『21世紀への伝説史 王貞治』プロデューサーが語る製作秘話

『21世紀への伝説史 王貞治(DVD2枚組&愛蔵本)』のプロデューサーが語る、王貞治の知られざる素顔とその魅力。

証言 城島健司選手が語る王貞治の真実(1)

2006-05-13 20:25:57 | 製作秘話
今月5月4日のスポーツ新聞に、「城島 『恩師のDVD』を見て昔の打撃取り戻した~貞治打法で再点火~」という記事が大きく取り上げられました。 『恩師のDVD』とは、もちろん、本作品「21世紀への伝説史 王貞治」のことです。

記事は、本来の打撃を見失っていたものの、5日1日のツインズ戦で約一ヶ月ぶりとなる逆転の2ランホームラン含む3打数3安打を放った城島選手をとりあげ、「あの一本で、今までなぜヒットが出なかったのかわかった。自分の打撃を再確認できた。」と本人のコメントを紹介。そして、「自分の打撃を再認識できた」きっかけが、「日本から持参した王監督のDVDを見て」からであるという内容が紹介されています。
さらにその記事では、DVDを見た城島選手の感想について触れ、「監督は、めちゃめちゃバックスイングが大きいですからね。でも自分でそれを知っていたから最短でバットを出そうとしていただろうし、バットが遠回りしている分、伝わる力も大きかったと思う」。そして、「(記事引用)城島は、目指す打撃が貞治打法にあることを強調。愛弟子として、世界の王の名を汚さないためにも、結果を出すつもりでいる。」とまとめている。

「21世紀への伝説史 王貞治」では、一本足打法誕生秘話のエピソードを詳しく取材しています。一本足打法は、ホームランを打つための大切なバッティング技術が結晶となった独創的な打法なのですが、そのひとつとして、ホームランを打つため、つまり飛距離を出すために、バックスイングを大きくしながらも、最短距離でバットを出していくことができるバッティング技術なのです。体を弓のようにしならせた状態にすることで、その反発力を利用して遠くに飛ばす。これは、プロ野球選手として決して大柄ではなかった王選手が、パワー不足を補うための“生き残るための工夫”だったのです。

発売は、今年3月3日より発売いたしたが、城島選手には渡米前に何とか渡そうと、2月上旬には量産コピー前のデモ版を仕上げ、広報を通じて、それ城島選手にお送りしました。本当に見てくれていて、さらに、自分の打撃を取り戻す、きっかけになってくれれば、本当にうれしいことです。城島選手には、大リーグ日本人初の捕手として、何とかこの大きなチャンスを生かし、活躍をしてほしいと願っています。

次回、城島選手のインタビューからの証言をお伝えします。

証言 藤田元司氏が語る王貞治の真実(3)

2006-05-07 22:25:51 | 製作秘話
王貞治氏の監督時代だけを振り返るならば、長く不遇の時代が続きました。巨人軍監督時代は、日本一V逸の責任をフロントから問われ退団、そして、ダイエー移ってからも就任後4年間はBクラスで、ファンからは心無い仕打ちを受けつづけました。スター街道を進んできた王貞治氏にとっては今まで味わった事のないほどの耐え難き屈辱を受け続けた時代が、約20年も続いたことになります。

藤田さんは、その20年を振りかえって「王くんも、よくここまで耐えたなぁと思う」と、しみじみと語ってくれました。

 話題は、1996年の俗にいう「生卵事件」に及びました。「生卵事件」とは、ダイエーホークスが1996年5月9日の近鉄戦で大敗した後、日生球場から出てくる王監督にホークスのファンが生卵を投げつけた事件のことです。
 作品の製作にあたって、この事件の映像をテレビ局から取り寄せ編集作業をしましたが、とにかくファンの行為は余りにもひどいものでした。スタンドには、「お前ら、プロか?」「王解任」「その采配が、王まちがい」などの横断幕が一面に掲げられて、試合後は、グランドに火炎瓶が投げ入れられました。映像本編には、そういったシーンの一部を挿入していますが、余りにもひどい映像のいくつかはカットせざるを得ませんでした。特に、王監督が卵をぶつけられたシーンは、日本人として恥ずかしいので私の判断でカットしました。

 そして、こういった時の心境を藤田氏はこう語ります。
「味方のファンからやじられたり、罵声を浴びたりすると、監督は、その場ですぐにユニフォームを脱ぎたくなるものです。ましてや、卵をぶつけるなんていう非道な行為をされたら、こんな悲しいことはありません。」「ただ、ただ、王くん、耐えてくれよ、という想い」と、その一方で、「本当にこのまま監督を辞めてしまうのではないかという気持ちで、気が気ではなかった」そうです。

「生卵事件」翌日のインタビューで、王監督が、「俺は辞めない。勝てばファンも拍手で迎えてくれる」と発言しているのを聞いて藤田監督も、「我慢することも人生の修行のうちだから、これを糧にがんばれよ、王くんならきっと耐えられる」 と王監督にエールを送っていたそうです。

 そしてまた、藤田さんは、王監督が子どもたちのために推進していた世界野球財団(WCBF)についても、「王監督が忙しい間だけ」という条件で、その活動を引き継ぎ、王監督の活動をずっと支え続けてこられました。

 冒頭、野球関係者約60名の取材を通じて、最も印象に残った一人が藤田元司さんだったと記述しました。それは、藤田さんほど王監督のことを暖かく見守っていた方はいないと思うからのです。“いつも自分を捨てて周囲のために尽くす。そして、苦しいときほど力を発揮する”そんな精神で歩んできた藤田さんの野球人生が、わずかな3時間ほどのインタビューでしたが、十分に感じることができました。

藤田元司さん、ありがとうございました。安らかにお休みください。


証言 藤田元司氏が語る王貞治の真実(2)

2006-05-06 15:59:23 | 製作秘話
藤田元司氏は、長嶋氏と王氏が初めての監督就任した際、日本一になれなかった理由を次のように分析していました。
「“選手の時、俺はこうしてやってきた。だから、他の選手もこうすれば出来るんだ”という感覚が二人とも強かったのではないかな。指導する選手が不甲斐なく思うことも多かったと思うのです。自分のようにすれば出来るんだ、という感覚があると、監督業は務まりません。そこら辺を切り替えるには、現役を退いてからしばらく期間をもたないと、監督業は難しかったと思います。」

そして、再び2人のもつイメージについて触れ、
 「一見、長嶋くんのほうが、豪快で明るく、王くんのほうが、まじめで几帳面だというイメージがあるんですが、実態は全くの逆なんですよ。たとえば、ゴルフで一緒に回ると、慎重に、慎重に、手前から刻んでグリーンに乗せていくのが、長嶋茂雄という男。決してグリーンをオーバーするようなうち方はしません。そして、グリーンをどんどんオーバーして、積極的にグリーンを狙うのが、王貞治という男。世間では、長嶋のほうが豪快で、王のほうが緻密に言われるけど、実態は全く逆。王貞治というのは豪快な男で、大陸的ですよ。」
「自分の実態とは違うイメージが先行していったために、そのイメージを守ろうとして苦労したかもしれませんね。」
(※長嶋と王の実像が、世間の持つイメージと逆だということについては、チームメイトである、柴田勲氏、堀内恒夫氏、土居正三氏も同じように証言しています。)

 2人のスーパースターをこれほどまで分析をし、明確に言い切れる方がいたのか。藤田さんのインタビューが進むにつれ、プロ野球OBに取材しているというよりは、こんな貴重なインタビューはめったに取れないから一言一句吸聞き逃すまい、という緊迫した雰囲気を、スタッフ全員が自然と共有し始めていました。
 そして、ON2人にここまでいいきれる力と言葉を持っていたからこそ、巨人軍が優勝できないときにはいつも監督としてお呼びがかったのだと合点がいきました。しかし現実的には藤田監督が優勝したときには、“長嶋が育てた選手が活躍したから” “王が育てた選手が活躍したから”という評価が付きまといました。
 そこで「藤田さんが監督としての正当な評価をもらって無いのではないか。それについては、どう感じているのか」聞いてみました。

「(2人の育てた人材で優勝した)そういう批判はもちろんありましたよ。でも実際にやってみて、正直に、よくぞ、ここまで育てたな、と思いました。それは、感心することのほうが多かったです。育てた選手が活躍するまで監督を続けられなくて、それは無念だったと思います。でも、誰も監督の引き受け手がないのであれば、自分がやるしかないので、外(マスコミ)に目を向けることなく、内に集中して、彼らの育てた選手をどう使いこなすか、監督業に徹することしました。」

 そして、現在のホークスの王監督のことに触れ、「最初は、パーフェクトにしようとしすぎたんじゃないかな。でも、今のホークスの監督をしている王くんには、余裕が出てきたのがわかるよね。」

 藤田元司氏の人間味あふれる格調高い話に、スタッフ一同感動しつつ、インタビュー時間は予定の1時間を軽く越え、収録テープも3本目、ついに2時間を越えていきました。