

四人病室でのそれぞれの存在感は、否応なしにそれぞれの病態を表す。
他人に配慮したり遠慮したりする余裕はなくて、私の術後数日はひどかったはず。
自分の最悪に苦しい夜を書いてきたけれど、『耳鼻咽喉科病棟の夜』といったタイトルにしてもよかったな・・などと、これを書く時点ではここまでゆとりを持てる状態になった。
腫れが引いてきている。
カーテン越しに聞こえてくる盛大な音や、ナースとのやりとり、ケアマネージャーや療法士(訓練を病室でしていたから)の話が耳の遠くなった私にも聞こえてくるのを検討するまでもなく私はおそらく四人の中では最軽症者だ。
人が出す音という音を聞いていると、人間は粘液を出し続けてそれらの滞留が耐えられない生き物なんだなという気がする。
最悪の夜以後の私は、電動ベッドの背の角度をしょっちゅう変えて、その時々に違うベスト・アングルを探す手間を惜しまずにやり、少しは眠れる時間を持てるようになった。
それでも相変わらず真夜中に起きていることが多くて、そんなときに、病室に物音が全くしない時間が訪れたりする。
鼻風邪を引いてるときも眠り込んだら、鼻水がでないから、人間の身体は良い睡眠状態になると粘液の浸出も止まるのかもしれない。
疲弊しきった身体にしばらく熟睡の平和が訪れているのか。
と思いつつも、誰か息を全くしなくなった人がいるのではないか・・まさか自分が死んだのかとまでは思わないけれど・・。
こちらは声は出さずとも常に首を絞められ続けているしんどさなのだ。
対角の人はだいじょうぶかと気を揉んだりもしているうちに、ズズズズズーブジュブジューと痰の吸引音が聞こえてきて安堵したりする。
隣からは『ゴールデンウィーク明け辺りには退院も考え始めなければ・・歩く練習してみる?』などと言われているのが聞こえる。
どうも身内がいないようで、ナースが戦友状態になっている。
前からは1ヶ月経てば退院できるらしいからなどという声が聞こえた。
やはり半月の入院で済む私は、軽く扱われても仕方ない軽症患者だ。
それにつけても、ついつい聞こえてしまう会話から、映画『イングリッシュペイシャント』の従軍看護婦と瀕死の傷病兵なども思い出す。
あの映画のナース同士の会話に、『どうするのアンタは』『私は彼を看取ってから行くわ』というシーンがあった。スゴイ!
人を看るために生まれてきたような人は居るものだな・・と思う
受け答えの柔らかさにテキパキとした言い方や慈愛のこもった言葉尻と間合い。
朗らかさと包容力、自然な同情と同調、聞こえてくるのを何気なく聞いているだけなのだけれど、見つめられて自分が看られているように惹き込まれたりもする。
『ラピュタの城』で、見張りの若い二人の会話を艦内の皆がうっとりと盗み聞きしているシーンを想い出したりもした。
画像は、シャワー浴びて絆創膏を剥がした後の傷露出と絆創膏を自分で貼った後。










退院おめでとう🎊ございます👍
とりあえず、抱き枕あった方が楽かと思います😊
また、ぼちぼちブログお待ちしております😊
自分のベッドでも、結構寝苦しい。
でも咳き込むことはありませんでした。
結局、昼寝との両立で帳尻を合わせているうちに首の傷も癒えるのではないかとふんでます。
ぼちぼち気ままにやっていきます。
がっかり!(しつれい)。
1かげつぐらいと?構えていたのに・・・大手術を終えて、術後の様子も見ないといけないのに、
「退院?」・・・帰されたんですね?有名な病院で重篤な患者もいるから…ですね。
入院を楽しんではいけません。最近と言っても10年ぐらい前ですけど、盲腸は術後直ぐ歩かされるそうです(?)
無理せずに・・・健全な回復を願っています。ボクは身体の中は別人だと思っている。外傷は自分でするけど、多分内臓たちは・肝臓も肥大しているはず・・・?
術後1週間で退院できると、はじめから言われていました。
しんどいけれど、日にち薬とはよく言ったもので、日ごと良くなっていくのがわかるんです。
でも、これから書きますが後遺症もあって不安もあり、退院を何日くらいにこちらからお願いしてそのようにしてもらいました。
術前が短かった分、術後を延ばしてもらい、ちょうど半月の入院でした。
>ボクは身体の中は別人だと思っている
面白い考え方、そして表現ですね。
早く着ぐるみ脱いでくださいよ。
私は、基礎体力面ではほぼ健全なので、外科手術の予後は良好ですが、sukeboさんなら麻酔からして大変でしょうね。
体質が全く違うようですから、なんとも言えないというか、私の体験は参考にならないかもしれませんね。