刑の厳罰化が進んでいる。それがここに来てますます加速化しそうだ。この事件での死刑確定は厳罰化上昇曲線というような示し方があるとすれば、ここから曲線は急角度に変わるのだ。
殺人事件被害者遺族の加害者へ厳罰を望む気持ちが多く取り上げられ、それに同調する世相(主にマスコミの創り上げる論調)を反映してのことらしい。
【切捨て】という言葉が思い出され、昔の優生保護法を連想した。優生保護法の考え方は【不良な子孫の出生防止】と【母性の生命健康の保護】だ。【不良な子孫の出生防止】という考え方はナチスのユダヤ人抹殺計画と通底する。死刑制度を持つ国は、はみ出し者を殺して排除する基本方針を持つ国なのだろう。
国家を擬人化して評価するなら、まことにもって度量が小さく未熟な国ということになるだろう。極刑としての終身刑がないから、いびつな考えが広がるのかも知れない。終身禁固刑や終身懲役刑を死刑に替わって作ったらよい。
殺人事件は、殺人に至る経過を徹底的に調べられるべきで、極刑を言い渡される程の重大事件殺人者のその後は徹底的に研究されるべきだ。
それこそが凶悪犯罪を防ぐための未来学になるのだ。そういうふところの深さと探究心を失った国家により良い未来は望みにくい。こんな国には住めない。早く脱出するか、それとも死刑廃止を願って死ぬほど戦うか・・・。
生涯をかけて罪を償うこともできず、被害者遺族とのいかなる交流の可能性も絶たれ、精神の成長も閉ざされ、直接死刑執行にかかわる人たちに苦痛と傷を少なからず与えて、死刑囚は殺される。
シリアのアサド政権下で反体制派弾圧が苛烈を極めているようだ。今朝のNHKニュースでは、これまでに死者は8000人を超えたとのことだ。手続き無しの拷問と虐殺。こちら日本では、手続きを十分経て審理を尽くした(?)上での死刑確定。しかし殺されることに変りはない。
1955年に作られた黒澤映画〈生きものの記録〉で三船敏郎演じる主人公が、『病気で死ぬのは仕方がない!でも殺されるのは嫌だ』と叫んで、親族ばかりではなく皆に日本脱出(移住)を訴えるシーンがあった。半狂気という設定だったが、心底から共感したものだった。私は日本を捨てたい。
殺人事件被害者遺族の加害者へ厳罰を望む気持ちが多く取り上げられ、それに同調する世相(主にマスコミの創り上げる論調)を反映してのことらしい。
【切捨て】という言葉が思い出され、昔の優生保護法を連想した。優生保護法の考え方は【不良な子孫の出生防止】と【母性の生命健康の保護】だ。【不良な子孫の出生防止】という考え方はナチスのユダヤ人抹殺計画と通底する。死刑制度を持つ国は、はみ出し者を殺して排除する基本方針を持つ国なのだろう。
国家を擬人化して評価するなら、まことにもって度量が小さく未熟な国ということになるだろう。極刑としての終身刑がないから、いびつな考えが広がるのかも知れない。終身禁固刑や終身懲役刑を死刑に替わって作ったらよい。
殺人事件は、殺人に至る経過を徹底的に調べられるべきで、極刑を言い渡される程の重大事件殺人者のその後は徹底的に研究されるべきだ。
それこそが凶悪犯罪を防ぐための未来学になるのだ。そういうふところの深さと探究心を失った国家により良い未来は望みにくい。こんな国には住めない。早く脱出するか、それとも死刑廃止を願って死ぬほど戦うか・・・。
生涯をかけて罪を償うこともできず、被害者遺族とのいかなる交流の可能性も絶たれ、精神の成長も閉ざされ、直接死刑執行にかかわる人たちに苦痛と傷を少なからず与えて、死刑囚は殺される。
シリアのアサド政権下で反体制派弾圧が苛烈を極めているようだ。今朝のNHKニュースでは、これまでに死者は8000人を超えたとのことだ。手続き無しの拷問と虐殺。こちら日本では、手続きを十分経て審理を尽くした(?)上での死刑確定。しかし殺されることに変りはない。
1955年に作られた黒澤映画〈生きものの記録〉で三船敏郎演じる主人公が、『病気で死ぬのは仕方がない!でも殺されるのは嫌だ』と叫んで、親族ばかりではなく皆に日本脱出(移住)を訴えるシーンがあった。半狂気という設定だったが、心底から共感したものだった。私は日本を捨てたい。










話されると、男や女や個人はベツモノになってしまうように思います。
「3・11」から学ぶものは「懐疑の勧め」・・・
「異議なし」 という言い方は古いでしょうか?
大筋というか、根の部分でちゃんと理解してくれてありがとうございます。
懐疑を書き続ける所存です。
アメフトの場合、反則をすると無条件にその反則に対する罰則が科せられるのではなく、された側のチームが罰則を科す・科さないの選択をできるのです
裁判で死刑判決が出た場合、遺族(または臓器提供意思カードのように被害者本人が意思を事前に用意しておく)に死刑・無期刑の選択権があるという風にしてはどうかと思います
これなら本人や遺族の思想が反映されるのではないでしょうか
遺族(または臓器提供意思カードのように被害者本人が意思を事前に用意しておく)に
正
遺族または被害者本人が(臓器提供意思カードのように被害者本人が意思を事前に用意しておく)に
例えば、
判事がどのような判決をだすのかは別にして、
被告
①極刑を望む。死をもって償いたい。
②情状を酌量して欲しい。生きて償いたい。
被害者遺族
③極刑を望む。死刑に処して欲しい。
④謝罪を受け入れる。懲罰としての死を望まぬ。
①③の組み合わせで、尚且つ死刑判決が出た時のみ死刑が執行される。
(死刑の方法も幾つかから死刑囚が選択できる。自殺も選択肢に入る)
というようなことになるんでしょうか。
このコメントを膨らませて記事にしたいと思います。
ナイス・サジェスチョンをありがとう。
①と③が揃わなくても死刑判決が出た場合は③だけでも死刑が執行される
死刑判決が出て加害者側が①を望んでも、被害者側が④を選べば死刑は執行されず生きて償わなければならない
と、私は考えました
アメフトも反則をした側には選択権はありません
尚、この考えは100%冤罪ではないというのが前提です(念のため・・・)
それは被害者の思いが反映されるべきと思うからです(でも犯した罪を超える刑罰を科してはいけません)
なので終身刑制度も作り、とんびさんの言うような死刑の執行方法も複数作るなどして刑罰の種類を増やし被害者側がどのような刑を望むかを選べるようにすれば良いというのが私の考えです
とんびさんの考えと異なり、気分を悪くさせてしまうかもしれませんが、一応自分の考えも伝えておかないとと思うので報告します
多様な意見があって当然なわけで、一方的に反対意見を封じてしまうのは、一番やってはいけない事だと承知しています。
暴力的な支配者はそれをやってしまい、最後は自滅していくのです。
おっと、横道にそれました。
>冤罪絶対反対
この言葉に、違和感を覚えるとしたら楽天的に過ぎるのだろうと思います。
検察のデッチアゲとごり押しで冤罪を作り上げてしまうことがいくつもあった訳ですから・・・
>被害者の思いが反映されるべきと思う
これも重いことばです。
殺された人間の無念の思いを晴らしてあげるべきだという考えはよく分かります。
それらを踏まえた上で死刑反対の論を組み立てたいと考えています。
反論のための反論のようなことではなく、基本は直感からのものです。殺すのはダメだという直感。