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鳥瞰ニュース

空にいるような軽い気分で・・・

原発への依存

2011年07月20日 17時05分50秒 | 個人的主張など
新潟県の実家で法事があり帰省してきた。近所の情報通のおばさんと話しをする機会があり、思いがけないことをたくさん聞いた。特筆すべきは、同級生や幼い時分の遊び仲間などが三人も柏崎原発で働いていたこと。

勤めが長続きしなかったり、勤め先が具合悪くなったり、都会が合わなくて帰って来たり、離婚してしまったり、お金が入りようだったり、それらがダブっていたりのそれぞれワケアリだ。彼らと会ったのでもないし、電話で話したわけでもないけれど、消息情報としては正確なのだ。

原発はワケアリな人達にとっては救いであったり、とりあえず高収入を得られる有り難い存在のようだ。私の実家は、その東京電力柏崎原発から道路での距離は50km位あるけれど直線距離では30km余りしか離れていない。

原発で郷里の知り合いが三人も働いていると知り、それから地図を観て、初めてこんな距離だったのかと知ったような次第。どこそこの人は大学出て先生になったとか、役場に勤めてるとか、信用金庫に勤めてるという順調組の話しも聞くけれど、田舎はやはり仕事がないのだ。

むかし、医学部の学生が実験解剖するための死体を安置するプールでの仕事が高額なアルバイトとしてあるのだという噂を聞いたことがある。私は是非とも、そのアルバイトをしたいと想った。その頃に原発での高額アルバイトがあると聞かされたら、あまり迷わずに飛び込んだかも知れない。

原発は、今回の福島でのことがあってようやく廃止の方向にゆく気配だ。是非ともそうあって欲しいが、廃炉が決定されたとてこの先何十年も(もしかしたら何百年単位かもしれないが)後始末のお守をしなければならないのが原発らしい。と考えると、そこでの手っ取り早い高額な仕事は有り続けるのだろう。

福島原発で、ようやくメルトダウン後の炉(?)内温度が100度以下になったとか報じられている。まだ100度もあるのか! その熱は利用できないのか! 放射能の濃度が2万分の1になったとか報じている。前は2万倍もあったのか! といちいち逆の見方をして驚き呆れている。ものは言いようというわけで、現実をさもさも安全なように言いつくろってきた報告にはもう騙されたくないと強く強く想うこの頃だ。

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原発はない方がいい (カメおやじ)
2011-07-20 20:32:21
だけど今なくなったら産業にも生活にも影響が出る

40年前なら原発に頼るのが現実的だったんだと思いますが、そろそろ自然エネルギーの利用も実用的になってきたのではないでしょうか

自然エネルギー利用の技術がどんどん進歩するといいですね
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カメおやじさん (とんび)
2011-07-21 02:25:42
理想的には、電柱や鉄塔が自然景観からなくなることだと思います。
生きてるウチにそれを見たいけれど無理っぽいですね。

なんたって、送電ロスを失くすことと蓄電技術の革新が必要なんでしょうね。
プロパンガスのボンベくらいの感じで家庭用電気がまかなわれる未来が見たいです。

むかし東京に初めて行ったときに高架部分の電車から見る街なかの景色に驚きました。
『なんてごちゃごちゃとウルサイ光景なんだろう』と。
張り巡らされた電線と電話線とトロリーバスの線とそれらの支持線にがっかりしたのでした。
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「赤信号みんなで渡れば怖くない」がブラックユーモアだった頃もあったけど、文学青年的正義感はこれから、普遍的な正義感へと育つか? (sukebo)
2011-07-23 09:42:24
「正義」とは何か?
ハーバードも思考を深めている・・・か?

何時頃からこの国の大人たちは皆で嘘をつき始めたのだろうか?
3.11が教えてくれたこと。「覆水盆に返らず」

沖縄でもベトナムからの「あのプール」のアルバイトもあったと聞きました。3.11で自衛隊の隊員にストレスが!沖縄戦でも米兵が、ベトナム帰りの米兵も精神に異常を受けたと・・・「死体」が日常になると人が人間でなくなると話している。
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sukeboさん (とんび)
2011-07-23 23:29:21
絶望感にどうしようもなくなった時に、宗教が必要になるのかも知れません。
宗教が救いになる人が多くいます。
宗教が多くの人を救ってもいます。
信仰心が薄い者にとって、強い精神的衝撃に絶える為には、不断の思索が必要なのかも知れません。

私は都合のよいことに、ながく落ち込んでいることができない体質で、眠気に救われます。
いつだって、眠りに逃げ込みます。

何を書いているんだか・・・コメントに対するコメントがこれですから・・・私たちも変ですね・・・とまきこんでしまう私です。
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宇和海さん (とんび)
2011-07-23 23:42:53
そうなんです。故郷で『よう来た』と言ってくれる待ち人がないというのは寂しいもんです。
一時は私、孤立してしまって・・・というか、何故か疑心暗鬼がはびこって、墓参りさえ断られる始末でした。
それが何故か周りが氷解したというのか豹変したというのか、元に戻りました。
時間が必要なことってあるんですね。
私はスタンスも変えてないですし、気分も心もちっとも変わっていないつもりですが、多少は歳とって丸くなってきたのかも知れません。
宇和海さんの故郷と家庭に対する思いは、私から見てさえ、ありがたい気がします。その心意気を大切になさって下さい。
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