
カワラタケは倒木に生えるものなのに、まだ立っているサクラにも生えていた。
この幹はもう瀕死状態なのかも知れない。

苔も茸も蔓もこの幹を頼りに、などという情緒的とらえ方はすべきではない。
幹を伝う雨のしずくと、方角と、日当たりの良し悪しと、風の受け具合で生き続けるか枯れるか決まるだけ。

子どもの頃、顔にシラクモというカビの痣ができている子がたくさんいた。
これはサクラの木にアバタを作るシラクモだ。
追記;田舎で私たちがシラクモと言い慣わしていた症状は、調べてみると『ハタケ』のようだ。ハタケはカビではないそうだ。比喩として、木肌にハタケとした方が正確かも知れない。アバタも書きようによっては、差別的意味合いになることもありそうだ。凹みができているわけではないから、アバタを作るとしたのは事実に反する、気分的誤表現ということになる。その場かぎりで消えていく会話ではないのだから、心したいと自戒。










「逆光」を気に撮影した。スマホは、一枚目と3枚目のよう良く撮れていました。
亜熱帯のシラクモは熱いお芋を頬に当てて治療する
作戦もあったようです。
そうなんですよね。
どうも逆光はうまくいきません。
ども偶然の意外性が楽しみでもあるんですよね。
加工の楽しみもあるし・・。
>熱いお芋を頬に当てて治療する作戦
シラクモの本人は全然気にしてないのに、年長者や大人から『ホレ、熱いのを当てなさいヨー』なんて、言われるんでしょうね。
想像がつきます。