goo blog サービス終了のお知らせ 

鳥瞰ニュース

空にいるような軽い気分で・・・

復興のモデルケースのことなど

2011年04月12日 11時23分03秒 | 随筆或いはエッセイ

東関東大震災被災者や救援全般に関わる人々にとって今はまだ目先の問題が多種多様に差し迫っていて復興のシナリオを論じる場合ではないかも知れない。私は何の専門化でもない部外者だけれど、どうなっていくのだろうかと度々想像する。

今回の津波では斜面を最高37.9mまで駆け上がったということだが、津波自体の高さの最大値はどれほどだったのか、それを防ぐには何mの防潮堤があったらよかったのか知りたい。1993年に発生した奥尻島地震を検索してみると、『奥尻島は震災発生から5年後の平成10年3月に「完全復興宣言」をいたしました』と奥尻島観光協会のH.P.にある。防潮堤や人口地盤や避難路を造り、奥尻島地震時と同程度の津波を想定して対策を施したそうだ。

太平洋沿岸の平地を高さ30mの堰堤(えんてい)で蔽いつくす事なんてできるのだろうか。近所の知人は早い時点で『万里の長城を築くしかない』と言っていた。もしそれが本当に計画されたら、ニューディール政策の規模を大幅に上回る長期大土木工事になる。そんな決断ができるだろうか。

個別地域的には計画が机上論からすでに実行へと動きだしているのかも知れない。『離れたくない』『残りたい』『元に戻したい』というインタビュー場面をテレビでよく目にする。願いのイメージは、地域の結びつきであったり、風景であったり、先祖伝来のものを守りたい、移転移動が考えられないなどなど多様だろうけれど、発想のコペルニクス的転換も必要になっているようだ。旧約聖書の出エジプト記のような、200年程前のアメリカ移民のような・・・。

部外者の空想なので、少し飛躍が過ぎるかも知れない。場所があるなら高台への集合移転は先例もあるのでスムーズに行われるだろうけれど、高台が十分になければ城塞都市のような村や町を造るしかないだろう。それとも流れ橋の逆発想で、メガロフロートの村なども検討されているのだろうか。

画像は私が持っているバール、くぎ抜きの類。梃(てこ)の原理を実際的に感じられる身近な道具だ。阪神大震災時、崩れた家の中に閉じ込められた人に、誰かがわずかな隙間からバールを差し入れたので、自力で脱出できたという記事を読んだことがある。それ以来バールは寝床近くに備えている。梃(てこ)は力を何倍にもすることができる。今現在かの地では、地道な努力とともに梃(てこ)の作用が必要とされている。何が梃(てこ)となり得るか、知恵の出し所だ。

コメント (5)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« こんな時は甘えてもいいのに | トップ | 原始力発電所(その1) »
最新の画像もっと見る

5 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

コメント日が  古い順  |   新しい順
地震、なかなか収まりませんね~ (カメおやじ)
2011-04-12 19:58:14
人間の力で自然の力を完全に抑え込むことはできないでしょうから、より安全と思われるところに住む方がいいような気がします

ただ、どこに住むかは当人が判断することなのでなんとも言えませんが・・・


バール、便利ですよね
先日、釘を抜く用があったのですが釘抜きがなくてとても苦労しました
返信する
カメおやじさん (とんび)
2011-04-12 21:04:48
本当に揺れ止まりませんね。
のど元過ぎれば・・・どころか、のど元過ぎていないのに次々とやってくる感じですね。
そちらの方々はもう、のどが詰まりそうでしょうね。

バールは全くもって道具らしい道具ですばらしいです。
くぎ抜き代わりにペンチやニッパーなんかを使ったりしますけど、それとてテコの原理を上手く使わないとなかなか仕事をしてくれません。
頭はテコとして使いたいもんですね。
返信する
宇和海さん (とんび)
2011-04-13 06:04:39
育った地での17年間は大きく重いものでしょうね。
訛りも残っていたり、考え方の基として根付いていたり、夢に現れるのが育った地の風景であったり・・。
ご友人へは思うままお書きになったらいいのだと思います。どうしたって地はでるものですよ。ちょっと表現が不適切ですけど・・・。
あなたらしさが普通に出ている便りを喜んでいただけるはず。
行間にだってにじみ出るものですし・・。
などと、まだまだ混乱のさなかにいる私が何様のつもりで何を書いているんだか・・。
人様を想いながらの文章でさえも、きっと半分は自分自身を納得させる為のものなんです・・・ね。
返信する
1771年4月24日(明和8年3月10日)に発生した, (sukebo)
2011-04-13 11:07:55
明和の大津波。
石垣島での津波の最大波高は40メートル、最大遡上高は80メートルとも言われている。
母の故郷の白保村では、ある日漁師達が漁で人魚を捕獲した。人魚を放すお礼に人魚が大津波が来ることを教えた。
結局信じる人々は於茂登岳に避難し、そして津波は起こり、村は津波に飲み込まれてしまう。生き残った人々で白保村を再興、現在に至ると伝えられる。
東北の、船ごと陸上に流されるシーンは・・・
・・・「コロ」を敷いて「ガリバー」を運ぶシーンを思い出します。
未来に映像は残るけど、映し出せない「何か」を伝えていけたらと思います。
返信する
sukeboさん (とんび)
2011-04-13 15:57:59
ものすごい津波があったもんですね。
その規模が将来あるかも知れないと考えたら、
アリでいくか、キリギリスでいくか・・・
やはりキリギリスを選んでしまいそうです。
建物の屋上に乗ってしまった観光船は戻すのが大変なので解体することに決まったそうですね。
ほんとにコロを使って海に戻したらいいのに、と思ってしまうけど、瓦礫ばかりの荒地でも、大事な個人の所有物がたくさん埋まっていて、土地も細かく色んな権利があり、道路は車を走らせるためのものであり・・てなわけでどうにもならないんでしょうね。
想いやアイデアはネットで常に発信していきましょう。ありがとう。
返信する

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。

随筆或いはエッセイ」カテゴリの最新記事