを訪問しました。
徳島市内から車か電車で1時間ぐらいのところにあります。
日本三大河川の 吉野川 沿いにある街で、吉野川の河口から約45Km上った場所にあります。



その昔、藍の豪商として繁栄した屋敷が多く、蔵も『藍蔵』と呼ばれています。



200年、300年の歴史を誇り周辺の藍蔵と調和した旧家のたたずまいは、落ち着いた日本の家屋の原点のような感じです。



うだつの町並みを歩いて驚いたことは、ほとんどの家が今でもそのまま居住されていることです。



町並みで最大の床面積を誇り、藍の豪商として繁栄した「佐川屋直兵衛」の屋敷の横を通り、うだつの町並み通りに向かいます。



『うだつが上がらない』という言葉を良くつかいます。
平安時代は「うだち」といったが、室町以降「うだつ」と訛ったそうです。

ネット情報では、うだつ (卯建つ)とは、建物の妻にある梁(はり)の上に立て、棟木を受ける短い束(つか)のことのようです。



民家で、妻の壁面を屋根より高く造った部分を指すようになり、建物の外側に張り出して設けた防火用の袖壁(そでかべ)をうだつとも呼ぶようです。



本来、町屋が隣り合い連続して建てられている場合に隣家からの火事が燃え移るのを防ぐための防火壁として造られたもののようです。
江戸時代中期頃にると装飾的な意味に重きが置かれるようになり、自己の財力を誇示する為の手段として、商家の屋根上には競って立派なうだつが上げられるようになります。



『うだつが上がる』は、成功し財力があるのに対し、『うだつが上がらない』は仕事などで成果が出ず、先の見込みがない状態とか、いつも上から押さえ付けられていて、出世できない。 運が悪くて、良い境遇に恵まれないなどの意味で使用されているようです。



続く.......................................................................。