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空にいるような軽い気分で・・・

無謬性どころか古典的調書作成手法の破綻(その7)

2010年10月03日 19時12分13秒 | 個人的主張など
小出しに出てくる日替わり供述は誰が発表またはリークしているのか!?

【「改ざんは過失」上司考案か「すべてまかせろ」「ミステークだよな」最高検調べ前田検事に指示」】これは本日朝日新聞のトップ見出しだ。近頃新聞を読むのが待ち遠しい。ところがこれらの小出し供述は、捜査関係者の話で分かったというものや、朝日新聞の取材に対しというものなどいろいろだ。どうしても微妙なニュアンスなどが伝わってこない。又聞きの又聞きが一人歩きしているようでじれったい。毎度おなじみのマスコミ向けの記者会見で出されるものなどどれほど信用できるというのだろう。これも検察内部で、今日はどこまでどのように発表するか、一字一句検討した上で、落としどころなんぞを考慮しながらやっているわけだろう。捜査とは操作なのだろうと思うと、新聞を待ち遠しがっている自分がアホらしい。

最高検が今回の特捜の犯罪を取り調べているそうだけれど、所詮は検察の体質が生んだ事件だ。ちょっと行き過ぎて目立った事件というくらいの扱いになってしまうのではないだろうか。この件では弁護士会から数人を派遣してもらい共同で取調べをするとか、完全可視化をして後日の公開を約束するなどの体制でも作らないと、結局密室のうやむやに終わりそうだ。前田検事を庇おうとした上司二人と前田検事は同じ体質なのだろうから、この二人の関わった過去の捜査も洗い直さなければならないのでないか? 警察国家という言葉があるけれど、村木氏に本当に恐いと思ったと言わしめた検察は行政権力でありながら、ほとんど司法権もあるかのようにふるまう存在だとわかったのだから、日本は検察国家なのだろう。何しろ沖縄の地検でさえ独自に外交を配慮しての発言をするくらいだから。

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2 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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・・・[捜査とは操作なのだろうと思うと、新聞を待ち遠しがっている自分がアホらしい。] (sukebo)
2010-10-04 08:04:57
アメリカ映画のように権力者の犯罪を「脚色」して魅せてくれると、「彼らは」自分達がしてきたように・・・次は「爪の間に針を刺される」などと、拷問を想像するだろう?・・・ところが、彼らにも「弁護士」がつく・・・その弁護士が悪徳弁護士であったら・・・どんでん返しが面白そう!・・・

そのタライは汚れているから、同じタライで洗っても綺麗にならない。正義の物差しも狂っているから・・・彼らを洗う所は、「何処か?」。
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sukeboさん (とんび)
2010-10-04 14:11:00
タライのことわざは知りませんでした。
タライ回しにされて元に戻ってきたときには、ぼろぼろということもありますね。
自分の感性というか、直感としての魂の導きに従うしかありません。
とにかく思うことは言って書いておかなくては始まらない気分です。
悪徳の筈がが正義をやっちゃってしまったという
どんでん返しを期待しましょう。
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