
醍醐寺の花見では、一番賑わう場所が桜並木の南北通路。
昨日の画像の二、三枚目がそうなのだが、その南突き当たりの門を出て、道路向こうにこの太田垣蓮月の仮寓跡という石碑がある。
今時、珍しい茅葺きだから、この建物そのものが仮の住居だったのかと勘違いしそうだけれど、跡と書いてあるからには、場所だけを表しているのだろう。
引越しを何回もやった人らしいから、ここに居たのもわずかな期間だったのではないか。
蓮月尼のことを書いてあるサイトの長い文章を読んでみると、産んだ子供たち全員を亡くし夫にも先立たれ、その後の夫にも子にも養父にも死なれ・・ということごとく身内を失うという大変な人生だとわかる。
出家して歌を学び、陶芸で生計を立て慈善事業を積極的にこなして、自分は八十歳半ばまで長生きした。
歌を書いた陶器が蓮月焼きと人気になり、贋作まで出るようになったとか。
実は、田舎の生家に、その蓮月尼の皿が一つある。
良いものなど残っていない家なので、贋作なのだろうと、ほぼ確信的に思う。
贋作の方が希少価値ありというような逆転現象があれば面白いのだけれど・・。










1871年(明治4年)の新貨条例により、対外貿易専用銀貨として発行された。1914年(大正3年)まで製造され、おもに台湾や中国で流通した。
一円銀貨は収集家の間で人気があり、価格は手変わりや状態、年号などにより、数千円から数十万円もの大差がある。近年では台湾や中国から日本に大量に逆輸入されている反面、今は廃貨となっていて貨幣ではないために贋作の製造・流通自体は犯罪とならず(贋作と知りながら本物として売れば詐欺罪)、収集家向けの贋作も存在している
贋作(がんさく)とは、他者を偽る意図をもって絵画、彫刻、書などの芸術品や工芸品に 似せて模倣品を作成すること、またその作品のこと。偽作(ぎさく)とも言う。これに対して 本物の作品のことを「真作」(しんさく)と称する。
ジャンバルジャンも銀のスプーンを盗んだんでしょう・・・?
なぜ「銀行」で「金行」ではないのでしょう・・・?
明治4年、新貨条例 で円が資本主義化するのです・・・
鼻水が垂れてきました。今日も亜熱帯は寒い。
おー、そこかい!!っていう思いがけない着目点ですね!?
>なぜ「銀行」で「金行」ではないのでしょう・・・?
うーん、良いギャグが浮かびません。
流通させるのに、金は高価すぎてダメだったんでしょうね。
きんこうは均衡を思わせます。
貨幣は物の売買を仲立ちして均衡を保たせるアイテムのように見えて、実は不均衡をもたらす魔物であリます。
それで「きんこう」は却下されたという説は、聞いたことがありません。なんのこっちゃやら。