野口敏夫プライベートブログ

私の周りで起こった出来事や日頃思ったことなど個人的で気ままなブログとなっています。

韮山反射炉と三島スカイウォークへの旅

2016-04-13 21:56:24 | 旅行記

              三島日帰りバス旅行

 昨日(4/12)、東葛健康友の会催行の「韮山反射炉と三島スカイウォークへの旅」に参加してきました。火曜日なので、本来なら私の透析日に応当するため、透析日を前日の月曜日に変更してもらっての参加でした。

 集合時間の7.45に診療所前に着いた時にはもはや大勢の人が集まって受付をしているところでした。

 バスは3台で、参加者は109名だとか。
   私の指定された席は1号車の中ほどでしたが、隣席は旧知の間柄の方でしたので、乗車中、談笑しつつ楽しく過ごせたのは幸いでした。

 皆が揃ったところで、予定より15分遅れて8.15に出発、バスは流山ICから高速に入り、首都高を抜けて、途中、海老名SAでのトイレ休憩を挟んで東名道をひたすら進み、御殿場JCからは新東名道を行き、長泉沼津ICで高速を出、以後、伊豆縦貫道を南下して三島市を経由、伊豆の国市に入り、11.25、最初の目的地である韮山反射炉に着きました。
   韮山反射炉のおおよそのロケーションは下図の通りです。
 

 反射炉は、金属を溶かして大砲などを鋳造するための溶鉱炉で、内部の天井がドーム状になった炉体部と煉瓦積みの高い煙突からなっています。17世紀から18世紀にかけてヨーロッパで発達したものとか。

 この韮山反射炉は江戸時代末期に実際に稼働し、現存している非常に稀有な例で、そのため「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産の一つとして、昨年7月に世界文化遺産に登録されています。また、国の史跡に指定されているほか、経済産業省から近代化産業遺産にも認定されています。

 煙突の外部を覆っている鉄枠は平成元年に補強のために設えたもので、建造当時は煉瓦の上に漆喰を塗ったものであったそうです。今では漆喰はほとんど剥げ落ちてしまっていますがーーーー  
   右写真は、ポンドカノン砲といって、品川台場用として幕府から注文のあった各種大砲のうち、江川家家臣の家に残る図面から復元したものです。鋼鉄製で重さ2トンとか。それにしても貧弱なもので、当時はこんなもので外国船を打ち払おうとしたのですから、今では考えられませんね。

 なお、韮山反射炉の詳細についてはこちらをご覧ください。

 反射炉の見学を終えたところで昼食タイムとなり、車で10分ほど移動したところにある「代官屋敷」で昼食を摂りました。
 「まるで精進料理じゃないか」と言ってる人もいましたが、そば好きの私には満足のいくものでした。

   ここに着くまでは、代官屋敷と銘打つ以上、昔の代官屋敷と何らかの関係があるのかと思いましたが、そうではなく、単にそば処として名乗っているだけのことでした。実際の代官屋敷跡は少し離れたところにあるとか。

 昼食を終え、さぁ、いよいよ今回のメインの目的地である三島スカイウォークへ出発です。
 再び三島市に戻り、30分余りでスカイウォークの駐車時用に到着、早速観光に入りました。

 スカイウォークのおおよその位置関係は下図の通りです。
 

 三島スカイウォークは全長400mの日本最長を誇る大吊橋で、正式には「箱根西麓・三島大吊橋」といいますが、標高415mに位置し、高さが70.6mもあり、そこからは、日本一高い富士山や日本一深い駿河湾など絶景を望むことができ、まるで空を歩いているような感覚を楽しむことができることから「三島スカイウォーク」という愛称がつけられたとか。地域の活性化の一環として建造されたそうです。

 吊り橋というと揺れが心配になりますが、ここでは吊り橋の下に耐風索というケーブルが張られているため、ほとんど揺れを感じない構造になっています。実際歩いてみた感じでは、橋の中央あたりでわずかに揺れを感じる程度で、吊り橋を歩いているということを忘れてしまいそうです。

   残念ながら、雲が厚く、富士山の絶景は望めませんでしたが、3か所ある展望台から見る吊り橋そのものの風景は見応えのあるものでした。
    

 なお、三島スカイウォークの詳細についてはこちらを参照してください。

 さて、以上で本日の観光は終わって帰路につきましたが、途中、沼津市岡の宮にある「ジャンボ干物センター」に30分ほど立ち寄りました。最後とあって、皆さん、ここでしか買えないものを何かしらお土産に買い求めていたようです。

 これですべての日程を終え、あとは元来た道を辿り、途中、やはり海老名SAでのトイレ休憩を挟み、多少の渋滞はあったものの、無事、19.45、診療所前に帰着しました。(私自身はその前に江戸川台駅前で降りました)

 今回、1号車では友の会副事務局長のMさんがリーダーとなり、その軽妙な話術て、バスで移動中、じゃんけんゲームや漢字当てクイズ、10回言って言葉あてクイズや、はたまたビンゴなどをやってくれたので、大いに盛り上がり、単なるバス旅行とは一味違う楽しさを味わうことができ、大いに満足した次第です。

 お世話してくださった会長さんはじめ、スタッフの方々に感謝し、この稿を終わらせていただきます。

                                 以上

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