
京都の繁華街に仕事ででかけ、車を止めて降りたときに、じっと私を見つめる視線にであった。いくら夏だとは言え、ワインを持って裸のその上目遣いは照れる。映り込んでいる車は私の商売用。ショートパンツで歩く女性がもっと派手派手しかったら良かったのに・・。
小学生高学年の頃か中学生の頃か、赤玉ポートワインを初めて呑んだ。大晦日の夜か元旦だったと思う。私は大家族中の最年少だったので、誰かに『おまえも一杯呑んでみるか?』と渡されたのだったと思う。
ポスターのものより小さなグラスだったけれど、一杯どころか一口しか呑めなかった。美味しくない甘さがあるということを初めて知ったように思う。それから成人するまで毎年のようにクリスマスか年末年始に赤玉ポートワインを呑む機会があったけれど、美味しいと思ったことがない。
普通に甘くない赤ワインなら大人になってから美味しいと思うようになった。赤玉ポートワインは実家ではおんな子共の呑む酒という位置だったけれど、私はついにおんな子供の味覚になれなかった慣れなかった。
ところで、赤玉ポートワインとは何ぞや。広辞苑で赤玉とポートワインをひいてみる。
赤玉:『・・②琥珀(こはく)。〈本草和名〉③佐渡などに産する碧玉(へきぎょく)の赤いもの。庭石として珍重。赤玉。赤玉石。・・』
ポートワイン【port wine】:(ポルトガルの港市ポルトから積み出したことに由来)ポルトガル北部で産するアルコール分を強化した葡萄酒。赤、白があり、通常は甘口。日本では甘みを加えた葡萄酒をこの名で呼んだ。
広辞苑に『赤玉ポートワイン』では載っていなかった。このポスターには、『美味 滋養 葡萄酒』とある。滋養と言えば、養命酒が思い浮かぶ。癌になった祖父の部屋に空箱がたくさん置いてあった。延命効果があったかどうかは知らないけれど、自宅で最期を迎えるため退院していて、真夜中誰にも気付かれず安らかな顔で亡くなった。養命酒も好きになれなかった味だ。









