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鳥瞰ニュース

空にいるような軽い気分で・・・

死刑確定と死刑執行と(その1)

2008年02月03日 11時28分03秒 | 個人的主張など
最近ある被告の死刑が最高裁の上告棄却により確定しました。
日を置かず法務省が死刑囚3人の刑執行を発表しました。
死刑という言葉を聞いたり目にしたりする度に、ほんとうにがっくりがっかりしてしまう。
国というのは何だろうと考えてしまう。
そもそも国とは・・・とか、誰それの国家論によれば・・・とかを述べるつもりはない。
体系的に学んだこともないので、実は知識がない。
という訳で、自分のなかにある原則のようなものを直感的に述べてみよう。
国が自国民を合法的に死刑にするということは、破滅への道を選ぶようなものではないか?
西洋の物語だったか中国の春秋戦国時代の実話だったか定かではないのですが、想い出した事があります。
隣の国から攻められて敗北が確定的になった王が、兵に命じて自国の領民を皆殺しにしたという話。
それに極端だが、ガイアナで起った人民寺院というカルトの教祖が信者に自殺を命じて900人余りも死に自分も自殺した話まで想い出しました。
自分のなかでは、上記の話などが死刑と直ぐにリンクしてしまうのです。
最高刑を受ける人間というのは、人間社会の未来を望むにあたっての貴重なサンプルだ。
どのような育ち方育てられ方をして、どのような偶然や必然が重なって事件を起こしてしまったかを、あらゆる角度から検証すべきサンプルなのだと思う。
そして、そのような事件を起こしてしまった後でも、どのように人が変わることができるのかをじっくりと観察すべきサンプルでもあるのではないか。
突出した象徴的で貴重なサンプルを、多くの検証もせずに刑死させてしまうなんて、なんてもったいないことをするのだろう。
国家の未来への希望を摘むことにならないのだろうか?
多くの徒労感や疲労感や敗北感を残して死刑が執行されてしまうことによる弊害は計り知れないのではないか?

あまり長い文章にせず書きつないでいこうと思います。
(つづく)

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