
友人が作ってくれた夕飯のおかず。
生まれて初めての食材料理が、いとも簡単に出て来た。
しかも、二人で出かけたスーパーで買い、私の生家の台所でちゃっちゃと作ってくれた。
カスべという魚の煮付けは骨が面倒臭いかもと思いつつ口に入れたら、骨の総てが軟骨で、骨ごと食べる食感が有り難く、カレイの煮付けよりも断然うまい。
カスべは北海道でよく食べられているエイの一種だそうで、エイだから軟骨なのだなと納得した。
翌日にお肌ツルツルになるのかどうかはしらない。
バイ貝というのも名前は知っていたけれど、食べるのは初めての気がする。
これも適当に煮付けにしたのだそうだけれど、調理の天才か!?
上手にくるりと取った最後の部分である肝が非常に美味。
貝の肝と思われない繊細な濃さ。
粉っぽさや肝肝したくどさが無い。
こちらでの表現を使って一言で言うなら、『両方とも、たまげた、うんまさなんどぉ』。










台所で出刃包丁を・・・と思いました。
ウチには出刃包丁はありません。
包丁を握り、麦酒や水割りを傾けながら・・・ロマンを夢見るのがいいです。
自分でも「凄い!」と言えるのはまだありません。
香港のTXドライバーが酔っぱらいは口数が多い」そうです。
夕べの事は記憶になければ、問題は無し。記憶にある場合が問題の「根源」なんです。数が増えると慣れてきます。
サバの水煮を切らさないようにスーパーのチラシに目が点。
一つのナイフなり包丁なりで調理をこなすのも一つのダンディズムかもしれないとは思います。
私は最近、母親の使っていた出刃包丁を見つけて使っています。
本日は(昨日)ですが、カレーを作るのに買った鶏モモ肉を一口大にするため、霧のまな板の上でぶった切りました。
正しい使い方をマスターした気がしました。
引切りしないで、叩き切り。
>スーパーのチラシに目が点。
使い方に飛躍があるような気がします。
目が点になるのは、以前と比べてあまりにも高いから・・呆然とフリーズ状態。
安売りになっていないかと探すのは、「目を皿のようにして」ですね。
1合5尺の酒が抜けてしまってもクドイ人間はクドイんです。
霧のまな板→桐のまな板です。
『霧のまな板』ってなんか言葉としてかっこいい。
豹変するかっこよさを身に付けたいと、ふとただいま思いましたですね。