
この石碑は淀競馬場の近くに建っていた。
鳥羽伏見の戦いはここよりずっと上流、現在の小枝橋付近で勃発したのだが、次第に戦場が下がり淀での激戦のあと東軍は敗走していくことになる。
私が生まれ育ったのは新潟県の十日町だけれど、会津藩の領地だった。
越後での戊辰戦争は長岡藩の戦いが有名で、十日町は西軍が進んでいった通り道の一つになったようだ。
小さな戦闘も山向こうの小出という地であった。
西軍(官軍)の戦死者は東京招魂社(今現在の靖国神社)に祀られ、敗走した東軍は賊軍となり、戦死者はその地その地の僧などにより埋葬されたようで、残念無念の碑なんであります。










幕末などはボクは大河ドラマで知るようになっている。
戊辰戦争とか鳥羽伏見の戦いに西郷が竜馬が何処にいたのか?サッカーの試合でゴールしたのに認められないゴールがあるとか?なんで?なぜ?
「知らない事」・・・・だらけです。
「うるさい!」と言われたりします。
私もそのように自分を恥じることが多いです。
こっそり調べて、以前から知っていると何食わぬ顔でいることが多いのであります。
電子辞書は手元に手放せません。
最近はスマホで、どこででも検索できるから助かってます。
ちょっと知ると、知ったかぶりをしたくなるものですが、知らなくてならない事が多くて追いつきません。
>「うるさい!」と言われたりします。
聞くは一時の恥ですから・・