行くので→行くんで、咲くので→咲くんで、
増すので→増すんで、行きますので→行きますんで
込むので→込むんで、噛むので→噛むんで
来るので→来るんで、盛るので→盛るんで
ある地方の方言だったのに、急速に一般標準語化するということが今の世ではよくある。
冒頭の例もその一つ。何だかぞんざいな感じで耳障りだったが最近はあまり気にならなくなってきた。今日、何気なくNHKテレビを見ていたら、定年間近のような年配のアナウンサーが、~んで~んでと連発していた。
かと思えば、これもテレビを観ていての話だが、話術を仕事の糧にしていない普通の若者でも街頭インタビューなどでマイクを向けられて話す時に、何々なので・・・とキチンと話す人もいる。『キチンと』と書いた。つまり私の中ではまだ、『~んで形』がキチンとしていない『ぞんざいなしゃべり』としてくすぶっているのだ。
別にだれかれを非難するつもりはない。面と向ってなど尚のこと言うつもりはない。でも方言(東北弁)での使い方は言い回しと言うのか、独特の間(ま)とイントネーションがあるから「~んで」でもかなりニュアンスは違う気がする。
はじめて私がこの言い方を気にしはじめたのは、サッカー選手のインタビューだった。どこで誰が始めたのかはわからないけれど、主にスポーツ選手が使い始めたのではないかと思っている。間違いかもしれないけれど・・。そして、私のなかでは、『~んで形』を使わないか、使うかで好感度がかなり違う。
しかしTPOにもよるのだろうし、親近感をあらわす話し方として普及しているのかも知れないとも考えた。いわゆる『タメ口』としてあるいは、自然な口語体としてだ。テレビの画面下に発言がすべて文字テロップで流れる番組が多くなってきたが、「~んで」と話していても、文字テロップは必ず「~ので」となっているようだ。文字にするには、やはり『~んで形』はマズイというのが現在のテレビ局の一致した見解なのかも知れない。
携帯電話のメールで簡単な連絡のやり取りをしていると、全くの言文一致で方言も省略もすべて話し言葉のままという人がいて面白い。早く手短に伝えるためにはシンプルな言文一致が必要なのだろう。
みんなおんなじようにタメ口の省略形を使ってしゃべるようになっていくんで、そこんとこ、よろしく!って今の高速通信事情が言ってる感じ。てか、なんかわけわからん終り方になるんで困っちゃうわけなんすけど・・・。
増すので→増すんで、行きますので→行きますんで
込むので→込むんで、噛むので→噛むんで
来るので→来るんで、盛るので→盛るんで
ある地方の方言だったのに、急速に一般標準語化するということが今の世ではよくある。
冒頭の例もその一つ。何だかぞんざいな感じで耳障りだったが最近はあまり気にならなくなってきた。今日、何気なくNHKテレビを見ていたら、定年間近のような年配のアナウンサーが、~んで~んでと連発していた。
かと思えば、これもテレビを観ていての話だが、話術を仕事の糧にしていない普通の若者でも街頭インタビューなどでマイクを向けられて話す時に、何々なので・・・とキチンと話す人もいる。『キチンと』と書いた。つまり私の中ではまだ、『~んで形』がキチンとしていない『ぞんざいなしゃべり』としてくすぶっているのだ。
別にだれかれを非難するつもりはない。面と向ってなど尚のこと言うつもりはない。でも方言(東北弁)での使い方は言い回しと言うのか、独特の間(ま)とイントネーションがあるから「~んで」でもかなりニュアンスは違う気がする。
はじめて私がこの言い方を気にしはじめたのは、サッカー選手のインタビューだった。どこで誰が始めたのかはわからないけれど、主にスポーツ選手が使い始めたのではないかと思っている。間違いかもしれないけれど・・。そして、私のなかでは、『~んで形』を使わないか、使うかで好感度がかなり違う。
しかしTPOにもよるのだろうし、親近感をあらわす話し方として普及しているのかも知れないとも考えた。いわゆる『タメ口』としてあるいは、自然な口語体としてだ。テレビの画面下に発言がすべて文字テロップで流れる番組が多くなってきたが、「~んで」と話していても、文字テロップは必ず「~ので」となっているようだ。文字にするには、やはり『~んで形』はマズイというのが現在のテレビ局の一致した見解なのかも知れない。
携帯電話のメールで簡単な連絡のやり取りをしていると、全くの言文一致で方言も省略もすべて話し言葉のままという人がいて面白い。早く手短に伝えるためにはシンプルな言文一致が必要なのだろう。
みんなおんなじようにタメ口の省略形を使ってしゃべるようになっていくんで、そこんとこ、よろしく!って今の高速通信事情が言ってる感じ。てか、なんかわけわからん終り方になるんで困っちゃうわけなんすけど・・・。









