ある川沿いの桜並木を歩いていたら、「うわーん」という音が聞えた。いつもの耳鳴りかなと思ったが少し違う。上をみたら高圧線が通っていたので電線のうなりかも知れないとも思った。桜の老木がまばらに植わっていて、どうも桜の木を離れると音が小さくなるようだった。
よく見ると蜜蜂がぱらぱらと桜の花にまとわりついていた。決してたくさん群れているわけではなくて、しかもけっこう枝ぶりは高所なのに、まんべんなく散らばっている蜜蜂の羽音が同調して「うわーん」というかなり大きい音になっているようだった。
もしかしたら女王蜂が新しい巣を造る為の分封(テレビで観た知識)で、蜜蜂のかたまりがあるかも知れないと思い、探したがそれはなかった。桜から離れたら聞えなくなり、別の桜でも蜜蜂が同様にいる木の下に行ってみたら、その音が聞えたので、だいたい一本の桜に数十匹位しかいないと思われる蜜蜂の羽音の増幅音に間違いない。
何かの合図になっているのか、意味があるのか、何しろ間断なくしず心なく音が落ちてくる。小さい蜂だから日本蜜蜂だろう。わっと咲く桜は、うきうきと心弾むと言うか、ふわふわ気ぜわしいと言うか、それはともかく今日は桜の音を聞いたような気がした。
見事な咲きっぷりの桜を見たら、これからは「うわーん」という音を思い出すだろう。だからどうということもなく、人に話して聞かすようなことでもない。けれど今日わたしの中で、桜のイメージに狂気を含んだ咲きようと散りようとは別に命の唸りのような音が加わった。そして今まさに桜はうわーんと唸りながら咲いている。
西行の歌「願はくば 花の下にて 春死なむ その如月の もちづきのころ」は、ものが萌え甦る春に死のようではない死をさりげなく迎えたいということなのだろうと、今更のことだけれど想ったりするのである。
よく見ると蜜蜂がぱらぱらと桜の花にまとわりついていた。決してたくさん群れているわけではなくて、しかもけっこう枝ぶりは高所なのに、まんべんなく散らばっている蜜蜂の羽音が同調して「うわーん」というかなり大きい音になっているようだった。
もしかしたら女王蜂が新しい巣を造る為の分封(テレビで観た知識)で、蜜蜂のかたまりがあるかも知れないと思い、探したがそれはなかった。桜から離れたら聞えなくなり、別の桜でも蜜蜂が同様にいる木の下に行ってみたら、その音が聞えたので、だいたい一本の桜に数十匹位しかいないと思われる蜜蜂の羽音の増幅音に間違いない。
何かの合図になっているのか、意味があるのか、何しろ間断なくしず心なく音が落ちてくる。小さい蜂だから日本蜜蜂だろう。わっと咲く桜は、うきうきと心弾むと言うか、ふわふわ気ぜわしいと言うか、それはともかく今日は桜の音を聞いたような気がした。
見事な咲きっぷりの桜を見たら、これからは「うわーん」という音を思い出すだろう。だからどうということもなく、人に話して聞かすようなことでもない。けれど今日わたしの中で、桜のイメージに狂気を含んだ咲きようと散りようとは別に命の唸りのような音が加わった。そして今まさに桜はうわーんと唸りながら咲いている。
西行の歌「願はくば 花の下にて 春死なむ その如月の もちづきのころ」は、ものが萌え甦る春に死のようではない死をさりげなく迎えたいということなのだろうと、今更のことだけれど想ったりするのである。









