ニホンミツバチを誘う蘭、キンリョウヘンがうちでも咲いた。
アップで撮ったら焦点ボケだったけれど、花のそばに蜜がにじみ出ているのが見える。
小さくて花色も地味だけれど、味わいがある。
分蜂するためのミツバチを魅了する花なんであるからして、荒れ気味の天気が静まったらやって来て欲しいと願うばかり。
受粉すると花持ちしないということで、洗濯ネットでカバーしておく。
小さな庭になぜか人馴れして逃げないキジバト(ヤマバト)が来ていた。
スマホを構えても逃げずに小首を傾げて撮らせる。
荒れる天気から避難しつつ、雑草の種か何かをついばんでいたようだ。
見たら目が離せなくなる美女に遭遇した。
どこからどう表現したらよいかと迷うくらいだが、パッと浮かんだ芸能人が石田えり。
そしてエリザベス・テーラーとソフィア・ローレンの若い頃。
その3人をたして2で割った感じ。
身体だってダイナマイト・ボディで何もかもチャーミング。
もちろん夢の話なんかではなく、すれ違ったとかテレビで見たというのでもない実際の現実。
なぜ芸能界にスカウトされなかったのだろう・・今からだって遅くないかも知れないのに・・と強く思った。
その人とどうこうとか、自分がどういう立場だったらとかは全く考えない。
ただ、遭遇した偶然に嬉しいばかり。
これ以上書いたら、特定の人に行き当たりそうになるので絶賛表現も控えたい。
今年の締めくくりに一生の良い思い出ができた。
私だけの美的感覚かも知れないので、我が家で咲いた朝顔の微妙な一瞬をとらえた画像を添えることに・・。
以前から丈夫でがっしりしたイメージのある百日草を自分のうちで咲かせたいと思っていた。
種を適当に蒔いておけば育つのだろうと思っていたら、芽はかなりでたが育ったのは数えるほど。
しかもひょろひょろしていて、こんなに虚弱な百日草は初めて見るくらいの情けなさ。
それでも花が咲いた。
地面には、いつのまにか今まであまり見たこともないような雑草がはびこっている。
ピンクの花の横に伸び上がっているのは、もう実もなく花も咲かず生きているだけのゴーヤのつる。
左下は田舎から持ってきた浅葱(アサツキ)。
百日といえば、長い期間という意味だろうから、寒くなるまで咲き続けてくれるのか。
咲き終わったのを摘むと脇芽がでて来るそうだ。
ワキメと聞けば、自嘲気味に『脇目も振らず』が思い起こされる。
百と聞けば、九十九年借りるなんていう条約を決めてそのまま自国にするつもりが、九十九年経っちゃって返還した香港の騒ぎを思い出す。
百歳を超えて生きた義理の伯母さんのことも思い出す。
あと30年ほども生きてみたいもの。
画像を部分的に切り取って拡大したので大きい花のように見える。
この紫青の花の集合は、全体で3cmほど。
釣鐘型に開いた花の一個はせいぜい5mm。
折れた葉の裏側は赤くなっている。
どういう現象なのだろう。
折ったり、縛ったり、傷をつけたりしたら、この現象が起きるのだろうか。
試してみたいと思ったりもするけれど、そんなイジメ方はしないでおこう。
啓翁桜と名付けられているもの。
飾られたときはつぼみだったけれど、咲いたからこそ切り花。
正月に咲くようにと、まじない(厳密な温度管理)をかけられた代物だとか。
代物などと呼んでは失礼のような可哀想のような作りあげられた儚さ。
ウチのロウバイが咲いた。
ロウバイと音で聞けば、狼狽と老梅の方が浮かぶ。
蝋細工のような花だから付いた水滴も画の通り。
暖冬だからか、葉が落ちない内に花が咲き始めた。
葉はむしって落とそうと思う。
自然の秩序を人間が手助けしてやらなければならない昨今だ。
何か記事にする画像がないかと写真フォルダーを見たら、この白い椿があった。
決してほめてもらえるような画像ではないけれど、記憶代わりと自分のアリバイ証明としての乱撮りなのでしょうがない。
葉っぱが邪魔だったり、しっかり構えてなかったり、構図がなってなかったりする。
昨年に草刈りを3回もしたからか少し植生が変わったようで、今年はツクシとスギナがやたらに目立った。
苗を買って植木鉢に移し、最初の収穫をしたのが一昨年の秋。それからちょこちょこ脇芽を摘んで食べ、一年後あたりだったかに二年目のブロッコリーという記事を書いて収穫もした。そうして又半年が過ぎて、先日この状態になったので収穫して食べた。
まる二年は経っていないけれど、二冬越して足掛け三年だ。花芽を摘まれて死ぬに死ねない状態なのか!? ほかのものは枯れたのに、この一本だけが生き残っている。どこまで行くのか、ずっと見守るつもりの食うつもり。
ウチの狭い庭にロウバイが今年は盛大に咲いている。1m半ほどの高さだけれど、横幅広く枝がはりだしていて、そばに寄るとかなり強く匂ってくる。大量の花がびっしりなのだが、残念なことに黄葉した葉っぱが落ちずに残っているので、イマイチ花が目立たない。
せっせと葉をむしり取ってみたが、ラチがあかないので枝を切って生けてみた。少々枝を払っても惜しくないほどに四方八方に枝が伸び、びっしり花も付いているのです。
これは自然の花なのかどうか疑いたくなる花びらをしている。触った感じもビニールみたいで造化っぽい。触ると匂いが強くなる。触った指は人工的な香水のような匂いが付き、強すぎて臭いとさえ感じる。思わず狼狽してしまう程の人工臭なんである。
ところで、このロウバイは漢字変換すると、蠟梅や臘梅とでるが、そのまま出すのは蠟や臘の字を書けないから気が引ける。ロウバイというのは十年ほど前まで知らなかった。ロウバイと聞けば、狼狽か老梅しか思わなかったけれど、ウチで花まで咲いたから蠟梅の字も書いてみたい。蝋梅でいいではないか・・これなら書けそうだ。
我が家のマンリョウが実をつけている。マンリョウもセンリョウもナンテンもそこら中に芽をだすのは鳥が糞をしていくからだ。このマンリョウもせまい庭に芽を出したのを見つけて植木鉢に移植したら大きくなり実もつけるようになったもの。
手前の実はピンぼけで、奥の実と茎に焦点が合っている。そうして上に実がもげてしまった後の星の形が写っている。クリスマスツリーのトップスターということにしたい。
Mercianのペットボトル入り赤ワインを昨日のクリスマス・イヴと今日のクリスマスで1本飲み干した。正確に言えば、あと3センチほどで飲み干す。安売りで四百数十円。ラベルが剥がせるようになっていて、空容器はリサイクルへと示してある。リサイクルに出すのはもったいない。720mlの何かに利用できそうないい容器だ。
いつの事だったか、若い頃にブロッコリーを知ってから、それまでは好きだったカリフラワーがマズくなり嫌いになってしまった。そういう劇的な変わり身が自分に起こった事としては、ほかに例がないような気がする。
桐島洋子が堂々たる未婚の母として、アメリカでの生活を書いたエッセイにブロッコリーのことが出ていて初めて知った野菜。検索してみると、アメリカではそうとう前から一般的で象徴的な食い物らしい。ブッシュは嫌いだったそうだ。
和名は芽花野菜、又は緑花野菜。昨年は色々と園芸のようなことをやってみたのに、今年は小さな庭を草ぼうぼうにして放ったらかしにしてしまった。画像のブロッコリーは、昨年の株をそのままにしていたら2年目なのに1本の茎だけが生き延びて先頃から花芽を出した。
そういう事はあるのかどうか調べている時に、1年生植物と2年生植物と多年生植物という分類を知る。多年生植物というのは一般的な木のこと。ウチのブロッコリーは木化してしまったのだろうか。気に掛けて、大事に育てて、木にしたい。そうなったら面白い。
屋根無しガレージのコンクリート隙間に咲いた花。ウチのコンクリート隙間にはタンポポの花に似たブタナが咲いたり、ノイバラが咲いたりする。この花ならいくら咲いても邪魔にならない。
野草ではないのだろうと思いつつ、名も知らぬままだったけれど、検索してみて、ようやくヒメツルソバという名だと判った。花が可愛いから憎からず思っていたのに、どうも外来のやっかいものらしい。ヨーロッパでは日本のイタドリが外来のやっかいものだそうだ。
下の画像は先月群馬県で撮ったソバ畑。花の時季のソバは見た事があるけれど、実をつけた状態は初めて見た。
メダカが卵を産みつけやすいようにと買った三株のホテイアオイの一つだけに花が咲いた。野生のものとは違う矮性種で、小さいのにどんどん増える。気のむくままに間引いたりしてたので一株にしか咲かなかった。300円の投資で10数匹のメダカが孵化して育ち十分目的は達した上でのオマケの花。
よく見るとシベの中に水滴のような玉がある。メシベに違いない。種はできるのだろうか? 今まで種の存在を知らない。冬越しさせようと発泡スチロール箱に入れビニールで囲ったけれど、ぐじゃぐじゃに腐って成功しなかった。
野生はどのように冬越しするのか知りたいところだ。我が家の水槽内では、浮き草が冬になるとほとんどなくなる。それでもわずかにゴミ程度に残ったヤツが冬を越してはびこる。夏場は頻繁にすくって捨てる程で、そういうサイクルが何年も続いている。どうにもままならない。
いっそのこと来年はホテイアオイは買わず、浮き草は徹底的に排除し、睡蓮を買って咲かそうかとも想う。信楽で睡蓮鉢を買おうと思ったことがあったけれど、値ごろ手ごろがなくて断念した。リサイクルショップで火鉢を買おうと物色したけれど意外に高くて、これも断念。器にこだわることもないか・・先ずはウチの水槽内でやってみよう・・と・・想うだけで終わってしまうか。
田舎の庭に放置された椿が、たくさん花をつけ花を落としていた。
人が住まなくなって20年以上になり、雪囲いもされなかったのに生き残っている。
雪に圧されて広がってしまったが樹勢は衰えていない。
真紅、白、桃色、うす桃色などの種類があって、画像のものが私のお気に入り。
触れるのもはばかられる気品・・・直ぐにポロリとあっけなくもげてしまうのだけれど・・・
これは今月の10日撮影のもの。今は花の残骸がボロのように垂れ下がっている。葉見ず花見ずの類なので、葉っぱが完全に消滅してから、花茎がにょっきりと立つ。3本は立っていい筈なのに1本しか立たなかった。花が全部開くと全方向スピーカーのように見えるので上から撮ってみた。

模様という模様はないが、つぼみの時の先っぽは濃い紫で、咲いた直後はその名残がある。開ききると全体がピンクになるけれど微妙なグラデーションが美しい。酔芙蓉が一日で色変わりするのに比べたら、ゆっくりではっきりしないけれど、毎日撮ってみると時間的グラデーションを見てとれる。シンプルなのに、これもそそられる。