



最近のウチのコタツの上には蝿取蜘蛛が居て、ぴょんと跳んだり前脚2本を挙げて交信のようなことをしたりしている。
1センチにも満たなくて、真っ黒で尻に白い三日月模様があり、短い触角のような部分も白い。
アダンソンハエトリの雄と判明した。
こんな小ささで蝿を捕ってくれるものかどうか、そんなシーンは期待できないけれど、こちらに害はなく一応の益虫。
じっとしてることも多くて、どこにいるか分からないので、天板の上に手をついたりノートパソコンを動かす時には注意を要す。
あぶないときには人差し指を前にかざすと登ってくるので移動させられる。
毎年、家の中のどこかしらで見るので、細々と世代交代しているものと思われる。
うっかり潰したりしたくないので、ウチでは平面部分に対して、注意が必要だ。
外の散歩でも地面が気になるようになって、昨日は雨がそぼ降るなかジンチョウゲ(沈丁花)とソメイヨシノ(染井吉野)の花びらに目を止めた。
ジンチョウゲと言えば、松任谷由実が『春よ、来い』の中で『チンチョウゲ』と歌っていて、いつも違和感を感じていたのも想い出す。
きのうの『ラクチン』もそうだけれど、チンの音が嬉しいのか?
山口百恵は『曼珠沙華』を『マンジュシャカ』なんて歌わされていたな、などと連想が続く。
憤怒(ふんぬ)をわざわざ、『フンド』などと読ませる映画のタイトルもあったな。










我が家に出没する小さな蜘蛛さんたちは、長年の間ずっと猫たちの遊び相手をしてくれました。
突然斜め方向に飛んだりする予測不可能な動作が猫たちのお気に入りでした。
猫たちは蜘蛛さんたちが疲れて動きが鈍ってくると開放。
「また遊ぼうね♪」と言うかのように見送り...また翌日繰り返して...
猫たちが旅立った後は、一時期蜘蛛さんたちの姿が増えたような印象でしたが、ふと気づいたら...
我が家では、蜘蛛さんたちの姿をほとんど見かけなくなりました。
なぜなのでしょうね...不思議です。
逆さAppleの縁を歩く蜘蛛さん...
サイズ感が伝わってきていいですね♪
猫パンチをするようなことは、決してしなかったんですか。
わきまえてるんですね、加減を・・・。
そういう猫たちだったら、なおのこと、喪失感はたまらなく長引いたことでしょう。
まだ尾を引いてるんですね、きっと。
>我が家では、蜘蛛さんたちの姿をほとんど見かけなくなりました。
どういうことなんでしょう、と、推理してみました。
在りし日の猫たちを想うあまり、小さなものに目の焦点が結ばなくなった。
元気にならなくてはと、過剰に掃除機がけをした。
清潔すぎて蠅などが入ってくる余地がなく、ハエトリグモにとって安住の地ではなくなった。
そのようなことが考えられます。
失礼しました。