Silenceのほとりで散歩 by ともすけ

山アリ谷アリのアフガニスタン赴任→モーリタニアにて仏語と格闘後、2018年春からパプアニューギニアにて新世界に挑み中…

このブログについて(最新記事はこの後に表示されています)

2099年10月13日 | ブログ案内&連絡事項

2014年秋ブログ人よりGooに引っ越してまいりました
一記事一カテゴリー設定への対応、画像のサイズ訂正、閉鎖したHP関連記事の整理など、のんびり訂正が入ります…

Webの雑踏の中にころがるこのブログをご訪問いただきありがとうございます。私は1998年から、デヴィッド・ボウイ/David Bowie(ボウイさん)のインタビューや歌詞の訳「こっそり訳詞集」を中心としたHPを運営していました。

HPを立ち上げた90年代終わりから10年程でネット文化にもネットの利用者にも劇的な発展と変化がありました。著作権や肖像権のことをもっと気を遣わなくてはならないこと、自分の書いたコトで不快に感じる人もいること、また知らないところで批判されうることも覚悟しなくてはならないことも知りました。

これらの流れにスマートに対応できる自信が持てず、転職&海外赴任をきっかけにHPは2007年11月に内容を縮小、2015年2月のOCNのHPサービス終了とともに閉鎖しました。一方、HPの更新連絡用であったブログは継続し、趣味や生活、そしてボウイさん含む人々から受けた刺激や感動などなどを投稿し続けたいと思います。

2013年のボウイさんの10年ぶりの新アルバム「The Next Day」発売にココロ踊るまま、全曲の解釈と感想を投稿してみました。HP運営を通じ、多くのボウイファンとの素敵な出会いがあったことを思い出し、以降、少しづつ旧HP上にあった多量の歌詞訳と解釈を見直して投稿し始めました。ちょっと年をとった私にどんな新発見ができるのかわくわくしながら…。

そして、2016年1月10日…ボウイさんはこの世から去ってしまいました。寂しさに打ち勝つ道を見つけるためにも、最後のアルバム「★」の解釈をさせていただきました。ボウイさんの足取りは止まり、もう遥か先を走り続けてはいないのですから、自分の力でしっかり立って、ちょっとづつ近づいて行けるように「こっそり訳詞集」をじっくり復活・完成させていきたいと思います(アルバムごとにカテゴリー分けしています。左の柱のカテゴリー欄からご覧ください)。

ボウイさんの存在に改めて感謝。これからも、どこに行っても、ボウイさんの作品とそして遠藤先生の「死海のほとり」は私の栄養です (ともすけ 2018年2月更新★)

ご連絡、ご感想はコメント欄か☆こちらまでメールにてよろしくお願いいたします。

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フィリピンでスケート~マニラ編1Mall of Asia

2019年01月13日 | フィギュアスケート滑るコト@フィリピン

2018年7月末から8月始め、パプアニューギニア(PNG)への転勤後、初のリフレッシュ休暇(生活環境の厳しい赴任先でその厳しさに応じて設定された期間でいただけます。PNGの場合は12週間ごとです)を使って、マニラで滑りました!

マニラには同じ企業(百貨店?)グループSMが経営するリンクが3カ所あるのですが、その中でも2017年10月オープン!競技用世界標準サイズであり、氷の質などの評判も良いMall of Asia内3階にあるSM Skating Rink Mall of Asiaを使ってみました。

https://smskatingrink.com/

https://www.facebook.com/smskating/

https://twitter.com/smskating

滑走入場料は450ペソ(約900円)で、開場時間内(午前10時から午後10時)であれば何時間でも滑ることができます。マイシューズ持ち込み割引は無いようです。ロッカーは50ペソ(約100円)ですが、小さめで大きな荷物は持ち込めません。場内でロッカー前の係員に話しかけ、ロッカー使用帳簿に名前と時間を記入後、鍵を受け取ります。ロッカーを開けるときは、同じ係の方に断って開け、時間を記入し鍵を返却します。開け閉めは入場後各一回しかできないので、滑っている間に必要になりそうな物(水、ティッシュ、タオル、追加の水やスナック購入用小銭等)はロッカーに入れてしまわないように注意が必要です。

一般利用者用の更衣室がないので、ベンチで着替えが済むように服装を工夫して行くか、トイレを利用し着替える必要がありました。

入場券は手首に巻き付ける形式。ヘルメットなしで滑る人は初めリンクに入る際に、リンク入り口の係員の提示する「ケガをしても自己責任」的な制約をするリストに記入し、手首の入場券にスタンプを押してもらいます。

トイレは綺麗なのですが...(既に改善していることを祈ります)私が利用した2018年7ー8月当時、トイレの水が流れない(フラッシュできない)状態が長期間続いていたようで、専用のポットが手洗い場に置いてあり、トイレ使用後はそこで水を汲んで流しに戻る、という不思議なことをしなくてはなりませんでした。

氷の質はよく、週末は混むそうですが、平日は夕方以降もそれほど混んでおらず、じっくり練習ができました。本格的にコーチについて練習中の若者もちらほらいて、お手本になりました。

製氷時間の後には(私は17時頃のものを観ていました)レッスン生・選手のデモンストレーション演技もあって、フィギュアスケートの紹介、普及に努力している姿勢が分かりました。

↓の投稿で触れておりますが、久しぶりの練習ということもあり、テン君のことも思いながら、コツコツいろんなターンを思い出しつつ練習していたのですが、練習4日目(8月2日)、ブラケットターン練習中、右腰からコケました。今までの経験上、大して激しい転び方では無かったと思ったのですが、右足に力が入らず立ち上がれない!

別途手術や治療経過の体験なども投稿したいと思いますが、当日すぐ現地の病院で受診、翌日受けたX線検査では異常なしとの診断でした。PNG帰国後(転んだ2週間後)出張先で痛み止めがキレたとたん全く歩けなり、16日首都ポートモレスビーの病院でCTスキャンを受け、右大腿骨頸部骨折が判明しました。医師いわく「70代~80代に多い骨折で、40代ではアンラッキー...血管が少なく、最もくっつきにくい骨。折って2週経っているし、壊死を避けるためにも、今すぐ手術すべき!」。判明翌日17日にマニラに移動、その翌日18日マニラ市内の病院で3本のハンソンピンでの接合手術を受けました。心配されていた転移(折れた部分の移動)は無く、輸血もなしで手術は成功したとのこと。12月始めの検診では、今のところ(大腿骨根元の丸い部分の)壊死は起こっていないとのこと。

よくあることだそうですが、手術後に頸部が少し圧縮され短くなり、右足が1.5センチ程元の長さより短くなってしまっているそうです。医師の勧めに従って、インソールなどでちょっと工夫をしています。

復帰できれば、他2カ所のリンクにも足を運んでみよう!それをモチベに今後もリハビリも仕事も頑張って行こうと思います。

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ボウイさんが灯台から★になって

2019年01月10日 | 追悼 デヴィッド・ボウイ

4度目の1月10日が巡ってきました。

自分がいかに灯台(ボウイさん)に依存し、こうも簡単に闇夜を航海する船のように不安になってしまったことに愕然とした2016年1月10日。そんな私のようなファンを「自分が全てを与えることはできない(自分で生きていきなさい)」と優しく戒めてくれた★の最終曲の意味に涙してから3年。

方向性は定まったものの、まだまだ自分の力で光を発しながら航海をしてはいない気がします。

アフリカから日本に近いアジア・オセアニアに帰っては来たものの、予想外のことばかりおこる不思議の国PNGでの新生活は厳しく、7ヶ月経っても地に足が着いていない気がします。

また、自分の不注意から夏に大腿骨頸部を骨折し(@スケートリンク in マニラ)、5ヶ月後の今もまだ杖が必要で、一生の趣味の1つと思ってたスケートに復帰できるのか不安で一杯(別途投稿したいと思います)です。

そして何より、老いる親について、一生にいつかは来るその時が近づいている現実も。

2019年、これらを私はどう乗り越えて行くのだろう。落ち込むこともきっとあるだろうけれども、乗り越え、良い経験だったと、今までより力強く自分で自分の人生を航海する人になれるだろうか。

ボウイさんの超名言「人は他人が墜ちるのを観るのが好きだが、そこから立ち上がるのを観るのはもっと好き」を胸にぼちぼち、歩んで行こうとおもいます。そしてできれば、ボウイさんの作品(こっそり訳の復活、見直し)にまた向き合う気持ちと時間を作りたいと思います!

さて、←のブックマークに追加していますが、2019年1月8日、ボウイさんの72回目のお誕生日から展覧会「David Bowie is...」がスマホ上でヴァーチャルに楽しめる様になりました!!私はまだDLしていませんが、きっと使いうちにに体験して感想を少し書いてみたいところです。

https://davidbowieisreal.com/

また、ボウイさんが亡くなってから、ミュージカル「Lazarus」のサントラと並んで、個人的に嬉しい!と素直にココロ踊ったリリース、「グラストンベリー2000 2CD & DVD」。なかなかまとめて視聴する時間が取れないのですが、ランカスター留学時代、一生懸命放送を追っかけていた自分の姿も懐かしく重ねながら、楽しみたいと思います。

グラストンベリー 2000【2CD+DVD】
ワーナーミュージック・ジャパン
ワーナーミュージック・ジャパン
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デニス・テンくん

2018年07月22日 | フィギュアスケート

なんてことだ なんてことだ

19日20日と全力以上で目下対応中(2月末に山岳地帯でおきた地震関連)の仕事に追われ、かなり遅れて21日土曜の朝ネット上のニュースで訃報を知りました。家事をしつつも、気もそぞろで、いろんな方のコメントやイラスト、写真、続報を見つつ、お昼まで4時間くらい涙を流しておりました。

特にステファン・ランビエールさんのインスタグラム(こちら)の詩的な言葉に、どっと涙が溢れました。

市民葬のストリーミングを観ても、現実味が沸かずにおります。

15歳位で国際大会にどんどん出てきた頃から気品のあるかつクリーンな滑りで、ペトレンコ氏ことペト様からフィギュアにはまった私は、気品とキレが同居する希有なスケーターとして俄然惹かれてしまいました。

私的にはペトレンコ氏→ランビエールさん→テンくんの流れで、世界最高レベルのジャンプ争い(にももちろん彼らはトップアスリートとして参加していつつも)とはまた別のところでフィギュアスケートの「私的に一番好きなところを」刺激してくれていたスケーターであります。

ステップターンが左右両方向スムーズなのに区切りがクリアで分かりやすいので、よくランビさんともども見本にしておりました。私ごときでは、とても全部はムリなので、個々のターンステップの練習に飽きないよう、5秒だけ切り取って2-3つの繋がりなどを真似してみたりしておりました。

19日には、気象庁関連のワークショップで一緒になった他の機関で働くカザフ人の方ともちょっと彼の話をしました。その頃、こんなことが起っていようとは。

今後もランビさんなんかと優雅に滑ってフィギュアの競技外での芸術面的発展に貢献しつつ、コーチや振り付けなんかもこなし、カザフでスポーツとしてのフィギュアの振興にも努め、スケート連盟にも貢献し、冬季オリンピックの誘致にいつか成功し、聖火ランナーなんてもちろんこなし、なんだかスポーツ界(政界もあり)の重鎮になるのではないか、なんて思い描いていました。カート・ブラウニングさんの追悼コメントなどにもありましたが、将来のリーダーとして自身も驚くほどクリアーなヴィジョンを持っていて、スケート界(それ以上かも)重要な未来のリーダーを失った!!!感が大きいです。

家族もご本人も、きっと無念でならないと思います。悲しく、そしてひたすら、彼の描いていたヴィジョンを繋いで行く動きが生まれてくることを祈っております。R.I.P.

以下、こっそり、あまりご存じない方のために。

2009年世界大会。15歳。すごい子キタ!と思ったことを強烈に覚えているフィギュアスケートファンも関係者も多いはずです。

FS (British Erosports版)

2015年四大陸も用ですが、こちらも。2013ワールド!素晴らしい(総合2位)SP FSどちらもアーティスト、二つの演技で一つの世界が完成します。

SP (British Eurosports版)

FS (ロシア語 Eurosports)

エキシビションは粋な物も好きですが、私はこれらのモダンダンス的なのもが彼の音感と可能性を反映していて大好きです!!!!

2014-5 シーズン(かな) ランビさん振り付け Youtubeからは削除されてましたのでNicco こちら

2016-7シーズン(ですっけ) シェーリーン・ボーンさん振り付け こちら

追記

↓記事時点で、テンくんは3度目のオリンピックで引退、と思っていたのですが、今季も現役継続としてGPSもエントリーしていたのですね。そんな切ない中、セルゲイ・ボロノフ(ロシア)選手がテンくん振り付けのプログラムを今季滑るそう。様々な立場の方にとって特別なプログラムになりそうです。そんなことを思うと、今からもう気持ちが高ぶってきてしまいますが、彼の初戦を待ちたいと思います。

ちかじか、ここの勤務では3ヶ月ごとにいただけるリフレッシュ休暇を使って、スケートリンクのある東南アジアの首都へ行きます。いろいろ思いを馳せながら久しぶりにしっかり滑ってまいります!!

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★に誘われ?PNGへ

2018年05月06日 | PNG&オセアニア

モーリタニアに着任したのがが2014年2月1日。昨年12月の段階で赴任後丸3年を超えていたので、勤め先のルールにのっとって、今年のローテーション異動の対象になっていました。

正に冬季オリンピックの最中に結果をいただいたので、その後、ものすごいことになったフィギュアスケート種目もその後の世界大会も、せっかくながら集中して追っかけることができませんでした(ああ)。

5-6行でちょっと感想を。。。羽生選手(連続金おめでとうございます!!!)の現役続行については、彼の「競技」嗜好からして、この面白い時期に参加せず辞められるかぁ!!!という気持ちなのではないかなと想像しております。男子はコレまでの経験から、(特に若い時期での)怪我を防ぎつつ、この複数種類4回転&すべてレベル4の世界がはたして今後も維持されうるのか(ソルトレーク→バンクーバーのような流れにならないか)、注目しております。田村岳斗先生ファンとしても、今季の宮原選手の乗り切り方&成長にただただ感動しつつ、見守り応援していました。これからも応援したいと思います。その他、女子も楽しみな選手がたくさんいて、それぞれ技術的な打開点(女子はもう技術的に拮抗&飽和しているので)を探していようなので、来季、世界的に(この男子過去4年よりはゆっくりだとは思いますが)変化があるのではと楽しみにしています。デニス・テン選手やパトリック・チャン選手など、独自の音楽性やスケーティングが大好きなスケーターの引退は寂しいですが、競技では100%は点にはならない(必要以上なので計られない)彼らの個性や魅力を生かして、スケートの別の面を競技の外にて魅せていっったり、伝えていってほしいなぁと思ったりしてます。

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あれよあれよと、駆け足で、後任さんやチームに仕事を引き継ぎ、引っ越し荷物や不要品の整理をし、会いたい人と会って、帰国。日本でビザ取得等のため2週間過して、3日前にパプアニューギニアに赴任しました!またまた、辞令をいただくまで、縁のなかった土地への赴任です。

また、完全に、新しい世界です!幸い、仕事や生活で使う言葉は英語なので、気持ちや時間に余裕ができる分(人の話が7~80%弱しか分からないとか、文書の読み書きに人の倍かかるとかがなくなります!)、安全や文化の違いに気をつけつつ、仏語の勉強や趣味的なコトをどうすれば続けたり再開したり始めたりすることができるか、探していこうと思います。

まずは、住むところ探し、そして車と運転開始です。運転は、日本というより英国&豪州と同じ交通ルールなので、モーリタニアのフランス式と逆となるので、やや不安です。その辺もまた、投稿したいと思います。

まだまだ、モーリタニア&西アフリカネタもたくさんあります。

大変でしたが、フランス語を含め、40代になって全く新しいことに挑むこと、自信を全く喪失すること、(ボウイさんの死もあって)自分を見直す機会を得た貴重な4年2ヶ月だったと思います!ぼちぼち整理して、投稿したいと思います。

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