アラーの理を学ぶと言う、人間として大変な不遜、神、主への冒涜を侵してはならない。
アラーの恩恵を受け継いだ<人>は、ムハンマドただお一人。
アラーの恩恵を受け継いだ<人>は、ムハンマドただお一人。
ただの人間である我々は、ただただムハンマドとムハンマドの説いた言葉だけを崇め、信じることである。
大日如来の理を学ぶと言う、人間として大変な不遜、仏への冒涜を侵してはならない。
大日如来の恩恵を受け継いだ<人>は、お釈迦様ただお一人。
大日如来の恩恵を受け継いだ<人>は、お釈迦様ただお一人。
救いを願う我々信者は、ただただお釈迦様と、お釈迦様の説いた教義を正しく受け継いだ誰それ大聖人だけを崇拝して、信じることである。
※お釈迦様とはインドの一種族で、釈迦族の一人の男と言う意味、釈迦如来と言うふうに、人間以上の神格としたのは後世のこと。
空海、弘法大師と同じ、奇跡伝説を執ってつけられた歴史。
人間の分際で理を学ぶことを良しとせず、自己卑下が人徳、来世には極楽に救われるとする信仰。
真理を知ろうせず、複数の人間が聖人と認める<一人の人間>を、絶対的に崇め、信じ従うこと。
この認識のトリックが、下降を促す神々が人類に植え付けた、最初のドグマ、隷属マインドコントロールです。
そして現代も、現実主義とスピリチャルとを含めて、この認識の人類が9割以上を占めているのです。
「特定の条件<自分の尊敬対象概念>にマッチしたところからの、メッセージしか信じられない。
そんなスタンスでは、質の良い情報には辿り着けません」
真理と真実は、どんな低次元にもあるのです。
それは、叫びとなるか抑圧されるかは別として。
「神々にももの申す」くらいの、人間社会の多数常識に、へつらわない勇気と理知が、霊的開拓者には必要です。










