明日に向けて

福島原発事故・・・ゆっくりと、長く、大量に続く放射能漏れの中で、私たちはいかに生きればよいのか。共に考えましょう。

明日に向けて(724)岩波ブックレット『内部被曝』5刷が発売されました!

2013年08月09日 09時00分00秒 | 岩波ブックレット『内部被曝』発売中です!

守田です。(20130809 09:00)

みなさま。本日は長崎に原爆が投下されてから68年目の日です。長崎原爆で失われた命に追悼の意をささげたいと思います。同時に長きにわたって長崎原爆の影響で苦しまれてきたすべての方々にお見舞い申し上げます。
この長崎原爆投下から68年目の日に、矢ヶ崎克馬さんとの共著、岩波ブックレット『内部被曝』が、お陰様で5刷になったことをご報告したいと思います。8月1日より発売されています。今回から帯がなくなり、表紙にそのまま印刷されています。
自画自賛で恐縮ですが、私たちのブックレット、ぜひこの広島・長崎の痛みを思い起こす日々に読んでいただきたいです。なぜなら私たちはこの中で、内部被曝のメカニズムにとどまらず、それが隠されてきた歴史的背景に深く切り込むことに大きなウエイトを置いたからです。

この点をとくに展開したのは、第4章「なぜ内部被曝は小さく見積もられてきたのか」です。ここで僕の「内部被曝を小さく見積もることも、核戦略のなかでなされてきたということでしょうか」という問いに答えて矢ヶ崎さんは次のように述べています。
「そのとおりです。核戦略という場合、核兵器を製造し、実験し、配備することなどが考えられます。いわば、これは見えやすい核戦略です。
もう一つ重要なのは、核兵器の巨大な破壊力を誇示する反面、核兵器の残虐な殺戮性を隠すこと、とりわけ放射線の非人道的な長期にわたる被害を隠すことです。とくに、内部被曝の脅威をないものにしてしまうことに大きな力が割かれてきました。
ICRPが内部被曝を、無視した体系を作り上げてきたのも、核戦略の重要な一環です。それがいまの福島原発事故への政府の対応、すでに飛び出してしまった膨大な放射性物質への対処を大きく規定してしまっています。」(同書p43)

現在の福島原発事故をとらえるときに、誰もが直面するのが、飛び出してきた放射性物質の人体への危険性について、「専門家」の間であまりにかけ離れた見解が乱立していることです。
その場合、ICRPやIAEAなど、明らかに原子力の推進側に立った人々の安全論がまずは目を引きますが、一方でもともと原発に厳しい立場をとり、民衆の側に足をおいて活躍してきた方たちの中にも、低線量内部被曝の独自の危険性をとらえているとは言えない見解もあり、放射線の危険性を憂う人々の中の混乱の一因ともなっています。
こうした混乱を正すために必要なのは、「放射線と人間」の関係が、誰が、どのような資料に基づき、アウトラインを作り出したのかに遡って問題をとらえ返すことです。そうすると見えてくるのが、原爆を投下した当事者のアメリカが、被爆者調査のデータを独占し、「放射線の危険性」のアウトラインを作り出してきたという事実です。
内部被曝隠しは、軍事作戦としての原爆投下の延長としてあったのであり、まさに核戦略そのものとしてあり続けてきました。このもとに「放射線学」の教科書が作られてしまったことに、現在の低線量被曝の危険性の、徹底した過小評価の根拠があります。

しかしマスメディアの多くはこのことを無視し続けてきました。この点で、内部被曝問題の第一人者である肥田舜太郎さんは「私は311以降、何十回となくインタビューに応えてお話ししてきましたが、いつもこのアメリカとの関係だけ、抜かれてしまいます。ちゃんと書いてくれたのは岩波書店だけです」とおっしゃられました。
「岩波書店だけ」というのは、『世界』2011年7月号で、僕が肥田先生をインタビューをさせていただいた記事、「放射能との共存時代を前向きに生きる」のことです。再び自画自賛になってしまいますが、あえてこの点を強調せざるをえないのは、「放射線学」が純粋学問として成立しているとはとてもいえないからです。核戦略そのものとして、強烈な軍事的、政治的制約のもとで歪められてきました。
たくさんのヒバクシャに寄り添ってきた臨床医である肥田先生が、誰よりも早くこのことに気が付き、「放射線学」で言われていることと、ヒバクシャの体に起きていることはあまりに大きくかけ離れていると告発してきたのですが、それが医学会や、放射線学の領域で取り上げられることはありませんでした。
肥田先生は、独自にアメリカで内部被曝を解き明かしたスターングラス教授に学び、その本を自ら翻訳しながら、この状況の打開を図ってこられましたが、残念ながらこの点も、メディアも、「革新」団体の多くも、正しく受け止めることができませんでした。

その結果として、福島原発事故が起こり、膨大な放射能が飛び出していながら、専門機関や、「専門家」から、政府の安全宣言を批判し、人々の体を守ろうとするまっとうな見解はほとんど出てきませんでした。このため、避けられた多くの被爆までもが避けられませんでした。痛恨の極みです。
こうした歴史背景があればこそ、放射線防護の問題は大学研究機関をはじめとした「専門家」たちに任せておくことはできません。市民が心ある科学者と連携しつつ、積極的に科学を自らのもとに取り返し、歴史的側面と、自然科学的側面からの双方から問題を解き明かし、自分で自分の身を、未来世代の心身を、守っていく必要があるのです。
小著である『内部被曝』は、矢ヶ崎さんのお力の元、その扉を開けた著であると自負しています。それはまた市民的立ってものごとを見ている僕と、市民サイドに立つ科学者として思考している矢ヶ崎さんとの、市民と科学者の間での協力関係の作り方の可能性の一つを開く行為でもあったと自負しています。
これに力を貸してくださったのが、岩波書店で、このブックレットの編集をしてくださった坂本純子さんでした。第三の著者である彼女の尽力があってはじめて、矢ヶ崎さんと僕との紙上対話が成り立ちました。

もちろんそこで果たせなかったものも大変多くあります。僕自身は、内部被曝のメカニズム、とくに分子生物学的にとらえたそれをもっと深めなくてはならないし、放射線被ばくの間接効果やペトカウ効果などを、もっと考察していく必要性を感じています。
一方で、歴史・社会学的には、チェルノブイリ原発事故の被害がどのようなものであり、かついかに隠されてきたのかを明らかにしなければならないと思っています。
いやそれ以外にも、書き足さなければならないことはたくさんあります。少なくとも僕の見識はまだまだ浅いものでしかないことを、歩みを深めれば深めるだけ痛感するばかりで、本書を自画自賛するのに恥じ入る思いも強くあります。
しかし放射線防護からまだまだ歴史的視点が欠けていることを僕は痛感しています。それは私たちがアメリカのマインドコントロールを脱しきれていないことをも意味しています。そのために、この領域に携わるすべての方に、ぜひ今一度、広島・長崎に立ち返り、そこから現在までの「放射線学」の歩みを、己のうちで追体験的に再構成されることをお勧めしたいのです。

ぜひこの夏、すべてのヒバクシャがたどってきた苦難の道に思いを馳せつつ、本書を読んでいただけたらと思います。ともに真の放射線科学を確立し、そのことで未来の可能性を切り開いていきましょう。

なお、同書の購入先と、アマゾンブックレビューを張り付けておきます。ご参考になさってください。

『内部被曝』購入先
岩波書店販売部 電話03‐5210‐4111
岩波書店ブックオーダー係 電話049‐287‐5721 FAX049‐287‐5742
岩波書店ホームページ
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/booklet/

*****

アマゾンブックレビューより(古い順に)

被曝を具体的な状況において考える必要の提起, 2012/3/13
モチヅキ (名古屋市)

本書は1943年生まれの物理学研究者に、1959年生まれのフリーライターが尋ねる形で、2012年に刊行した本である。本書によれば、第一に原子力の安全神話ゆえ、福島では放射線の防護用品や測定機器の準備がなく、災害弱者の犠牲や農地汚染の深刻化が生じた。
第二に、避難が最善の防護であるが、郷土愛の強い人は逃げないため、著者は「開き直って楽天的になり、危機を見据えて最大防護をしつつ、皆で支え合う大きな利己主義」を指針とした。
第三に、放射線は電離作用による分子切断と、その修復過程での異常再結合(遺伝子変成など)を引き起すが、三種類の放射線は透過性に違いがある。ただし、半減期と放射平衡によりどれが危険か一概には言えない。
第四に、外部被曝はほぼガンマ線によるが、内部被曝は全ての放射線に関わり、局所集中的に遺伝子変性を起こしやすい(50頁のグラフも参照)。また、間接効果、バイスタンダー効果、ペトカウ効果なども考慮されるべきである。
第五に、放射線リスク評価の国際的権威とされるICRPは、放射線被曝についての単純化(エネルギー量の大小のみ)と平均化、内部被曝の危険性の隠蔽を行い(医師の診断に悪影響を及ぼしている)、ECRRに批判された。また、ICRPの被曝限度値も実際には安全ではない。
第六に、ICRPの評価のもとになっているデータは広島・長崎の原爆のデータであるが、それは米国の核戦略の下で歪められており、多くの被爆者と認定されない被爆者を生みだした。
第七に、原発は潜在的な核開発施設として造られた。
第八に、東北住民の苦しみに寄り添う必要がある。また、自主避難支援、汚染ゼロ食品の保証、非汚染地域での食糧大増産、原発敷地内への汚染された瓦礫の収納(焼却禁止)、公費での健康診断と治療等の政策が必要である。
第九に、安価な放射線測定器は精度が高くないので注意すべきである。


「内部被曝」について最もコンパクトで分かり易い本, 2012/3/26
つくしん坊 (東京都)
 
東京電力福島第一原発事故後、便乗本も含めて、多くの放射線被曝に関する本が出版されてきた。しかし、内部被曝について、分かり易く、納得できるよう解説した本は非常に少なかったように感じる。
多くの本は、ICRP(国際放射線防護委員会)の規則をベースにしていた。本書は、ICRPの規則が健康に重大なリスクをもたらす「内部被曝」について十分考慮していない、非常に問題の多いものであることを前提に、内部被曝に関して最もコンパクトで分かり易い解説書である。

政府が金科玉条の如く引用するICRの規則がどのように作られてきたかを理解することは、その本質を知るために、重要である。
本書ではICRPの経緯もコンパクトにまとめられている。要するに、ICRPは、核兵器や原子力開発で排出される放射線・放射能の危険性を隠ぺいするため、内部被曝は最初から無視、あるいは軽微なものとして、科学的な根拠に反して、防護規則を作ってきた。このため、内部被曝を考えれば、年間1ミリシーベルトといえども、決して安全とは言えない。

福島県や近隣の県でいまだ放射能におびえている皆さんだけでなく、今後食品や、全国的なガレキ処理で二次汚染が心配される現在、長く続く放射能汚染時代を生き延びるために、多くの日本人が読む価値のある本といえる。


内部被曝についての格好の入門書, 2012/3/31
小津笛納

我が家にはまだ小さい二人の子どもがいるので内部被曝について正確な情報を知りたいと思っていたところ、守田敏也氏が近所の公民館で講演をされると知り、夫婦で聴きに行った。内部被曝の危険性についてとても分かりやすい話し方で啓蒙してくださり、会場で迷わず本書を購入した。
本書では、物理学者の矢ケ崎氏に守田氏がインタヴューする形で内部被曝についての基礎知識が提供されている。放射線とは何かという基本的なことに始まり、それが人体に悪影響を与えるメカニズム、内部被曝が一般に考えられているよりもはるかに危険であるということ(外部被曝の600倍!)、
原爆の残虐性の隠蔽を意図するアメリカやそれに追従する日本政府によって内部被曝の科学的研究が歪曲・抑圧されてきたこと、日本政府による安全キャンペーンを信じることの危険性、これから我々がとるべき対策、などについてコンパクトにまとめられている。
事実がイデオロギー抜きに説得的に説明されているだけに、フクシマ以後の我々がいかに恐ろしい状況におかれているかをよく分からせてくれると同時に、もはや賽は投げられてしまった以上、腹をくくって対処してゆかなければならないということを否応なく納得させてくれる良書である。
わずか70頁のブックレットでこれほど有益な情報をわかりやすく、かつ包括的に提供することに成功しているのは、インタヴュアーである守田氏の周到に準備された質問と、それに応える矢ケ崎氏の学問的誠実さの賜物であろう。3.11フクシマ以後に子育てをするすべての日本人と今後の日本の医療を担うすべての若者に本書を強く推薦する。


わかりやすく納得できる, 2012/4/11
KURIKEI

内部被曝の第一人者の矢ヶ崎さんとフリーライターの守田さんの対話形式になっており、わかりやすく読みやすいです。
ひとつひとつ、丁寧に背景や科学的根拠が示され、納得のいく内容です。71ページというブックレットの限られたページだからこそ、ぎっちりお二人の伝えたいことが詰まっていました。
事故が起きてしまった中でどう生きていくかという提言もあります。


わかりやすいです, 2012/9/25
ジムシー
 
これから、国民全員が関わっていくであろう、内部被曝。
福島だけの問題ではない現実と向き合っていくために、知っておくべき内容でした。
自分や家族を守るだけに留まらず、どのような声を上げてより良い社会を創っていくかなど、広い視点で書かれている、対談形式のわかりやすい本でした。


レビュー通りわかりやすかったです。, 2013/3/19
マルガリータ

数々のレビューにある通り、被曝のメカニズムや原子力発電所と国の関係、被曝限度量について、とてもコンパクトで鋭く深い説明が載っていました。
私は市民として考えなければならない問題はふたつあると思います。原子力発電所廃絶に向けての取り組みと、被曝した身体をどうするのか、ということです。
前者は単なる既得権益者だけでなく国防にも関係してくるため、世界的に展開しなければいけないし、後者は次世代のために個人がすぐにしなければならないことだと思います。


内部被ばくの恐ろしさが身に沁みてわかる本, 2013/7/28
☆☆☆

放射能の被爆について分かっているつもりでしたが、全く的外れな知識であったことが分かりました。内部被ばくがこうも恐ろしいものであることが、原発事故の前に周知されていれば、事故当時の対応が全く異なっていたであろうと思うと本を読んでいて悔しささえ覚えます。
安価な本ですが内容は「今の日本に一番必要な本」と思えます。通勤の途中でも簡単に読める本なので、是非読んでみてほしいと思います。私はカバーをかけずに広げて、誰かの目に留まってくれればと思い、常に携帯しています
 

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明日に向けて(723)ゲルニカから広島・長崎、そして福島へ・・・空襲と原爆投下を問う(下)

2013年08月08日 09時00分00秒 | 明日に向けて(701)~(800)

明日に向けて(723)ゲルニカから広島・長崎、そして福島へ・・・空襲と原爆投下を問う(下)

守田です。(20130808 09:00) 

昨日の続きを書きたいと思います。私たちが空襲の戦争犯罪を告発していくためには、もちろん、旧日本軍の行った様々な戦争犯罪を、日本人の側から正していかなくてはなりません。僕が関わっている性奴隷制問題もその一つであり、南京虐殺をはじめとしたアジア各地での蛮行もそうであり、捕虜の虐待などなど、枚挙のいとまがありません。さらに付け加えるべきは、日本軍の兵士たちに対する構造的虐待の捉え返しでしょう。
同時に空襲の問題でいえば、一番、初めに「戦略爆撃」という名の、連続的な都市空襲を行ったのが日本軍であることも、正しい歴史認識として踏まえておく必要があります。
そもそも空襲の始まりは、ドイツ軍とフランコ軍のユンカース急降下爆撃機などを使ったゲルニカ襲撃でした。スペイン内戦のさなかの1937年4月26日のこと。200トンの爆弾が使われ、市民を中心に1600人の死者が出ました。
このとき世界は、一般の人々を巻き込んだナチスドイツとフランコの仕打ちに激怒しました。画家のパブロ・ピカソがありったけの怒りを込めて、『ゲルニカ』と名付けられた抗議の絵を発表したことが有名です。

一方で人権感覚が希薄だった日本軍は、世界の激怒に耳を貸さず、空からの攻撃の「軍事的効果」に着目し、戦争戦略に大きく取り入れました。日本軍は1938年12月4日より1943年8月23日にかけて、中国蒋介石政府のあった重慶市に大型の爆撃機を使った断続的な空襲を敢行、なんと218回もの爆撃を行いました。この攻撃で殺害された人々の数は1万人におよんだとされています。
ドイツ軍とフランコのゲルニカ空襲に怒りの声をあげた各国は、しかし日本軍の「戦略爆撃」の「効果」に着目し始め、それぞれに爆撃機を開発して空襲の準備を始めていきます。そしてドイツ・イギリス間での空襲の応酬がはじまります。この空襲は主に互いの軍事工場を狙ったものでしたが、あるときからタガが外れて、都市空襲に転換していきました。
この「バトルオブブリテン」にアメリカ軍が参戦し、空襲の規模はますます拡大していきました。ゲルニカに怒った世界は、ゲルニカをはるかに上回る空襲を相互に繰り返すようになり、こうした空襲の「効果」を最大級に高めるものとして、アメリカ軍が原爆開発を急いだのでした。

しかし原爆が完成する前に、日本軍はアメリカを中心とした連合国軍の猛攻によって敗戦を重ね、急速に瓦解していきました。1944年、フィリピン海域で行われた「レイテ決戦」において、日本軍は主力の軍艦のほとんどをアメリカ軍によって沈められてしまいました。航空機とパイロットの被害も甚大でした。フィリピンの島々に投入された日本陸軍も、アメリカの猛攻によって壊滅的な打撃を受けました。
軍と軍との衝突としての戦争は、ほとんど1944年末には決着がついていました。しかしアメリカ軍は、硫黄島をはじめ、次々と日本が占領していた太平洋の島々を奪取し、爆撃機の発進できる大規模滑走路を有した航空基地を作り、何度かの空襲が組織されました。

この頃、まだアメリカ軍は、「空襲の犯罪性」への最後の歯止めを失ってはいませんでした。空襲の対象を軍事基地や軍事工場に限定していたのです。いわんや都市部を襲い、人々を無差別に殺戮することは戒められていました。
これを痛烈に批判して登場したのが、アメリカ戦略空軍の将軍、カーチス・ルメイでした。彼は「日本はファシズム国家であり、全員が戦闘員である。東京の町はすべて軍事工場だ」といいなし、東京大空襲の敢行を主張しました。戦術としても、従来の高高度からの爆撃に変えて、低高度からの爆撃を主張し、東京をターゲットに準備を重ねました。
かくしてカーチス・ルメイの主張を取り入れて前将軍を更迭したアメリカ戦略空軍は、最後の「歯止め」をはずしてしまい、都市への大規模空襲に踏み込みます。こうして行われたのが1945年3月10日の東京大空襲でした。
このときアメリカ軍は東京の地形や気候条件を調べ上げ、北からの空っ風の吹く条件を攻撃に利用しました。また木製の日本家屋を効率よく焼き尽くすために、石油会社に「焼夷弾」を開発させました。火薬ではなく油脂を詰め、町の延焼を狙ったものでした。

周到な準備のもとに行われた東京大空襲は、計画された大量殺人でした。まずアメリカ軍は、燃焼力の高いマグネシウムを含有した焼夷弾を意図的に落とし、消防車を終結させてから集中攻撃を行い、都市の防火体制を破壊しました。そののちにB29の大編隊が、高度1000メートルを切る超低空飛行で東京の空に侵入しました。
アメリカ軍は焼夷弾を東京の下町にいくつかのラインを引くように連続的に落としていきました。このため町の中に猛烈な火の壁があらわれ、この壁と壁に挟まれた地域に火炎地獄が立ち現われました。高温化したこの地域では、火は延焼というよりも、飛び跳ねるように次々と広がっていきました。
ちなみにその中を逃げ惑った少女の一人が、深川生まれの僕の母でした。母は「火が機関車のように転がっていった」という表現をしました。火炎が町の中をいくつも駆け抜けて、人々を飲み込んでいったのです。そんなものを見て、彼女が生き残ったこと自体が奇跡と思われる炎の地獄の発生でした。
この計画的な大量殺りくによって、東京は一晩に10万人の死者を出しました。一晩での被害では、人類史上最悪でした。

その後、アメリカは日本全土への空襲に踏み切ります。4月には沖縄上陸戦も開始しました。この過程で原爆製造が急がれたわけですが、注目すべきことはアメリカは原爆使用を間に合わせるために、意図的に日本を降伏させない戦略を取り続けたことです。日本をよく研究していたアメリカは、天皇制の護持が保障されない「無条件降伏」は、当時、軍事力をほとんど失って和平交渉を渇望していたにも関わらず、日本が飲みこまない条件であることを熟知していたのです。
こうしてアメリカは原爆開発を急ぎます。そのため原爆は2つのタイプが作られました。ウラン235を濃縮させて爆縮させるタイプと、燃えないウラン238に中性子を当ててプルトニウム239を製造し、それを爆縮させるタイプです。なぜ2つのタイプが選ばれたのかと言えば、当時はどちらが早くできるか分からなかったからでした。
アメリカは7月に3つの原爆を完成させました。ウランタイプが1つとプルトニウムタイプが2つでした。このうち爆縮技術がより難しかったプルトニウム型で7月に核実験を行い、爆発に成功させています。かくしてアメリカは2つのタイプの原爆を太平洋の島々の空軍基地に運び込みました。

原爆投下のターゲットとなった広島に、アメリカ軍は繰り返し偵察機を飛ばして、たくさんの写真を撮りました。何が知りたかったのか。1日のうちで一番人が外に出ている時間帯でした。こうして原爆投下時間に8時15分が選ばれました。当時の人々は外で朝礼を行っていました。また出勤途上の人々も多くいた。この時間帯、もっともたくさんの人々が家の外に出ていたのです。
その時間を狙ったのは、明らかなる人体実験でした。アメリカ軍は原爆の熱線と放射線が人々にどのような影響を与えるのかを知りたかったのです。かくして68年前の昨日の朝、原子爆弾が広島上空に投じられました・・・。


初めに述べたように、オリバー・ストーン氏は「原爆が必要だったのは幻想」と指摘しました。その通り。原爆が戦争を終結させるために必要だったというのは嘘です。日本軍は壊滅していてとても戦争を継続する力を持っていませんでした。いやそもそも1945年過程に行われた都市空襲も、沖縄上陸戦も必要などありませんでした。
にもかかわらず、アメリカ軍は猛攻撃を繰り返し、都市住民の虐殺を繰り返しました。この過程がまたアメリカ軍に大量虐殺への「戒め」を次々と破らせ、原爆投下までも可能にしていく道でした。アメリカは今なお、この大量虐殺をとらえ返していません。謝罪も反省もしていません。そのことが私たちの世界に、構造的暴力をはびこらせ続けています。
事実、アメリカは第二次世界大戦後、空襲戦略をどこまでも強化していきました。1950年から始まった朝鮮半島を戦場とした戦争において、アメリカは戦略爆撃を繰り返しました。さらにベトナム戦争において空襲はよりエスカレートし、沖縄から飛び立ったB52が、繰り返し北ベトナムの諸都市を襲いました。2000年代になってもアフガニスタンで、イラクで、アメリカ軍は空襲を繰り返してきました。
アメリカ軍の空襲戦略を飛躍的に「高めた」のは先にも述べたように、カーチス・ルメイという将軍でした。日本全土への空襲と、原爆投下の空軍の最高責任者でしたが、なんと私たちの国は、この虐殺の首謀者に1964年12月7日、朝勲一等旭日大綬章を送っています。航空自衛隊の育成に対する功績に対してだそうです。僕はこういうことを・・・あまり好きな言葉ではないですが・・・「国辱」というのだと思います。

歴史はいまだまったく正されていない。正義は踏みにじられたままであり、批判の声、嘆き、苦しみ、悲しみの声は、無視されたままです。こんなことが続いていいはずがない。絶対に正さなければいけない。
そのためにも私たちは、日本軍の戦争犯罪にも厳しい目を向けて、反省を深めていく必要があります。日本軍の犯罪も、アメリカ軍の犯罪も「戦争だったから仕方がない」とあいまいにしてきたこの国の歴史認識を大きく問い直す必要があります。

同時にここで強く主張しておきたいのは、アメリカ軍による広島・長崎への原爆投下の正当化が、いまなお私たちを直接に苦しめているのだということです。何によってか。放射線の人体への危険性への評価においてです。戦後、占領者であるアメリカは、広島・長崎の被爆者調査を独占しました。そして原爆投下国であるアメリカにとって都合の悪いこと一切合財を伏せてしまいました。その最たるものが原爆の放射能による人体への深刻な被害でした。
なんのためにアメリカはそれを行ったのか。一つには原爆投下という戦争犯罪への批判、訴追を免れるためでした。二つに、戦後、急速に拡大した核戦略への批判をかわすためでした。この戦略上の必要性から、アメリカは放射線の人体への影響を非常に小さく見積もる必要があったのです。
そしてそのことが、核実験によって全世界に生じた被害者、アメリカの核兵器製造工場の事故などの被害者、そしてスリーマイル島、チェルノブイリ、福島と続く原発災害の被害者を直接的に苦しめ続ける根拠となってきました。その意味で広島・長崎と、福島は直接につながっているのです。

この負のつながりの歴史を断ち切りたい。断ち切って、人類の「野蛮」の時代を終わらせ、新しい時代を切り開きたい。切に思います。またそのことをこそ、戦争と放射能で失われたすべての命に対して誓いたいと思います。
平和へとともに歩んでいきましょう。

終わり

 

 


 

 


 

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明日に向けて(722)「原爆が必要だったというのは幻想…ストーン監督」・・・空襲と原爆投下を問う(上)

2013年08月07日 11時30分00秒 | 明日に向けて(701)~(800)

守田です。(20130807 11:30)

今日は広島に原爆が投下されてから68年目の日です。
今宵、僕は京都の三条大橋で追悼のキャンドルビジルに参加してきました。友人たちと、また呼び掛けに応えてくださった方たちと、キャンドルとメッセージボードを持って、静かに橋の上に立ちました。

FACEBOOKに写真を載せたので、よければご覧ください。
https://www.facebook.com/toshiya.morita.90/posts/10200946251876856

ちなみに、8月1日に僕は「今こそ広島・長崎原爆を問いなおそう!」という記事を配信しました。そして冒頭で以下のように述べました。

***

8月になりました。私たちは今月6日と9日に、広島・長崎に原爆が投下されてから68年目の日を迎えます。
原爆投下は一般市民を無差別に殺戮し、戦争が終わっても長きにわたって人々を苦し続けてきている許しがたい戦争犯罪です。アメリカはただの一度もこの戦争犯罪を謝罪したことはありません。そればかりかアメリカは朝鮮、ベトナム、アフガン、イラクと無差別殺戮である空襲を繰り返してきました。
にもかかわらず、戦前に「鬼畜米英を倒せ」と国民・住民を戦争に追い立てた日本政府は、戦後、ただの一度も無差別殺戮であった原爆投下にも、沖縄戦にも、都市空襲にも抗議したこともありません。「右翼」を自称する人々など、私たちの国を蹂躙したアメリカの核の力を賞賛し続けてきました。そのどこが「愛国」なのでしょう?
僕はそういうありかたこそ「自虐史観」に浸りきったものだと考え続けてきました。もちろん戦前の日本帝国主義のアジア侵略もまた許しがたき行為であり徹底した反省と賠償が今なお必要です。しかしアメリカの度重なる虐殺もまったくもって許されない行為です。いつか必ずアメリカに謝罪をさせなくてはいけない。それはアメリカの民衆のためでもあります。

明日に向けて(719)今こそ広島・長崎原爆を問いなおそう!・・・講演会とキャンドルビジルに参加します
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/443e742a1bfc100275de05e6d0a43505

***

これに対して・・・というわけではないですが、5日の読売新聞に素晴らしい記事が載りました。映画『プラトーン』の監督、オリバー・ストーン氏が「原爆投下は戦争を終わらせるために必要だったというのは幻想だ。(米国人として)被爆者に謝罪したい」と、読売新聞のインタビューに応えて語ったというものです。
ブログ記事のタイトルにもこの読売新聞の見出しをそのまま使わせていただいたのですが、ストーン氏の言葉にとても胸を打たれました。記事を紹介しておきます。

***

原爆が必要だったというのは幻想…ストーン監督
 読売新聞2013年8月5日08時53分
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130804-OYT1T00618.htm

「プラトーン」「JFK」などで知られる米国の映画監督オリバー・ストーン氏(66)が4日、広島市内で読売新聞のインタビューに応じ、「原爆投下は戦争を終わらせるために必要だったというのは幻想だ。(米国人として)被爆者に謝罪したい」と語った。
ストーン監督は昨年、第2次大戦前夜の1930年代からオバマ大統領登場までの米国の現代史について、独自の視点で描くテレビドキュメンタリーシリーズ「もうひとつのアメリカ史」を制作。その中で、原爆投下はソ連(当時)へのけん制が目的で軍事的に不要だったと主張している。今回は原爆忌に合わせ広島、長崎を初めて訪問、被爆者との対話などを予定している。
インタビューで、ストーン監督は、原爆を投下した米国は英雄であると教わってきたと説明したうえで、「80年代までそうした幻想に疑問を差しはさむことはなかったが、歴史をもっと深く見るようになった。私は歴史に対して建設的でありたい。日本の人々も、米国の神話を受け入れず、なぜ原爆が落とされたのかを学んでほしい」と話した。

***

ストーン氏は6日の広島における追悼式典にも参加されたそうですが、実は過去にもこうしたアメリカ人はいました。僕の師である宇沢弘文先生のさらに師であるシカゴ学派のフランク・ナイト先生などその典型です。彼は米国による広島・長崎への原爆投下に米国人としての責任を感じ、広島の被爆孤児を引き取って育てられたと宇沢先生に聞きました。
ちなみに「シカゴ学派」は、その後に市場原理主義の強固な推進者ミルトン・フルードマンが、後継者を自認したため、あたかも弱肉強食の経済学の拠点のような言い方がされていますが、実はナイト先生はフリードマンに怒りを抱き、破門を通告したのでした。広島・長崎の痛みに心を寄せたナイト先生は、市場原理主義にもきわめて批判的だったのでした。
アメリカの哲学者のジョン・ロールズも、原爆投下に胸を痛めた一人でした。第二次世界大戦に兵士として従軍し、対日占領にもかかわったロールズは、アメリカ軍のすさまじい空襲のもたらしたものに胸を痛めました。そして後年(1995年)にスミソニアン博物館が、原爆の展示を行おうとしながら社会的圧力によって中止に追い込まれたときに、「原子爆弾投下はなぜ不正なのか」との論文を発表したのでした。

ちなみにこのとき、もともと原爆投下や戦略空襲にかかわった立場にいながら、スミソニアン博物館での原爆展示などにかかわろうとした人々が、展示の中止に抗議して分厚い書物を発刊しました。ロールズもその一人。合計で62人が名を連ねましたが、そこに参加した3人の日本人の一人が肥田舜太郎先生でした。
この話は先生のお宅を訪問した時に初めてお聞きしました。実際に出された本を手にとって、そこにロールズの名があることを知りました。残念ながら邦訳されていない本です。岩波書店あたりが出してくれれば・・・と肥田先生はおっしゃっていましたが。


空襲はなぜ戦争犯罪なのか。ロールズは「そもそも倫理的に許される戦争とは何か」という問いから始めます。許される戦争とは、ヒットラーのナチスのようなファシズムの脅威から世界を守るための戦争のみである。その場合、正義の戦争をする側は、独裁者の支配する国の民をも守らなければならない。空襲は無差別殺戮であり、独裁下にある人々に危害を加えるので論外であり、戦争犯罪だというのです。
ロールズは次のように結論づけます。「ヒロシマへの原子爆弾も日本の各都市への焼夷弾攻撃も、すさまじい道徳的な悪行(great evil)であって、危機に基づく免責事由が当てはまらない場合、そうした悪を避けることが政治家たる者の義務として求められる。」

引用は以下の論文、「あるアメリカ人哲学者の原子爆弾投下批判」寺田俊郎著から
http://www.meijigakuin.ac.jp/~prime/pdf/prime31/01_terada.pdf

「許される戦争」の想定については、同意しかねる面がありますが、それでもロールズが「空襲は悪だ」と言わんとしたことに僕はこのとき、強く共感しました。ただしロールズのような論理を用いなくても、ただ非戦闘員を無差別に殺戮するものであるから、空襲は戦争犯罪だと言えばそれで僕は十分だと思っています。そうです。アメリカの行った1945年以降の日本全土への都市空襲や沖縄戦、原爆投下は、すべて戦争犯罪なのです。
なかでも原子爆弾の投下は、空襲一般の犯罪性を上回ります。なぜか。放射線を使うことで、後々にまで、世代をまたいでまで、無差別な殺戮や健康被害をもたらし続けるからです。このことを何としても歴史に刻まなくてはいけない。そうしないと、人類はいつまでたっても「野蛮」の時代を越えられません。

続く

 

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明日に向けて(721)福島3号機・・・再び「湯気」が出たり消えたり

2013年08月05日 20時00分00秒 | 明日に向けて(701)~(800)

守田です。(20130805 20:00)

福島3号機については、その後、情報が出てこず、こちらも同時に深刻に進行している汚染水問題の分析を進めていましたが、昨日(4日)から本日(5日)にかけて、東電の報道関係宛の一斉メールによる3号機の「湯気」に関しての3回のリリースが行われましたので、その点を分析したいと思います。

まず8月4日に発信されたメールでは、「7月24日午前4時15分ごろ、再確認された湯気がその後も継続的に確認されていたものの、8月4日午前8時00分ごろ、湯気が確認されなくなった」という発表がなされました。
ところが5日になって、「8月5日午前7時30分ごろ、再度、3号機原子炉建屋5階中央部近傍(機器貯蔵プール側)より湯気を確認」との報告がなされ、さらに「8月5日午後0時05分ごろ、湯気が確認されなくなった」と説明されました。

以下は、東電による一斉メール一覧ページです。マスコミ各紙が報じる前の東電からの第一次情報が見れますので、ぜひ多くの方にウォッチして欲しいと思います。

「報道関係各位一斉メール 2013年」
http://www.tepco.co.jp/cc/press/index_ho-j.html

一斉メールの内容から分かることは、一つには「湯気」は7月24日から8月4日午前8時まで継続的に出ていたこと。7月18日から始まった何らかの異変が長く継続中だということです。
二つに8月4日午前8時にいったん止まり、翌日5日午前7時30分に再び湯気を確認したものの、同日午後0時5分に再び止まっていることが確認されたこと。これらから少なくとも状態が一気に悪化するような急激な変化が起こっているのではなさそうだということです。
三つに、かといって、湯気がこのまま完全に止まる保障はまったくなく、この何らかの異常状態がさらに継続する可能性があるということです。

さらに本日(5日)のFNNのテレビニュースでは、午前10時に行った東電の記者会見で、東電が注目すべきことを述べていたことが放映されました。
何かというと、「湯気」を東電が「気温20℃前後、湿度90%以上になると確認されやすくなるのではないかと分析」しているというのです。

福島第1原発3号機建屋で、再び湯気のようなものを確認(13/08/05)
http://www.youtube.com/watch?v=Oy96hL883Uw

となると中から気体が出てきていても、気温や湿度がこの条件にあってなければ「湯気」としては確認できないことになり、湯気が出ているか出ていないかを、格納容器内部のものが漏れているかいないかの判断に直結させることはできないことになります。
確かに考えてみればそれも十分にありうることですが、となると気体の出ている状態は、7月18日の「湯気」の発生以前からあったのかもしれません。しかしそれが常態化していたのかといえば、長らく「湯気」が観測されることはなかったのですから、やはりこのころから何らかの異変が起こっていると考えるのが蓋然性が高いと思われます。
その意味で、ここ2日間ぐらい確認されなくなったり、また確認されたりを繰り返しているけれども、これまで10日以上も湯気が出続けていたわけで、にわかに湯気が見えない状態が続いても、それだけではただちに状態が収まったと判断できない・・・とまとめられると思います。
なんとも厄介ですが、いずれにせよ3号機の不安定な状態が続いていることを踏まえた警戒が必要です。


こうしたことが恒常化してしまっている中で、私たちの側が取るべきことは、いざという場合に備えて避難の準備を整えておくことだということをこの間、繰り返し述べてきました。ぜひそれぞれの地域で、職場で、ご家庭で、対策を話し合って欲しいです。
しかし当時に、汚染水問題も含めて、この事態を東京電力という私企業に任せていることの限界がいよいよ、耐え難い状態であらわになってきたことも私たちは見ておくべきです。

この湯気の問題一つとってもみても、非常に重要なポイントは、東電自身が何が起こっているのかよく分かっていないこと・・・3号機のコントロールが明らかに手に余っていることです。プレスリリースや記者会見の端々にそれが見えています。
しかも東電は初めから誠実さをまったく欠いています。汚染水など2年間も毎日400トンも海に流しておきながら、しらをきっていたわけで、そんなことがあまりにもひどく続くため、東電の情報はまったく信用できません。
私たちが、あるいは多くの人々が3号機の状態に、言いようのない不安を感じる原因の一つは、こうした東電が繰り返してきたあまりに不誠実な態度、虚偽的な体質によるものでもあります。何せまったく信用できない。東電が「大丈夫だ」と言えば言うだけ、得体の知れない不安が募ると言ってもよいほどです。

こんな状態が続くことで、世の中の大多数の人々は疲れ切ってしまい、もはや緊張感が間延びして「危機慣れ」してしまっているのが現実ではないでしょうか。僕は「それではいけない。最大級の警戒と備えを」と繰り返し述べるものですが、しかし社会的な緊張感の維持のためにも、こんな自己保身的な嘘を繰り返す東電には、もう後ろに退いてもらわないとどうしようもない。
僕が恐れるのは、このような社会的な危機感の摩耗とも呼ぶべき事態、あるいは東電の虚偽報告の重なりのもとでの正常性バイアスの広がりこそが、日本を、いや世界を破滅から救うために日夜格闘している現場の緊張感や士気を下げ、止められるかもしれない危機が止められなくなってしまうことです。

今、問われているのは、事態への対応能力も、社会的ないし企業的倫理観も著しく欠如した東電に代わって政府が前面に立ち、国内の、いや世界の優秀な技術者を集めて、破局を防ぐための対処を行うことです。その場合、現場のやりとりを公開すれば、より広範な科学者の力を結集させられるし、市民・住民にも緊張感を伝えることができる。原子力災害への対処をみんなで高めていけます。
そのために私たちは、自らが避難の準備をし、各級の避難訓練を行いつつ、一方で政府による現場への責任の東電への丸投げ状態をやめ、政府がきちんと責任主体となることを進めさせていかなくてはいけません。
政府に現場の責任を取るように、あの手この手で声を上げていきましょう。これもまた私たち自身の手で、安全を手繰り寄せていく大事な道の一つです。

 

 


 

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明日に向けて(720)自民党の「圧勝」?てやんでぃ!(麻生ナチス発言から自民党を支配を見る)

2013年08月02日 15時30分00秒 | 明日に向けて(701)~(800)

守田です。(20130802 15:30)

福島原発から目を離せない毎日ですが、今回は7月21日に投票が行われた参院選について論じたいと思います。言わんとすることは、私たちの国の選挙はあまりに歪んでおり、民意などまったく反映されていない、ほとんど違法選挙だということ、だからこんなことで落ち込む必要などまったくないということです。民衆の側が負けたなどと思う必要もまったくありません。また選挙に「勝てない」からといって変革の展望がないわけでも全然ない。そんな幻想に騙されてはだめです!その根拠をまとめておこうと思います。                              

まずは、選挙直後、「明日に向けて」(713)に出した僕の簡単な選挙総括を紹介しておきます。

***

参院選が終わりました。自民党の「圧勝」と報道されています。てやんでい!と僕は思います。この国の選挙制度は相当に歪んでいる。その上、事前からマスコミで自公圧勝の大合唱(東京新聞は別ですが)。そんなことで民衆の側の「負け」を感じる必要などありません。
それにこれで「ねじれ」の解消だとか言われていますが、国会ではともあれ、自公政府と民衆の間のねじれは何ら解消されていません。なんたって自民党が背を向ける脱原発と改憲反対が多数派なのですから。「ねじれ」はむしろより強烈になりました。

このことは比例区の得票を見るとはっきりと分かります。原発推進を掲げたのは自民党と幸福実現党のみ。その得票は幸福実現党の191,643票を加えて18,652,047票です。これに対して他の党はすべて脱原発の道を掲げましたが、得票の合計は28,156,561票です。割合にして35対65。議席数は18対30です。
にもかかわらず、選挙区は1人区が多く、大政党に圧倒的に有利なため、民主党が崩れて自民党が一人勝ち。そのことで議席総数としては自民党の「圧勝」になってしまいました。一票の重みが5倍近くも違っている地域があることを含めて、どう考えたってこんな選挙の仕組みはおかしいです。

この矛盾故に強まるばかりの「ねじれ」にはエネルギーがあります。だからそれを解き放つために努力すればよい。実際、このねじ曲がった選挙制度の中でも、山本太郎さんの勝利や、原発即時ゼロを鮮明にした共産党の比例区での伸びと東京、京都、大阪選挙区での勝利など、「ねじれ」のエネルギーが解放に向かった現実もありました。東京は脱原発派が議員数も多数派です!
若者の多い緑の党は、「組織票」で彩られたこの選挙の世界に、市民スタイルのままに登場して頑張っただけでも大きな意義があったのでないでしょうか。得票は457,862票。よく見てください。自民党とは40対1です。あの巨大資本と「組織力」をバックにつけた自民党に対し、自力では選挙区ではポスターも十分にはりきれないような力しかない党が40対1の奮闘です。
よく考えましょう。実際はそんなにものすごい差があるわけではないのです。資金力や社会的権力の差だったら40対1どころじゃないですよ!!4万対1でもおいつかないのでは?にもかかわらず票はこれだけ取れているのです。

その緑の党をも応援しながら一人で立った山本太郎さんは、頭に大きな円形脱毛症を作りながら頑張ってくれました。もちろんサポーターの奮闘があっての勝利です。素晴らしいですね。こうした奮闘にみんなで続きましょう。諦めず、へこたれず、前に向かって歩みましょう!なあに、人の心をつかんでいない政権なんてそのうち倒れます!いや倒しましょう!

***

みなさま。僕がこの分析を出したのは7月23日でしたが、安部政権が「人の心をつかんでいない政権」であることを自己暴露する事態がさっそく発生しました。麻生副総理のナチス発言です!この発言はきわめて重要です。

この発言が行われたのは29日に東京都内で行われたシンポジウムの席上のこと。麻生副総理はこう述べたのです。「ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていた。誰も気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうかね」・・・。

この発言は何重もの意味で重要です。何よりも批判しなければならないのは、麻生氏はユダヤ人数百万人をガス室で処刑したヒトラーのナチスを「手口に学ぶ」対象としてみているということ。ナチスの行った大量虐殺を批判する何らの観点も持ち合わせてないことです。

この発言は完全な言葉の暴力です。どういい逃れようとしたって、これではヒトラーのユダヤ人虐殺の肯定にしかならないことは明白です。それはナチスによって本当にひどい人間的苦しみを受けた人々、その遺族、縁者の心を深くえぐる行為です。いやナチスドイツや大日本帝国のようなファシズム国家を二度と登場させまいとして、民主主義の発展に尽力してきた人々すべてに対する冒涜です。

こんな人物が私たちの国の副総理であることが本当に恥ずかしい。橋下維新の会共同代表の「慰安婦は必要だった」発言があったばかりで、さらに世紀の大虐殺をした「ナチスの手口に学べ」などという発言すら政権党の副総理から飛び出してくる。世界中の人々が、「いったい日本とはどういう国なんだ」と驚きを抱いていることでしょう。それは大多数の、誠実で勤勉なこの国の人々が、世界の各地で地道に作り上げてきた信頼を、激しく損なう行為でもあります。

もちろんこれに対して、ユダヤ人団体をはじめ、世界の各地から一斉に猛烈な批判の声が上がっています。麻生氏は即刻、全面謝罪し、副総裁の辞任のみならず、政治家を辞めるべきです。安部政権も、麻生氏を処罰し、厳正な態度を取るべきです。何よりそれがわたしたちの地に落ちかけている世界への信頼をつなぎとめる道です。責任を持って、処罰を行うべきです。

しかし第二に、なぜ麻生副総理がナチスにあこがれるのか。その点をつかんでおくことも非常に重要です。端的に言えば、麻生副総理自身が、前回の衆議院選挙や今回の参議院選挙が、自民党の本当の勝利、多数の国民による自民党路線の承認とはとても言えないことを十分に気づいているがゆえにこの発言が飛び出してきたといういことです。

麻生氏は憲法9条をはじめ「改憲」の道に人びとの十分な合意などないことをそれなれりに把握しているのです。また正々堂々と、改憲について論じ合ったとき、自民党の主張がたちまち「民主主義に反している」という正論で破られてしまうことも肌身で感じている。明らかに民主主義に驚異を感じているのです。だから、選挙民に何が重大問題であるかを気づかせないままに、徹底した嘘と暴力の発動によって、「ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていた。誰も気づかないで変わった」ナチスの民主主義破壊の手口に強烈に魅力を感じ、ついその本音を出してしまったのです。

この点は非常に重要です。自民党の副総理自身が、自民党が民主主義的な多数派になれていないことを強く実感しているのです。だからこそ、「自民党が「圧勝」した。民衆が負けた」・・・などと考える必要などないのです。自民党の副総理自身がそうは思ってないのです。ナチスにあこがれ、憲法をめぐる論議を避け、選挙民をうまく騙し、「誰も知らないままに」憲法を変えてしまえる道を欲しているのです。

あれだけ議席をとっていながら、麻生氏は人々が真実に気づき、目覚め、立ち上がることを恐れている。とても正面から憲法を変え、自衛隊を国防軍に変え、戦前のような国に日本を持っていくことなどできないと実感しているのです。麻生氏は私たちの国の民主主義、民衆のラディカルな力を恐れている。

だからこそみなさん。もう打ちひしがれているのはやめましょう。この国を戦前のようなひどい国家に仕向けようとしている権力者が、私たちを恐れています。恐れられている私たちがなんで下を向いている必要があるでしょうか。ただ恐れられるとおりのことをすればいいではありませんか。憲法改悪反対!民主主義を守れ!という声を堂々とあげましょう。

今回の選挙が民意の反映とはとても言えない根拠は他にもたくさんあげられます。例えば、投票時間の繰り上げという「足きり行為」が多数の投票所で行われたことです。投票締め切り時間を規定の午後8時から1時間、2時間と切り上げてしまったところがなんと全国の3分の1にもおよびました。これもどう考えたっておかしい。

事前にインターネットなどで告知しているということですが、世の中にはネットを見ない人もたくさんいます。いや投票時間のことなど過半の人々がいちいちチェックなどしてないはず。組織票を投じる人々は、「組織」されるときに、きちんと知らされるのでしょうが、浮動票を投じる人々には情報がいきわたりにくい。結果的に浮動票が減ることにつながったはずです。
このように、マスコミの事前の「自公圧勝」キャンペーンに、投票時間の繰上げなどが加わり、選挙の投票率は大きく下がりました。それが自民党に一方的に有利に働きました。しかしだからこまた、権力者にとっては、議席をとってもとっても不安がぬぐえないのです。

みなさん。私たちはここいらで大きく覚醒しましょう。自分たちの力に目覚めましょう。たとえ私たちの意を体現する議席の数が少なくとも、私たちの声が大きければ十分それを国の政策の中に通していくことができます。
例えば選挙後、電力会社が次々と原発の再稼動を申請しましたが、新潟県知事が原子力規制庁のあり方に激怒し、東京電力の柏崎・刈場原発は再稼動が非常に困難な状態にあります。
その原子力規制庁は、関西電力のずさんなあり方への批判を強め、早期の実現が狙われていた高浜原発の再稼動が困難になっています。原発再稼動を鮮明にした自民党が圧勝したにも関わらずです。なぜか。原発再稼動反対の民衆的な声が圧倒的だからです。ほとんど不正の選挙で多数派となった自民党にはあまりに自信がないのです。歪んだからくりで議席はとれても、人の心をつかめない。誰にだってそんなことは分かるからです。

だから今、私たちに必要なことは、ありったけの力で、原発再稼動や輸出、憲法9条改悪反対の叫びをあげることです。地域、職場など、できる限りのところで決議をあげましょう。積極的に街頭に飛び出して、デモンストレーションをしましょう。私たちの力が私たちが思っているよりも、何倍も、何十倍も強いことを知りましょう。知って、その力を行使しましょう。
この夏から秋、安部政権の政策との対決に立ち上がりましょう。

*****

同様の観点から書いた、昨年末の衆院選の記事も紹介しておきます。
明日に向けて(599)自民党は民意など得ていない!憲法を、人権を守ろう!
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/6ff95b41bbf58fecd671bbdd7cb2869c                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

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明日に向けて(719)今こそ広島・長崎原爆を問いなおそう!・・・講演会とキャンドルビジルに参加します。

2013年08月01日 07時57分51秒 | 明日に向けて(701)~(800)

守田です。(20130801 08:00)

8月になりました。私たちは今月6日と9日に、広島・長崎に原爆が投下されてから68年目の日を迎えます。
原爆投下は一般市民を無差別に殺戮し、戦争が終わっても長きにわたって人々を苦し続けてきている許しがたい戦争犯罪です。アメリカはただの一度もこの戦争犯罪を謝罪したことはありません。そればかりかアメリカは朝鮮、ベトナム、アフガン、イラクと無差別殺戮である空襲を繰り返してきました。
にもかかわらず、戦前に「鬼畜米英を倒せ」と国民・住民を戦争に追い立てた日本政府は、戦後、ただの一度も無差別殺戮であった原爆投下にも、沖縄戦にも、都市空襲にも抗議したこともありません。「右翼」を自称する人々など、私たちの国を蹂躙したアメリカの核の力を賞賛し続けてきました。そのどこが「愛国」なのでしょう?
僕はそういうありかたこそ「自虐史観」に浸りきったものだと考え続けてきました。もちろん戦前の日本帝国主義のアジア侵略もまた許しがたき行為であり徹底した反省と賠償が今なお必要です。しかしアメリカの度重なる虐殺もまったくもって許されない行為です。いつか必ずアメリカに謝罪をさせなくてはいけない。それはアメリカの民衆のためでもあります。

にもかかわらず、私たちの国はアメリカに対し、本当に自虐的で、情けなくなるような媚びへつらいを続けてきました。今も沖縄の多くの土地を米軍に占領されたままで、差別的な地位協定も残されたままです。
その中でも最も深刻なものが、原爆の被害の実装を、日本政府が、核戦略を維持するアメリカ政府のいいなりになって隠そうとし続けてきたことでした。日本政府はアメリカの強い意図のもとに、原爆によって汚染された大地からの内部被曝による被害隠しに長年にわたって手を貸してきたのです。
とくにアメリカと日本政府の行いの中でも悪辣だったのは、放射線の影響を大変、過小に評価し、次々と現れてくる健康被害のほとんどを認めないことでした。そのことで誰よりもヒバクシャの方たちが塗炭の苦しみを経なければなりませんでした。ヒバクシャは長い間、何らの援助も受けられない状態が続き、今なお、十全な扱いを受けていません。
そればかりか、政府の歪んだ施策のもとで、ヒバクシャ差別が横行し、多くのヒバクシャが自らの被害を隠して生きざるを得ないような状態も生まれました。

このことは世界のヒバクシャにも影響していきました。原爆投下に先立って、ウラン鉱山で働かされたネイティブ・アメリカン(インディアン)の人たち、原爆実験に動員されたアメリカの「アトミック・ソルジャー」たち。ビキニをはじめ核実験場にされた太平洋の島々の人びと。旧ソ連、中国、イギリス、フランスの核実験場にされた地域の人びと。
劣化ウラン弾の被害にさらされた人びと。核保有国でしばしばおこった核兵器製造工場の事故で被害にあった人びと。そしてスリーマイル島、チェルノブイリ、フクシマをはじめとした原発災害で被曝した人びと。その全てが、広島・長崎での被害が非常に小さく見積もられたことの影響を受け、被害を認定されず、悶絶の苦しみを味わわなければなりませんでした。
それだけではありません。度重なる核実験は、地球上に膨大な放射能を降らしてしまいました。日本のどこでも、いや世界のどこでも、精度の高い機器で測れば必ず核実験由来の放射能が観測されます。それが私たちの身体を長年にわたって蝕んできたのです。
例えばみなさんの周りにはガンで苦しんでいる方、亡くなった方はおられないでしょうか。ほとんど、自分の周りを含めてガンに無関係な方はいないでしょう。そのガンの原因の幾ばくかが核実験由来であることは間違いありません。その意味で私たちは誰もがすでにヒバクしてきているのです。

アメリカと日本の政府は、こんなにも人々に苦しみを強制してきた核戦略を維持するために、広島・長崎の内部被曝を隠したのでした。今、言われている放射線の許容値も、広島・長崎での被害を隠した上で作らたものにほかなりません。しかも私たちの国ではそのでたらめな基準すらが守られていない。放射線管理区域に今なお人が住んでいるのです!
こんな状況が許されて良いはずがない。こんなにもひどく、酷く、残酷な仕打ちが続けられて良いはずがありません。私たちはこの負の歴史の連鎖を断ち切らなくてはいけない!そのためにまさに今こそ、広島・長崎に立ち返らなくてはいけません。広島・長崎からこそ、ヒバク被害を見つめ直し、捉え直し、真の放射線防護を進めなくてはなりません。
そのために今、放射能で失われたすべての命を再度、思い、弔い、哀悼の意を捧げることから新たな歩みをはじめようではありませんか。福島3号機が不安定化し、いつまた原子力災害に襲いかかられるかも分からない、この状況の中にあってこそ、すべてのヒバクシャの苦しみ、嘆き、痛みを我がものとしようではありませんか。
8月6日、9日、みなさんが、それぞれの地域で、厳粛な思いでこの日を迎えられ、一緒になって手を合わせられることを訴えます。

そもそも原子力発電は、原爆の製造のために作られた装置です。しかも原爆製造のためにはウランの濃縮という技術が必要であり、そのための工場の運用が膨大なコストがかかるために、軍事部門だけではまかないきれないがために商業用に転嫁されて作られたきたものにほかなりません。
しかも1950年代、世界中で高まった核実験反対、核武装反対の声に対抗するための、「原子力の平和利用」の切り札として原発開発が急がれたのであり、アメリカはそれを世界に浸透させる最大の突破口として日本をターゲットにしたのでした。なぜか。ヒバク国日本が原発を始めることが、「平和キャンペーン」の格好の材料になったからです。
このとき日本の中で、原発推進の旗振り役になったのが、戦前に各地に慰安所を設立した中曽根康弘元首相でした。これと組んだのが読売新聞でした。ああ、もうこんな歴史のつながりを本当に断たなくてはいけない。こんな理不尽な連鎖を許してはおけません。
みなさん。この夏、本当にもう一度、原爆とはなんであったのかを問い直しましょう。そしてそこから原発再稼働や輸出、そして憲法9条改悪へと進みつつある安倍政権との対決に立ち上がりましょう。すべてのヒバクシャの思いを背負って、ともに歩まれることを訴えます。

以下、僕が参加する2つの企画をご紹介します。

*******

8月3日京都市

京都「被爆2世・3世の会」学習企画
原発・内部被曝問題を考える
~ 守田敏也さんを囲んで ~

■日時  2013年8月3日(土)13:30~16:00(予定)
■会場   ラボール京都(京都労働者総合会館)6階北会議室
(中京区四条御前)
■お話し 守田敏也さん
フリーライター
市民と科学者の内部被曝問題研究会理事

いよいよ梅雨本番の時期を迎えましたがいかがお過ごしでしょうか。
 
福島の被災地と福島の人々は今、どうなっているのか?
どうしなければならないのか?
福島の人々のためにも、私たち被爆2世・3世は何をしなければならないのか、何ができるのか?
核被害を根絶する社会実現に向け、私たちは何をどうとりくんでいくか?
内部被曝問題について今、多くの発信をし、多方面で活躍されているフリーライター・守田敏也さんを迎えてお話しをいただき、学習し、一緒に考えていきましょう。
守田さんは原発による内部被曝問題だけでなく、広島市にある放射線影響研究所の訪問や被爆者の実態調査なども行われ、広島・長崎の原爆による内部被曝の影響についても見識を深めておられます。
幅広い視野からのお話をしていただけるものと期待しています。
学習会終了後、懇親会も予定したいと思います。ご都合の良い方、ぜひご参加下さい。

会員以外の参加も可能です!

*****

8月6日京都市

放射能で失われたすべての命のために
8月6日(火) キャンドルビジル
 
みなさま。8月6日は広島原爆投下の日です。
 
私たちはこの日の夕刻に、三条大橋の上に集って、すべてのヒバクシャを追悼するキャンドルビジルを行います。同時に安倍政権の進める原発再稼働や輸出、憲法9条改悪の道にNOの声をあげたいと思います。どうかご参加ください。
 
参院選挙が終わりました。自民党の「圧勝」だそうです。本当にそうでしょうか。
そんなことはないと私たちは思います。この国の選挙制度は歪んでいる。その上、事前からマスコミで自公圧勝の大合唱。そんなことで私たちが「負け」を感じる必要などありません。
これで「ねじれ」の解消だとか言われていますが、国会ではともあれ、自公政府と民衆の間のねじれは何ら解消されていません。自民党が背を向ける脱原発と改憲反対が多数派なのです。「ねじれ」はむしろより強烈になりました。
にもかかわらず、安倍政権は、多くの人々が反対してる原発再稼働と、憲法9条改悪の道を進もうとしています。このことにNOの声を上げましょう。
 
戦前、日本は軍国主義の道を走り、無謀な侵略戦争に人々が駆り出されました。その最後に、アメリカが原爆を広島と長崎に投下しました。この後、私たちの国には戦争の道を戒める憲法9条が生まれました。
 
しかしアメリカべったりの歴代の自民党政府は、アメリカの非人道的な原爆投下に抗議をせず、核軍拡戦略を支持し、沖縄をはじめ日本中で米軍に基地を貸し続けました。
また原爆製造の副産物である原子力発電をアメリカの示唆のもとに導入し、国中を危険にさらしました。福島原発もアメリカで欠陥が指摘されていたGE社のマーク1型原発を使い、2011年3月11日の大地震で崩壊し、大変な量の放射能汚染を生み出してしまいました。
 
被爆国日本で、原発事故が止められなかったのは痛恨です。しかし私たちはこれを期に覚醒しました。国会には一時期20万人もの人が再稼働反対の声をあげて押し寄せ、毎週金曜日には日本中で150箇所にも及ぶ電力会社包囲デモが行われています。
もちろんこれらの人々は核兵器と戦争にも反対しています。ここにこそ本当の民衆の意志があります。
 
8月6日、今一度、広島・長崎の苦しみに思いを馳せましょう。それだけでなく、ウラン鉱の採掘や、劣化ウラン弾、原発事故の影響などで苦しんできたすべてのヒバクシャの痛みに思いを馳せましょう。
そして原発いやだ!憲法9条を守ろうの声を一緒にあげましょう!ビジルにご参加ください!
 
*****
 
キャンドルビジル
【日時】 2013年8月6日(火)19:00~20:00
【場所】 京都・三条大橋周辺
【主催】 ピースウォーク京都 http://pwkyoto.com
【問合】 090-3704-3640
 
ビジル【vigil】とは
 ・・・「寝ずの番」「夜伽(よとぎ)」「お通夜」などの意。
キャンドルを灯し、亡くなった方たちに思いをはせる集い。
 街に立って、意志表示することにも使います。
 
☆ヒバクシャ追悼、原発再稼働や憲法9条改悪反対など思い思いのメッセージボードとキャンドルをお持ちください。
☆もちろんこちらでも用意します。準備できない方は手ぶらでもどうぞ!
☆雨天の場合は中止です!
 

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