関東大震災の発生日は防災の日ということで何かしらの特集が組まれ、普段忘れがちなことを思い起こしたり意識したりしてきたけれど、近頃は減災という言葉を耳にする。古い電子辞書や検索では減災は出てこない。最近手に入れた最新パソコンの辞書機能だとちゃんと出てきた。
ちょっと検索してみると、阪神大震災以後に使われだし東日本大震災を経て定着しつつあるようだ。減災は防災の取り組みという概念のようで、防災が幅広い努力目標なら、減災は個別的具体策というイメージか。コマーシャルで減災は使われにくいだろう。防災グッズならば、これで安心という暗示効果があるけれど、減災グッズだと、減らすだけで多少のダメージはあるのだろうという不安が伴いそうだ。
不当表示防止法という法律の趣旨に沿ったことが防災にも適用されだしたということなのだろうか。燃えないカーテンなどの表示も不燃ではなく難燃とある。燃えない筈なのに燃えたとクレームをつけるややこしい人対策ということでもあろうか。程度の分け方が細かくなると表現が増えるばかりだ。減災という新しい言葉を使ったら、防災対策がより進捗しているように思わせられる気がする。行政が防災と減災をどう使い分けるか目を光らせていきたい。
追記:3.10は前世紀最大級の大規模戦争犯罪=東京大空襲の日だ。死者数で言うなら、天災東日本大震災の何倍にもなる人災の日だ。
ちょっと検索してみると、阪神大震災以後に使われだし東日本大震災を経て定着しつつあるようだ。減災は防災の取り組みという概念のようで、防災が幅広い努力目標なら、減災は個別的具体策というイメージか。コマーシャルで減災は使われにくいだろう。防災グッズならば、これで安心という暗示効果があるけれど、減災グッズだと、減らすだけで多少のダメージはあるのだろうという不安が伴いそうだ。
不当表示防止法という法律の趣旨に沿ったことが防災にも適用されだしたということなのだろうか。燃えないカーテンなどの表示も不燃ではなく難燃とある。燃えない筈なのに燃えたとクレームをつけるややこしい人対策ということでもあろうか。程度の分け方が細かくなると表現が増えるばかりだ。減災という新しい言葉を使ったら、防災対策がより進捗しているように思わせられる気がする。行政が防災と減災をどう使い分けるか目を光らせていきたい。
追記:3.10は前世紀最大級の大規模戦争犯罪=東京大空襲の日だ。死者数で言うなら、天災東日本大震災の何倍にもなる人災の日だ。










村で会議を開き信じた者が山に避難して助かり、彼らが村を復興させたそうです。
「明和の大津波」高さが80Mとかいや、20Mぐらいだと学者たちがそれを仕事にしています。石垣には沖縄一の於茂登岳(おもと)があって、山があって、里があって、この里が津波でえぐられて、石垣市内のいたる所に坂道が出来て海へつながっています。
沖縄も地震は起きると学者先生は警告を鳴らすも、保険会社の地震保険料は内地よりは低いと思う。だから何なんだ、といわれるも東京湾へ5Mの津波が来たら、地下鉄は海水で満たされるのでは?と心配している。
出来ることと、不可抗力。法律を変えて、作って、亡くなられた方や被害に遭われた方へ
の補償をすべきではないか? 3.11 「合掌」。
せめて、1月17日(阪神大震災)
3月11日(東日本大震災)
9月1日(関東大震災)
は防災を考えたいと思います。
それぞれの人が防災対策をどの程度の優先順位にするか・・ということなんでしょうね。
私は、タンスと本棚と食器棚は柱に固定してテレビは鎖を付けてます。その程度です。標高100mだし内陸だから津波はないけれど、山津波はないとは言い切れません。
*東京大空襲死者 10万人以上
*沖縄戦死者 軍+軍属が10万人、民間人15万人(島民の3分の1)、米軍はどの程度だったのか?
*広島の原爆犠牲死者 12万人
*長崎の原爆犠牲死者 7万人
こういう数字も忘れてはなりませんね。
合掌。
このことを考えていたら、ちょっと前にあった、ホカ弁屋の「シャケ弁当」を「サーモントラウト弁当」と表示しなければいけないのかというニュースを思い出しました
結局どうなったのでしょうね?
そうですよね。
言葉はどう抵抗しようと、変化していくものでしょうけれど、頑なに新しい表現を否定して美しい日本語を護ると主張する人も必要なんでしょうね。
シャケは大好きです。昔はしょっぱい塩ジャケが一般的だったような気がしますが、最近のシャケはメッチャ甘くて美味しいですよね。
外に出てる時は昼飯をほとんど食べないというのが習慣になってしまった最近はシャケ弁も買うことがなくなりました。
マス寿司も好きですし、とにかくサケマス科は何でも美味しいですよね。
私の母は明治43年の東京生まれ。関東の大震災で命からがら逃げ延び、東京大空襲でも焼け出された経験の持ち主でした。それだけに私が子供の頃、貧乏ゆすりをしただけで『えっ?地震?』と敏感に反応して怖がっていました。
私が子供の頃母親から、よく震災の時の逃げ惑う様子などの話しを聞かされたものでした。
震災は大変だったけれど、日本人が秩序を保てたのはせめてもの救いでしたね。
震災関連動画で気になったものがあったので貼り付けておきます。
http://www.youtube.com/watch?v=L75hoO-v9hc
http://youtu.be/Xwin-jh2Db4
母上様は大変な経験をお持ちだったんですね。
それらは人生観の形成に大きく関わっていた筈。
どういう形でそれが子ども達にリレーされたのか興味・・と言っては軽薄になってしまいますが、気掛かりです。
動画の紹介をありがとうございました。
昨夜寝る前に見たものですから、うつうつとして夢にいろいろとあらわれました。
勇気を出して、再度見たいと思います。
関連するものが、沢山出るので、それらを全部見詰められるか・・と、問われる気がします。
下段の方は、以前に見たことがあるものでした。